表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乃木咲学園物語  作者: ハコオシ
2/2

第2話

「体内に入ったウィルス等の病原体は、異物と認識され……」

1時限目の授業が始まった。静粛な教室に教師の声だけが聞こえる。

ペラッ。生徒達が同時に教科書をめくる音が数十に重なる。

ペラッ。生徒は誰一人として口を開かず、静かに教師の説明を聞き、教科書を読み進める。

薫も黙って授業を聴いていた。教師が適宜行った板書の内容をノートに書き取る。この学園の授業がどこの単元まで進んでいたかは事前に連絡されていた。特に難しいところは無い。

淡々と授業は進み、気が付いたら一時限目終了の時間となって授業終わりのチャイムが鳴っていた。



再び休み時間である。薫は辺りを見回した。まだ、クラスの生徒全員と挨拶が済んでいない。教室にはまだ、名前の知らない同級生がたくさんいる。見ると友達同士おしゃべりしている者もいれば、一人自分の席で読書をしている者もいる。

先ほどの北条らは積極的に話し掛けてくれたが、その他の生徒――自分ににさほど興味が無さそうな子に対しては自分から挨拶しに行った方がいいだろうか?



そういえば自分の前に座っている子の名前もまだ知らなかった。左隣の席の生徒はまだ来ていない。今日は欠席だろうか?そして左斜め前の生徒――女の子であった――はすでに席を外していた。

とりあえず、薫は目の前の生徒から始めることにした。先程薫が自分の席に向かう際、慌てて合った目を逸らしたあの男子生徒である。

まず薫はその男子生徒の後ろから彼の様子を伺った。

小さな背中の向こうに、何かの画面――これはノートパソコンだ――ノートパソコンのなかでも薄くて軽量、小型のものが見えた。

画面には記号と英語であろうか、アルファベットの語がびっしりと並んでいる。おそらくプログラミングの画面である。

少年は猫背の姿勢で、両手をキーボードにおき、澱み無く指を動かしている。画面には新しいプログラム言語が書き込まれていく。

集中していそうなところ悪い気もしたが、薫は後ろから手を伸ばし、少年の右肩をトントンと叩いた。

すると、ビクッと首が埋もれる勢いで肩が持ち上がり、間髪を入れずにガタッと椅子の音を立てて、少年は薫の方に振り返ってきた。

目を点にして、何事かと言わんばかりの驚愕の表情で薫を見ている。心なしか眼鏡もずれている。

「あ……ご、ごめん」

ただ話し掛けようとしただけなのに、どうやらとてつもなく少年を驚かせてしまったようで、薫はとりあえず――悪いことをしたつもりはなかったのだが――謝った。

「な……なに?」

びっくりした表情がまだ直っていない顔で少年は薫に用を尋ねた。

「いや……自己紹介、したいなって思って」

「……」

「私、早瀬薫。……後ろの席だから、よろしくねって言おうと思って。」

「こ……駒澤春人(こまざわ はると)

慌てた動きで少年はごそごそと制服からなにかを取り出し始めた。少年が差し出した生徒手帳である。写真と名前が載ってある。

そこまでしてくてなくてもいいのに……と思いながら、薫は「駒澤……春人君っていうんだ……。あ、もういいよ。ありがと」と少年の名前を確認した。春人は生徒手帳をしまった。

――ちょっと変わった男の子だ。

眼鏡の奥の瞳は潤んでいて、眉は細く、中性的な顔立ちである。生白いの肌が髪と眼鏡の縁の黒色と対照的であった。厚みの無い身体がひ弱そうな印象を与える。

「何してるの?」

薫は春人のパソコンを指して尋ねた。

授業でノートパソコンを使うとは聞いていないから、そのノートパソコンは彼の私物なのだろう。趣味か何かでやっているのだろうか?

「えっ、えっと……その」

大したことは訊いていないつもりなのだが、春人は動揺してるのか、口をもごもごさせている。

「……パソコン、好きなんだ?」と薫が会話を主導する。

「う……うん」春人はコクコク頷く。おどおどした表情で、返事はたどたどしい。

「そうなんだ。……えっと、よろしくね?」

「よ、よろしく……」

春人は恥ずかしそうに、目を合わせないで俯き気味に返した。

少しの会話にも難儀しているこの少年が少し可笑しくて、薫は微笑した。



その後、再びノートパソコンに向き直ってキーボードを打ち始めた春人をしばらく後ろから眺めていた薫であったが、視界の端で、隣の机の上ににドサッと鞄が放るように乗せられたのが見えた。

薫は反射的に隣を見る。

すると隣にはすらりとした体の男子が立っていた。

その少年の姿に薫は一瞬目を奪われた。

薫が少年のほうを見たのと同時に、少年も薫に気が付いたようである。流し目ででちらっとこちらを見てきた。

二人の目が合う。

薫は何故だか咄嗟に視線を外してしまった。

見知らぬ人間が隣に座っていることに気付いた少年は、薫に顔を向けて、視界の真ん中に薫を捉える。

(えっと……何か言わないと……)

