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5 尾張の美姫

ヤマトタケルが伊勢に進路を定めたころ、エヒメは実家のある三野国でオトヒメと合流していた。そこで、隣国の尾張国に『ミヤズヒメ』という若い美女がいると、オトヒメがつきとめたという話を聞いた。


「なんとか、その方にあえないかしら」


うーん、とエヒメが思案を始めると、オトヒメはあっさりと


「?…会えますよ。私、じかにお会いしてきましたもの」


そう言って、会わないと本当に美人かどうか 判らないじゃないですか、と笑いだす。

エヒメはあ然として聞いた。


「会ってきた、どうやって?」

「?…ふつうに。三野の大根王(オオネノミコ)の娘ですって言ったら、会えましたよ。いつもお一人でさみしかったらしく、また遊びにきますって言ったら喜んでくれていました」


堂々と本来の身分と名を告げてきたらしい。たしかに、そのミヤズヒメと自分たちは同格だ。会おうと思えば会える。逆にいやしいものと思われれば、会うことはかなうまい。だが、いま自分たちは策謀のために動きまわっているのではないか。目立つのはご法度だ。オトヒメはうかつなことをしてしまった。


「お姉ちゃんと同じくらい美人でしたね。男ならだれでも見とれてしまうでしょう」


など批評している妹になんと言ってやろうかと思ったが、ふと考えをあらためた。

(本来の身分で近づいたのはむしろ正解かも・・・)

ミヤズヒメのような立場なら同格身分の友がいてもいいが、出身も身分も不明なものがまわりでうろちょろしていたほうが、悪い意味で目立ってしまう。


ゾクリっと寒気が背をはしった。

(オトヒメにはこういう怖さがある)

考えすぎるところのある自分ではできないことを、とくに考えることもなくおもいっきりのよさで越えてしまう。それが悪い結果にならない。むかしからこの妹はそういうところがある。


「オトヒメはたのもしわ」

「そうですか?」


心底からそうおもう。自分にはない部分を妹がおぎなってくれるのだ。


「お姉ちゃんのお役にたてて良かったです」


エヒメは、さっそくオトヒメに尾張へもどってもらい、ヤマトタケルが東征してくることをミヤズヒメに伝えさせた。そして、屋敷に招いてもてなすといいと助言させるのだった。

その際、彼の妻になれるように誘惑してはどうかとも持ちかけた。


ちなみに尾張国は陸路の要衝であり、水運も開発され始めている。平野は広く肥沃である。この時代の大国の一つといっていいであろう。ミヤズヒメの格からいけば、ヤマトタケルの妃になる資格は充分ある。


「ヤマトタケル様は帝の御子。見た目も女のように美しい、ミヤズヒメも美しいからお似合いだわ。ーー高貴な方に嫁げる機会は そうないのだから、これを逃してはだめですよ」


オトヒメの楽しそうな話しぶりに、ミヤズヒメはすっかりその気になってしまった。





ヤマトタケルは尾張国に招かれることとなった。ミヤズヒメのこともすっかり気に入ってしまい、屋敷ではすぐに結婚しようかという話にまで盛りあがってしまっていた。

そのような明るい雰囲気からはずれた屋敷の一室で、オトタチバナはひとり機嫌をそこねていた。


「帝の勅命による任務の最中なのに・・・」


声はふるえ、不謹慎ではないかと怒りがこみあげてきた。まあ、複数の妻をもつのは夫の立場からすれば当然のことではあるとは思うのだが、

「こんな時になにを考えているのか・・・」

とつい文句が出てしまう。

己の思考のほうをあらためようとしてみるが、どうにもおさまらない。

(・・・これは、ただの嫉妬ではないか!)

任務うんぬん勅命がどうとかは関係なく、自分はとにかく嫌なのだ。


実は、ヤマトタケルの妃は現時点でオトタチバナひとりというわけではない。大和国に何人かの妃を残してきている。

だが、彼女はこれまでだれよりも夫を支えてきたという自負がある。それなのに今ちやほやされているのはぽっと出の女である。加えるなら、若さや容貌の美しさでは自分はかなわないという引け目がある。それが口惜しいのだ。

オトタチバナはわかっていても自分の感情を制御できなくなっていた。




闇の奥でエヒメは嗤う。


「オトタチバナ様・・・今のあなたに私の思惑がわかるかしら」


エヒメの策謀はヤマトタケルだけでなく、彼を守るオトタチバナにも魔の手をのばし絡めとろうとしていた。




ヤマトタケルとミヤズヒメの結婚は、東征を終えて帰りあがるときに行うことになった。婚約が決まり、大和の兵たちも尾張の人々も口々に良い縁談であると喜びあって、二人を祝福した。


「ミヤズヒメ。必ずお役目を果たして戻ってくる。それまで待っていてくれ」

「はい。ヤマトタケル様、どうかお気をつけ下さいませ」

「うむ」


そんな二人を、オトタチバナは平然そうに、ただ視界に入らないようにしていた。

(私の心よ、どうして鎮まってくれないの!)

モヤモヤする気持ちがわき起こるたびに、そういい聞かせていた。彼女の気持ちはどうにもならないまま、大和の軍は出発するのだった。


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