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短編作品

去りゆく永遠の世界

作者: 武田章利

 冷たい雨に濡れる窓の側に立ち、彼女はずっと暗い外を見ている。そこではレインコートを着込んだ白髪の少年が穴を掘っている。彼女は冷え切った手で湿った窓を触り、そして自分の頬に触れて、いつかは自分も穴を掘りたいと、弱々しくそう願うのだった。

 土が掘り返される音と、柱時計の秒針の音が重なる。雨の音と、彼女の体が発する命の音が重なり、世界は薄暗くて小さな空間だけを残して、永遠に去ってしまった。彼女は自分の末路を知っている。そして、愛する彼の末路も理解している。それは誰が選んだことであったか。彼であり、彼女であり、どちらでもなく、あの白髪の少年であり、そうでなかった。彼女には分かっている。自分たちの命が、何によって運ばれてきたのか。

 薄暗い部屋に一人、彼女は目を瞑り、思い出す。ああ、思い出のなかには雨など降っておらず、隣には細身だが筋肉質な彼、愛しい彼がいる。人目をはばからねばならない恋とは言え、青空の下、彼と二人でいられることが、どれだけ幸せであったか。どれだけ心躍り、他の全てを忘れられたか。

 蠢く音が心臓を強く揺さぶり、彼女は目を開けた。窓の外の暗く沈んだ空に光が走り、もう一度、鋭い音が響いた。彼女は動じない。いや、しかし、彼女の夢は引き裂かれ、目の前の黒い現実が覆い被さる。あの時二人を見つけ、二人を引き裂いたのは誰であったか。その者のことを、彼女はよく覚えていないし、彼女のいる世界には、もうその者はいない。しかし彼女はその者を一生許さないだろう。

 窓の向こうでは少年が穴掘りを終え、スコップを地面に置き、彼女には顔が見えないようコートを目深に被って、一歩一歩ゆっくりと歩きだした。玄関のドアが開けられ、雨の音が遠くで響き、鈴が遠慮がちに鳴った。

 彼女は窓の外をじっと見つめている。掘られた穴と、その側のスコップ、未完成のように見えるが、それがもう出来上がっていることを彼女は知っている。スコップは穴に土を返す時に使う。その時のことを思い、彼女は小刻みに震えながら吐息を出し、潤んでくる瞳を力強く閉じた。

 目を開けたら、窓ガラスに反射した部屋の入り口に、白髪の少年が立っていた。端正な顔立ちで、とても色が白く、細身で足が長い。何も伝えようとはしていない顔、ただ彼女を見に来ただけだと言わんばかりの無表情のなかに、彼女は暖かい心と冷徹な意志を感じた。

「穴、どれくらい掘ったの?」

「二人分だよ」

 穴ふたつで二人分でないことは嬉しかったが、穴ひとつで二人分では満足できない。彼女が望んだのは、もっともっと強固な彼との繋がりだ。

「一人分で十分よ」

 少年は首をかしげ、何かを言おうとして口を開きかけたが、そのまま動きを止め、首を振ってその場を後にした。少年がいなくなると彼女は振り返り、部屋の入り口の向こうに広がる闇の深さを思って目を閉じた。我慢するつもりであったが、涙が一粒伝い、もう一粒、もう一粒と流れるうち、いつの間にかとめどない量の涙で顔が濡れた。嗚咽を必死に堪えるうちに膝から力が抜け、すとんと座りこんでしまった。そして赤い絨毯に顔をうずめて泣き続けた。その終わりは見えそうになかった。食事の時間が来ても、夜がいよいよ更けてきても、今日はずっとこのまま泣くより他に、彼女は何もできそうになかった。

 涙が出れば出るほど、彼女の心から何かが抜けていく。しかし軽くなっているわけではない。そこに現れた空洞は、その密度のなさを持って彼女を追い詰めていく。彼女はうずくまったまま震え、体中にゆっくりと浸透してくる恐怖に怯え、あらん限りの声で叫んだ。声が枯れて痛みを伴ってきても、彼女は叫ぶことを止められない。声を止めてしまえば、闇に呑まれてしまう。ただでさえ、彼女の力一杯の声もこの闇のなかでは響かず、すぐに消えてしまうのだ。

 永遠とも思えた恐怖を止めたのは、食事部屋のほうから聞こえてきた鎖の音だった。続いて野太い叫び声が空気を震わせ、彼女は考えるよりも早く立ち上がり、暗い廊下へ駆けた。短い廊下の先の、ステンドグラスがはめ込まれたドアを開けて、手探りで明かりのスイッチを探して点灯した。

「彼に何をしたの」

 食卓テーブルの向こう側にある、火のない暖炉の正面に、両手を鎖で繋がれた彼がいる。鎖は暖炉上部の石壁に打ち込まれていて、彼はテーブルまで行くことができない。彼は血走った目を見開き、発達した犬歯をむき出しにして、真正面に立つ少年に吠えている。彼は今や、人間であることを少しずつ忘れていき、自分を獣か何かだと思っている。そしてそうしてしまったのは、彼女と、少年と、彼自身だ。

