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1 復讐

「呪ってやる」

「・・・お姉ちゃん」


エヒメにオトヒメが心配そうに声をかけた。

今、二人はオオウスノミコトの遺体を前に、最後の別れをしているところだった。

これから埋葬しなければならない。


「旦那さまにも非はありました。でも、こんなふうに殺されていいわけがありません」

「そうだよね。お姉ちゃん・・・うううっ」


泣きだすオトヒメを抱きながら、エヒメは主人であったオオウスノミコトを前にして誓いをたてた。


ーーヤマトタケルを討ち取ってみせます、と。


「オトヒメ。旦那さまの仇を討たねばなりません」

「そうかもしれません・・・でも、私たちではヤマトタケル様に勝てません」

「力で敵わぬなら、謀りごとで戦うしかないでしょう。よく聞きなさい」


エヒメはオトヒメに小声で何かを命じました。


「そのようなことをして、どうするのですか?」

「いいから言うとおりしなさい!」


そう言って、オトヒメを外へやりました。

かわいい妹は純真で謀りごとには向かない。自分がなんとかしなければならないのだ。


「見ていてください、あなた。オトヒメと力を合わせて、仇を討ちます」


そして、刃を持ち出してきて、夫の手足を切断したのだった。






「山辺の道」というものがある。奈良の春日山から三輪山までの道で、現在日本最古の官道とされている。

オオウスノミコトはその山辺の道の脇の一角に葬られる。このあたりは百年以上前から、それなりに高貴な身分の人の墓が集まっている。後の大和古墳群である。

もっともオオウスノミコトが葬られるのは、現代にまで残るような立派なものではない。おそらく10年もすれば草が生い茂り、そこに墓があることさえ判らなくなるだろう。


そんなみすぼらしい場所での出来事が、後に大きな波紋を起こすのである。


ーーなんと惨い。

ーーここまでする必要があったのか?


オオウスノミコトの埋葬に集まった人々は、顔をしかめたりやるせなさそうにしたり、首をありえないと振っている。


妹のオトヒメが、

「夫がひどい殺されかたをした、無惨な姿になってしまった」


そう外で言いふらしているのを聞いて、多くの人がオオウスノミコトの埋葬にやって来た。

そして、皆がその無惨な姿になった死体を見て絶句した。死体は手足が身体から引き裂かれていたのだ。


むろんやったのは、エヒメである。

この時代、女の力で人の身体をうまく切断できる刃物などあるはずもない。切断部分は目をおおわねばならぬほど見苦しいものになっていた。そのことがより殺害者ヤマトタケルの残虐さを訴える効果となっていた。


