1-2 キルとノア
「……もう飲んでんのかよ」
「あー!? なんだよキルぅ!! 俺が酒飲んじゃいけねぇってのかよ!!」
「もうできあがってんのかよ、酒くせぇ……シアンさん。俺は嫌ですよ。今日もこの酔っぱらいを家まで送っていくのは」
「まぁそんなこと言わずに…」
「絶対に嫌です」
授業も終わり、キルはアルバイト先のギルド【黒の騎士】の酒場に来ていた。既にできあがっている色黒でくせのある茶髪、無精髭の男性と、落ち着いた様子で、バーテンダーの服を着ている黒髪の男性。
茶髪の男性はルタ=フェアリ。現在、全世界に存在するギルドの中のトップ、それが黒の騎士である。その黒の騎士のギルドマスターであるルタの実力は桁違いでかつて数千の魔獣たちが王都に押し寄せてきた時、一番活躍したと言われている。
そして、もう一人の黒髪の男性が黒姫百合シアン。同じく黒の騎士に所属しているが、クエストには出ずに酒場でバーテンダーとして働いている。噂によると、ルタにも匹敵するほどの力を持っているらしい。
キルはどういう縁か、知人に優秀な人物が多い。それは決してメリットではなく、自分が劣っているという暗示のようでキルはデメリットとして捉えている。
「シアン!! ボトルくれ!!」
「君が飲んだせいでほとんど無いんだ…これ以上は勘弁してくれ」
「おい!! 俺を誰だと思ってんだ!? ここのマスターだぞぉ!! ぐぅ」
「まったく……酔うだけ酔ってすぐ寝るから助かるよ」
「何で今日、こんな酔ってるんですか? いつもなら、この時間は飲み始めるくらいですよね」
「なんか娘と喧嘩したんだってさ。ギルドに入る入らないで相当揉めたらしくて……まぁ、どっちも頑固だからしょうがないね」
ルタは頑固で気が強く、シアンは心優しく温厚な性格をしている。この二人の性格はまったく逆なのに何故、こんなに仲がいいのかキルにはわからなかった。
キルは仕事に入り、クエストを受けにきた者たちが注文したドリンクや料理を運んでいる。
仕事をしている中でキルはあることに気づいた。
「シアンさん」
「ん? どうしたのキルくん」
「今日、なんか人多くないすか? 珍しい人もいるみたいだし」
「あー。明日、炎龍の討伐クエストが受注されるからだよ。特別編成パーティーで行くらしいから前夜祭ってところだね」
「あーだから……って、炎龍って言ったら危険度SSランクですよね? 大丈夫なんすか?」
「大丈夫大丈夫。ルタも今回、珍しく行くらしいからね。あと、女神の涙のマスターさんも来るらしいんだ」
「え? あ、あの…美女ばっかのギルドのギルドマスターが!?」
「あはは、キルくんも思春期の男って感じだね」
【女神の涙】とは黒の騎士同様、かなりの実力を持ったギルドである。女神の涙の特徴は所属している者が全員、女であることでさらに美女しかいないと言われているのだ。
女神の涙のマスターともなれば、相当な上玉であることをキルは期待した。明日は休日だし、ギルドでそのマスターを見るのも悪くない。
キルは胸を膨らませていた。
++++
「……はぁ、なんで俺が休みの日に学校に来ないといけないんだ。っていうか、なにこれなにするの」
「なんか成績優秀者の早めの卒業式だってよ。はやくギルドに所属させて活躍させたいらしいぜ。なんせ俺ら勇者学園の一期生だからな」
「言い方はかっこいいけどな。俺らは一期生は一期生でもな、学年ビリッケツとブービーだからな」
「それを言ったら悲しくなるからやめろ」
キルは休日に勇者学園へと来ていた。なんでも成績優秀者の早めの卒業式だという。
キルは隣にいる薄茶色の髪の少年と談笑していた。その少年の名は榊原時雨。キルの次に出来損ないと呼ばれている者である。
二人が出会ったのは二年生になってからの事。素行不良の時雨と単純に成績が悪いキルは補講で出会った。
世間から出来損ない扱いされ、同じ苦しみを知っている二人が仲良くなったのは自然なことだった。学園生活の中で二人は様々な悪事を行い、二人は悪ガキコンビとして、勇者学園の教師たちから目をつけられている。
次々と並んでいく成績優秀者たちを見て、みな、学年でかなり有名な者ばかりということに気づく。
そして、キルはその中にノアがいることに気づいた。
「……」
「んぁ? どうした、キル。急に固まって。…あぁ、ノア=ワールドエンドがいるからか」
「そりゃそうだよな……学年主席がいないわけないよな」
「お前……あいつのこと、好きすぎだろ……軽く引くわ」
ノアが卒業証書を受け取る瞬間にキルは何故か涙を流していた。それを見て軽く引いている時雨はノアや他の成績優秀者たちを見る。
涙を拭いながらキルはあることを考えていた。
前の100回目の世界ではこんな成績優秀者の卒業式などなかった。さらに言えば、黒の騎士の炎龍討伐もそうだ。
キルは同じように毎回生きているが、毎回世界では特別なイベントが起こる。例えば100回目の世界ではノアに連れられて王城のパーティに行ったり、その前の世界ではノアに連れられて危険度Sランクの龍を倒しに行ったりと毎回、違ったイベントが起こるのだ。
一体、何故このようなことが起きるのか? 今のキルには到底、わからないことだった。
壇上でノアが卒業証書を受け取る姿をキルは見ていた。この卒業式が終わった後、ノアと自分の関係はどうなるのかとキルは考えていた。
ノアはギルドできっと魔王を討伐しにいくだろう。だとすれば、キルはもうノアに会うことは無くなるだろう。それほど、キルとノアの立場は違うのだ。
卒業証書を受け取ったノアが自分の立ち位置に戻ろうとした時だった。
突如、轟音と共に会場が揺れ、会場の一部が爆発した。
そして、爆発した場所からぞろぞろと人が進入してきた。その集団の先頭に立っている人物を見て、誰しもが驚愕し、そして戦慄した。
「……なるほど。やはり噂は本当だったか。忌まわしい勇者を育てる学園か…今のうちに潰しておこう。やれ、お前たち」
そう呟いたのは、藍色の髪の高身長な男性。黒い帯で目隠しをしており、手には邪気のようなオーラを放っている大剣。その特徴でこの場にいる誰もが察した。
この男は【魔王】である、と。