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魚が好き

「魚が好き」


 こう書くと、魚を食べるのが好きなのか、それとも飼ったり鑑賞をするのが好きなのか、よく分からない。

 困ったことに、私の場合、これがどちらも好きなのだ。

 どうして「困ったことに」と書くかというと、既にここで矛盾を感じるからだ。

 食用魚と鑑賞魚を、例えば牛と牛肉とか、ヒツジや馬などに置き換えてみると、毎日、それらを眺めて暮らしているここの環境では、それを矛盾と感じ始めると、食べられなくなってしまうことがある。

 

 私は、もう何年か前に園芸用の小さなスコップを使って、前庭に池を掘った。

 女一人ですることなので、そんなに大きなものは作れない。それでも、そこへプラスティックのカバーを入れれば、魚の棲める立派な池になった。

 本当は、裏庭にももう一つ大きいのを作りたいのだけれど、腰痛や肩の痛みなどを考えると、ためらってしまう。けれども、それが性格なので、その気になったら小さなテラスだって作れたのだ。池も大変だけれど出来ないことはないだろうと思う。


 観賞用の魚を買いに行くお店は決まっている。

 車の通りの激しい通り沿いにあるので、お店の前のパーキングが空いていない時には諦めなければならない。

 毎日、通う道なので、チャンスがあって、無事に車を駐め、お店の中へと入った。

 ここのオーナーは、一人で仕事をしておられる。

 店の大きさで言えば、せいぜい20㎡の小さな作りだから、普通はそれで問題がない。

 年の頃で言えば50を少し越えたくらいだろうか。イタリア人男性のご多分に漏れず、なかなかのハンサムだ。

 ところが、この人は気のいい人で、友人やお客さんや、その中間に見える、いろいろ話をしにやって来る人に、丁寧に対応をする。

 私の計算では、お店にふた組の客が先にいたら、おそらく15分で買い物ができると見積もるのだけれど、そうは行かない。

 最初のお客さんには、水質について延々と講義をして三十分ほども話しておられただろうか?

 これが田舎のことなので(それだけではなく、この国の南側全体の気質でもあると思うけれど)概ね気の長い呑気な人たちであるし、イタリア人は話好きということもあるのだろうと思う。

(よし、最初のお客さんがやっと終わった……。次のお客さんは、短く済む人だといいな……)と思う。

 ところが、ここで飛び入りが入る。

 お婆さんがやって来て、「ねぇ、あなた。あそこに住んでたxxさんが亡くなったの知ってる?」と話を始める。

「えぇ、そうなのかい?」

 そこから延々十五分は会話が続く。

(お~い! 他にも客がいるんだよ~)と思うけれど、オーナーは早口で、次々と言葉を繰り出し続けている。

 ふと次のお客の方を見てみると、50代半ばか60代に近い紳士然とした男性で、どうやら焦れて来た様子。それも当然のことだと思うけれど、何も行動は起こさない。私は小さくため息を吐きながら待っていた。

 次のお客さんの心中を察するに、きっと運動会の「よーい、ドン」に例えれば、「よーい……よーい……よーい……」と繰り返しているのではないかと思う。

 妄想癖のある私は、こういう時には幸か不幸か想像力を働かせて、或いはただぼう~っと勝手なことを思い浮かべて時を過ごす。


 やっとお婆さんが「さよなら」と出て行った時、さぁ、自分の番だとばかりに、紳士が自分の要件を話し始めた。

 相変わらずオーナーの説明は長いし、紳士も私のことを意に介している風ではない。この辺りが劣化個人主義の為せる技かと思えるところだ。

 しかし、小さな道具を一つ購入する予定だったらしい紳士は多くの選択がなかったので、そんなに長い時間はかからなかった。

(よしっ)

 紳士が支払いにキャッシャーの前に立っている時、私は完全に自分の番が来ると思っていた。

 ところがである。

 ドアベルが鳴ったかと思うと(あぁ、この音は嫌いになりそう)、男性が入って来て、「すみません」と言った。

 するとオーナーは私の方を見て「ちょっと待って(une seconde=直訳すれば1秒)」と言う。

(う、嘘でしょ? あぁ……涙)、これが恋人相手でも待つのは苦しかっただろう。

 男性はどうやら道を尋ねているらしい。

 まぁ、田舎のことだ。そんなに込み入った話ではないだろうから、すぐに終わるはず。

 私も気が長くなったなぁ、と思う。

 オーナーはその男性と一緒に表へ出ると、イタリア人らしく腕を振り回し、大きなジェスチャーをしながら説明をしているようだった。しかし、それでは足りなかったと見えて、一緒に中へ入って来て紙に地図を描き始めた。

 その時、オーナーではなく男性の方が、私に向かって「ボンジュール」と言いながら、ごめんねの意味らしいウィンクをしたので、思わず出た条件反射的な反応で「こんにちは」を返しながら、にこっとしてしまった。しかし、これは1秒後には後悔の表情に変わる。

(あなたねぇ、これまで、私がどれだけ待っていたか、知らないでしょう? 人の気も知らないで……。ふーんだ)

 そうしてやっと私の順番が来た。

 ここまで来ると、もう感動ものである。

(あぁ、ロメオ、遂にあなたは来てくれた……)というくらい。

 

 さてこの日、私が買いたかったのは、2-3尾の魚だ。6-7年いた魚のうち、1尾を除いて、みんないなくなったからだ。赤い大きな子が寂しく一人でくるくる回っているのを見るに忍びないと思った。

 過ぎるくらい充分な待ち時間の間、ずっと10本以上の水槽を眺めていたから、既に目星は付けてある。

 ところがオーナーの質問は、「どんなお魚が欲しいの?」から始まった。

(あらら……)

「えーっと、池用の小さな魚です」

「そう。で、池の大きさは?」

「ん~、そうですね。70-100cmくらいかしら」

「それじゃあ、5尾が限度だな」 

 なるほど、プロの仕事は、こうして始めるものなのだ。

「これなんか、きれいだと思うのですが……」

「それはねぇ、鯉だから駄目だね。30cmくらいにはなる」

「あら、そうですか」

 実は、種類もよく知らなかったのだ。

「ほら、この水槽を見て。こっちの中に入っているみんなと、こっちの黄色いの以外、こっちの模様のない方も大丈夫。ここの白いのは全部駄目……etcetc」

 ちょっとがっかりして、元気そうな子を選ぶことに頭を切り替えた時、オーナーがもっと詳しく話を始めた。

「我が家はね、戦時中に勝った家で、庭が広いので池も大きくしたんだよ。だから、こういうのも飼えるんだ。でも、大きな池を掘るのは大変だからね、なかなか難しいのは分かるよ。鯉を飼いたかったら、そうだな……1.5から2Mくらいないとかわいそうかもしれない……」

 本当は、もっときれいな模様の子が飼いたかったのだけれど、結局、私の池で飼えるのは大きくならない子だけなので、結局は、元いた赤い子と白っぽい子を買って帰ることになった。

 それでも丁寧に対応してくれたおかげで、間違えて大き過ぎる子を買わずに済んで良かった。全ての水槽は、表を通る時に見ているけれど、いつもピカピカだ。

 それに、プロの知識を惜しげもなく分け与えてくれたオーナーには感謝している。


 でも……。

 今朝、1匹の赤い子が死んでいた。

 冬眠の後では、秋に飼った小さい子は弱るので仕方のないこともある。

 やはりお魚は春に飼って、大きくなってから冬を迎えさせる方が無難だ。

 というわけで、もう少ししたら、またあのお店へ行かなくちゃならない。

 さて、いつ出掛けるか……、それが問題なのだ。

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