「なんなのですか! この旦那さまの姿は!」

「落ち着きなさい。落ち着きなさい! 旦那さまはヤマトタケル様に、厠へ入ったすきに殺され、手足を引き裂かれて投げ捨てられたのです」


本気で泣きだし暴れだす妹を、同じく泣きながら姉がおさえていた。

その姿を見た人々は姉妹に同情してしまうのだった。


ーーヤマトタケルは天皇に兄をさとすように言われただけなのに、殺害までしてしまった。

ーー殺すだけでは足りず、無惨に身体を引き裂いた。

ーーあまりに惨い仕打ちに、妻たちは泣き狂ってしまった。

ヤマトタケルを批難する声があがり、その行動は異常だとうわさが拡がった。




ヤマトタケルの狂暴な性格が、うわさに乗り宮中に拡がった。

当然、そのような大きなうわさは天皇にも届くことになる。

その時をみはかり、エヒメは天皇に目どおりを願い出た。


「そなたがオオウスノミコトの妻か?」

「はい」

「このたび目どおりを願ったのは、どのようなわけか?」

「私が(みかど)のような天上の方に用があることなどありましょうか。帝が私に聞きたいことがあるのではないかと推察して、やって参ったのです」


確かに、天皇はヤマトタケルのうわさが気になっていた。だからと言って天皇みずからうわさは本当なのか調べるため、渦中の人々を呼ぶのははばかられた。

まだうわさなのだから。


彼女が気を利かせたのなら、それに乗って聞いてみればよい。天皇は少し考えて、うわさについて聞いてみた。


ヤマトタケルは兄をさとすことなく殺したのか? 厠で待ちぶせして殺したのか? 殺して手足を引き裂いたのか? その手足を投げ捨ててしまったのか? と。


そのすべての問いに、エヒメは「はい、その通りです」と答えたので、天皇はヤマトタケルを恐れる気持ちが生まれた。

すかさずエヒメは言った。


「兄をこのように無惨に殺してしまう方が、父にたいして同じことをしないと言いきれましょうや」

「そなたは、ヤマトタケルが帝たる自分に刃向かうと言うのか!」


そう反論したものの、心配になってきました。


「帝よ、ヤマトタケル様を熊曾征伐の名目で追放なされませ!」




熊曾(クマソ)とは西の辺境地、大和王朝の威光が遠いため届きにくい。それをいいことに、そこに住む二人の兄弟が悪さをしていると聞こえてきている。

その討伐を行う者は、大和の威光を知らしめるため それなりの身分でなくてはならず、悪さをしている兄弟を打倒するため勇猛な男でなければならない。


ヤマトタケルは、その条件に当てはまっている。彼に気づかせず、追放する明案に思われた。

そこで天皇は、「そのようにするであろう」と言ってお下がりになった。

エヒメは、第一段階がうまくいったとニヤリと顔をゆがめたが、天皇を頭を下げて見送ったため、誰にも見られることはなかった。






実はこのやりとりを、もの影に隠れて見ていた女がいた。

名をオトタチバナという。

ヤマトタケルの后である。


「なんということ・・・たいへんなことになった」




ヤマトタケルの悪いうわさが流れている。侍女から話を聞くと、オトタチバナはすぐにそのことを調べた。

うわさがあるのは事実であったが、根も葉もない嘘の話など、時がたてば人々は忘れていくものだと思われた。


だが彼女はみょうな胸さわぎを感じていた。


死んだ夫の兄オオウスノミコトの妻が天皇に会うと聞き、ますます嫌な予感がする。そこで こっそり忍びこみ、もの影に身を隠して、天皇と義兄の妻の会話を聞いていた。


それは仰天の内容であった。


いわく、夫ヤマトタケルは兄をさとすように天皇に命じられながら、さとすことなく厠で兄を殺害し、手足を引き裂いて捨ててしまうなど、残虐きわまりないことをしたというものだった。


「そんなはずがない」


オトタチバナは夫から聞いている。兄を必死に諌めようとした。だが兄・オオウスノミコトは聞きいれなかった。

平民なら放置するところだが、さとすように命じた父は天皇である。天皇をないがしろのすることは、国を乱すことにつながりかねない。よって、しかたなく兄を苦しまぬように、胸をひと突きして殺した・・・というものだ。夫は自分にうそをついたのだろうか? いやそうではない、夫はまっすぐな人で自分をだませるような人ではない。

ヤマトタケルははめられたのだ。誰がどういった理由でおこなっているのかわからないが、陰謀が巡らされているのを洞察した。






ヤマトタケルは正式に熊曾征伐を命じられた。


「なに? そなたもついて来るというのか?」

「はい」


オトタチバナは勝利を祈る巫女として、夫についていけるよう説得した。

そして二人は旅立ち前に、ヤマトタケルの叔母・ヤマトヒメのもとを訪れた。彼女は甥のヤマトタケルを以前からよく可愛がってくれているのだ。


「あなたがオトタチバナ殿ですか?」

「はい」

「あなたは濁りのない瞳を持っていますね。慧眼かもしれません」


ヤマトヒメはオトタチバナを一目見て気に入りました。

そこでヤマトタケルをこっそり呼びよせ言いました。


「オトタチバナ殿は立派な奥方ですね!」

「私もそう思います」

「ちょうどここに良い着物があります。これを贈って、ご機嫌をとっておきなさい」


甥に女ものの着物を渡しました。

ヤマトタケルは正直に、叔母にもらった着物だとオトタチバナに言って手渡した。ヤマトヒメは如何して自分が用意したものだと言って渡さない、台無しだと甥を叱ったが、オトタチバナはうれしく思った。


「ありがとうございます。この着物は大切にして、このたびの遠征に持っていくことにします」






「ひどいです・・・お姉ちゃん」

「ごめんなさい、オトヒメ」


先日の埋葬のとき、エヒメは夫の手足を切断したと、オトヒメに伝えていなかった。何も聞かされていなかった彼女は、夫の無残な姿をみて心底おどろいたのだ。


「でも、あなたには演技は難しいかな、と思って」

「ううっ、そうかもしれません。でも、私だってなにかの役に立てると思います。もう隠し事はなしにしてください」

「わかったわ」


そう言って、エヒメはけなげな妹の頭をなでてやった。

二人は配下をともない熊曾へ、ヤマトタケルたちに先んじて旅立っていた。すでに吉備国に入っている。


「しっかりね。オトヒメ」

「はい。お姉ちゃん」


エヒメとしては、ここらで少しオトヒメを休ませてやりたいところであった。だが、大和の軍勢より先に熊曾へ着きたいため妹に無理をさせている。そのことを少し心苦しく思うのであった。


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