表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインは英雄をお断りします  作者: 月咲シン
4/4

♯4.人生七転び八起き九落とし(暗)

拝啓、お父様、お母様、お元気ですか?

惑星単位で遠く離れた地ではありますが、今のところあたしは元気です。

もっとも、空元気ともいえますが……主に精神的に疲れる今日この頃です。ばってん。




さて、召喚されて、謁見をすませ、城の案内も終え――ちなみに全てにおいて文頭に『無理矢理』の四文字がつくが――現在、あたし達は宿舎での支給品交付のため移動をしていた。


身一つで召喚された手前、生活必需品もこの世界の貨幣もゼロのあたし達にとって、受け取らざるを得ない状況だ。


下手に断って城から追い出されるのならまだマシだが。裏でこっそりと反乱分子として処分されれば詰みだし。


借りを作るのは危険な気もするが仕方ない。状況が状況だ。先立つものは金。なによりタダ。懐が痛まないのは素晴らしい。


プライドぉ? ないよそんなの? 矜持で飯は食えませんので。そういうのは実家から絶縁された二年前から勘定には入れてません。


「お、おお~ぅ……」


案内されたのは城から歩いて五分ほどの木造二階建ての兵舎。

中に入ると中央に階段があり、右側には武器庫、備品庫の札がある倉庫。

そして左側には手前に当番室、奥が休憩室となっており、案内されるままにその奥に進むと、


「おぉ! お待ちしておりました勇者様方。わたくしギュレー商会のハンスと申します。以後お見知りおきを」


中央の長机に敷物を広げ、商品を展示している代表者が少々大げさ気味に先頭集団にいる会長達に頭を下げ、丁寧に挨拶する。


最後尾のあたしでも段差のお陰か室内の様子は見て取れる。城のお抱え先だけあって物腰は丁寧だ。子供相手でもきちんと客として対応している。


だがあたしにとっては好意的な仮面の笑顔よりは、むしろ若い従業員の懐疑的な眼差しで此方を横目に眺めているほうが落ち着くってものか。あれのほうが解りやすい。


得体の知れない異世界人のガキ。プロとして顔には出さないが内心そんなところか。


「では、男性から順に左から受け取りに来てください。上衣と上下はざっと目寸法を測らせていただきますが、サイズは四種類しかありませんので、自分と体格の似た方がいれば口頭でも結構です。靴も含めて試着してみてください」


そうして男子から支給品を交付される最中、あたしは壁際の花、というよりシミになる様子で端っこで佇み、部屋の中をぐるりと眺める。


靴を脱ぐ風習がないため土足のままだが、木製の本棚と、長机が二つ、長椅子が四つあるのみ。今は椅子は端に寄せられているが質素な室内である。


見るものといえば本棚の書物と、あとは壁際の大鷲の描かれた五色旗の国旗と山の絵画だけ。油絵かねこれは?


男子だけで16人いるため順番が回ってくるまでもう少しかかる。暇つぶしに気配を消しながら瀟洒な風景画を眺める。


飾っている山の絵の高さが高いほど先見性をもたらしてくれるとか聞いたことがあるが、風水的なものかなコレ?


左下にはローマ字のような作者名。右下に2/3のサイン文字。つまりこれは3つある内の2番目の模写で……


「ん……? なんだこれ?」


夕日に染まる黄昏色の山。その絵画の額縁の裏に、紙片のようなものがはみ出ているのを発見した。


ほんの数センチほどで、それも額縁の影に隠れていたためあたしのように顔を寄せて注視しないとわからないほどに。


ん~? つまりもしやこれは、第一発見者・あたし、ということだろうか?


「……ふむ」


ゆっくりと周囲を見回す。右、左、上。よし。誰もあたしのことは見ていない。監視カメラなんてものがないアナログな時代が今はラッキー。


くるりと背を向け、背伸びをする振りをして手を背後の絵画に回す。

そして指でなぞりながら、はみ出ている紙片を掴み――音も立てずに引っ張り出してそのままポケットへイン。


ふふ、やっちゃた☆


こうも不幸が続くんだし。一つぐらいいいことがあってもいいよね? 日本の法で裁かれる場所でもないし。


あとで人目のいない場所で確認しよーと。ああ、ヘソクリの紙幣とか商品の割引券とかだったら嬉しいなー。あは☆


「男性の方、他におりませんね……? では続きまして女性の方。どうぞ」


僅かにストレスが解消されたところで女子の番になり、一番背の低い小島さんんの順に並びながら支給品を眺める。


敷物の上には左から麻のタオル、肌着、下着、右手だけの白い手袋、灰色の石鹸、枝でできた歯ブラシ、紺色のツナギ型の訓練服、国章のついた制帽、白の法衣のような制服、白の靴、最後に革の鞄と絹のスーツカバーのようなものが置かれていた。所謂軍隊のような官給品だ。


