1-1 キルとノア
この世界において、人が死ぬのはそう不思議な事ではない。病気や事故、寿命などで人は死を迎える。しかし、この世界では【魔獣】と呼ばれる自然発生する化け物によって人々は死を迎える場合が圧倒的に多い。
魔獣は危険度F~A、S、SS、SSSランクまで存在し、Fから順に危険度が上がっていく。
魔獣は主に討伐クエストで討伐され、討伐した者には報酬金が与えられる。危険度が高いほど報酬金は高いため、人々は魔獣を討伐することに大きなメリットがあるのだ。しかし、その反面魔獣によって命を奪われる者もそう少なくない。
キルが最初に死んだのは、幼少期。
労働をしている中で足を滑らせ、崖から落ちた。しかし、目を覚ますと普通にいつも通りの日常だった。最初、キルは崖に落ちて死んだのではなく、崖に落ちて助かったと思っていた。
そして、二回目に死んだのは14歳の時、通り魔に遭遇し死亡した。
ナイフで刺されて殺されたにもかかわらず、目を覚ますと何事もない。そして、通り魔は逮捕された。
二回目にして、キルは理解した。
自分は死ぬ度に過去に戻る能力を持っている、と。
二回目から17歳になるまで死ぬこともなく、平穏に…いや、平穏とは程遠い生活をしながら、生きてきたのだが17歳になり、キルは一人の少女と出会った。
その少女の名は、ノア=ワールドエンド。キルと同じ勇者学園に通う同級生の少女である。ただ、ノアは普通の同級生ではない。
勇者学園の入学試験では、筆記試験の他に討伐試験というものがある。討伐試験では討伐対象となっているモンスターを討伐する試験で、討伐したモンスターの危険度に応じて点数が与えられる。
筆記試験で点がとれなくても、討伐試験で点を取れば、入学できるシステムとなっている。
ノアの場合、筆記試験首席、討伐試験に関しては危険度Sランクの剛龍を討伐し、試験総合で首席入学したエリート中のエリートである。
筆記試験を赤点、討伐試験を危険度Fランク、温厚で優しい性格のエンジェルウサギを一体狩って、ギリギリ合格したキル=ブラックイースとはかけ離れた人材なのだ。
何故、キルとノアは交友関係を持っているのか?
二人の馴れ初めは最初の最初、勇者学園の入学式だった。
普通に寝坊して遅刻したキルに対して、危険度Sランクの鋼龍を狩って入学式に遅刻したノアは出会った。血まみれの制服を見た時、キルはノアを通り魔と勘違いしたのだが、話を聞くと龍の返り血だという。通り魔と大して変わりなかったなかったが、キルは安心していた。
血まみれの制服で入学式に出るわけにはいかないとキルはノアを説得し、結局、二人は入学式に出ることはできなかった。
それが二人の馴れ初めである。
今では、クラスは違えど昼休みに屋上に集まり、昼食をともに食べるようになった。それなりに仲もよく、異性であるノアに少しずつキルは恋い焦がれていた。
しかし、そんな日常が壊れるように事件は起きた。
『ごめんね、キルくん』
何気ない、何気ない帰り道の出来事だった。
キルはノアに殺された。何もわからず、何もできずに。
過去に戻り、ノアが自分を殺す理由を探したが、何もわからない。必ず同じ日にキルはノアに殺されるのだ。
何度もやっても、自分は殺される。そんな運命を変えることができず、キルはノアに殺され続けている。
キルはノアを愛してしまったのだ。
彼女から逃げるという選択肢は与えられておらず、キルはノアの元から離れない。いや、離れられない。
キルは既にノアに依存してしまっている。
「キルくん。キルくんってさ、卒業したらどうするの? 勿論、キルくんはみんなみたいに勇者になって魔王を倒しに行ったりしないでしょ?」
「魔王倒しに行ったって返り討ちにあるのが目に見えてるからな。俺はそこらへんのパン屋にでも雇ってもらうか」
「キルくんがパン屋かぁ。つぶれそう、店が」
「店が!?」
いつも通り、屋上で昼食を食べていると、ノアが珍しい話題をふってきた。
ノアが将来の話をし始めたのは、初めてのパターンでキルは少しだけワクワクしていた。キルは殺されて生き返るたびにノアが何故、自分を殺すのか探っていた。そのため、キルはノアの新しい情報を知るたびにワクワクしている。
ノアの本心を知れるのではないかと思い。
「そういうノアは卒業したらどうするんだ? 例のギルドで金でも稼ぐのか?」
「う~ん、どうかな? マスターからは魔王を討伐しに行けって言われてるけど……私は勇者に向いてないからね」
「向いてない? 勇者学園の学年主席なら勇者に向いてないわけないだろ」
「私が学年主席なのは、学力と身体能力が高いからだよ。勇者っていうものに向いてるわけじゃないの。それだったら、キルくんの方が向いてるよ」
「は? そんなわけねーだろ、学年最下位だぞ俺」
「言ったでしょ? そんなランキングに意味はないの。本質的に向いてるか向いてないかなの。キルくんはとても優しいから向いてるよ」
「優しいって……そんなことないだろ」
「そんなことあるよ。だって、私はキルくんに助けられたから」
そう言って微笑んだノアを見て、キルは顔を紅潮させた。言うまでもなく、ノアの容姿は勇者学園でもトップレベルだ。いや、世界の美女図鑑に載っていてもおかしくないとキルは考えている。
しかし、何故、このノアが自分とずっと関わり続けるのか不思議でならなかった。ノアとキルが知り合ったのは、入学式。
今は既に半年後に卒業式を控えている高等部三年生の秋である。
特に何かを成し遂げることもなく、キルはのうのうと日々を送ってきた。何一つ成し遂げることもできずに。