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ヒロインは英雄をお断りします  作者: 月咲シン
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#1.お呼びでない異世界こんにちは(怒)

こいつは面倒事の予感がする。


それもこういった場合の予感は悪い方向に当たるもので、宝くじ等では適用されない残念な予感、いや直感だ。


現状、理解しがたい状況に追い込まれているあたしは――いや、あたし達は、この状況を作り出した張本人と思わしき人物より、ニッコリと花の咲いたような笑顔で告げられた。


いわゆる処刑宣告というやつを。


「――ようこそ、オルレシア王国へ。まずは召喚に応じてくださいました勇敢な勇者さま方に深い感謝と、そして歓迎を」


まるでおとぎ話のお姫様をそのままモチーフにしたような美少女のこの台詞に、男子だけではなく女子でさえ息を呑む。


純白な美しいドレスに身を包んだ、卵形の小さな端正な顔立ちより覗かれる、深く澄んだエメラルドグリーンの瞳に、黄金のような亜麻色の髪の乙女。


一方あたしはというと、ざわめく同級生の影に咄嗟に身をかがめ、周囲を見回しながら一目散に逃走を計ろうとしていた。


いやいや、だってないでしょこれは? いったいなんの撮影現場だ? 冗談にしてもずいぶんとこっていることで。まるで本物みたいだ。


つまりなにがいいたのかというと、色々と早変わりしてしまった異常な光景を前に、現実逃避を押さえ込むだけで頭が一杯だということだ。


ああ、つい一分ほど前まで昼休みの教室でスーパーの特売チラシと睨めっこしていたあたしはどこにいってしまったのだろうか? タマゴ四つ一パック百円に苦悩していた頃が妙に懐かしい。


だがそれも仕方のないことだろう。


なぜなら突然、なんの前ぶりもなしに教室の床に奇怪な文様が浮かび上がったと思ったら、次の瞬間には目を覆うほどの眩しい発光現象。


僅かな重力の変動と気温の変化の後に、光が収まって恐る恐る目を開いたら、匠でさえ度肝が抜かれるほどの見知らぬ白亜宮のような大きな柱と壁に囲まれた空間。


しかもエキストラの配置も完了済み。周囲には白と黒のローブに身を包み、杖を持った魔法使いみたいな奇特な格好をした者が八名。その後ろには重厚な甲冑に身を包んだ騎士の格好をした者が倍の十六名。


しかも相当年期が入っているようで衣装はずいぶんと使い込まれており、とても素人ではない。その道の兵のようだ。武芸か仮装かは置いといて。


そしてその中心で数歩前に出て、お祈りのような姿勢で感極まった表情で先ほどの歓声をしたのが、この異様な空間の中でも一際目を引くお姫様だった。


皆が呆気にとられるのも無理がない。いつの間にこんな大舞台の劇場に参入してしまったのか、過去と現在の記憶の糸が繋がらない。


……あー、うん、分かった。これってあれでしょ? ドッキリとかでしょ? 


誰かスタッフがプラカード持ってどこかで待機しているんでしょー? お願い

だからそう言って。だってそうじゃなきゃ説明つかないし……。


だって見方を変えれば集団拉致事件だよね、これ? ファンタジーからサスペンスなんてごめんこうむりますよホント。


ああ、教室の壁っていつから取り外し可能のスタジオになったんだろうねー。さすがはプロだなー。全然気付かなかったよー。すごいすごいー。うん、拍手でも称賛でもなんでもするから今すぐ家に帰してくださいお願いします(泣)。


「あ、あの……ここはどこですか? それに召喚って……? どういった要件で俺たちを……?」


現実逃避気味なあたしに代わって、お姫さま(仮)の発言に困惑の表情で返答するのは、クラス委員長の本岡透もとおか・とおるくん。


偶然最前列にいたこともあり、教師のいない状態から皆の困惑を代表するようにおずおずと小さく挙手して質問をする。


相手を極力刺激しないように控えめの態度なのは警戒心が拭えないからか。最悪の事態を想定すれば、あたし達は捕虜で何かしらの人質なのだから。


さすがは委員長。その左腕に巻いている白と赤の腕章は飾りじゃないようね、よく言った。そのまま注目を浴びて死角を作ってちょうだいな。その間にあたしは人知れず退場しますので。この茶番劇に付き合う気など毛頭ございません。