「何もしていないよ。穴の大きさがあれでよかったかどうか、確認していたんだ」

「明かりも付けずに?」

 少年は首を回して彼女のほうを向いた。何の感情も示さないその表情が、彼女は苦手だ。あの時、彼との間を引き裂かれた時には、この無表情にこそ救いを感じたというのに。

「僕が彼を殺すのじゃないかと心配しているのなら杞憂だよ」

「あなたは何をするか分からないわ」

「君たちが本当に幸せになれるかどうか心配なんだ」

「何言ってるの――」

 幸せ、少年が口にしたその言葉は、彼女の脳裏に過去を映しだした。彼と密かに会っていた日々、彼に抱かれた時、そして、彼の親族に見つかって無理やり引き離され、海に放り投げられた日。それから少年と出会い、変わっていった世界、自分はいつまで「幸せ」だったか。彼女は、自分たちはもう幸せなど掴めないということをよく理解している。それなのに、なぜ、少年は「幸せ」などという言葉を使うのか。

 鎖に繋がれた彼が吠えた。がしゃがしゃと鎖を鳴らしながら暴れ、唾液を飛ばしながら何度も何度も叫ぶ。その姿を見ると、彼女はいつも狂暴な熊を思い出す。今の彼が熊に似ているわけではない。彼がもし熊であったならば、彼と気付かずに殺せるかもしれない、昔の神話にあったそんな話を考えてしまうのだ。

 彼女が一歩だけ彼に近付くと、鎖に繋がれたその獣は叫ぶのをやめ、見開いた真っ赤な瞳で彼女を見据えた。雨の音が陰鬱に続き、雷が時々空気を切り裂く。彼女は何も臆することなく、じっと彼を見つめた。今やどれだけ彼が彼女のことを覚えているか分からない。だから、彼女には見つめることくらいしかできないのだ。あとは、食事を運ぶこと。ナイフもフォークも使わず、手と口で直接食べることしかできない彼だが、それでも彼女は人間が食べるように食事を皿に盛り付けて持っていく。

 彼が低い唸り声を出し始めた。鎖がある以上、跳びかかられる心配はない。しかし同時に彼女は、鎖が切れてしまえばいいのにとも思う。

「ねえ――」

 彼女の声に、少年が振り向いた。

「どう思っているの」

 彼の唸り声がわずかに大きくなり、鎖が動いて音が鳴った。

「この結果を招いたのは僕じゃないけど、最後まで君たちと付き合いたい」

「私は、彼と二人きりになりたいと、そう願ったはずよ」

 彼が吠えた。誰に向かってかは分からない。鎖をがちゃがちゃと揺さぶり、何度も何度も首と体を振り乱しながら、彼は吠え続けた。

「彼もそう言ってるわ」

 今の彼には人間としての思考などほとんどないのだと分かってはいるが、彼女には彼の声が自分の気持ちと共鳴しているように思えた。

 少年が、静かに目を閉じる。本当は、いろんなことを感情的に考えているのかもしれない、そう思わせるものが少年の横顔にあった。少年は決して加害者ではない。ある意味においては、彼もまた被害者なのだと、彼女は思い直した。少年に感謝こそすれ、恨んだり嫌ったりするのはお門違いではないか。

 だがそれでも彼女にとって、少年は邪魔な存在だ。

「君の気持ち、よく分かるよ」

 少年は目を閉じたまま喋った。獣の彼が小さな唸り声を出しながら少年を凝視する。彼女は何も言わなかった。少年が言ったことは嘘ではないと思ったからだ。それは、表情を見ればよく分かる。今までずっと無表情だった少年の顔に、色濃い陰が差している。瞼を開けた少年は遠くを見つめていて、決して手に入らない憧れがその先にあることが、彼女には理解できた。

「これを渡しておくよ」

 少年は彼女のほうを向いたが、目は合わせようとしなかった。彼女は少年の瞳の奥を覗いてみたいと思ったが、すぐに諦めた。それは、してはいけないことなのだ。

 少年の手から彼女の手に、大きな蚊が飛んできた。それは手のひらほどの体で、よく見ると本物の蚊よりも機械的だ。自分の意志で飛んできたように見えたが、そこには生命がなかった。

「それは人間二人を殺す分の神経毒を持っている」

「ありがとう。でもこれは使わないわ」

「それが一番いいけれど、何があるか分からないから」

 不器用な優しさだと思った。しかしだからこそ彼女は、この大きな蚊に死ではなくて命の肯定を感じた。使う使わないではなく、お守りとして持っておこうと決めた。「ありがとう」ともう一度言うと、少年は無言で、ろくに彼女の顔も見ないで部屋から出て行った。少年の背中に彼が吠え立てた。鎖ががちゃがちゃと鳴り、壁がぎしぎしと音を立てる。

