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三章ノ五



 (ほこり)っぽい建物だ。人の手が入らなくなって随分経つのだろう。

 息を吸うたびに喉が痛むのは気のせいではない。あちらこちらにある蜘蛛の巣を避けながら岩下は手元の受信機を見つめた。

「発信機の位置から考えると、二階のBルームですね」

 壁にかかる館内図、埃で汚れたそれを手で擦り、現在地と目的地を確認する。

「ご丁寧に、裏口もあるみたいですよ」

 言いながら他の部屋を確認すると、全ての部屋が同じように入口と出口を備えていた。

 建物の構造上、部屋が二つの廊下に挟まれるように位置しているせいだろうか。

 岩下と同じように館内図を見る水島が、首をかしげる。

「なんでひとみの場所が分かるんだ?」

「ひとみさん、私の携帯を持ったままらしいんですよ。あれにはGPSがついているので位置特定ができるんです」

「ならなんで最初から言わなかったんだよ!」

「一之瀬さんの反応を見ておきたかったんですよ」

 四年前の事件の真相については語ったが、一之瀬がそれを信じるか、定かでない。

 憎しみが勝るようであれば、あの状況でも進んで岩下を間宮の元へ案内しただろう。

 水島は唸りながら、それでも納得したのか大きく息をはく。

「俺は裏口から行く」

「では私は正面から行きます」

 応じるように言葉を返すと、水島は振り返り、楽しそうに鼻をいた。

「いつかと反対だな」

「いつかっていつです? 四年前ですか?」

「ま、そうなるな」

 二手に分かれて行動すること。相手との信頼関係がなければ危険な行為だ。

 今の自分たちに信頼関係があるのかと問われれば、即答できない。だが、岩下は水島の提案に異を唱えなかった。

「最優先事項はひとみさんと麻生くんの安全です。それ以外は全て切り捨てるつもりですので」

 岩下の言葉に水島が無言で頷く。そうして歩き出そうとした岩下に水島が制止の声をかけた。

 まさかとめられるとは思っていなかったので、怪訝(けげん)に振り返ると、引きとめた相手はなにやら思い詰めた顔をしていた。

「あのさ、前から訊きたかったんだけど、お前、ひとみが好きなのか?」

「分かりません。ただ、できることなら、幸せでいてほしい」

「そうか。……なあ研一。このあとどうするつもりだ?」

「事実を暴露してもしなくても、私が犯罪者であることに変わりはありません」

 今までしてきた犯罪行為。加担した事件の中で、無論、傷つき悲しんだ人がいたはずだ。

 岩下は意味もなく腕時計をはめ直す。

「生きるためとはいえ、犯罪サポートを生業(なりわい)として生きてきた過去は消えませんから」

「俺は……事実もみ消されたら刑事職失業だな。アルバイト生活か」

「失業ならいいですけれど、うっかり死んだりしないでくださいね。警察は隠蔽いんぺいも得意ですから」

 岩下が受信機を懐に仕舞うと、水島は頬をかいて苦笑していた。

 この状況で笑っていられる神経の図太ずぶとさは感嘆(かんたん)に値する。そして、そんな彼が傍にいることで岩下も冷静でいられるのだ。

 元バディ、その存在が今とても懐かしく、しかし遠い。

 だから、というわけでもないが、彼相手ではどうしても捻くれた言葉しか出てこない。

「それとも犯罪者にでもなりますか? ああ、無理ですね、水島くんはそそっかしいですから」

「あのさ、いつも思うんだけどな、喧嘩売ってるよな?」

「分かります?」

「嫌ってくらいにな! くそ、もういくぞ」

「ええ。――水島くん」

「ああ?」

「気をつけて」

「おう」



 こつりこつりと、音が聞こえた。

 薄く(まぶた)を開くと、ぼんやりとした視界の中で靴が見えた。

 しばらくすると、ぼやけた視界は徐々に鮮明となり、相手が確認できるようになる。

「お目覚めか?」

 頭上から降ってくる声に、ひとみは起き上がった。

 埃っぽい場所だ。窓から差し込む光の少なさから、今が夜なのは分かったが、場所が把握できない。

 電気はつけていないのか、薄暗い部屋だ。倒れた椅子はそのままに、(すみ)には長テーブルがある。どちらも使用されなくなってから随分経つのか、傷んでいた。

 ひとみは自分を見下ろす男を見上げた。

「……だれ?」

 怯えて後ろに下がろうとするが、上手く身体が動かない。

 そんなひとみの傍で、後ろ手に拘束された麻生が鼻を鳴らした。

「間宮真二郎っていう警察だってさ。俺たちを誘拐した人」

「誘拐って、どうして?」

 自分を見つめる相手は厳格な態度で眼力が強く、いかめしい顔つきだ。見下ろされると理由もなく首が(すく)んでしまう。

 ひとみを見下ろす男――間宮は顎に手を当てながら低く声を出した。

「君は四年前、X小学校の工事現場で暴力団と警察の癒着(ゆちゃく)現場を見たんだよ。覚えているかな」

「だーかーら、覚えてないって言ってるだろ。村田は明日香が死んだショックで、あのときのことを思い出せないんだ!」

「ほんとうかな?」

 口調はどこか優しげだが、眼が少しも笑っていない。

 相手を睨み殺せるのではと思えるほど、間宮の眼光は鋭い。