制服はテレビで見た海自の礼服に似ている。腕元に階級章と思われる金線が一線巻かれ、胸元に部隊章っぽい赤い記章が一つ付いていた。おそらくあれはあたしたち特有の目印か。


「ああ、色に関しては冬は黒、夏は白を基準としておりますが、男女共に制服以外に色に規定はございません。後に購買所にて私物をお買い求めの際は、当店をご贔屓にしていただければサービスいたしますので、ぜひご来店くださいませ」


にっこりと揉み手をしながら話しかけてくるデブ商人に愛想笑いを向け、定員にサイズを伝えながら二着ずつ受け取っていく。


下着とか白だと汚れが目立つからあんまり好きじゃないんだけど、この際は贅沢いえない。タダより安いものはない。


しかしミリタリーっぽいな。制服は法衣と修道服とが半々に混ざっている感じだけど、デザインはさほど悪くはないし、生地もいい。新品ではなく古着だがタダなので文句はない。通風性まではわからんが。


他の女子もショッピング的な気持ちになったのか、ようやく表情に明るみがでてきている。中には白以外だと何色があうかなどファッション談笑しているグループもあった。逞しいアホだなと。見ていて暗い馬鹿よりは数倍マシだが。


ただ女性定員が対応してはくれているが、男性定員や男子生徒の視線がなにかいやらしい。特に下着のサイズを伝えるとき。男子生徒はまだ許容範囲内だが、男性定員は配慮が欠けているとしか思えない。


この世界では成人は日本よりも早いのだろうか? いやそれでも14、5歳の女子に欲情するのはどうなのだろうねぇ……。


「よし。全員に行き渡ったな。では各自、能力別に部屋割りが決まったので移動するぞ。ついて来てくれ」


制服はスーツカバー用の鞄に、それ以外の衣類を革の鞄に畳んでつめ、引率騎士殿についていく。


しかし能力別に部屋割り? 謁見の間では〈眷霊〉以外に測定するようなことはしていないはずだが、それだけ重要度が高かったということか?


ということは〈眷霊〉スコアを誤魔化したあたしは低ランク間違いなしだね☆ やっほい!


期待されずにすみそうだけど、その分早めに消費されるような弾除け動員にならないようにしないと。使えなさそうで案外使える、ぐらいのポジションが一番いいかも。


幸福って限られてると思うから。ならそれを求めてなにが悪い。あたしは平和を掴み取る。


え、あたしじゃなくて? いやー、他はど~でも。だって、ねぇ? 自称クズだし。


チラリと周囲に目を向けると、男女は仲のいいグループ同士で一緒の部屋だといいね、などと花畑思考の甘い会話を繰り広げていた。


修学旅行じゃ、ない! もう少し緊張感を、持って! お願いだからぁ!


と、切に願ったためだろうか、この後にこんなことがおきたのは、


「ついたぞ、ここの一角だ」


そういって案内されたのは、中央階段を登った二階の部屋。うん、すぐそこだった。

どうやらこの兵舎が今日からあたしたちのお家というわけだ。


いや、薄々感づいてはいたけれど、もう完全に客人ではなく兵士扱い決定ですわコレ……。


周囲も、お城の中の豪奢な客室で…、とセレブ的思考で暢気に考えていた者達が動揺でざわめく中、それらを気にせずゲイルは言葉を続ける。


「四人一部屋。扉に名前が張ってあるから、支給品をベッド横の棚に入れた後に身辺整理をして、夕食のために五の鐘……ああ、諸君らで言う時計の5の文字。つまり今より30分後に兵舎前に集合。できれば五分前には整列するように。いいな? ではかかれ」


騎士というより軍人らしい有無を言わせぬ物言いに促され、勢いで先頭がとりあえず了承したところでゲイルは元来た道を戻っていった。報告か休息か。ひとまずは一休みできそうだ。


そうして解るわけのない言語に続き、知るはずのない文字までなぜか読める状態で皆が不承不承ながらぞろぞろと部屋割りを確認しようとして、


「ちょっと、なによこれ……!」


一転して、そんな悲鳴染みた声が通路の先端の方から響き、


「なんで男女同室なのよ! 冗談でしょ!?」

「え」


冗談ではない現実が、目の前にあるらしい。

次々に沸き立つ戸惑いの声に、あたしも片眉を上げながら一番手前の部屋を確認すると、


『ユウタ・イケダ』『ⅩⅣ(14)』

『サナ・イチノセ』『ⅩⅥ(16)』

『ヒバリ・シロワシ』『ⅩⅩ(20)』

『ケイ・ニシキ』『ⅩⅩⅤ(25)』


男女二名ずつ。四人で一部屋。《眷霊》順に部屋割りが決められていた。


え、マジですか? こんな所でも軍隊方式で男女同部屋?