「いいの、もういいのよ。彼はもういなくなるから」

 彼女がなだめると、獣の彼はおとなしくなり、暖炉の前に寝そべった。今はまだ、かろうじて彼女の意志や気持ちを伝えることができる。しかしそれもいつまで続くだろう。いや、近いうちに全ての終焉が来ることはよく分かっている。そして彼女は、変わり果てた彼の姿を見ていると、抑えようもなく涙が溢れてくる。

 彼の瞳が彼女を見つめてくる。真っ赤に充血しているが、そこには穏やかさがある。彼に近付いて、力いっぱい抱きしめたい。しかしそれはもう叶わない。彼が彼女に敵意を抱いていないとしても、目の前の獣の彼は、もう彼女と同じ人間ではないのだから。



 雨と、時々風が窓を叩く。外の暗い闇に浮かぶ自分と部屋の光景を、彼女はずっと見ていた。本当はずっと彼の側にいたい。しかし今の彼の側にいると、恋をしていたあの頃とは違う痛みが襲ってくる。今彼女の胸を引き裂くのは、黒くて鋭い鬼の爪だ。天使の矢を、鬼の爪に変えたのは誰だったか。考えても仕様がないのに考えてしまう。答えが欲しいわけでもない。もっとも根底にある原因を、彼女ははっきりと捉えているからだ。

 彼の親族の男、どんな男だったかは覚えていない。彼女の記憶にあるのは、彼と握り合っていた手をその男に無理矢理引き離されて、どんなに叫んでも、どんなに暴れても彼には届かず、そのまま海に投げられたことだけだ。海の水は冷たかった。真っ暗な夜で、月の光もなく、どこまでも続いていた闇の深さと、彼と離れてしまったことの恐怖で、彼女は一時的に全ての光と音を失くした。叫ぶ自分の声も、波の音も聞こえず、世界がすっぽりと抜け落ちていた。感覚がなくなっていくなか、彼女の恐怖は怒りへと変わった。彼女は呪った。そして願った。強く強く、世界の消滅、もしくは彼との永遠を。

 すると、突然彼女は誰かに手を掴まれ、水面上に引き上げられた。小さなランプの光が少しだけ世界を照らしていて、小舟と、その上の少年が見えた。服が水をたっぷりと含んで重々しい彼女は、少年にぎこちない手つきで引き上げられた。

 少年は何も喋らず、彼女はまだ朦朧とする意識のなかで少年の横顔を見ていた。背筋が冷たくなるほどの、端正で白い彫刻のような顔、そして白髪、薄い色の瞳、細身の体。彼女には、少年が天使のように思えた。そしてもう一度彼女は願った。世界の破滅、もしくは彼との永遠を。

 少年は座り、表情のない顔で彼女を見据えてきた。そこにあるのは力だった。少なくとも彼女はそう感じた。この天使ならば、自分の願いを叶えてくれる、そう思い、彼女はすがった。彼の足に手を伸ばして、ひれ伏し、希った。

 彼女が感じたことは、間違っていなかった。そして少年は言った。

「代わりに、あなたは大切なものを何かひとつ、一生失うことになる。それでもかまわないか」

 彼女はこれ以上失うものが思いつかず、すぐに首を縦に振った。少年の手が海に浸けられ、ちゃぷんと水が跳ねる音と波の音が重なり、真っ暗な世界のなかのたった一カ所、少年と彼女だけが存在するその一カ所の光が大きくなり、小さくなり、明るくなり、暗くなり、跳びはね、塗りたくり、世界を隔離し始めた。彼女は少年の足にすがりつき、わずかに揺れる小舟のなかで、遠くから近付いてくる雨の音を聞いていた。

 体が大きく揺れ、眩暈に変わり、自分の体か世界か、どちらが回っているのか分からなくなって、顔を上げると、そこはいつの間にか陸地だった。彼女は降りしきる雨のなかにいて、真っ暗な世界は、ランプではなくて背後の屋敷から漏れる光に照らされていた。目前には鬱蒼とした森が広がり、人はおろか動物の気配もなく、命の音がしない、とても寂しい場所だった。

 痛む体をゆっくりと立ち上がらせると、森の中から少年が姿を現した。少年は立ち止まり、彼女と距離を置いて動かない。雨の音とその匂いが、彼女に彼との想い出を思い起こさせた。そして冷たい感触が、引き離されたあの時の痛みとなって肌に突き刺さった。

「ここはどこ?」

 彼女が訊くと、少年は小さく「楽園」と答えた。少年が屋敷を指差し、彼女が振り向くと、そこには男の人影があった。彼女は息を呑み、無心で駆けだして屋敷に入った。鈴が鳴り、音を立ててドアが閉まる。彼女は走った。そして暖炉のあるこぢんまりとした食堂でうずくまる彼を見つけた。名前を呼ぶと、彼は首を振って呻き声を出し、来るなと手振りした。