学校に来てみると知らない人間が隣に座っていたとなれば、誰だって不思議に思うであろう。

薫はそっと視線を戻し、少年の様子を伺う。

「あの……」

少年の顔を見ながら、恐る恐る口を開いた。そんな薫をよそに、少年は薫を見下す形でじーっと薫を見ている。怪しい人間を見るような険しい目つきである。

そして、

「誰だお前は?」

少年は不躾にそう言い放った。

「え?あっ……えっと私は…」

唐突な言葉に薫はあわてる。

すると、返答にまごつく薫にしびれを切らしたのか、少年は薫を無視して「まあいいや」と、勝手に話を打ち切って、椅子を後ろに引いて自分の席に座ろうとする。

「えっ、ちょっと……」

自分から質問をしたにも拘わらず、にべもないその態度に呆気にとられている薫を無視して、少年は席に座ってしまった。

するとその時、

「今日来た転校生だよ」

と、また新たな一人の少年が、隣の少年の後ろからやってきた。

「おはよう。七雄(なお)

爽やかな笑顔と共にその少年は薫の隣の少年――「七雄」いうらしい――に挨拶した。

七雄は新たに現れた少年に目を遣る。そして短く「転校生?」と訊いた。

「そう。転校生。名前は早瀬薫さん。まあ僕も初めて話しかけたんだけど」

後ろから来た少年が薫のほうに顔を向ける。

「はじめまして、早瀬さん。僕は黒田カイ。こいつは一橋七雄(いちはしなお)

黒田カイは薫を見た。聡明そうで端正な顔立ちである。顔は小さく、脚は長い。 しっかりと黒い髪は品があって、制服をきちんと着こなし、まるで貴公子のようだ。ニコッと笑うその顔は優しそうな内面を予想させた。

他方、一橋七雄は茶色がかった髪を向かって左から右に流し、制服はボタンを止めず、ネクタイも緩め、少し着崩している。鋭い目つきと冷たそうな雰囲気が少し不良そうな印象を与える。だが、個性的な魅力があった。

対極的な肌合を持つ二人であった。

――正直、二人ともカッコいい。

「早瀬さんはどこから来たの?」

突如現れた美少年二人に我を忘れてしまった薫であったが、黒田カイの問いかけに薫ははっと我に返った。

「あ……大阪から……」

「そうなんだ。これからよろしくね」

建前の域を出ないと取れなくもない僅かな会話を交わした後を、黒田カイは七雄の方を向いてしまった。

「お前も挨拶しろよ」

一橋七雄は「いらないことを」といわんばかりの非難めいた視線をカイに遣る。

「……」

薫に目を向けた七雄であったが何も言わない。

「早瀬薫です。よろしく……」

七雄の無言の圧迫に薫はおずおずと名乗った。

「……一橋七雄だ」

七雄はぼそっと名乗った。

「全く……そういえば、なんで遅刻したんだよ?」

七雄の様子に呆れた様子のカイであったが、思い出したようにそう訊ねる。

「寝坊」

七雄はそう答えると、席に座った。

カイは「またかよ」と苦笑する。

二人は他愛の無い会話を続けた。薫は二人の様子を見ていた。

楽しそうに話をするカイに、七雄はぶっきらぼうな態度で答える。だが、二人の間に険悪な感じはない。二人が、気が置けない仲であることが感じられた。

「今日集まるからな。忘れるなよ」

カイはそう言い残して去ろうとする。

「あ、そうだ。」カイは薫のほうを振り向いた。

「早瀬さん。こいつ無愛想だけど、まあ気にしないでね」

「う、うん……」

二人のことが気になる薫は、二人――とくに人当たりの良さそうな黒田カイと話がしたかったが、二人の会話に自分も参加しようとする前に、黒田カイはこの場から立ち去ってしまった。

薫は一橋七雄と二人で取り残され、気まずい空気が流れる。

「……なんだよ?」一橋七雄は、カイが言った通りのぶすっとした表情で目を細めた。

「いや、別に……」

七雄はふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。



「あ~七雄~」

甘えるような声とともに、七雄のところに今度は女の子が駆け寄ってきた。

「遅いよ~何してたの~」

その子は七雄に向かい合う形で机に手をつき、前に身を乗り出す。

この子は確か斜め前に座っている子だ。

顔は小さく、黒く長い髪を真っ直ぐ伸ばし、いたずらっぽい笑顔を七雄に向けている。

薫の予想は正しく、少女は薫の席の左斜め前の席の椅子を引き、後ろ向きに座った。

「ねぇ七雄聞いてよ~……」

少女は七雄に話しかける。七雄は煩わしそうな顔をしている。

だが少女はお構い無く、とりとめのないことを一方的に話続けている。

薫はその様子をしばらく見ていた。

すると、自分が見られていることに気が付いた少女は、一瞬こちらに目を向けた。

「あっ……」

目が合った薫は少女に話しかけようとした。

しかし彼女はすぐに視線を七雄に戻して、何事も綯かったかのように話を続ける。確かに目が合ったのに、薫は脇に置かれた形である。

(……)

この少女とは打ち解けるのに時間がかかるかもしれない。薫はそう予感した。



生徒たちが自分の席に戻り始めた。時計を見ると、授業開始間際の時間になっていた。薫は鞄から教材を取り出す。

2時限目の数学の授業が始まった。担当の教師が説明を始める。


しばらくして薫はちらりと隣の生徒――一橋七雄を覗き見た。独特な雰囲気を放っていた七雄のことが先程から気になっていた。

見ると一橋七雄は椅子を後ろに引いてゆとりを持たせて、腕を体の前で組み、頭を前に傾けで、くの字の姿勢で目を閉じている。

(えっ……寝てる……?)