待って待って。もしかして部屋だけじゃなく、風呂やトイレも一緒とか……。


確認するが二階は部屋が左右に四室あるだけ。スコアが上の者ほど奥部屋だ。

ならばと傍の硝子窓から兵舎の裏側を覗くと裏口から石畳の渡り廊下になっており、六人ほどが入れそうな厠と思わしき小屋に通じていた。


あれがトイレ? 水洗式かすら怪しいド田舎でも滅多にお目にかかれないレベルのあれが? 都内の公衆便所がホテルと思えるほどの陳家な作り。


その渡り廊下の右側には井戸があり、身体を洗う行水用の仕切りが五つ。左側には洗濯桶が八個と物干し竿が四つ。


炊事場となる食堂が別なのは先ほど説明があったが、浴場もない所を見ると別館のよう。


ってか、まさかあの行水場を使うとかじゃないよね? あんな仕切りなんてあってないようなものだし……。


まずい。不吉な予想のみがどんどん膨らんでいく。


「ちょっと、抗議してくる! ありえないし!」

「あ、待って。なら私も――」

「いい! なんかちょームカついたし! わたしが行く!」


そう言って竹内さんは有岡さんの制止を振り切り、皆に見送られながら階下に下りていく。残ったあたし達は部屋の前で立ち往生するのみ。


クラス一番のギャルだが愛嬌もある竹内理恵。あたしとは別の生物という認識だが、この行動力は感心するべきか。鉄砲玉が上手く当たるといいなと応援一つ。個室を確保できれば飴玉プレゼントだ。


五分後、その内に仲のいいグループで勝手に部屋割りを変えて、自然と男女別に右側が男子、左側が女子といったふうな部屋割りとなっていた。


がっかりとする男子達もいたが、女子からの冷たい眼差しにそそくさと奥のほうに消えていく。ほんとサルかあの男子らわ。


余った二人は一階の当番室へ。ちなみの元の世界の今日と明日の日直男子だ。当番室も四人部屋だが、執務用の机とイスが二つあるのでベッドは二つ。たぶん当直制度はこのまま続くんではなかろうか。伝達とかあるだろうし。


そして、二十分ほど時が経ち……


「あ、理恵、戻って――ひっ!?」


彼女の友人達から思わず悲鳴が零れた。


ゆっくりとした足取りで帰ってきた竹内さんは、顔面蒼白となっていた。

異様な雰囲気を察し、ぞろぞろと生徒達が部屋から出てくる。そして一様に息を呑む。


まるで幽鬼。死んだ目だった。


召喚されたばかりの頃でもここまでひどい者はいなかったはず。

なにがあったのだろうかと、誰かが尋ねようとして、


「あんた達……なにしてるの?」


地の底から響くような怨嗟にも似た声が、静粛の中に響いた。

今まで聞いたことのないような、まるで別人のような冷たい声。


「え? あ、ご、ごめんね? 勝手に先に部屋を決めちゃって。え、絵里もさ。私たちと同じ部屋で――」

「なに言ってんのよぉぉっ! ダメでしょ!! 勝手なことしちゃぁッ!!」


吃驚。その二文字。

なにがなんだかわからない。なにが起こっているのかも理解できない。


だがその困惑を一蹴するかのように、続くヒステリックな怒声。


「早く戻ってッ! みんな早くっ! 早くぅぅぅっ!!」

「ええ!? で、でも男子と同じ部屋は――」

「ブッ殺すわよッ!! 早く戻れつッてんでしょうがッ!!! アァッ!!?」

「ひぃぃっ!? わ、わわ、分かったわよっ!?」


血走った目で狂乱する竹内さんに、周囲も慌てて荷物を持って本来の部屋へと転がるように移動する。


尋常じゃない。狂人だ。なにがあったのか。薄れかけていた恐怖心が込上げてくる。

《眷霊》の高い生徒ほど奥の部屋が用意されているが、室内は同じだ。ベットと木製のクローゼット棚が一つ。


荷物は少ないが、一度広げてしまっては往復するのに時間はかかる。なのに残り時間は十分とない。五分前行動ならば残り三分ほど。


あたしボッチは元々部屋割りどおりなので問題ないが、今から入ってきた男子は身辺整理とか無理でしょこれ? ベッドメイキングすらしていないんだけど?


そうなった場合、遅れた者はどうなるのか? 遅れなかった者でも連帯責任にならないといえる保障はあるのか?


――あたしも含めて、やはり認識が甘すぎたのではなかろうか?


「……これはいよいよ本格的に、ヤバイのでは?」


こんな形で異世界文化の風習に歓迎されるとは思ってもおらず、乾いた笑みしか浮かばない。


ミイラ取りがミイラどころじゃない。急転落下。いやマジでどーすんのさ、これ?


詰んだかあたしの人生。絶望しか見えない。

人生は運ゲー。現状はクソゲーだ。


リセット不可能な人生のデスゲームにおいて、早くもゲームオーバーの文字が脳裏に横切った。

じーんせい楽ありゃ苦-もあーるさ~いえい☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