「楽園」と少年が言った言葉を思い出し、懐疑的にその言葉を反芻して、それでも目の前に二度と会えないと思っていた彼がいるという現実を確認し、彼女はもう一度彼の名前を呼んだ。彼は答えない。ふと、彼女の目に、暖炉上の石壁に打ち込まれた二本の太い鋲が止まった。重々しい鎖がそこに繋がれていて、先には手枷がある。何の「楽園」かと、冷たくなる心臓を抱えた彼女の体が疑った時、うずくまる彼が突然立ち上がって跳びかかってきた。彼女は、人間の力強さではなく野性的な荒々しい力に押し倒された。倒れた痛みと驚きで目を閉じ、起こったことの意味を理解できないうちに、彼女を押さえつける力は消えた。目を開けると、気を失って倒れこんでいる彼がいた。

 気配がして振り返ると、あの少年が食堂に入ってきていた。

「ここはどこ? 私たちはどうなったの? 彼はどうなってしまったの?」

「ここは楽園だよ。君たち二人以外の何物も存在しない場所」

 彼女は立ち上がろうとしたが、膝がかくかくと震えてできなかった。自分が怖がっているのだと自覚すると、急に咽まで震え始めた。目と口を半開きにして倒れている彼を見ると、体の震えはさらに増した。

「願い事は、いつも残酷な形で終わるものなのに、人間は求めてしまうね。そして僕も応えてしまう」

 少年がゆっくりと近付き、彼女の側を過ぎて、倒れている彼の背中に手を置いた。

「大丈夫、彼は死んでいないよ。鎮静剤のようなものを打っただけだから。だけど彼はもう、君の知っている彼ではないみたいだね。これが、君が失ったもの」

 体中から、ゆっくりと血の気が失せていくのが分かった。それは、彼女が現実を理解していく速度だ。まさか、そんな、あまりにも残酷すぎる、あまりにも、あまりにも……。彼女の脳裏に、「大切なものを何かひとつ、一生失うことになる」と言った少年の声がカノンとなって響き、失うものが思い浮かばず、すぐに首を縦に振った自分の姿がぐるぐると回った。

 唇が震える。眼球が震える。呼吸が荒くなり、いくら吸ってもいくら吐いても苦しい。心臓が異常な興奮に痙攣し、視界が白く霞んで、一瞬、気が遠くなったかと思うと、熱い体の内側の、最も奥の部分が青く燃え尽き、彼女は意識を失った。

 今もまだ、現実を受け止められない。だから彼女は、止むことのない雨や暗闇のなかの森、そして窓ガラスに映る自分の姿をずっと見ているのだ。

 鎖の音がして、彼が吠えた。腹を空かせている。彼女には時間が分からない。外はずっと暗くて雨で、屋敷のなかに時計がない。だから彼が食事を訴える声が、彼女の活動の時計代わりだ。彼女は窓から目を移し、特に何を考えるでもなく食堂に向かった。向かう間、彼はずっと吠えている。今日はいつもより激しい。少年はもういないのに、何かを威嚇するような声を出している。それともいつも以上に腹が減って気が立っているのだろうか。

 食堂に入ると、彼が跳びかかるように吠えてきた。その勢いに慄き、彼女は一歩だけ後ずさりした。じゃらじゃらとなる鎖の音がいつもより激しい。見れば彼の目も、何か違っている。歯をむき出しにして吠える彼の目は、人間としての色をほとんど失い、理性が感じられない。彼がだんだんと人間の知性を失っていることは知っている。しかしそれでも彼は人間だった。だから彼女は、今目の前で吠えている彼も、きっとまだ人間であることを忘れてはいないのだと信じた。

 彼女は台所に入り、食パンを二切れと青魚の缶詰を開けて皿に盛り、レタスとピーマンと人参を生のまま添えた。彼は吠え続けている。手が震えた。彼に食事を持っていきたい。しかし彼を見たくない。目を閉じると涙がすっと流れた。止まることなくこぼれ続けて、皿の上のパンを濡らした。

 彼は吠え続ける。鎖を鳴らして暴れている。彼女にはどうすることもできなかった。彼のもとへ行くことも、ここから逃げることも。ふっと、少年に渡してもらった神経毒入りの巨大蚊を思い出した。いっそこれで、という思いがよぎったが、すぐに自分の思考に恐ろしいものを感じて全身を震わせた。心臓が高く速く鳴り、寒気に震えながら、彼女の心を深くえぐる彼の声に「静かにして」と叫び返した。しかし思うように声が出ず、そんな自分が惨めになって彼女は泣き崩れた。台所で座り込み、彼の声に負けないほどの大声を出して泣いた。彼が吠え続けるなら、私は泣き続けてやると思いながら、ただ泣くために泣いた。