すーすーと聞こえてくるのは彼の寝息だろう。

さっき「寝坊した」と言っていたが、学校でもまた寝るというのだろうか……。

(……)

横からは七雄のしっかりとした鼻の高さがよく見てとれた。目を閉じた七雄の静かな寝顔には、先までの険しい雰囲気は影をひそめている。

あどけない寝顔だった。

しばらく薫はその横顔を眺め続けた。



二時限の授業が終わると、この学級に来て間もない薫を気遣って、北条が再び薫の下へやって来た。

「薫ちゃん、どう?何か困ったことはない?」

「えっと……いまのところは大丈夫だけど……あ、でも」

授業について困ったことはない。だが、薫は一つ、解消しておきたいことがあった。

「なに?」

北条は嬉々として尋ねる。

「クラスの皆の名前と顔、まだ全員わからなくて……」

「あっそうだよね。お互いの自己紹介とかしてないもんね」

「うん。すぐ授業に入っちゃったし……」

自分は遅れてやって来た新参者なのだから、クラスの皆が自分に合わせることもないのだが、出来ることなら知り合っておきたい。

「まあそのうち知り合っていけばいいけど……あっ姫川」

北条は自分達のところに近寄ってくる女子二人に気がついて、声を上げた。

「なに?」その少女は答えた。

「早瀬さんが自己紹介したいんだって」

「ああ、私たちもそのつもりで来たの」

姫川ともう一人の女子生徒が薫の机のそばまでやって来た。

「こんにちは。早瀬さん。私、姫川光(ひめかわ ひかり)

「私は小篠毬(こしの まり)

