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異種恋愛  作者: 悠凪
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5

「ちょっと、アズ!?待って」

 ケイは何度もあずみに同じ言葉を投げる。

 でもあずみはそれを無視して歩く。いや、歩くというか半分走っている。

 ケイの腕をつかんで、引っ張ってセンターから出ようと必死に。

 ケイが女性社員の頭を撫でている姿を見て、あずみの思考が止まった。そして気づけば、その社員に何も言わず、いきなりケイの腕を引っ張って引き離し、逃げ出した。

 当然ケイも社員の女の子も、何が起きたのか分からず唖然としていた。

「ねぇアズ、止まってくれないか」

「………」

「アズ!?」

「…………」

「あずみ」

 ケイの厳しい声に、あずみはビクッと体を強張らせてやっと足を止めた。

 立ち止まってあずみは気づく、自分の足が震えていることに。

 足だけじゃなくて、手も震えている。小刻みに震える手を何とかしたくて思わずケイの腕をつかんでいる手に力を入れた。

 顔を背けたままのあずみに、ケイは優しく問いかける。

「アズ、どうした?」

 あずみは答えない。今言葉を口にすれば、それはまたケイに嫌なことをぶつける言葉になりそうで、声を出すことも躊躇われた。

 そんなあずみの手を、ケイは空いてる方の手で優しく包んだ。大きな手があずみの小さな手を包む。それだけであずみの涙腺は壊れそうになる。

「ねぇアズ。言って?」

「…何を?」

 ケイの声はとても優しい。

「何を怒ってるのか。俺に言ってよ」

「怒ってなんかない」

「じゃあなんでこんなことするの?」

 ケイが優しく問えば問うほど、あずみは言葉に詰まってしまう。その代わりとでもいうように、こげ茶色の瞳から涙がこぼれた。涙はあずみの頬を伝いパタパタと床に落ちていく。それを滲む視界であずみは他人事のように見ていた。

「アズ、こっちに行こうか」

 ケイはあずみの手を引いて、職員たちが憩えるようにと作られた中庭に出た。冬のすんだ空気があずみの顔や手に触れる。

 そのまま木の影にケイは歩いていき、あずみに向き直った。身を屈め、あずみの目線に合わせたケイはじっとあずみを見つめる。濃い緑色の瞳に覗き込まれたあずみはたまらず目を逸らした。

