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オリオンを殺す毒針を探して

「そこをお退き下さい」


 ざわめきの中でよく響いたと思う。

 眉をしかめたレーヴィンから視線を外し、彼の脇から前へと進み出る。


「セシル!」

「……殿下の願いも、いつか聞きますから」


 訪れることがあればいいけれど。

 心の中でそう呟きながら、セシルはレーヴィンの手を振り払って歩を進める。

 自分に向けられた剣の先。その前で足を止め、国王を仰ぎ見た。


「ふん、自ら死にに来たのか。愚かな」

「愚かですよ、私は。それはあなたが一番お知りかと思いますが」


 流石のレーヴィンももうセシルを追ってくることはしなかった。

 剣を抜いた兵士がもう一人出てきて、セシルの背後に回った。サイドはテーブルと招待されていた貴族の群れ。

 レーヴィンもセシルを助けることは出来ないだろう。

 絶体絶命。もしこれが故意に行われたものでなければ、そんな言葉が当てはまるのだろうか。


「ならば、愚かな娘よ。ここで死ぬか、公開処刑か。終わり方を選ばせてやろう」

「どちらでも同じこと。それこそお任せします。……我が父君に」


 どよめきと共に、聞き慣れた声が聞こえた。

 だんだん大きくなるそれに、セシルは一端国王から視線を外す。

 今の今までこの場にいなかったらしい妹姫が人混みの中から姿を現した。


「メアリ、様」

「お姉様、これは一体……っ」


 息を切らせた彼女は一人でここに来たらしい。

 いつも後ろについているウィンの姿がない。はぐれたのか、それとも外されたのか。

 いや、外されることはない。正式についている訳ではなく、ほぼ独断とセシルの頼みで一緒にいるのだから。


「まさかと思いましたけど。あぁ、それならば私に一言言って下さればよかったのに。勿体ないですわ」


 残念そうな表情を浮かべるメアリにセシルは言葉をなくす。

 辺りのざわめきも小さく消えてなくなる。

 国王の視線もメアリに釘付けだ。訳がわからないという表情を浮かべている。

 その雰囲気に惑わされたのか、兵士の空気も揺れた。

 それを狙っていたのか一気に空気が動く。

 気付いたときには最初のような構図が出来上がる。

 目の前の背中は前に立っていた兵士の剣をなぎ払い、セシルは誰かの腕の中に収まる。


「レーヴィン殿下っ、これはどういうことだ?」


 メルヴィスの剣を向けられた国王が声を震わせる。

 国王の護衛は既に床に伏せ、その役割を果たしていない。


 *


 それは一瞬だった。

 国中の兵士を見てきたセシルでさえ目を見張ってしまうほどの見事な剣さばき。

 これほどの者がリィエストにはいるのか。


「剣を下ろせ、従者殿! 大国リィエストといえども、このような無礼は許されんぞ」

「アナタシアがリィエストに敵わないことはわかってるようだな」


 メルヴィスがレーヴィンの許可なしに言葉を紡ぐ。

 慌てて顔を上げると、レーヴィンはただ笑みを浮かべてそれを見ていた。

 セシルは視線を前に戻す。まだ剣先は国王に向けられたままだ。

 何を考えているのか。

 セシルは自分の腰に回っている腕を振り切ることもせず、目の前の状況に集中する。

 次の動きは予想できない。レーヴィンが動くのか、それともメルヴィスが動くのか。それとも、他の誰かか。


「それにしても、愚かな王だな」

「なっ」

「リィエストの情報は入っていないのか? セシル殿」


 突然の振りにセシルは言葉を詰まらせる。

 リィエストの情報はある程度耳にしている。

 だが、情報の範囲は広い。どの情報を指しているのかわからないので、少しは、と小さく呟いた。


「そうか。でも、肝心なことは入ってきてないようだな」


 肝心なこと。それは何を指しているのか。

 何か忘れているような気がする。とても単純だけど、とても重要なことを。

 そもそも二人はどうしてここに来たのか。国交を開くためだ。初めてのリィエストとの会談。

 なのに訪れたのは国王でも王位継承権を持つ兄王子でもなく、今まで表に出て来なかった弟王子。

 しかもアナタシアの冬は厳しい。わざわざ危険を伴ってまで行うほど、アナタシアとの国交が重要なものでもないはずだ。

 もし必要だとしても、あと数ヶ月待てば春が来る。そうすれば、もっと楽に訪問できる。

 何故、弟王子であるレーヴィンがこの時期にたった一人の従者でアナタシアを訪れたのか。


「まぁ、外交に関わっていない彼女が知らないのは仕方がない。メアリ姫、あなたならわかるだろう?」

「えぇ、メルヴィス殿下」


 忘れていたことは重要すぎたらしい。

 驚きに目を見開いているのはセシルだけではなかった。おそらくこの大広間にいる全ての貴族も同じだろう。


 *


 メルヴィス。それは忘れてはならない名前だった。

 どうしてレーヴィンとの会話の中で気付かなかったのだろうか。

 彼の名前が、兄王子の名前と同じであることに。


「お父様」


 剣を鞘に収めるメルヴィスの前にメアリが立つ。

 いつもと違う雰囲気に、セシルはぐっと息を呑んだ。

 ここからが本番。

 そう感じたのはたぶん間違いではない。何かを起こそうとしているのだ。

 他国の彼らを巻き込まなければならないほど、大きなことをしようとしている。それが何なのか理解したくなかった。


「そろそろ潮時ですよ。あなたの時代は終わった、そう思いません?」

「な、何を言うのだ! セシル、お前がメアリをたぶらかしたのか?」

「そうやって、自分に都合の悪いことは全てお姉様のせいになさるのは止めて下さいませんか? そのような方が今まで国の頂点にいらっしゃったなど、恥ずかしくて民に顔向けできません」


