彼女を望んだ理由
復讐ものと思ったら、なんか道を間違えたような……
目の前の息子は、無表情のまま聞いていた。
無理もないだろう。溺愛する婚約者との婚約の解消を求められたのだから。しかも、代わりの婚約者を用意してまで。
「……ふざけてるのですか?」
「……その方がまだよかったのだがな」
まったく。この婚約の意味を気づかずに、おろかな真似をしたものだ。
「とりあえず、返事は保留にしてある。どうするかは自分で決めるように。
ああ、響華さんの入院されている病院は、○○病院だ。現状についてはこちらに記されている。病院に着くまでに目を通しておきなさい」
「はい」
大人しく書類を受け取り、足早に部屋を出ていく。息子を見送り、わたしは大きく息をつく。
「まったく。わたしたちが彼女との婚約を望んだのは、倉敷の家の格式を望んだのではなく、彼女自身を望んだからなのだがな……」
倉敷響華。彼女は息子の園部和人の婚約者だった少女だ。
もともとは高校の同級で、その美しさから多くの人の目に止まっていたようだが、それは彼女の一部でしかない。
彼女は、倉敷が社長をつとめるある会社の、実質の経営を行っていたのだから。
もともと、親の会社を継いだだけの倉敷は、無能ではなくとも有能ではなかった。だが、たまたま仕事の内容を聞いた娘の響華さんが、助言をした結果、大きな成果を出すようになった。
それから……。彼は仕事を娘に押し付けるようになった。
どうも、あまり両親に似ていないからと、距離を置かれていたようだ。そこで、自分が親の力になれると、嬉々として仕事を代わるようになって、業績を伸ばした。
その様子から逆に娘を疎む。そういう悪循環になっていたようだったが……。
まさか、その娘を捨てるとは。
きっかけは事故だった。立ち入り禁止区域に入り込んだとある家族。それが原因で事故が起こり、その時にその場にいた響華さんは、その家族の娘だけをかろうじて救えた。
……本人は、かなりの傷を負ってしまったが……。
その時の血液検査で、響華さんが倉敷の娘ではなく、事故に遭って軽傷ですんだその少女が倉敷の本来の娘であることが判明した。
その直後、倉敷は響華さんと絶縁し、少女の方を実の娘として引き取った。……その少女が、あまりにも妻に似ていたがために。
本当におろかなことだ。倉敷の会社を保っていたのが誰だかもわからずに、響華さんを捨てるとは。
まあ、倉敷がどうなるかは解りきっている。問題は娘の方だが、こちらは和人が会って決めるだろう。
……今は、響華さんの無事を祈るだけだ……。