姫川光は可愛らしい声で名乗った。切り揃えた前髪のすぐ下に大きな瞳がきらめいている。

小篠毬は手足が細く、まるで人形のようで、丸い頬が愛らしい少女である。

薫も挨拶を返した。

「ごめんね。ほんとはもっと早く話しかけたかったんだけど、北条君たちに先を越されちゃったから」

と、少し申し訳なさそうに言う。

「ああ、ごめん」と北条が詫びた。確かに、初めは北条たち、次は隣の一橋七雄たちというように、誰かしら話していた。姫川らは薫に話しかける機会をを窺っていたらしい。

すると姫川が、

「あの、早瀬さん。私たちの他にまだ紹介したい友達がいるの」

と切り出した。

「?」薫は首を傾げる。

「ちょっとこっちに来てくれる?」と、小篠毬も言う。

他に紹介したい人がいるというのは、大勢で押し寄せるのを避けて、まずこの二人がやってきたということだろうか。

「ちょうどいいじゃん。行ってきなよ」と北条も促す。薫は「うん……」と言われるがまま二人についていった。



姫川と小篠の二人に連れられて移動してきたのは、教室の前の入口付近の席だった。そこには三人の女子生徒が、席と席の間に屯《たむろ》して話をしていた。

深谷(ふかや)さん」

姫川が彼女たちに声をかけた。三人がこちらを向く。

「早瀬さん、紹介するね。こちらは、十三金夏女(とみがね なつめ)さん、深谷小夜(ふかや さや)さん、そして仏野凛(ふつの りん)さん」

小篠毬が仲介する。三人の女子生徒、三金、深谷、仏野の三人は揃って薫を注視した。

「こんにちは……」

薫は小さくお辞儀をする。姫川と小篠は三人の前に薫を残して離れていった。

「ふ~ん」

左の少女――三金夏女が品定めするかのように、薫を前から横からといろいろな角度から見る。髪は茶褐色で、耳回りの髪を束にして編み込んでいる。

「……」右に立つ仏野凛は相手を見定めるようにこちらをじっと見ている。ミディアムの黒髪が硬い印象を与えた。

「早瀬薫です。よろしく……」

なんというか、あまり歓迎されている雰囲気ではなさそうだ。

「薫ちゃんって、かわいーね」三金夏女がにやにやした笑みで言った。

「どこから来たの?」と右手の少女、仏野が聞く。

「大阪から……」薫は答えた。

「どうしてこの学校に来たの?」

「父の仕事の関係で……」

「何の仕事?」

「……」

無機質に次々と質問する仏野に薫は少し不快に思った。まるで身元を洗われているかのようで、いい気分はしない。

「どうしたの?」

仏野が眉を上げる。

「……よく分からない仕事」

正直に答えたくなくなって、薫ははぐらかした。

「えっ?分かんないの?」夏女がにやにやした笑みで訊く。

「……」

薫は黙った。

「いきなり失礼よ。あなたたち」

奥に立つ深谷小夜が口を開いた。

「深谷小夜よ」

中央の少女が口を開いた。

細い腕や脚は筋肉の膨らみがなく、白い棒のようである。艶やかな黒髪に陶器のような肌。つるっとした頬の上に大きな目がぱっくりと開いている。

深谷小夜はゆっくりと薫を見て、

「ふ~ん、そう。あなたが」と独り呟いた。

「……」

薫は反応に困ってただ立っている他なかった。

深谷は何か納得したように頷くと、

「私たちと仲良くなりたかったら、いつでも来ていいわ」

「えっ」

薫は深谷を見た。深谷は微笑んでいる。しかしその瞳はまるで真っ黒に塗りつぶしたようで、全く感情が読み取れなかった。

「えっと、うん。ありがとう……」

薫は一応礼を言った。

「もういいわ。行って」唐突に深谷は薫に告げた。

「えっ?」

「もう戻っていいと言ったの」

「……」

どうやら用は済んだようだ。薫はなんだかよく分からない気持ちでその場を後にした。



四時限が終わると昼食の時間である。薫のもとに高見と千葉、熊元、京極、そして前川がやってきた。

「薫ちゃん、お昼ご飯食べに行こうよ」

と京極が言った。

転入前の学校からの説明で薫はすでに聞いていたが、昼食は構内の食堂でとることができ、生徒達は食堂に移動することになっているらしい。

「うん」

薫は席を立った。

食堂は、薫たちがいる校舎とは別にあり、学園の西側、校舎に対して垂直に建っている。

京極たちに連れられて、薫は校舎から食堂に移動する。

「薫ちゃん知ってる?この学校元は大学だったんだよ。」高見が説明する。

「あ、うん。知ってる。……丸ノ内……先生?が言ってた」

薫は今朝の丸ノ内との会話を思い出した。

「なんだ知ってたんだ。全校生徒皆、昼食はそこで食べるんだよ。すごく美味しいよ。それにお金は要らないし」

一同は校舎一階まで降り、外へ繋がる扉を開けた。校舎と食堂は屋根のついた渡り廊下で繋がっており、雨の日でも生徒たちが移動しやすい造りになっていた。

「ここだよ」

高見が先に立って、食堂の扉を開けた。

食堂は広々としたフロアを持ち、そこに上品な純白のテーブルクロスが掛けられた丸テーブルがいくつも置かれていた。まるで高級なレストランか、あるいは結婚披露宴の会場のようであった。

丸テーブルは6~8人座れそうな大きさである。食堂内を見ると他にも4人位の小さめのテーブルも併せて設置されていた。

一見しても分かるが、かなりの人数を収容できる大きさの食堂である。高見が言うには、学園の生徒全員が入ることができるようになっているようだ。

「高見君、北条君は?」

薫は高見に訊ねた。教室を出るときから北条の姿だけ見当たらない。そのうち来るだろうと北条の合流を待っていたが、その気配は無い。

「えっ?ああ……北条は後から来るって」

用事か何かだろうか?しかし、一緒に食べはするらしい。薫はもうしばらく北条を待つことにした。

ただ、高見が少し言い澱んでいたことが、心に引っ掛かった。



「薫ちゃん、こっち」

京極が手招きをする。料理を取りに行くべく、薫は京極らと共に、他の生徒たちがなしていた列に並んだ。

主食、副食の主菜と副菜、そしてスイーツが選り取り見取りに並べられており、生徒たちは各々好きな料理を皿に取っている。

「はいこれ」京極がこの場は初めての薫に大皿を渡した。

「好きなものを好きなだけとっていいからね」

京極は手本を示すように先に手に取った皿の上に料理を載せていった。

「美味しそう」

薫も料理を皿に取る。

長い台の上には多彩な料理が並べられて、生徒らはそれらから好きなものを選んで取っていく。奥の厨房では料理人が作業をしており、生徒の個別の注文にも対応していた。

「ここに座ろっか」

高見が空いていた大きめのテーブルに席を取った。メインの料理を取った一同は一旦席に着いて皿を置く。

薫たちは次に飲み物を取りに行った。



「あれ?」

薫がテーブルに戻り、席に着こうとしたとき、偶然北条の姿が目に入った。薫たちの座るテーブルから少し離れたところに北条はいた。

「あっ、北條くん来てるよ。あそこ」

「えっ?」

高見は薫が指差したほうを見る。

「私、呼んでくるね」

「あっ、薫ちゃん!」

言うが早いか、率先して薫は北条を呼びに行った。

「北條くん!」

真っ直ぐに北条の下に向かった薫は彼に声を掛けた。

「!」

北条は驚いたように薫の方を振り返った。手には料理を盛った皿を持ち、いままさにそれをテーブルに置こうとしているところであった。

(あれ……?)