あ、入場料とか後で請求しないよね? びた一文払いませんよ? そんなお金は一人暮らしの仕送りに頼る肩身の狭い生活をしている身では持ち合わせていませんのでね。


「はい、みなさまの困惑は当然のことと思いますが、詳しいことをご説明をいたしますので、ひとまずは謁見の間へとご案内してよろしいでしょうか?」

「謁見の間? えっと……それってもしかして、王様とかがいる、ところのですか……?」

「はい、説明に必要な道具もあちらでご用意しておりますので。どうかご足労願います」

「……まあ、そういうことなら……話がすすまないみたいだし。みんなもそれでいいかな?」


は? おいおい人がいいにも程があるでしょうに。なんでわざわざ罠の張ってあるような場所に誘導されてるの? どうしてそんな素直に承諾できるの? ここが出入口なら遠ざかるのは早計なんじゃないのかなぁ?


だが本岡くんがみんなに振り返って尋ねると、ざわつきはするものの首を横に振る生徒は概ねいないため、一応の同意として受け取った。猿か君たちは。思考停止しているんじゃないだろうかコヤツら。


まあ無理はないのかもしれない。単に思考が追いついていないだけのような気もするが、とりあえず周りに合わせておこうという感じか。


我を押さえ、個となし、全を見据える。主観ではなく客観的な視点での考え方か。ベストではないがベターな反応かな。


何人かは反発するように顔を顰める生徒もいたが、あたしと同じで現状把握に努めることは反対ではないのでなにも言わなかった。


「ありがとうございます。みなさまがお優しく、聡明な方々でご安心いたしました」


そう言って優しく微笑むお姫様に、ほっと安堵で息をつく生徒もいくらか。


その美貌も相まって相手側から敵意や害意を感じないことに、周囲は幾分か緊張の糸が解け、安堵したように警戒心が薄まっていった。


単純なものである。なにも事態は解決していないのに安心していられるその太い神経が信じられない。良くて適応力豊か。悪くて楽観しすぎ。


とはいえ、目立つような行為は自分の首を絞めるようなものなので自重する。あくまであたしはあたしであって、他は他なのだ。とくに親しい友人もいないので、自分がよければ後はどうなろうが知ったことではない。


「それではこちらです。私についてきてください」


ドレスの裾をふわっと舞わせて、先導して歩き出したお姫さまの案内にぞろぞろと同級生たちはついていく。


あたしもとりあえずその流れに追随しながら、こっそりと道中で出口がないか探っていく。保険と用心のためにね。万が一のための脱出経路は確保しておかないと。


それにしてもずいぶんとあっさり案内するものだなぁ、向こう側からしてもあたし達は得体の知れないあやしい集団だと思うが……。


所持品の確認もせずに目視での武装の有無の判断はいささか軽視しすぎているんじゃなかろうか。

もしやなにか安心できる保障か根拠か実績がある? 今の時点であたしたちが害意にならない無力な存在だと知っているとすれば……想像以上に危険な状態に陥っているといっても過言ではない。


ともあれ現段階では情報が少なすぎてプランもままならない。つねに最悪を想定してこちらの優位性を保つとすれば人数さぐらいだが、烏合の衆では足止めにすらままならないだろう。


そんなこんなで顔に出さずに様々な思惑を巡らせながら白亜宮より謁見の間へと案内されること五分ほど。


城の内部に周囲が圧倒されながらを歩いている最中、なんとか異状を正常と判断できるまでに思考を冷静に回復させて周囲に気を配ると、一部の男子生徒の中でなぜか若干興奮気味な会話が聞こえた。