 どれだけ泣いただろうか。彼女のなかで生まれた、行き場のない熱量もいくらか涙に奪い取られた。力が入らない体を持ち上げると、キッチンの上に置かれた皿の食事が目に入った。食事というよりもオブジェだと思い、人参をおもむろに掴んだ。それは思った以上に冷たく、無機質に硬く、これを食べる彼を想像して、一度は止まっていた涙がまたこぼれた。まだ泣き足らないのかと自問したが、彼の吠える声を聞いているうちに気力を失い、それ以上に思考することができなくなった。

 皿を持ち、食堂に戻る。彼女が入ると、彼は吠えることをやめ、唸り声を低く小さく出しながら、目で彼女の動きを追ってきた。いや、正確には彼女ではない。彼が欲しているのは食事、いや、餌だ。その感覚が彼女に走り、力という力が抜けて、彼女はへたり込んだ。持っていた皿も落としていまい、食べ物が床に転がる。人参が転がっていき、彼が素早く捉えて食べ始めた。ばりばりと音がする。噛むというより砕くという音だ。

 孤独が、彼女のなかで膨らんでいく。暗闇の本当の意味が彼女にのしかかり、雨のなかに何の動物もいないことの真意を理解し、自分が選んでしまった、あの時自分が掴んでしまった選択肢の、なんと恐ろしく、愚かで、背徳的であったかを思い知り、闇の大きさと罪の深さに耐えきれず彼女は絶叫した。彼女の神経の全てが慄き震え、細かく震える十本の指先で、全身という全身を掻きむしった。視界まで赤くなり、自分の声以外の音が消えて、彼女は本当に独りとなった。床のピーマンを掴んで、彼であったものに投げつける。煮汁付きの魚を掴んで、彼に投げつける。そしてもう一度腹の底から叫んで、食堂を走り出た。途中でテーブルと椅子に体をぶつけたが、痛くなかった。

 彼女は走る。廊下を抜けて、玄関のドアを蹴りつけ、何度も何度も蹴りつけてから、ノブを回して蹴り開けた。雨のなかに飛び込み、走った。少年が掘った穴の場所まで来ると、闇を咥えて黙っているその穴が許せなくて、また叫んだ。しかし彼女の声はどこまでも拡がる闇の世界に溶け込んですぐ消える。それがいくらか彼女の体と心を冷やし、霞む視界のまま、彼女はその場に膝を付けた。雨に濡れて分からないが、おそらくまた涙を流しているのだろうと考えて、合わない焦点のまま彼女は目を閉じた。

「やっぱり穴は、ひとり分でよかったのに」

 降りしきる雨のなか、彼女の声は音にならなかった。彼女は体を傾け、重力に導かれるまま、穴に向かって倒れた。彼女の心には、さようならの言葉も浮かばなかった。

 しかし、彼女は重力に勝る強い力で引きとめられ、その突然の力にはっとして目を開けた。何が起こったのかよく分からない。雨の音と闇の色をしばらく感じてから、首が苦しいので、後ろから服を掴まれて引っ張られているのではないかと気が付いた。

「人が二人いるのだから、穴はふたり分だよ。ほら立ちあがって」

 力を入れようとしたが入らず、彼女は後ろに倒れてしまった。見上げると落下する雨たちの間に、白髪の少年の顔があった。

「どうして戻ってきたの」

「呼ばれたから」

「誰も呼んでないわ」

「そんなことはない」

 雨の音のなかに、彼女は少年を呼んだ記憶を探した。しかしすぐにはっとして、その莫迦げた自分の行為を嘲笑した。彼女は少年を呼んでなどいない。それは確かだ。だが、目の前に今、少年がいるということが、彼女をいくらか楽にしたのも事実だ。いやむしろ、彼女はこの状況下でまだ希望を抱けるとすれば、それは少年の存在以外にないことを理解している。そして一度は追い払った少年が、今また自分の前に現れてくれた。彼女はいくらか気持ちよく踊る胸の鼓動を感じながら、少年に手を伸ばした。

「ああ、君が笑ったところ、初めて見たよ」

「今、何となく分かったわ。あなたが穴をふたり分掘ってくれたわけが」

「最初に言っておくけれど、僕はこれ以上、君たちの希望になることはできないよ」

「希望も絶望も、同じものよ」

 伸ばした手を少年に取られ、不安定な地面を両足と片手で踏ん張って、彼女は重々しく濡れた体を起こした。

「ねえ、もう一度聞くわ。なぜ戻ってきたの?」

「呼ばれたからだよ」

「誰に呼ばれたの?」

「彼に」

 自分の目から涙が溢れてこぼれるのが分かった。それはとても熱い涙で、彼女の体が抱えているエネルギーそのものであった。

「彼は何て言っていたの?」

「とりあえず、中に入ろう」

「時間が、まだ私たちには時間があるのね」

 無言で頷く少年の顔は、出会ったころのような無表情ではなかった。それは影のせいかもしれないが、彼女には、少年の表情に方向が生まれている気がした。話していてもどこか遮断されていた少年の感情が、今は彼女に向けて流れている。決してこの闇を晴らしてくれるものではない。少年の表情は今、悲観的であるが、もはや彼女は悲しみつくした。彼女自身はそう思っている。

