7 炎の中で
苦しい・・・
オトタチバナはひざをついた。大火で周囲に逃げ場はなく、その火はどんどん自分たちに向かってきていた。
もはや熱いを通りこして、痛いと肌は悲鳴をあげている。吸いこむ空気でのどをやけどしてしまいそうだ。
(不覚をとった)
オトタチバナは自分を責めた。今にして思えはいくつも予兆はあった。
まず、駿河国に相模国造が現れたこと。彼が事前の情報になかった神がこの野の中の大沼にいると言ってきたこと。そして最後まで案内せずに途中で帰っていったこと。いくらでもある。
尾張でのもやもやした感情を引きずったゆえの失態である。
周囲が火で熱くなり、付きそう護衛たちも余裕がなくなっていくなか、オトタチバナは自分が逆に冷静になっていくのを感じた。
「オトタチバナ、大丈夫か! しっかりしろ」
ヤマトタケルは自分の肩をだいて必死に呼びかけている。炎に囲まれていることより自分の心配をしているようだ。
ミヤズヒメのことで嫉妬してしまったが、夫は自分のことを大事に思っていてくれる。そのことが彼女にはうれしかった。そう思うと、力がわいてくるようだ。
「あなた、ヤマトヒメ様からいただいた小袋を」
「叔母上からもらった・・・これか?」
「今から言うとおりにしてください!」
そう言うと、袋を開けて中から火打石を取りだした。そして夫に周囲の草を刈るように指示をだした。
ヤマトタケルは護衛の兵たちとともに草を刈りはじめた。
彼は霊剣を抜いて草を刈りまくる。以後この霊剣は『草薙の剣』とも呼ばれるようになる。
刈った場所に火の中に取り残された者たちを集合させとりあえずの安全を確保する。
「オトタチバナ。草を刈ってもやがて火はこちらにきて焼き殺されてしまうぞ」
「あなた、大丈夫です。お任せください」
(ヤマトヒメ様、力をお貸しください!)
念じて火打石で火を起こした。
そうすると、オトタチバナの起こした火は、こちらに向かってくる炎の方向に進んでいった。
「おお! 道ができた!」
ヤマトタケルはさけんだ。
それは大神宮のヤマトヒメの力なのか勝利を祈る巫女たるオトタチバナの力なのかは分からなかったが、向火が自分たちを焼き殺そうと迫ってきた炎を焼きしりぞけ、一本の脱出口となる道を作りだしたのだ。
「さあ、今のうちです!」
オトタチバナが言うと、大和の兵たちはその道からつぎつぎに炎の外に脱出した。
オトタチバナもヤマトタケルに抱きかかえられるように道を走った。
「しっかりしろ! もう少しだ」
夫の心からの気づかいの声に幸福を感じながら、オトタチバナはこの時に夫が自分に示してくれた愛情を忘れないでおこうと決意した。
その後、彼らは相模国造を倒し東に向かった。