北条は高見たちとは別の所で食べるつもりなのだろうか?彼らは仲が良いみたいだからてっきり昼食も席を同じにするかと思っていたが……。

「薫ちゃん……」

北条はなぜか、ばつの悪そうな顔をしている。

「北條くん。私たちあっちで食べようと思っているんだけど……」

「あっ……えっと……ちょっと待ってて……」

「?」

すでに先約があるのだろうか?薫は北条が対していたテーブルを見た。

テーブルには三人の女子生徒がいた。――三金夏女、仏野凛、深谷小夜である。三人は、多人数のための大型のテーブルを三人で広々と使っていた。

三人はそろって薫を見ている。視線が冷ややかだ。

薫は、この場の冷めた雰囲気――よそ者がしゃしゃり出てしまったときの場違いの感――を感じた

「どうしたの早瀬さん?何か用?」

テーブルに座していた深谷小夜が口を開いた。

「北條くんを誘いに来たんだけど……」

「そう。北条はすぐそっちに行くから、先に席で待ってて」

なぜ彼女が答えるのであろう……?しかも北条のことを呼び捨てるなんて……。

「薫ちゃん……ちょっと」

そのとき、高見が後ろからやって来た。そのまま薫の腕を引いて、薫を深谷たちから離す。

「えっ?」と薫は訳がわからないまま、高見に連れていかれた。



深谷たちから離れたところで、高見は薫に向き合った。

「何て説明したらいいかわからないんだけど 」と高見が困った顔をする。

「……北條くん、何をしてるの?」

薫は北条たちの方に顔を向けた。

見ると北条が再び料理の並ぶ台に一人向かっていって、皿に料理を取り始めた。深谷たちはテーブルに座ったままなにもしないで、おしゃべりをしている。

(北條くんに運ばせてる……?)

料理を皿に取った北条は深谷たちのいるテーブルに戻り、皿を深谷の前に差し出した。

深谷、あるいは深谷を含めた三人は北条に食事の支度をさせていたのである。

「こういうこと、本人抜きで勝手に話しちゃいけないんだろうけど……」

迷っている様子を見せながら高見は話し始めた。

「深谷の……あっ真ん中の子なんだけど……彼女の父親は国の経済界の重役で、北条の父親はその傘下の企業経営責任者なんだよね……」

いきなり二人の親の話になって、薫は一瞬、訳がわからなかったが、

「だからその……北条もちょっと困った立場にいると言うか……」

という続きの言葉を受けて、薫は察した。

高見は言葉を選んで発言したが、要するに親が北条の親よりも偉い深谷は、親同士の間の上下関係をこの学園にまで持ち出して、北条を手下や召し使いのように扱っていたのである。

「だからその……立場が深谷のほうが上なんだよ。」

高見が苦い表情で言う。

「えっ、でも……」

薫は疑問に思わずにはいられなかった。親の地位や立場がどうであれ、二人は同じ学生なのに……。

「いやっ、わかるよ!もちろんこれがちょっとおかしいっていうのはわかるんだけど……」

高見が先を制した。

「北条も気にするなって言ってるし……他人が首突っ込むのもね……」

たしかにその通りではあった。ましてや薫は北条と初めて知り合ったばかりなのである。事情も、それ以前に北条のこともまだよくしらないのに、いきなり口出しできるわけがない。

「しばらくしたら来るから、それまで待っててくれる?」

「うん……」

薫はそう言うほか無かった。



席について北条を待っている間、薫は京極らと話をしたり、あたりの様子を見渡したりしていた。

「ごめんごめん!」

北条が薫たちの下にやって来た。自分の料理を手に持っている。

「おう」と高見たちが応じる。

「じゃあ、食べよっか」京極が両手を合わせる。

ここでようやく、薫たちも自分の料理に手をつけた。

食事中は高見が陽気に話を盛り上げた。高見たちは北条の「事情」を知っているのであろうが、だれもそれについて触れたり、気まずい雰囲気を出したりせず、ごく自然な態度であった。それが黙認や諦めの感情から来るものなのか、それとも優しさからのものなのかは、薫にはまだわからなかった。もちろん薫も北条にその「事情」について追及することは出来るはずもなかった。

「薫ちゃん。どうこの学校?」

北条が半日過ごした感想を訊ねた。

「えっ?うん、いいところだね」

決して嘘ではないが、ただ先の北条と深谷らの複雑なところ(・・・・・・)を目撃した直後に感想を求められても少し困る。

「でもちょっと変わってない?」千葉が入ってきた。

「えっ?」薫は千葉の方を見る。どういうことだろう?