 少年が彼女に背を向けて歩きだすと、その動きが再び彼女の心を揺らし、彼女は泥の付いていない手で顔を覆い、涙とともに溢れてくる熱い感情を受け止めた。しかし片手では受け止めきれず、声を出して泣いた。そして何度か彼の名前を呼んだ。その声は雨と闇のなかに呑みこまれてすぐに消えてしまう。その弱々しささえも今は気持ちよかった。彼女は周りを見回す。鬱蒼としている木々の間にひとつの館が建っている。降りしきる雨、動かない闇、動物の気配がしない場所、彼女が今いる場所は、永遠の世界だった。

 少年はすでに玄関前に辿り着いていて、彼女が見ると手招きをしてきた。胸が高鳴る。それは歓びのためではない。絶望のためでもない。彼女にとっての第三の光、それを目前に控えた緊張だ。彼女は足を出す。一歩一歩がぬかるんだ地面に取られ、思うように歩けない。それでもしっかりと、彼女は暗闇のなかに浮かぶ滲んだ光を目指した。



 降り続く雨の合間に光が閃き、遠くで轟音が唸る。何度光り、何度鳴っても、それらは闇に呑みこまれて消えてしまう。彼女は窓からその光景を見続けた。そして、自分たちも闇に呑みこまれる一瞬の光なのだと考える。

 彼女は窓ガラスに視線を移した。そこには、開けられた部屋のドアがあり、その向こうには、食堂へ続く廊下が映っている。とはいっても見えるのは闇だ。彼女は闇を凝視した。遥かな大きさの闇を思い、部屋にいる自分と、少年の小ささを笑った。

「ここにはまだ君がいるのかと聞かれたよ」

「彼は、私を識別することができないのね」

 少年は表情を変えずに「そうだね」と応えた。しかし彼女には、少年の微妙な気持ちの変化が分かった。この感覚は、罪悪感だと思い、やはり少年も被害者なのだと考えて彼のほうを向いた。少年の目が一瞬大きく開かれたが、すぐに戻った。

「一度でいいわ。彼が私だと気が付いて、一瞬だけでも彼と気持ちを共有することはできる?」

「僕は彼の声が聞こえるけれど、彼は僕の声が聞こえない。だから、僕は何もしてあげられないよ」

「違うわ、私にできるかどうかを聞いているの」

 少年はうつむき、じっと床の一点を見つめていたが、やがて重たそうに頭を上げた。その顔は曇っていて、彼女の目をじっと見つめてはくるが、何も喋りはしない。彼女は待った。良い答えでも悪い答えでも、とにかく少年からの言葉を。

「彼はね、五感の感覚が全く変わっているんだ。だから、五感以外で君を分かる方法があれば、通じるはずだよ。それも、一度とは言わず、何度でも」

「例えばどうやって?」

「いや、思いつかないよ」

 少年が目を閉じた。必死に考えてくれている。思いつかないと言われても、少年を見ていると落胆はしなかった。今は少年と話しているだけで心が軽くなる。

「生きようと思えば、君はまだかなり長い時間をここで彼と生きられる。その時間を使って思考錯誤すれば、何かは見つかると思うけれど。もしくは、今の彼とずっと過ごしていれば、別の形でお互いのことが分かるかもしれない」

「それは、私の望んでいる幸せではないわ」

 少年はまた目を見開き、何かを言おうとして口を開けたが、やがて力なく閉じられた。

「ええ、私は望んだわ。彼と二人きりになることを。でも、こんな世界は、あってはならないのよ。すぐにでも消してしまわないと、いけないわ」

「それはつまり……」

「あなた、言っていたでしょう。願い事はいつも残酷な形で終わる。それでも人間は求めてしまうって。何かを望むって、そういうことだと思うわ。ええ、でも今の私は思うの。現実は現実、もう私と彼は意志の疎通ができないし、彼は私が分からない。でも私は、もう二度と会えないと思っていた彼に会えた。それだけでいいのじゃないかって」

 わずかに視線を逸らして、少年が笑った。苦笑い、その目に罪悪感や無力感が現れている。しかしだとすれば誤解だ。彼女は少年を責めたわけではない。否定したわけでもない。彼女にとって、少年はいなくてはならない存在なのだから。

