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11 終焉

伊吹山より撤退した大和軍は、玉倉部の清泉で休んでいた。そこでヤマトタケルは意識を取り戻した。


「不覚をとった。私はもうだめだ」

「気をしっかりお持ちください」

「だが、空を翔けたいと願っていた私の心が、今では暗く沈んでしまっている。手足も腫れたり折れたりして、まともに動くことさえかなわないだろう」


そう言い終わると疲れてしまい、また目を閉じて休んでしまった。


配下の兵士たちは今後のことを話しあった。ここにいても、ヤマトタケルは死を迎えるだけである。どこか治療のできる場所へ運ばねばならない。

大和国へは戻れない。敗北しておめおめ帰っては、とがめを受けるかもしれないからだ。尾張へ戻りミヤズヒメのもとで治療をしてもらおうという者と、伊勢のヤマトヒメのもとへ行ったほうが御利益があるのではという者たちに別れた。


そこでヤマトタケルが目を覚ましたときに、どちらにするか尋ねると

「どうせ死ぬなら大和国で死にたい。青々と垣根のように列ぶ山の中にある、美しい我が国をもう一度みて死にたいのだ」

と言ったので、一行は大和国を目指して進むことになった。


そして、とうとうヤマトタケルが力つきる時がきた。能褒野(のぼの)の地で動けなくなってしまった。ヤマトタケルは自分の周りに、これまでついてきた者たちを皆呼びよせた。


「無事な者たちは平群(へぐり)の山の樫の葉を髪に挿して強く生きよ」


そう声をかけた。樫の葉を髪に挿すのは生命力を高めるといわれているからである。

残った兵士たちはヤマトタケルが死の間際に、自分たちを気にかけてくれることに感動した。


「おお、愛しい我が家の方向から雲が湧いている・・・」


そう最後に言い残し、彼は眼を閉じた。


(オトタチバナ、ミヤズヒメ。二人とも約束を守れず、すまなかった。私が置いていった霊剣。あれがすべてだった・・・)


ヤマトタケルは息を引き取った。配下の者たちはその地に御陵を作り、彼を葬った。





エヒメはヤマトタケルの死を見届けた。

三野国よりオオウスノミコトに大和へ連れ出され、彼の妻となった。愛した男との幸せは長く続かず、西へ東へと仇を討つべく奔走した。財を失い美貌を神に捧げ、そして執念の策謀のはて、とうとう仇討ちをやり遂げた。


「・・・長かった。でも、とうとう私はやり遂げました」


目を閉じて亡くなった夫へ報告した。


「エヒメ様。本懐を遂げられたようで・・・おめでとうございます」


声をかけてきた男がいた。オトヒメのもとにいるはずの下男であった。オトヒメとは尾張でいったん別れていた。ヤマトタケルがなんらかの理由で尾張に戻ることがあれば、霊剣が再び彼のもとへいかぬよう暗躍してもらうつもりだったのだ。


「どうしたのですか?・・・あなたはオトヒメのもとにいたのではないのですか?」

「オトヒメ様がお亡くなりになりました」

「・・・え?」


淡々と言う男の言葉の意味が、エヒメにはとっさに理解できなかった。


「自裁されたよしにございます」


そう言って男はオトヒメの着物と思われるものをエヒメに手渡した。そして彼はオトヒメから託された遺言をエヒメに話した。


西へ東へと歩きまわり策謀をめぐらし、ミヤズヒメを騙すようなことまでしでかしてしまい心身疲れてしまいました。ヤマトタケル様の打倒も確信できたので、夫オオウスノミコトのもとへ先に行ってます。そういった内容であった。


「あああ・・・」


内容を知ると、気が抜けたようにエヒメは膝をついてしまった。

(健気なあの娘にはつらい旅だったのかもしれない)

とエヒメは思った。


「そういえば相武を出るときあたりから様子がおかしかったわね・・・」


それと改めて思うにエヒメは今後の展望がなかった。やることがなくなったのだから、自分もオトヒメのあとを追って夫のもとへ行くことが当然のように思われた。


「オトヒメ。あなたはいつも正しいわ」


エヒメは立ちあがるとオトヒメの残した着物を胸に抱いて歩き出した。ヤマトタケルの御陵のそばを流れる川沿いを下って行けば海へとたどり着くだろう。


「あなた、オトヒメ・・・待っててください」


エヒメは海へとたどり着くと、立ち止まることなく海の中へと入っていった。死後の肉体を海神へ捧げる約束をしていたからだ。そして腰あたりまで海水に浸かるところまで来ると、波が抱きかかえるように彼女の身体を海中に引き込んだ。

その時エヒメは同じく海の中へと身を沈めたオトタチバナのことを思い出した。


(オトタチバナ様はどんな気持ちで水の中に沈んでいったのだろう・・・)


やがて目の前が真っ暗になり、彼女の意識は消えていった。


オトヒメの配下の男はエヒメが海の中に沈み、もはや命は完全に失われたであろうことをみて、その場から立ち去った。


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