変わらない背中
父の誕生日によせて。
思い返せば、昔からお父さんは私に甘かった。
甘えただった私は、いつもお父さんかお母さんの側にくっついていた。お母さんは笑ってくっつき返してくれたけど、お父さんは暑いよ、と苦笑して離れようとした。だから私はムキになってベタベタとひっついて、怒られた。
あそこに行きたい、と言えば連れていってくれた。私が申し訳なさそうにすると、気にするな、出掛けたかったから調度いいよ、なんて。
これ、嫌いっ!とか、ここだけ食べたい、とかワガママ言っても叶えてくれた。一口、騙されたと思って食べてみろ、と言われていつも騙された。
私が拗ねると両腕を広げて、おいで、なんて言って。
お父さんは、私に甘かったように思う。
寝っ転がって煙草を吸うお父さんに近づいたら、火が危ないって怒られた。それでも寄ったら、ため息をつきながら灰皿に突っ込んでくれた。背中にぴとっとくっつくと、あったかかった。
いつから、視線があまり変わらなくなったのか。
とても大きな人だと思っていた。すごく強いと思っていたし、何でもできると思っていた。
私に向けた背中が、小さく見えはじめたのは、いつ頃だろう。
最近はすぐお酒に酔っぱらうし、疲れて起きてこない日もしばしば。私だって心配して、無理しないでって言うけど、いつだって。無理なんかしてないよって、笑うの。
前髪をおろしたときなんか、あぁ、老けたなあって凄く感じる。時々、怖くなるのは仕方ないことだと思う。
ふと思いついて、目の前に座るお父さんの背中に、昔のように張りついてみる。
危ないよ、なんて笑って、煙草の火を消して、それから、どうした?って、声をかけてくる。
ううん、何でもないよ。
そうか。
何でもないよ。なんてことないよ。
沢山の言葉をぎゅぅっと押し込めて、にこりと笑う。お父さんは、私が不安を打ち明ければきっと慰めてくれる。でも、そんなことさせたいんじゃない。
ぎゅっ、と力を込めて抱きついて、あの頃より少し小さくなった背中を眺めてみる。
そう、どうって言うことはない。お互い年を取ったんだ。
多分、私が気のすむまで親孝行する間くらいは元気でいてくれるだろう。なんだかんだ言って昔から約束を破らなかったひとだ。
そうであってほしい、と願いを込めて、今日だけは甘えることにした。
父のために書いた、父は知らない物語です。
知る必要も無いけれど。