3 相対する
エヒメはオトヒメとともに情報を集めた。熊曾の手下の生き残りから状況を聴きとり、帰還する大和の兵たちの自慢話を拾い集めながら、おおよそ何があったのか把握した。
「力自慢のヤマトタケル様が、こんな策を用いるとは思いませんでしたね。お姉ちゃん」
「・・・そうですね」
エヒメはしゃくぜんとしなかった。
さらに情報を集めていると、オトヒメが気になる情報を持ってきた。
「オトタチバナ?」
「はい、そうです」
オトタチバナという名のヤマトタケルの妃が、勝利を祈る巫女として同行していること。実は熊曾征伐の策を考えつき 、ヤマトタケルを女装させ送り出したのは、彼女だということである。
「オトヒメ。そのオトタチバナという人のことを、もっと調べてきて」
「わかりました」
そのころ、ヤマトタケルは出雲国に入り、出雲建を討ちとっていた。
オトタチバナは憂鬱な気分であった。
「本当は、出雲建の討伐には反対だったのだけれども・・・」
ため息をつく。
今回の命は、熊曾の征伐である。出雲の征伐までは命令されていない。
夫はオオウスノミコトをさとすように命じられたとき、さとすだけではなく、言うことを聞かない兄を殺すところまでしてしまった。今の苦労はよけいなことをしてしまったからであった。
(命じられたことを、命じられたようにするだけでいい・・・少なくとも今は)
オトタチバナはそう思っている。
だがヤマトタケルはオトタチバナの忠言を聞かなかった。出雲征伐を成功させれば、大和国ひいては父である天皇の威光をひろく知らしめられる、と信じたからだ。
オトタチバナの気苦労も知らず 無邪気なものである。
だが、そんな夫をオトタチバナは愛おしく感じた。
そして、やるからには勝たねばならず、彼女は夫に出雲建を討つ策をさずけたのである。
「なんとか、うまくいきましたか!」
報告を聞いて、オトタチバナはほっとするのだった。
今回の作戦は次のようなものだった。
事前に抜けない太刀を準備する。つぎにヤマトタケルは出雲建と親しくなって、用意した その太刀を出雲建に贈る。そして、太刀合わせを申し入れるのだ。
戦いは一瞬だったらしい。
どちらが敗れても文句なしと約束しあった 二人は太刀を構えようとする。ヤマトタケルが太刀を抜く。出雲建も太刀をを抜こうとする。が抜けない、おやッと思った瞬間、その隙をつくようにヤマトタケルが打ちかかった。
そうして抜けない太刀を持ってしまった出雲建を、ヤマトタケルは打ち倒したのだった。
オトタチバナは出雲の平定がひと段落ついたのを見て、ひとりでゆっくりと休んでいた。
ここはヤマトタケルと出雲建が闘った川が流れ込んでいる湖のほとりである。地元の人の話では、湖のむこうに沈んでいく夕日が美しいという。今日は良い日よりでもあることだから、このままここで夕日の景色を見てみたいと思っていた。
そこへ道を一人の女が歩いてきた。
「・・・綺麗な女性」
遠目からでもわかる、めったに見られぬ美女であった。
オトタチバナは見とれていたが、その女が近づいてくると恐怖がわきおこってきた。その女の雰囲気があまりにも冷たかったためだった。
「お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
女が尋ねた。
(この声は・・・)
聞き覚えがあった。もの影に隠れていたため顔は知らなかったが、天皇と話していた義兄の妻の声にちがいなかった。そして戦慄する。高貴な身のはずが、このようなところに来ている理由は一つ。夫を謀ろうと動いているのは、彼女に違いないということである。
「はい、どうぞ・・・」
オトタチバナは素知らぬ顔でこたえようとしたが、うまくできた自信はなかった。
「出雲大社はこの先でしょうか?」
「ええ、そうです。でも今は大和国の兵が入って、混乱しているようです。あなたのような美しい方がお一人で行くのは・・・」
まあ、と言って女は開いた口を右手のひらでおさえた。
「では、引き返したほうが良さそうですね。ありがとうございます。お名前を教えていただけますか?」
「・・・オトタチバナともうします」
「そうですか。オトタチバナ様、ご丁寧にありがとうございました」
女は一礼して、もときた道を引き返していった。オトタチバナは そんな彼女をぼうぜんと見送るしかなかった。
オトタチバナとの会話を終えて、エヒメは引き返した。特に何事もないよう対応したようにみえたが、内心は驚嘆していた。
(なんて賢そうな女なんだろうーー!)
彼女は本能的に、オトタチバナが類まれな理知的存在であると嗅ぎとっていた。ヤマトタケルに策をさずけ、勝利に導いているのは彼女でまちがいなさそうだ。
しかも、すでに出雲も落ちているようではないか! おどろくべき情報である。
「どうやって出雲を攻略したのかしら?」
エヒメは気になったが、まてまてとはやる気持ちをおさえ、まずなにを優先するべきか考えた。
これが、エヒメとオトタチバナの最初で最後の会合であった。