「なんでもないのに、アズは泣くの?」

「………」

 言える訳がない。

「俺には言えない?」

「………」

 言えたらどんなに楽か。

「家族なのに?」

「………だから」

「え?」

「家族だから言えない」

 目に一杯涙をためながらあずみは声をふりしぼる。

 言いたい、でも言えば困らせる。もしかしたらケイが離れていくかも。呆れてしまうかも。笑われるかも、怒られるかも。

 もうどんなに小さなことでも、マイナスイメージしか浮かばない。ケイは母の作ったアンドロイドだから。

 あずみを愛してくれているのも、可愛がってくれてるのも、すべては作られた愛情。

 それなのに、勘違いして、好きになって、こんなことでケイを困らせて、挙げ句苦しくて泣いてしまった。

 本当に、私ってばかだなぁ。

 心の片隅で、もう一人の自分が嘲笑っているような気さえする。

 あずみの顔がよほど歪んで笑ったのだろう。ケイが目を見開いた。

 あずみは握られていた手を自分からほどいてケイから離れた。やっぱり顔を見ることはできない。

「先に帰るね」

 冬の外気ですっかり冷えてしまった手で、クッと頬を拭うとそのまま出口に向かって走った。



 あずみは一人、部屋のベッドに横になっている。階下では、ケイがきっと夕食の準備をしているのだろう。時々音が聞こえてケイを感じる。

「また…謝らなくちゃ…」

 あずみはうつ伏せになって枕を抱きしめた。ケイが好んで買う柔軟剤の香りが心地いい。

 ケイはあずみとの生活の中で、主に家事専用として家にいる。あずみの母の残してくれた貯金と生命保険で、二人で贅沢さえしなければ十分暮らしてこれた。

 時々、ハイネに駆り出されて短気で技術部の仕事をするときもあるが、あずみが寂しがるからと、時間も短く家事の負担にならないようにしてきた。 

 ケイの家事はあずみがするよりもよっぽど完璧だ。家の中はいつでも埃一つ落ちていない。洗濯物はふんわりしていい香りだし。料理に関しては全くあずみは適わない。

 お菓子が食べたいと言えば作ってくれる。お風呂も気づけば、いつでも入れるようになっている。

 朝はケイが起こしてくれるから、あずみは一度も目覚まし時計を使ったことがない。どんなに遅く帰って来ても、家の電気はついている。そして笑顔でケイは迎えてくれる。

 それが何よりも幸せだったのに……。

 あずみの目にまた涙が浮かびそうになった時、ドアをノックする音が聞こえた。

「アズ?ご飯出来たけど」

 ケイの声がドア越しに聞こえて、あずみは小さく息を呑む。

「アズ、寝てる?」

「起きてる」

「そう。じゃあ、また降りてきて」

 そう言ってドアを開けないケイにあずみは驚いた。

 今までならあずみがどんなに嫌がっても、部屋に入って来て抱き着いてきたりするのが当たり前だった。

 鍵もかかっていないたった一枚のドアを、ケイが開けない。それがあずみには恐怖にも似た感情をもたらす。

「ケイッ」

 あずみはベッドから飛び降りドアを開けた。ケイは既にドアから離れて階段に向かっているところだった。

 ケイが振り返ると同時に、あずみはケイに飛びついた。

「うわっ!!」

 あずみの行動にかまえていなかったケイは、見事にバランスを崩して床に倒れ込む。その時でさえ、ケイはあずみを大切そうに抱え込んでいた。

「痛った…。な、何?」

「ごめんなさい」

「え?」

「今日は…ごめんなさい」

 あずみの声が震えている。顔をケイの胸の埋めながら、あずみは何度も「ごめんなさい」と口にした。

 ケイは身動き一つせず、寝ころんだまま上に乗っかるあずみを見ていたが、やがてふと目を細めて長い指であずみの巻き毛をそれに絡めた。

「なんのごめんなさいだろう?今のこれも大概ビックリしたし痛かったぞ」

 優しいけど、どこかからかうような口調に、あずみはそっと顔を上げた。ケイは楽しそうにあずみの顔を見上げている。

「センターのこと、謝ろうと思って」

「そのごめんなさい?確かに、あれもびっくりしたな」

「ん…」

「反省してる?」

「…はい」

「じゃあなんで怒ってたのか、教えて」

 ケイの瞳が間近すぎて、あずみの心臓がとんでもないことになっている。改めて考えてみると、自分の態勢に体から火が出そうなほど恥ずかしかった。

「…その前に、起きようよ」

 あずみが体を引き離そうとすると、ケイがそれを許さないとでもいうようにあずみの腰に手を回してくる。

「だめ。せっかくあずみから抱き着いてきてくれたのに、離れるなんてもったいないことできない」

「でも、重いから…」

「そんなことあるわけないだろ。あずみ、ちっちゃいし」

 ケイは本当に楽しそうにあずみの首元に顔を埋めて笑っている。ケイの吐息が首にかかってあずみはこれ以上ないくらいドキドキしてしまう。

「ね、教えて?」

 自分と密着しすぎてケイの声がくぐもって聞こえる。長くて自分をすっぽりと包んでしまう腕も広い胸も、ケイの体温も、今のあずみには蕩けてしまいそうなほど気持ちいい。

 そして、気持ちが暴れ出す。

「………好き」

「ん?」

 聞き取れなかったケイが、あずみの髪にキスしながら聞き返す。

「ケイが好き」

「俺のことが好き?」

「ん」

 あずみの言葉に、ケイは満足そうに小さく笑って言った。

「俺もアズのこと好きだよ」



 

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