「あなたは希望よ。私が海に捨てられた時、そして今、間違いなく希望よ。それはあなたに何ができるかではなくて、あなたの存在そのもののが。逆に、願い事が残酷な形で終わっても、あなたはずっと希望でいないといけないわ。それが、願いに応える者の義務よ」

 少年は何かに気が付いた表情をして彼女を見つめ、やがて声を出して笑った。闇に溶けたりしない、確かな質量を持った笑い声だった。

「ありがとう」

「そうだ、これも返しておくわ。今の私には必要がないものだから」

 彼女は少年からもらった巨大な蚊を背後から取り出した。両手の上に置くと、蚊は自ら飛び立って少年のもとへ行き、少年の肩に止まり、肢を折って静止した。

「今から彼のもとへ?」

「ええ、行くわ」

「僕にできることは?」

「彼をお願い」

 彼女は真直ぐに少年を見つめた。少年も真直ぐに見つめ返してきた。それは闇のなかで輝き続ける光で、道で、幸せであった。やがて少年は頷き、

「希望であり続けるよ」

 と言った。彼女は少年に歩み寄り、その体を抱き締める。少年の肩の蚊が震えて飛び上がり、またすぐにもとの位置へ戻った。

「行っておいで」

 少年が彼女の体に手を回すことはなかった。しかし彼女の耳元で囁かれた少年の声は、彼女にとって、何にも代えがたい最後の贈り物であった。

 彼女は少年の体を離れ、しっかりと頷く。そして少年の瞳の優しい光を脳裏に焼き付けて、彼がいる廊下の先、その闇に踏みだした。

 闇を踏みしめる音が静かに響く。心臓が鳴る。怖くないわけではない。逃避したくないと言えば嘘になる。怒りがないわけでもない。この期に及んでも、まだ人間としての彼との生活に戻れるのではないかとも思っている。何かを考えようとすると他のいろんなことが思考に流入してきて、結局のところ何を考えようとしていたのか分からなくなってしまう。

 彼女は止まり、深呼吸した。頭のなかは混乱していて、自分が今何をしようとしているのか、その落ち着いた判断ができない。したいことはひとつなのだが、それは今のタイミングでいいのかどうか、それをするのが正しいのかどうか、他にやることはないのか、それだけでいいのか……。頭のなかでぐるぐると回る緊張した思考が、やがて耳鳴りとなって彼女の鼓膜の奥で激しく脈打ちだした。

 やはり戻りたい。もう一度少年のところに戻りたい。いや、何よりも泣きたい。それを自覚した途端、彼女の目から涙が流れた。大粒でとても熱かったので、血かと思い指ですくって舐めたらしょっぱい味がした。

 急に闇が怖くなり、右も左も分からなくなって手を伸ばしたが、何にも触れなかった。広大で何も見えない宇宙を想像して怖くなり、しゃがみ込むと手が床に触れた。この床が続いている先に彼がいることを思い出すと、少しだけ心が落ち着いた。彼女はゆっくりと立ち上がる。そして歩きだした。

 光が見えた。食堂へ続くドアは先ほど自分が開けたままにしていたことを思い出した。彼を見ることを考えると体が重くなる。心臓が、胃が、腸が巨大な重力に引っ張られて、吐気がしてくる。だが、行かなければならない。自分が落とされた海の暗さと、この世界の闇や雨を比べて、やはりこんな世界はあってはいけないのだと自分に言い聞かせて光のなかへ踏みだした。

 明かりに目を細めながら食堂に入ると、鎖の音がして彼が動く気配がした。低くて小さい唸り声が続く。彼女は彼の名前を呼んだ。彼が特別な反応を示さなかったので、もう一度少しだけ大きな声を出して名前を呼んだ。彼の唸り声も大きくなる。もう一度呼ぶと、じゃらじゃらと鎖を鳴らして彼が立ちあがった。前傾姿勢で顔だけ上げられ、血走って濁った目と、唾液が垂れる口が彼女を威嚇してきた。見ていると彼だと思えなくなる。人間としての思考を持っているとは思えないし、その内側にある心が助けを求めているとも思えない。少年が聞いたという彼の声は、もしかすると作り話かもしれないと思い、無意識に彼女は後ろを振り返っていた。しかしあるのは闇だけで、前を見れば彼がいる。いや、真実がどうであれ、彼女が向かうのは、彼のほうなのだ。

 テーブルを回って、彼女は彼に近付いた。まだ彼までは届かない。しかし彼の、もはや汚れてくすんでしまっている服に、先ほど投げた魚の煮汁が付いているのが見えた。それは彼女を惨めにさせる。まだ乾いていない煮汁は、彼女の弱さ、逃避、そして絶望や怒りそのものであった。それらが彼女を死に走らせようとしたことを考えると、寒気を感じる。

 もう一度、彼の顔を見つめた。何度見ても、もうそこに人間の面影はない。彼との想い出が喚起されることもない。それでも彼女は、名前を呼んだ。二度、三度、彼が何の反応も示さなくても、名前を呼び続けた。