「この学校、普通の学校とはちょっと違わない?俺も二年生のときに転入してきたからわかるんだけどさ」

「えっ、そうなの?」

「うん」千葉は頷いた。

「そうだったね」と北条たちが相づちを打つ。

「だから、一年までは違う学校に通ってたんだけど、やっぱりちょっと変わってるよこの学校」

「そうなの?」京極が首を傾げた。

「うん。勉強とか進む早いし、奥深いところまでやるし……まあ別にいいんだけどさ。あと、生徒のほうも、ちょっと違うかな。」

「違うって、例えば?」

「そう言われると難しいんだけど、なんかこう……個性的な人が多い感じはするかな。……薫ちゃんもそう思わない?」

「うんと……まあ少しだけなら」同意を求められて、薫は迷い気味に頷いた。確かに それはわかる気がする。

「人数も少ないしね。まあ私立だからなのかも知れないけど。あと昼食も、こんなすごい食事、他の学校では出ないよ。普通、弁当だし」

「弁当?」京極が目をぱちくりさせる。「弁当ってなに?」

「えっ……そこから?」千葉は戸惑った。



皆が話してるなか、

「あっ、ねえ」

と、薫はあることを思い出した。

「?」皆が薫を注目する。

「松永栄茉さんっていう人知らない?」薫は当初抱いていた、友達との再会への淡い期待を思い出した。 今まで初めてのことに追われて、忘れていたのだ。

「松永栄茉?」「だれ?」

皆が顔を見合わせる。「知ってる?」「いいや」

「学年は?」北条が薫に訊ねる

「私と同い年だから、3年生のはずなんだけど」

「うちのクラスにはそんな子はいないけど……」

「他のクラスは?」

「3年にはクラスはひとつしかないよ」高見が答えた。

「えっ?」薫は驚いた。

「この学校、3年のクラスは1つだけなんだ」高見が説明する。

「そうなの?」

「うん。生徒の数が少ないからね。2年生もひとつしかクラスないし。1年生は2つあるけど」

「そうなんだ……」

知らなかった。確かに、他の3年生の教室が見当たらなかった。

では、松永はどこにいるのか?

「その松永さんっていうのは、だれ?」京極が訊ねる。

「中学の頃、友達だった子なの。私とは進学する高校は違ったんだけど、この学校に行くって言ってたから、また会えるかなって……」

「そうなんだ……う~ん、」

北条が同情するように、曇った表情をする。

とはいえ自分たちも知らないので、どうしょうもない。

その時、

「1年の時いたよ」

それまで黙っていた前川が短く言った。

皆が彼女の方を見る。

「1年の時、私と同じクラスにいた。皆は違う組だったから知らないだろうけど。」

「?……あっ、そっか」

京極が声を上げた。何か思い出した顔だ。

「どういうこと?」

「あのね。私たちが1年生のときは、ふたつのクラスがあったの。でも、転校する人とかが多くて、そのあと――2年のときかな、ひとつにまとまっちゃったんだけど、たぶんそれだと思う」

「今、その子は?」と千葉。

「もう転校したよ。」前川は無表情で答えた。

「えっ……」薫は驚いた。

「転校したのは割とすぐだったかな……2ヶ月とかそれぐらい」

「転校先は?」

北条が訊ねる

「さあ。私はあまり話さなかったから」前川は淡白に答え、フォークで刺した料理を口に運んだ。

「そうなんだ……」意外な事実に薫は気落ちした。もしかしたら会えるかと思っていたのに……。

「ごめんね薫ちゃん」北条が薫を励ますように言う。「この学校、転入とか転校多いんだ。海外とかで働く親が多いから、仕事の都合とかで転校する子が多くて。松永さんっていう人も多分そうなんじゃないかな?」

「そっか……ううん。いいの気にしないで」薫は弱い笑みを作って首を振った。

「確かに転校多いもんね。」

「ときどき一人いなくなったりするよね。暫く経ってまた一人……みたいな」

「あ、でも一度に3人居なくなったときもあったね」「あ~、あったあった」

高見たちは会話を続けていたが、内心落胆していた薫には、周囲の話は半ば耳に入らなかった。



賑わう食堂のなかで駒澤春人は独りで座っていた。その春人の前に昼食を持った七雄がふらっと現れる。

「前、座わっていいか?」

「う……うん」

一橋七雄は春人の前に座り、料理を食べ始めた。

春人は上目遣いにその様子を覗き見て、しばらくして自分の食事を再開した。

二人は会話を交わすのではなく、静かに食べる。



昼食の時間を含む昼休みは終わり、5時限目の国語の授業に入っていた。担当教師はは馬場瞳であった。

(栄茉さん……)

松永栄茉との再会が叶わなかったことに、薫の気持ちは沈んでいた。

(どこに行ったんだろう……)

もう会えないのだろうか……?栄茉の行方の手掛かりはない。現実的に考えて、可能性はもう無いと言わざるを得ない。

(会いたかったな……)

