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2 熊曾征伐

エヒメは熊曾に到着すると、さっそく熊曾建(クマソタケル)兄弟のもとを訪ずれた。


「なに! 大和から討伐軍がやってくるだと!」

「ふん、返り討ちにしてくれるわ!」


熊曾の兄弟は、うわさ通り横暴な姿をした男たちだった。

だが、エヒメは怯まず言いつのる。


「ご油断なきように。ヤマトタケルは大和国で最も強く、狂暴な男です。万が一のないようにしなければなりません」

「ふん、まあいいか。がんじょうな屋敷をたてて、そこを兵で守りを固めるさ」

「それより! そなたは美しいな。おれたち兄弟の女にならんか?」


エヒメは妖艶な笑みを浮かべた。


「よろしいですよ。ヤマトタケルを打ちとったならば、その祝いに この身をまかせましょう」


エヒメは西の辺境にはめったにいない、美しい女である。彼女を手にいれられると聞いて、熊曾建兄弟は歓びやる気をだしたのだった。強固な屋敷を新築し、兵を三重に配置し態勢を整えた。


「やりましたね。お姉ちゃん」

「ええ、これで旦那さまの敵討ちができるでしょう。頭の悪そうな兄弟ですが、強さではヤマトタケルに劣っていません!」


こうしてヤマトタケルを迎え討つ準備は整った。






ヤマトタケルの軍は熊曾の手前でとまっていた。オトタチバナの進言に従って、まず偵察隊を向わせたのだ。そして、戻ってきた兵士の報告は良いものではなかった。


「なに! 熊曾建兄弟は、それほど堅ろうな屋敷にいるというのか?」

「はい。さらにその屋敷は三重の兵に囲まれていて、つけいることができそうにもありません」


こちらより多数の兵に守られていると聞き、ヤマトタケルは どうしたものかと考えこんだ。

やはり何者かが先回りして、熊曾に大和軍のことが伝わったと理解したオトタチバナは、打開策を考えるのだった。


夜。熊曾建兄弟の屋敷に、一人の女と何人かの男たちが荷車をひいてやってきた。


「おまえたちは何者か?」


守りを固めていた兵の長が、女に尋ねた。


「熊曾建さまが新しい屋敷をたてたと聞き、お祝いを持ってきました」

「感心なことだ。どこから来た?」

「ここから東の方向にある村です」


兵の長から報告を聞いた熊曾建兄弟は喜んで、献上品を受けとるように言った。


献上品とともに女は残り、荷車をひいてきた男たちは帰っていった。

兵の長は女も献上品の一部なのだろうと、一人で残ったことを特に疑問には思わなかった。


その夜。熊曾建兄弟は屋敷の最上階にいた。そこで献上品を持ってきた女を間に座らせ、夜食を楽しんだ。屋敷の上階に上れるのは、兄弟だけであり部屋にいるのは三人だけだ。


「なかなか気の利く女だ」

「おまえの村はおそわないでおいてやろう」

「ありがとうございます」


兄弟は女をたいへん気に入り、酌をさせて上機嫌だった。


夜が更けていく。

兄弟が酒に酔ったころ、女はふところから短剣をとりだした。とっさのことだった。


「熊曾建兄弟、覚悟せよ!」

「ーー!?」


女は熊曾兄の着物をつかみ、剣を胸に突きさした。

なにが起こったか理解できなかったであろう。剣は背中までとおり、兄は一瞬で絶命した。


弟はそれをみて驚き、とっさに脇にあった剣を手にとった。そして剣を振りまわすが、酔って足がおぼつかない。すばやく動く女を捕らえられない。

形勢がわるいと判断すると、剣を投げつけ逃げにはいった。女は剣をかわすと、すぐに追いかける。


「まて、往生際がわるいぞ!」

「うおおー、くるな!」


みっともない姿であったが、気にしている暇はなかった。

しかし一つ階段を下りたところで、飛びかかられ捕まった。しばらくもみ合うが、剣を捨ててしまって分がわるい。失策をさとったがもう遅い。襲撃者が剣を突きだすと、尻から刺さった。


「おまえは、いったい・・・」

「私はヤマトタケル。帝の命により、お前たちを討伐にきた者だ!」


これが熊曾弟が人の声を聞いた最後である。尻に刺さった短剣が引きぬかれると、それは鋭く軌道をえがき弟の身体を切り飛ばした。

こうして西の辺境地で悪さをしてまわった兄弟は死をむかえたのだった。


「オトタチバナの作戦はうまくいった」


そう言った襲撃者は、女装し結んだ髪をおろしたヤマトタケルだった。




「私に策があります」


守りを固めた熊曾建兄弟を討つ方法がみつからず、ヤマトタケルが困っていたときだった。


「策だと?」

「はい。これをごらんください」

「それは・・・叔母上からそなたがもらった着物ではないか」

「ヤマトヒメ様がこれを授けてくださったのは、きっと今日のためです!」


そう言って、オトタチバナは作戦をかたった。それは、ヤマトタケルがヤマトヒメからもらった着物をきて女装し、熊曾建兄弟のふところにもぐり込むというものだった。


「真っ向勝負では分がわるい。やろう!」


作戦は成功して、ヤマトタケルは見事に熊曾建兄弟を討ちとることができたのだった。


「あとは、ここから逃げるだけだ」


そう言って、屋敷に火をはなった。屋敷が炎につつまれると、ヤマトタケルは混乱に紛れてまんまと逃げおうせてしまった。




熊曾建兄弟の屋敷の方角で、けむりがあがっているのが大和の軍から見えていた。


「今です。大和の兵たちよ、熊曾建の手下たちを討ちとるのです」


オトタチバナが命令をくだすと、ヤマトタケルの軍隊の攻撃がはじまった。屋敷を囲んでいた熊曾の兵たちは、熊曾建兄弟が火事にまきこまれたと内側で混乱していた。そこを外側から攻めこまれたので堪らない。さんざんに打ち負かされてしまった。


こうして、ヤマトタケルは熊曾征伐を成功させるのだった。






天下を治めるため天皇の祖先である邇邇芸命(ニニギノミコト)は日向の高千穂に降り立った。天孫降臨である。初代天皇である神武天皇の東征も日向の地から始まった。ここ熊曾は、聖地・高千穂からほんのわずか南に位置する場所にある。


「ここの人たちは、神武天皇に見捨てられた人の末裔なのかしら?」


オトヒメは表に出てそんな想像をしていた。聖地のそばが今では蛮人の住みかであるということが、彼女にとっては奇妙でもあり面白いことのように思われるのであった。

あるいは天皇はこの地では見向きもされず、野蛮な土地でもあったので逃げ出したのでは・・・いささか不敬な考えが浮かんでしまったので、頭を振って彼女はいったん思考を停止した。


もう一つやることがある。逃走経路の確認である。

熊曾建兄弟に姉が身を差し出すなどおぞましい限りである。ヤマトタケルが討たれるのを確認したら、さっさとこんなところは離れるに限る。そんなふうに思いながら道を歩いていた。

ふと気がつくと、遠くで闇色のけむりと大量の赤い火の粉が空にあがっていた。オトヒメはエヒメのもとへ走った。


「お姉ちゃん。ようすがおかしいです!」

「どうしたの? オトヒメ」

「熊曾建の屋敷の方角から、すごいけむりが!」

「なんですって!」


おどろいたエヒメは、熊曾建兄弟の屋敷に向かってかけ出した。

かけつけてみると、屋敷は燃えつき熊曾の兵たちが 壊滅しているではないか。


「いったい、何があったの・・・」


エヒメは自分の策が破れたことに呆然としてしまうのだった。


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