プラタナスの葉と、花の帽子
ピュアキュン企画参加作品です。
森の葉っぱが赤や黄色に明るく彩られる秋が来ました。
森の中の大きな木の根元には小さな扉があります。その中では小さな人たちが冬の準備のために忙しく働いていました。
それなのに、ピノはなんだかぼんやりと窓の外を眺めています。
「ほれ、ピノ。手がお留守だぞ」
親方が言うと、ピノはハッと気づきました。
「あ、うん」
そんなピノを見て、兄弟子のポンがクスクス笑いました。
「ピノったら、立ったまま寝てたの?器用だなあ」
「え?うん・・・」
ピノは手元の仕事に戻って、忙しそうに働きだしました。
それでも、また少しすると窓の外を眺めています。
「はぁ」
ため息をついて、二階へ上がり、織ったばかりの綺麗な布を持って来て、また階段の途中で窓の外を見て「はぁ」とため息をつきました。
ポンが作業をしている大きな机に布を置き、それを広げながらピノは
「プチット・・・」
と呟きました。
「え、何?」
ピノの声が小さくてよく聞こえなかったので、ポンが聞きなおすと
「わあっ、な、なんでもないっ!ひとり言だよ」
とピノは大慌てで手をワタワタと振りました。
「そうなの?」
ポンがまた手元の仕事に顔を戻すのを見て、ピノは赤い顔をしたまま
「はぁ」
とため息をつきました。
ピノはここのところため息ばかりついています。
それがどうしてか、親方も兄弟子のポンも、なんとなく見当がついていました。秋になって少しばかり感傷的な心が育ったのでしょう。この季節になると罹るあの病です。ただ、当のピノだけは、それが“恋”の病だとは気付いていませんでした。
「休憩にするか。ピノ、外にでも行って来たらどうだ」
時計を見ながら親方が言いました。
「そうだね、ピノ。原っぱの真ん中のプラタナスが黄色くなっているよ。見てきたら?」
と、ポンも言いました。
「うん」
べつに出かけたくて外を見ていたわけではないのですが、どうも、仕事に手が付かないのです。気分転換になりそうだと、ピノは、ポンに言われた通り原っぱの大きなプラタナスを見に行くことにしました。
秋の空は高く、薄っすらとした白い雲がフワフワと見えました。原っぱはまだ蒼く、その真ん中に、大きなプラタナスの木が少し黄色くなり始めた葉をなびかせています。
「はぁ」
ピノはプラタナスの木漏れ日の下に腰を下ろすと、またため息をつきました。それから、あたりをきょろきょろと見渡しました。広い原っぱには誰もいません。ただ、風が少しあるだけで、草を撫でてサワサワと小さな音が聞こえるだけです。
「はぁ」
ピノはまたため息をつきました。
ぼんやりとプラタナスの色づきはじめた葉っぱを眺めていると、
― チチチ ―
と鳥が鳴くのが聞こえました。
ハッとして首を向けると、小鳥が飛び立ったところでした。
「はぁ」
鳥だったのか。そんな心の声が今にも聞こえてきそうな顔をして、その小鳥が飛び去るのをただ眺めてしました。
― カサササ ―
風が吹いて、向こうの木立を揺らしています。
ピノはまた顔を向けました。その木立を誰かが揺らしているのではないかと思って、目を凝らして見ていると、ウサギがぴょんと跳んで向こうの茂みに入ろうとしているところでした。
「プチット・・・」
ピノの口からまた、その言葉が漏れました。
「プチットって?」
いきなり、ピノの後ろから声がしました。
ピノはびっくりして飛び上がり、勢いよく振り返ると、そこにはポンが立っていました。
「ポン!な、なんだよ、急に!なんでもないよっ」
「なんでもないの?さっきも言ってなかった?誰かの名前?」
ポンは嬉しそうに笑いながら聞いてきます。ピノはパタパタと顔の前で手を振ってなんとか取り繕おうと思うのに、何も言い返せずに赤い顔をするだけでした。
言ったつもりもないのに、ポロリと出てしまった「プチット」という名前。聞かれてしまったのです。どうにもごまかせません。
「よいしょっと」
ポンはピノの不自然な動きなど気にせずに、ピノの横に腰をおろしました。
それから、プラタナスの木を見上げて、その大きな葉っぱに目をやりました。
あんまりにも自然に、ポンがくつろいでいるので、ピノは変な気持ちがして思わず
「はぁ」
と、ため息をつきました。それから
「あの、さ」
もぞもぞと窮屈そうに肩をすくめながら、ピノは小さく言いました。
「ポンは、好きな子、いる?」
手元の草を全て紙縒り状態にしてしまいそうなピノを見て、ポンは真面目に答えました。
「いるよ」
その顔があんまりにも急に大人に見えて、ピノはポンの顔をまじまじと見つめました。
「ほ、ホントに?誰?ねえ、見ると、ドキドキする?それとも、その子に好きって伝えた?」