 彼が吠える。鎖が激しく音を立て、唾液が彼女まで飛んできた。人間ではない、野性的な動物の臭いがする。こんなに変わってしまったのだと思うと、涙が出た。無駄だと分かりながら誰が悪かったのかと考え、消去法で誰も悪くないという答えに辿り着くと、自分自身に怒りを感じてくる。いや、やはり悪いのは少年だ、いや、彼も悪いのだ、でも一番悪いのは自分だと、ぐるぐる、ぐるぐると加害者と被害者が巡り巡り、眩暈を起こして彼女は座り込んでしまった。ぼやける視界のまま見上げると、病的な動物と変わらない瞳を持った彼が見下ろしていた。何よりも怖かった。彼に触れること、彼と話すこと、彼を見つめることが。

 たまらず、彼女は悲鳴を上げた。すると彼が興奮して吠え猛り、暴れ、腕を伸ばしてきた。彼女のなかで拒絶が生まれ、彼が、世界が、少年が、そして彼の親族たち、いや、全ての、世界の全てのものに憎悪を感じた。彼女は叫ぶ。泣き、悲鳴を上げ、立てないながらも彼と同じように暴れた。靴を脱いで彼に投げつけ、掴んだ椅子を引きずって彼に投げた。そして叫ぶ。

 恐怖が消えた。ただ全てが憎かった。そして汚らしい世界が許せなくて暴れた。彼の吠える声が彼女の怒りに油を注ぎ、眩暈が一本のしっかりとした閃光となって彼女の体を縦一直線に貫いた。

 彼女は立ち上がる。ゆっくりと、そして前傾姿勢の彼を睨みつけ、腹の底からこれ以上ない大声を出して彼に跳びかかった。拳を握りしめ、彼の左頬を思い切り殴りつける。落ちている椅子を拾って何度も何度も彼を殴った。椅子が砕かれ、自分の手から出血しているのを見たが、そんなことは関係なかった。木切れとなった椅子で彼を打ちつけ、悲鳴か雄叫びか分からない彼の声を震える眼球と鼓膜で感じた。

 左手首を掴まれた。その痛みが彼女の動きを止める。人間とは思えない力を、彼女はどうすることもできない。力は段々強くなっていく。そしてぎりぎりときしむ骨が砕かれた時、彼女は痛みに叫び、のたうちまわった。それまで彼女を支配していた怒りは急速に冷め、冷や汗として彼女の体中から噴き出した。恐怖感が生まれて彼女の体を震わせる。寒い。寒さで気が遠くなり、まず彼の声が聞こえなくなった。激痛を感じた手首の感覚がなくなり、視界に白いもやが広がっていく。足を踏ん張れず、腰が抜けた。

 前後に体が揺れた。何かがぶつかったのだと思ったが、左肩に食い込む鈍い痛みを感じて、それは違うと理解した。強い力、それはおそらく彼の力だ。だが同時に、彼女や彼をここまで運んできた力でもあった。

 つい先ほどまで頭のなかがわけも分からずぐるぐると混乱していたのに、今は逆に空っぽで、怒りだとか、恐怖だとか、そんなことが馬鹿らしかった。彼女の視界は白と赤で、痛みはもうなく、肉が少しずつ喰い千切られていく感触だけがある。その度に体が動き、空っぽの頭が音もなく揺れる。

 一言、ごめんなさいが言いたかった。そしてできれば、殺されることを覚悟で彼を抱き締めたかった。しかしできなかった。それでも、今の彼女に最後を悔いるほどの力はない。いや、彼に食べられて終わるという人生でよかったと、ぽつんとそう思った。外に掘られた穴はひとつで二人分、それで、ちょうどよい。

 彼の力のままに揺れ、彼女の頭が食堂の入口に向いた時、彼女はそこに、ひとつの人影を見た。それが誰かは見えないが、少年であることは間違いない。少年には最後に何を言おうか、ありがとう、だろうか。そうは考えてみても、彼女にはもう、自分の表情を動かすだけの力も残ってはいない。きっと口をポカンと開けて、無表情で、目はずっと死のほうを見つめているのだろう。

 雨の音も、雷の轟きも、彼の声も聞こえない。光はもうどこにもないが、かといって闇が広がっているわけでもない。今の自分が生きているのか死んでいるのか、どういう状態なのか分からない。何をすることもできないので、とりあえず耳を澄ます真似をしてみると、遠くから人の声が聞こえてくる。何と言っているかまでは分からない。もう少し集中してみようかと思ったが、やはりやめた。彼女はもう、何を考えることもできないからだ。


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[良い点]  展開がとても予想できなくて、ドキドキしながら読みました。細かな感情描写、それにともなう風景の移り変わりの様相に、心惹かれていきました。それと、テーマの奥深さに、思わずのまれてまいました←…
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