↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】冷徹侯爵様、お気の毒なので『円満な婚約解消』して差し上げます  作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/42

22話(壮大なる計画)

 それから、これといった進展もないまま、なすすべもなく数日が経過した頃のことでした。


 わたくしが滞在させていただいているランセル伯爵邸に、見知らぬ一人の男が訪ねて来たのです。

 最初は伯爵も、夫人であるおば様も『怪しげな男だ』と警戒していらっしゃいましたが、その男が持参したお父様の直筆の手紙を受け取ると、状況は一変いたしました。

 そこに書かれていた文字は、紛れもないお父様の本物の筆跡だったのです。


 手紙には『周囲に目立たぬよう、使いの者と二人だけで指定の場所へ来てほしい』と書かれていました。

 当然、わたくしの身を案じるおば様たちは「罠かもしれない」と猛反対されましたが、わたくしは必死にお二人を説き伏せて、密かに男の後をついて行くことにいたしました。


 案内された隠れ家に入るなり、お父様が血相を変えて駆け寄ってこられました。


「ルシアン! 無事だったか、心配をかけて本当にすまなかった!」


 そう言って、わたくしを強く抱きしめてくださったのです。

 その瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解け、わたくしの目からは思わずポロポロと安堵の涙がこぼれ落ちました。


 涙を拭い、お父様と見知らぬ男が一緒にいることに驚きつつ、わたくしはお父様から今回の驚くべき計画の全貌を聞かされることとなったのです。   


 お父様のお話によれば、ダッフル侯爵家をハメようとしたレイモンド伯爵は、間違いなく近いうちに拘束されるとのことでした。   


「空積みの証拠も、ここにいる商会長という決定的な証人も、すべてはこちらの手の内だ」 

 

(この方がリチャード様のお父様の船に荷物を積んだと見せかけたのですか……)


 おまけに、わたくしがこの隣国へやってきたことで、レイモンド伯爵は「商会長が指示通り、ノートル男爵もルシアンも、綺麗に始末してくれた」と、今頃すっかり油断しきっているのだとか。


「だが、ルシアン。レイモンド伯爵が捕まれば、あの一族の領地は間違いなく国に没収されてしまうだろう。……そうなった時、残された罪のない領民たちの生活はどうなる? あそこには大した産業もない。だからこそ、今のうちから手を打たねばならないと考えたのだ」


 お父様は鋭い商人の目で、地図を指差しました。 


「リチャード殿のいるダッフル侯爵領には、間もなく最新のインフラが整備された素晴らしい港が完成する。周辺国の船を呼び込むため、とりあえず最初のうちはお前が提案した通り、『入港料無料』にする手はずだ。……ならば、レイモンド伯爵が捕まった後のあの領地の港はもう駄目だろう。だったら、新たな一大産業として『船の生産(造船業)』を始めてみてはどうだろうか?」 


「えっ……! 領地で船を造るのですか!?」


「そうだ。幸いなことに、東の隣国である『アルファンブラ帝国』は造船業が非常に盛んだ。そこへ優秀な技術者を留学させ、最先端の船造りを学ばせようと考えている。……もちろん、ただで技術を教えてくれるほど甘くはない。その見返りとして、帝国が喉から手が出るほど欲しがっている、船の最高級材料となる『オーク材』をこちらから提供するのだよ。……実は、レイモンド伯爵の領地には、手付かずのオークが生い茂る広大な森林地帯が広がっているのだ」


 お父様の説明に、わたくしは目から鱗が落ちる思いでした。

 オーク材とは、ブナ科コナラ属の落葉広葉樹、いわゆるドングリの木から採れる非常に優れた木材です。ものすごく硬く、耐久性と耐水性に優れているため、大型の船を造るにはこれ以上ない最高の素材なのです。 


「アルファンブラ帝国は近年、船を造りすぎて自国のオークを伐採し尽くし、残りの資源に限りがある……という極秘の情報を、事前につかんでおいたのだよ」  


「……! さすがはわたくしのお父様ですわ! そこまで先を見据えていらっしゃるなんて、本当に尊敬いたします!」 


 あまりに見事な先読みと経済戦略に、わたくしは思わず拍手をしてお父様を大絶賛してしまいました。 


「だがルシアン。対等な交渉をするには、その国の言葉が話せなければ話にならない。帝国の言葉を完璧に話せるのは、幼い頃からずっと帝国語も学んできたお前だけだ。……そこで、一緒に今からその国へ直接、交渉に向かおうと思う」


「わたくしが、帝国へ? ですか」


「ああ。ついでに、レイモンド伯爵の逮捕に不可欠な、この商会長も一緒に連れて行く。伯爵には、彼の方から『二人(私とルシアン)を始末したばかりなので、足が付かないようしばらく遠くへ身を潜めます』と手紙を書かせるつもりだ。……何より、商会長は伯爵の秘密を握りすぎている。この国に置いておいてはいつ口封じで消されるか分からないからな。安全のためにも、一緒に出国させた方がいい」


 お父様の言葉に、青ざめたお顔の商会長が「命が助かるならどこへでもお供します!」と必死な表情で答えました。

 

 そしてわたくしは、どうしても気になっている本国のお母様のことをお話しました。


「ルシアン、大丈夫だ。あやつは私の妻だぞ。我々が結婚した当初の周囲の風当たりは、並大抵なものではなかった。だがな、お前の母親はいつだって笑顔でそれに耐えてきた。強い女性なんだ」


「いいえ、お父様。それは違いますわ。そんな周囲の嫌がらせなんて、あのお母様ならいくらだって何ともないお顔でいられます。でも今回は、最愛の家族が命の危険に晒されているのですよ。カラクさんからの手紙を受け取った時のお母様たら……。あのお母様が取り乱したのですよ!」


「……そうだな、すまない。ならこうしよう! 私たち夫婦しか知らない言葉があるのだよ。たった一言、それを書いてすぐに送ろう。そうすれば、必ず元気でいることが伝わるはずだ」


「え?! どんな言葉ですの?」


「それは二人だけの秘密だ。たとえ娘のお前にも教えられんな」


 そう言ってお父様は、遠くを見るように微笑んだのです。

 それだけで、二人の関係性が伝わってきて、胸の中がじんと温かくなりました。

 なんだかんだ言ってもお父様は優しい方なんです。母のことだけではありません。レイモンド伯爵が捕まったあとの領地の心配もそうなのです。あの領地は父が、幼かった頃、家族で過ごした大切な場所だということは聞かされていました。だからこそ考え抜いた造船業なのでしょう。


(そうだわ! リチャード様と『円満な婚約解消』をしても、こうして、わたくしが、通訳として役立てば、お父様もわたくしに施した教育が、無駄ではなかったと喜んでくれるはずだわ)


 わたくしは、先日お母様から聞かされた話を思い出しながら、名案とばかりに内心ほっとしていました。


 こうしてわたくしたちは、レイモンド伯爵の目を欺いたまま、まさかの『東の隣国アルファンブラ帝国への極秘外交』という、壮大な事業へと舵を切ることになったのです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。