ピノは聞きたいことがたくさん湧いてきて、どんどん質問してしまいました。すると、ポンはクスクス笑いました。
「僕に聞く前に、自分のことを言わなくちゃダメだよ。ピノは好きな子がいるの?」
「す・・・好き、な子っていうか」
「うん?」
下を向いてぼそぼそと言い訳のように話すピノは、その尖った耳の先まで真っ赤でした。とんがり帽子を脱いだら湯気でも出てきそうです。
「す、好きってよく、わからないけど、あ、あの子のことばかり、考えちゃうっていうか」
「うん」
「だけど、その・・・あの子、一回しか、見たことなくて。あ、あれから、まだ、見てないっていうか、名前しか知らないって言うか」
ピノは手元の草をブチブチと抜いては、指に絡めたり引っ張ったりと忙しそうです。
「それがさっきの名前の子?」
「うん、春に一度、原っぱで会ったっきり」
「春に?ずいぶんと前だねえ」
「うん」
そう言うと、ピノは引っこ抜いた草をみんな放り投げました。
風がサーっと吹いて、縒った草が踊りました。
「はぁ」
ピノがまたため息をつきました。
「ね、ポンは?」
ピノは小さな声で先ほどはぐらかされた質問を、もう一度聞いてみました。すると、ポンは深く息を吐いて、話し始めました。
「僕にも好きな子がいる。秋祭りで踊っているのを見たんだ」
「それで?」
ピノは興味津々で、ポンの膝に乗りそうなほど顔を出してきました。そんなピノの様子にポンは微笑み、隠したりせずに自分のことを話してくれました。
「話しかけるのに1年もかかったんだ。自信がなかったし、恥ずかしかったから。だけど黙っていられなくなって、」
「なんて言ったの?好きって言ったの?」
「急だなあ」
ピノの質問にポンは笑いました。それからプラタナスの木を見上げるようにして、目を細めて言いました。
「好きってどうやって伝えるか考えて・・・僕が今までもらった“愛”を、僕も伝えられたらな、って思ったんだ」
「愛?」
「そ。愛・・・妖精たちが、何の見返りも求めないで満たしてくれる“愛”みたいなものを、僕も伝えたくて」
そう言いながらポンは頬を赤くしました。
ピノは何も言えませんでした。ポンがあんまりにも優しい顔で“愛”について語るのを、肌では何となく感じられるのに、それが今まで知らなかったとても尊いもののような気がしたからです。そして、ピノ自身が感じている“好き”という気持ちが、まるで子どもがおもちゃを欲しがっているような、幼稚なもののような気がして、何も言えないでいたのです。
秋風が爽やかな秋の香りを運んで、二人のとんがり帽子を揺らしました。それに気づいてポンが空を指して小さな声で言いました。
「ほら、ピノ!」
見ると、プラタナスの葉のそばに妖精が飛んでいました。金色に輝く羽根を小さく震わせて、プラタナスの葉を黄色に染めているところでした。
「わあっ」
ピノはそれだけ言うと、妖精が秋を運ぶ様子を憧憬のまなざしで見つめました。
美しく輝く妖精が飛びまわり、金色の秋に変わるさまは、季節が“愛”に満たされるそれです。ピノはポンが言いたかったことが少しわかりました。そして立ち上がると、プラタナスの木に両手をあげていました。
― ああ、プラタナス、プラタナス。ボクの想いを伝えておくれ ―
言葉にならない思いが、ピノの中に湧きあがり、その思いは妖精に届きました。
キラリと一筋の光りを残し、一枚の金色の葉っぱがヒラヒラと風にそよぎました。その葉は木を離れ、青い空を舞って行きました。
「ポン、ボクにも少しわかった。ボクの想いは“好き”だけど、それだけじゃないって。あの子のこと、大切にしたい。そういう気持ち」
ポンは立ち上がると、ピノの頭を撫でました。
「うん」
金色に揺れるプラタナスの葉を眺めながら、二人は心の中にいる愛しい相手のことを思い描いていました。
それは、ほんの少し幸せな時間でした。
「さ、帰ろうか」
ポンがそう言った時、向こうからビューっと風が吹きました。原っぱの向こうから草をなびかせて、強い風が二人に吹き付けました。
二人はとんがり帽子が飛ばないように、両手でしっかりと押さえて、目を細めて風が去るのを待ちました。
その時、原っぱの向こうから小さな花のようなものがコロコロと転がってくるのが見えました。
ピノはすぐに気づきました。
「あ、帽子!」
そう言うと、すぐにその花のように見えた帽子の方へ駆けて行きました。
たった一度、春の日に会ったあの子の帽子とそっくりだったからです。
― ああ、プラタナス、プラタナス。ボクの想いを伝えておくれ ―
プラタナスの葉に載せて、妖精がピノの想いを伝えてくれたのでしょうか。
原っぱの向こうにあの子の姿が小さく見えると、ピノは帽子を持って走って行くのでした。
おしまい