薫は寂しく息を漏らした。



6限目が終わると、担任の馬場瞳が教室にやって来た。諸連絡を済ませ、今日一日を締めくくり、そして別れの挨拶をして、本日の授業は終了した。

「今日一日過ごしてみてどうだった?」

生徒らが下校の支度をしたり、友達とお喋りするなか、馬場瞳は薫のところまでやってきた。

「はい。楽しかったです」

薫は少し笑って答えた。

「それはよかった。皆と仲良くなれた?」

「はい。まだ全員とは知り合ってはいないんですけど……」

「ごめんね。交流の時間を作れたら良かったのだけど。授業との関係で難しくて」

「いえ……」薫は首を振る

馬場はもうひとつの用件を切り出した。

「ところで、薫ちゃんは下宿生でしょ?」

「あっ、はい」

薫の家は学園から遠く離れていたので、薫は学園の寮に下宿することになっていた。

「あなたが生活する学生寮は学校の外れたところにあるのだけれど、そこに案内するから後で職員室に来てくれる?」

「はい」

「丸ノ内先生――朝、あなたをここまで案内してくれた先生ね――彼女が寮へ案内してくれるから。一緒について行って。……そうね、丸ノ内先生も仕事があるから、しばらくしてから来て。」

「わかりました」

「うん。じゃあ、また明日からもよろしくね」

馬場はそう言って、くるりと身を翻した。



馬場に待機を指示された薫は、どう時間を過ごそうか思案していた。

クラスメイトらはしばらくの間はお喋りするなどしていたが、次第にそれぞれ帰宅の途につき始めた。

教室の人気もまばらになってきた。

すでに北条や高見も薫に別れの挨拶をして、下校してしまった。

やることもないので、薫はとりとめもなく、教室の窓から見える外の景色を眺めていた。

南に面する窓からは学園の中庭が見下ろせた。植木や花壇の草花が夕日に照らされ輝いていた。

(……)

薫はしばらくその風景を見ていた。



ふと、人の気配を感じて、薫は外に向けていた視線を前に戻した。

見ると前の席の少年、駒沢春人がこちらを――正確には机の上に乗せていた薫の鞄をじっと見ていた。

「春人君?」

どうしたのだろうと不思議に思った薫は春人に声をかけた。

薫の鞄を注視していた春人は、薫の声に驚いて顔を上げた。

「どうかした?」

春人は何も言わなかった。フルフルと首を振って、慌てて教室から出ていった。

「……」

あとに残された薫であったが、自分も教室から出ることにした。教室に居ても何も無い。学園の散策も兼ねてゆっくり事務棟へ向かおう。もし早めに職員室に到着したときは、職員室の外で待っていればいい。

薫は廊下に出た。廊下にはもう誰もいない。

そのまま、階段を下りていく。2階と1階はそれぞれ2年生と1年生の教室がある階だが、人気はほとんど無い。

そのまま薫は校舎から渡り廊下に出た。

そこでふと、薫は後ろを振り返った。

(……?)

どこからか、ピアノの音が聞こえてくる。

風に乗ってやって来た、儚げな調べ。

――どこからだろう?

薫はあたりを見回した。自分でもどうしてかわからないが、気になった。聞き流してもいいはずなのに……。

(あそこかな?)

薫が見上げたのは建物の一室であった。そこの窓は開け放されている。そこから音が漏れているようだ。

(行ってみよう)