 見たことのないメアリの表情に、聞いたこともない真剣な声色。これが自分の妹であると思うと、誇らしく思うと同時に何処か寂しく感じる。

 半分しか血が繋がっていないといえども、メアリとの違いにセシルは大きな劣等感を持つ。

 思わず震える手に、別の大きな手が被せられた。


「……レーヴィン殿」

「大丈夫だ。ほら、ちゃんと見ておけ。……妹姫の勇姿を」


 無理矢理顔を上げさせられ、メアリの方に向けさせられる。

 正直見たくなかった。

 王の駒として、男として使われてきたセシル。

 一方でたった一人の姫として大切に扱われてきたメアリ。

 言いなりにしかなれなかったセシルとは違い、メアリは王である父親に刃を向けた。

 近づいてはならなかったのだ。妹だと思ったのが間違いだった。

 彼女は一国の未来を背負う姫君。国王と同様に敬うべき存在。


「アナタシア国王。あなたの王位を剥奪し、メアリ姫に継承する。……これはリィエストからの命令だ。国を守る気持ちがあるのなら刃向かうことは考えるな」

「継承式は一週間後に開きます。よろしいですね、お父様?」


 有無を言わせない二人の言葉に、王は情けなくも頷くしか出来なかった。

 王権交代という一大事に居合わせた貴族たちが歓喜の声を上げる。

 何が嬉しいのか、何が喜ばしいのか。

 一転してメアリに媚びを売り始めた彼らを、何処か遠くの出来事のようにセシルは見つめていた。


 *


 メアリの夫の座につこうと企んだ見合い話の依頼がひっきりなしに届く中、無事に継承式は行われた。

 同時にリィエストとの国交を国民に伝え、またずっとセシルに仕えていたウィンがメアリの婚約者として紹介された。

 そんな約束も二人の王子との間で交わされていたらしい。本当に何も知らなかった。


「久しぶり。一週間寂しかったよ」

「冗談を仰らないで下さい。仕事が残っているので、出て行って頂けませんか?」

「いつまでその格好を続けるんだ? ドレスを何着か贈ったはずなんだが」


 婚約を発表したにもかかわらず、まだ諦めきれてない貴族からの見合い話を処理する手を止めて顔を上げる。

 ドアに背を預けて立つレーヴィンはふっと笑みを浮かべた。


「はっきり言って迷惑です。お部屋に戻られるなり、会談に参加されるなり、他になさることがありますでしょう?」

「部屋に行っても暇だ。それに兄上の邪魔をするつもりもない。俺はセシルに会うためにアナタシアに来たんだよ。冬の難所を越えて」


 だから春にすればいいと言ったのに。

 厚かましく思いながらも、メアリにそう助言したことを思い出す。全く聞く耳も持たなかった彼女に寂しさを感じていたが、今は苛立ちが多く占めている。

 可愛い妹姫だと思っていたが、そうでもないらしい。


「そういや前国王陛下は? 継承式の後から全く見かけないけど」

「辺境の城に籠もられました。余程娘に王権を奪われたのがショックだったようです」


 それももう一週間も前の話だ。そう、継承式も一週間前のこと。

 しかし彼らはまだここに滞在している。

 継承式出席が目的で戻ってきたのではなかったのだろうか。何故自国に帰らないのだろうか。


「そうか。また挨拶しに行かなきゃな」

「挨拶、ですか」


 その言葉に疑問を持つ。

 暫くは貿易で交流を果たすはずだし、メルヴィスもレーヴィンも自分の本来の仕事に戻るだろう。

 退位した父親に何か用があるとは思えない。

 挨拶するようなことはないのではないだろうか。むしろそれはメアリにすべきもの。


「あぁ、挨拶だ。俺とセシルの未来ある門出に向けた」

「仰っている意味がよくわかりません。それに私もすぐ父のもとに向かう予定です。あなたとの門出はありません」

「そんな予定、誰も許可しない。……今兄上たちがやってる会談の内容、知ってるか?」


 セシルは首を横に振った。

 知るはずがない。執務の職から退いたセシルにそのような情報を手に入れることはできない。

 それに、もう知らなくていいことなのだ。

 この国の政治にかかわることはないのだから。


「そうか。リィエストもね、ただでアナタシアを支援する訳にはいかないんだ。それはわかるだろう?」

「条件、か」

「そういうことだ。そして、こちらが提案した条件は」


 自分の運命を呪いたくなるというのはきっとこういうときに使うんだ。

 セシルは頬を引きつらせながらそう思う。

 なんとなくいつかそのような話が出てきそうな気もしていたが、極力考えないようにしてきた。

 そうすればいつか忘れるだろうと思っていたが、甘かったらしい。


「俺とセシルの婚約だ」


 もちろん正妃として、と付け加えられた言葉に目眩を覚えた。

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