 逃げたいと身体が強張(こわば)ったが、俯いてはいけないと自身を叱り飛ばし、きゅっと唇を(つぐ)んだ。

「あの事件、明日香ちゃんを殺したのは岩下さんじゃないです」

「村田?」

 はっきり告げるひとみに麻生が眼を見開いた。

 そんな彼に笑いかけて、ひとみは間宮を睨んだ。

「思い出したの、全部。誰が鉄パイプを落として、誰が私を助けてくれたのか。あのとき、暴力団の人と取引してたのは岩下さんじゃない」

 一言一言、はっきり告げる。

 そんなひとみの態度に間宮は静かに瞼を閉じ、壁に背を預けた。

 麻生が呆けたように呟く。

「じゃあ岩下って冤罪なのか? でもテレビではあんなに」

「華々しく報道した方が諦めもつくだろう。冤罪だとしても、もう元の生活には戻れないのだと」

 皮肉も込められただろう声色に、麻生が()えた。

「なんでそんなことするんだよ! アンタたち警察だろ!」

 自由にならない手をどうにか解こうと躍起(やっき)になっている麻生は、傍から見ても分かるほどに憤怒(ふんぬ)していた。

 そんな麻生に間宮は近づき、見下ろす。

「そう、警察だ。正しいことをするのが仕事だ。だから不祥事(ふしょうじ)をばらすわけにはいかないんだよ」

 あくまでもゆったりと、優しげに告げられる言葉に懺悔ざんげの色はない。

 それが気にくわないのか麻生は食いかかろうとする。しかし、麻生の怒声が響くことはなかった。間宮がしゃがみこみ、麻生の髪を撫でたのだ。撫でられた麻生は困惑し、酷く動揺している。

「たかが子供一人のために、あの計画を台無しにするわけにはいかなかった」

「……私が事件のことを覚えているのか確認したのは、真実をばらされたら困るからですか?」

「そうだな」

「ばらされたら困るって、悪いことしたのはお前らだろ!」

 呆けた状態から脱出し、やはり吼える麻生。

 間宮は深くため息をついて立ち上がり、古びた椅子に座った。

「これだから困るんだよ。警察内部の一握りが不祥事を起こせば警察全体を非難する」

 高いだろうスーツが汚れることも(いと)わず、テーブルに肘をつく間宮。その様子はさながら強者が弱者を見下すのに似ている。懐からタバコを取り出す。

「たとえ話をしよう。君の父親が誰かを殺したとする、そしたら他者はこう言うんだ、お前の家族はみんな人殺しだ! とな」

 ライターを取り出すとカチリと音が鳴り、タバコに火がつく。小さく吸い、煙がはき出されると煙たかった。

 ジッと、赤く燃えるタバコの先端部。

「無実だと言っても誰も信じてはくれない」

 ドラマのような話だが、現実にそれはあるのだ。

 誰かが犯す罪。そして、その誰かの身内や友人は世間から非難の対象となる。

 メディアは事実も、そうでないことも言いふらす。週刊誌は読者の望む展開をこぞって書き、取材班は執拗(しつよう)に犯人の周囲を調査する。

 もうやめてくれと、悲しみにくれる母親を追撃取材していた特番が、昔、突然打ち切られたことがあった。なんでも、母親が自殺したらしい。

 このように心無い行為が、世間にはあふれているのだ。

「一個人の場合ならこれもまぁ、仕方のないことで済む。だが組織はそうはいかない。世間から警察がなくなっては困るだろう?」

 灰皿がないのでタバコの灰をそのまま落とし、間宮は指で机をコツコツと鳴らす。

瑣末(さまつ)な不祥事で信用を失い、警察が機能しなくなって不利益を被るのは君たちだ」

 困るだろうと、言葉はなかったがそう訊かれた気がした。

 ひとみはじっと間宮を凝視する。口の中が乾いていた。

「そのために、明日香ちゃんを殺して、岩下さんに罪をなすりつけたんですか?」

 自分の発した言葉が、確かに怒りを含んでいたのには気づいた。けれどそれを隠すことはしなかった。

 間宮はひとみが怒りを見せたことに驚いたようだが、すぐ平静を取り戻す。

「岩下も刑事だったが、幸いとその情報はもみ消せるレベルだったからな。あの現場にいたのが無名の刑事で助かったよ」

「最低だな」

 小さく震えながら麻生はそう言った。

 震えているのは恐怖のためではなく、怒りからだろう。

「里奈ネェのこともそんな風に捨て駒にするつもりだったのか」

 しばらく考え、間宮は少しだけ首を傾けた。

「使い勝手のいい部下だったと答えておこう」

「お前が……お前のせいで!」

「これが社会だよ、少年」

 短い言葉が耳に痛かった。

 反論ができるほど、ひとみや麻生が世間を知っているはずもない。

 二人が黙りこくったのを確認すると息を一つだけはき、間宮は眼を閉じた。

「それにだ、今更あの事件の真相を告げて誰が幸せになる?」

 なおも食ってかかろうとする麻生は、ぶつける言葉を見つけられず、悔しそうに顔を歪めた。

 真実を告げて幸せになれる人を探すが、見当たらない。

「あのとき一斉検挙に手を貸した刑事。彼らはなにも知らされていない。君たちがことを(おおやけ)にしたとして、さあどうなる? 国民から最低だと(ののし)られ、家族までもが後ろ指を差されて生きていく」

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