「なあ? これってひょっとしてあれじゃねーの? ほら、よく小説とかアニメで出てくる感じの……」

「異世界召喚系? 王道の? ってことはあのお姫様が言うように、俺たちって勇者様なわけ?」

「だってさー、なんか雰囲気がモロ本格的っぽくね? じゃねーと説明つかないじゃんこの状況」

「うぉ、マジかよ? そう考えると興奮してきた。じつは憧れてたんだよなーこういうの。まさか実際にあるなんて驚きだぜっ!」

「あ、それ俺も俺も。ゲームとかでよく主人公に憧れてたけど、まさか俺たちがそうなるなんてなー! あー、ヤッベ興奮してきたかも! どうしよう!」


どうしよう。


ほんと、どうしようだねコイツら。ああ、どうしようもねーや。


ふーん、やけに落ち着いているなーとは思っていたが、なるほどなるほどね。

うん、まさかこんなふうに脳内ハッピーなお花畑思考で現実逃避しているとは思わなかったよ。あはは、ずいぶんとユニークな発想に行き着くねえ君たちは。


……ばっっっっかじゃないのォ? じゃあなんでまず日本語通じるのさ、とか疑問に思わないわけ? 


西洋系の彼らの口元を良く見れば、日本語はおろか英語ですらない明らかに異なった言語で発声しているのに、もしかして気づいていない、とか……?


え、嘘でしょ? だってなぜか自動的に翻訳されてテレパシーみたいに聞こえているんだよ? そこのところ疑問に思わ……ない、ようですね、そうですかはい。

 

でもなんだ、うん、わかった。


コイツラには期待できないってことがよーーーくわかった!!


どうも受験勉強のストレスで、頭のネギが締まったり緩んだりしているらしい。症状が悪いのはダース単位でネジが抜け落ちてんじゃねーの? 青いタヌキみたいに。


まあいいけどさ。幸せそうでなによりで。

今置ける状況に怖がっている女生徒たちの気も紛れるだろーし? 

変に騒ぎ立てられて嫌な連帯責任を負わされるよりかはマシだろーし? 

刑期を短縮するために、囚人のように紛争地帯で率先して危険地帯に飛び込む地雷撤去要員も必要だろうしねー? 


うん、そう考えると悪くないね。君達の死は無駄にしないから、そのモチベーションを最後まで保ってねー。あははー。


処刑台の階段をスキップで登っていないことを祈るばかりだよ、まったく。


「ん……?」


周囲のハッピーな雑音をできるだけ消しながら二つ目のT字に差し掛かった時、進行方向とは逆の方向からわずかに風が頬を撫でるのを感じた。


風。それはすなわち外から吹いたもの。つまり窓ないし外に繋がる経路があるということ。探し求める出入口の可能性があるということだ。


そこからゆっくりと流れに不自然ではない速度で歩みを落とし、後退していく。

当初の直感に従ってそのままクラスメイトの列の後尾から姿をくらまそうと試みる。


だって、なにかやばそうな気がするし。

脳の奥でチクチクと鳴り止まない危険信号が発しているし。

あたしの直感も全力で逃げろとか。一秒でも早くここから離れろとか呼びかけているし。


もう一度言おう。


やばい。こいつは面倒事のニオイがプンプンする。

それも車の排気ガス以上のヘドロ級の異臭だ。早く退避しなくてはロクなことになりかねない。


それはあたしの14年の月日で培ってきた経験からいえるものだ。悪い予感ばかり当たる碌でもないものだが。だからとっとと逃げるに越したことはない。


だというのに、あたしを阻むものは元いた教室の壁ではなく、リアルな騎士の格好した痛いコスプレイヤーのおっさんだった。


「おや? どちらに行かれますかな勇者様? そちらではありませんぞ?」


あたしたちを囲むように、否、まるで逃がさないように後尾から同行する騎士のおっさんに、つい引きつった笑みが浮かんだ。


はあ? 勇者? なに言ってんのコイツは? そういう設定なのだろうか? 頭おかしいのは見ていれば分かるけどカルトも入ってるわけ? ああ無理。ともかく帰してください付き合いきれません。