職員室に行く約束だが、まだ時間はある。

確かに聞き流してもいいのだが、何故だか薫はこの旋律が気になった。別に音楽の道に通じているわけでもない。しかし、薫はこの旋律に何か惹かれるものを感じた。

薫はその部屋がある階と位置を覚えて、再び校舎のなかに入った。

校舎のなかではピアノの音は聞こえない。薫は記憶に従って、ピアノの音がした部屋を目指す。

外から見た限りでは、窓があけられていたのは、校舎の4階の一番端の部屋であった。

半ば引き寄せられるように、薫は真っ直ぐ、目的の場所へと歩いていった。



薫は階段を上がり、4階にやって来た。廊下には他に誰も見当たらない。

カツカツと薫の足音がひっそりとした廊下に響く。

校舎の4階の突き当たりにその部屋――音楽室はあった。

薫はノブに手をかけ、扉を開く。

遮音のために厚くなっている重い扉がゆっくり押していくと、開いたその間からピアノの音がこぼれてきた。

薫は中に入った。夕日の斜光がぴかぴかの床に反射して、音楽室はオレンジ色に照り映えている。ピアノは教室の右手に置かれていた。

ピアノを弾いていたのは天音カレンであった。

他に人はいない。広い音楽室で一人、天音カレンはピアノを奏でている。

カレンは目を閉じて弾いているようだ。目にも止まらぬ早さで動く指は正確に鍵盤を叩き、涌き出るように、美しい音楽が奏でられている。

カレンが薫に気が付いた様子はない。演奏に集中しているのだろう――楽しんですらいるように見えた。

薫はしばらくじっとしてカレンのピアノを聴いていた。

やがてタン……という最後の一音とともにカレンは優しく指を鍵盤から離した。余韻が音楽室に漂う。

カレンはゆっくりと薫の方に顔を向けた。

「あら、薫様」

始めから薫の存在に気が付いていたかのように、カレンの様子は落ち着いたものであった。

「あ……ごめん、ピアノの音が聞こえてきて」

「ふふ。構いませんわ」

突然現れ、声も掛けずにいたことを薫は詫びた。しかしカレンは微笑んでおり、気にしていないようだ。

「朝、自己紹介して以来ですわね」

そういえば、カレンとは初対面の時に一言交わしただけで、それから話していない。

「うん……天音カレンさん、だよね?」

薫は確認する。

「ええ。カレンとお呼びになって。薫様」

カレンは優雅に微笑んだ。

「いつもここで弾いてるの?」

薫はカレンに訊ねた。

「いえ、いつもではありませんわ。ときどきここに来ますの。今日はこのあと少し用事がありますので。それまでここで過ごそうと思って」

「そうなんだ……」

風格さえあるカレンの佇まいに、薫は何を言っていいかわからなくなる。

音楽室に静寂が流れる。

するとカレンが

「薫様。私とお友達になってくださらない?」

と申し出た。

「友達?」

薫は首を傾げた。

「ええ。私、薫様と仲良くなりたいですわ」

なぜこんなことを改まっていうのだろう?薫は不思議に思った。

「薫様とはきっとよいお友達になれる。そんな気がいたしますの」

薫の当惑をよそにカレンは続ける。

「も、もちろんいいよ。……こちらこそよろしくお願いします」

とにかく薫は頷いた。親しい仲になりたいと言われ、断る理由はない。

「まあ!嬉しい!」

カレンは胸の前で手を合わせて喜んだ。



その後少し会話を交わしたが、薫は職員室に向かわなければならなかったので、カレンに別れを告げて、その場を後にした。

そして、学生寮に案内してもらうため、丸ノ内のいる職員室に到着した。

別に待たせていたわけではなかったようだ。丸ノ内は事務的な様子で薫に応じ、二人は学園の外れにある学生寮に向かった。



学生寮は校舎からしばらく歩いたところにあった。

学園の敷地内ではあるが、学園の主要な建物のからは隔てられている。例によって、元は大学の学生寮を改修したものであるらしい。学校の事務棟と似た、横長の宿泊棟に共同玄関と玄関ホールが付属した凸型の建物であった。

オートロックの共同玄関を通過し、エレベーターで自分の部屋の階に上がる。廊下は橙の灯りであたたかく照らされている。

薫に割り当てられた部屋の扉を丸ノ内は解錠し、その鍵を薫に渡す。丸ノ内は薫を部屋に入れると自身も中に入り、一通りの説明をした後、退出していった。

薫は一人部屋の中に佇み、部屋を見渡す。すでに室内には、薫の荷物が運び込まれている。

部屋は一人用であったが、中は十二分に広く、内装も綺麗で快適そうだ。

「はあ……」

やはり登校初日とあって多少は気が張っていた薫は、身体の力を抜いてドサッとベッドに背中から身を倒した。茶色がかった黒髪が白いシーツの上に広がる。

「……」

そのまま天井を見る。しばらくぼーっと何も考えないで、白い天井を見ていた。

今日一日のことが思い出される。

北条に高見……隣の一橋七雄に黒田カイ……深谷小夜……そして天音カレン。

誰もが個性的で、以前いた学校の普通の生徒とは異なる存在感のある者たちだった。中には癖のある人物も……。

それにしても美少年と美少女ばかりなクラスだった。家が裕福な家庭の子どもというのは、軒並み美形なのだろうか。

(なんか、すごいところに来ちゃったな……これからどうなるのかな……)

気疲れしていたこともあってか、気付かないうちに薫は眠りに落ちていた。



薫が寮の自室に入った少し前、陽が傾き、薄暗くなった学園の一室に彼女らは集まっていた。

窓から差し込む沈みかけの夕陽が、室内にいる者の顔を反面だけ映し出した。

「……どういう奴なんだ?」

男の子の声が発せられた。

「彼女は『自然児グループ』の一人だよ。グループの中でも最長の『17年間』だね。」

別の男の子の声が応じる。優しい声色である。

「聞いていないが」

「それは君が前の『集会』をすっぽかしたから」

「……」初めの声の主――一橋七雄は沈黙する。

「……他の奴らは?」沈黙の後、再び七雄が訊く。

「他の方々は全てお亡くなりになっていますわ」

今度は女子の高い声がした。

「まあ、『17年』組はそんなに数は多くないし、一人残っただけで上出来じゃない?」

優しげな声――黒田カイが補足するように言う。

「検査はちゃんとしているのか?」と再び七雄。

「問題ない。もちろん潜伏期間等も全て考慮に入れてる」別の声が答える。「病気を持ち込まれたら危険だからな」

「それで、どうするの?カレン」

カイが先程声を発した少女――天音カレンの方を見る。

「いえ。今は特に何もありませんわ。」

教室の奥に座っていたカレンはゆっくりと顔を左右に振る。

「ただ、栄茉様の御言葉もありますから」

カレンはカイに目を向けた。

「そうだね。それじゃあ……」

まるで二人の間で言葉にならない会話が交わされたようだった。カレンの意を察したカイは、例のように不機嫌そうな表情の少年にあること(・・・・)を頼んだのであった。


その日その日言い訳を作って、投稿を明日に延ばす……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