そう態度に示し、しれーと騎士と騎士の間を通り抜けようとするが、瞬時に隙間を左右から詰められた。無駄に練度たけぇなコイツら。

ああそう、逃がさないってわけ? エキストラも大変ですネ。担任が倍払うから見逃してくれないかなぁ? 無理? デスヨネー。


口元をヒクヒクと引きつらせるあたしに、目の前のおっさん騎士は困ったような表情を浮かべた。


「おやおや勇者様、どうなされました? 他の方々が行ってしまわれますぞ?」


知らねーよ。いいからそこどけコラ。


とはっきりと言ってやりたい所だが、刺激したくないので自重する。

なにせコイツらときたら、見方を変えればただの誘拐犯だ。

そしてあたしは知らない場所に幽閉された無力な可憐で可愛そうな女子中学生だ。


ならここで逆らうのは得策ではないだろう。策としては下の下だ。

何かの拍子で機嫌を損ない、「人質は二人もいらないよな! ヒャホー! 首チョンパだZEー!」とか言われて処分されたくないしね。


ではどうするか? どうすればこの狂信的な変質者達に事を大きくせずに逃げ出せるか……。


とりあえず相手が話の判る善人と仮定して、ここは一つチッポケな矜持を捨てて全霊をかけて演じてみるとしましょうか。


「あ、あの……」

「ん? なんですかな?」


とりあえずその憎ったらしいツラに、ジャブから牽制させていただきます。


「――ごめんなさいっ、その、と、トイレに行きたいのですが! ずっと我慢していて! だから、もうっ、その、限界で……!」

「え」


羞恥に頬を赤く染め、うつむき具合に内股になり、モジモジを小声で必死に訴えかけるJC。人間死ぬ気で頑張ればできるものさね。


あたしの常識と倫理観がここでも通じるのなら、犯罪者でもこの状況は戸惑いを隠せないはず。


もしここで相手が鼻息を荒くして「が、我慢しなさい! ハアハア」とか、尿意を我慢する女子中学生に興奮する変態さんだった場合、強行突破も止むを得ないが。


はてさて、いったい相手のご反応は……?


「そ、それはすまなかったっ。う、うむ、トイレならここを――あ、だ、だが、しかしそれでは……」


フィーシュ! よっし、成功。


面白いぐらいに狼狽するおっさん騎士に、作戦の成功性が高まってニヤリと内心でほくそ笑む。よかった変態さんじゃなくて☆


お姫様以外に女性が見当たらないこともラッキーだ。その作戦、プライドを捨てれば大抵どうにかなる。


さてさて、目の前のおっさんが隣の騎士に相談するものの、相手もどうしていいかわからず困惑していた。女兵士の役者って少ないんですかね?


なにはともあれ、この気は逃さない。すかさず若干の涙目で上目使いに一歩つめ、止めの言葉を投げかける。


「あの、場所を教えていただけませんか? もう我慢の限界で……! 用が済めばすぐに戻りますから……!」


うん、用が済めばね。すぐに『家に』戻りますから。

べつに一人ぐらいいなくなっても問題ないでしょ? 30分の1だよ? いいじゃん別に。あばよ、とっつあ~んってね。


そんな内心を欠片と表に出さずに迫真の演技を続けるあたしに、つい反射的におっさん騎士は前にある進行通路を指さした。


「こ、この先を真っ直ぐ行った先に、謁見の間とは逆の方向に女性用のトイレが――」

「あ、なんか潮が引いたように治まってきたんでいいです。もう少し我慢します」


って進行方向のそっちかよ!? もー意味ないじゃんそれじゃー!


呆気にとられる騎士コスプレイヤーのおっさんに踵を返し、集団に追いつくために若干の早足であたしは追いかける羽目になった。向こうの退路を探るのは後回しにするほかなさそうだ。

うう、恥ずかし損だよこれじゃ。精神的慰謝料請求できないかなぁ~コレ。無理か、とっとと忘れて諦めよ。


で、さらに歩くこと数分……。


お気楽な一部の男子たちの会話にうんざりしながら周囲を警戒しながら探っていると、目的地に着いたようだ。

ああ、結局出口となるようなものは発見できなかったな。まあ謁見の間で血が流れるようなことはないでしょーたぶん。床のカーペットも汚れるだろうし。


そんな楽観主義があたしにも感化されたのか、ぞろぞろと委員長を筆頭に謁見の間に足を踏み入れる。

そしてあたしを最後に背後の扉が重々しく両脇に控えていた兵士によって外から閉ざされると、


ガチャン。


と、施行音。外側からロックされて今更ながらに危機感が胸の奥から込み上げてきた。


あれ? もしかしてこれって……閉じ込められた??

息抜き作品です。需要があれば続きを書くかも?

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