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レンタル余計なことしかしない人

作者: 吟遊蜆
掲載日:2026/05/16

 今日は会社が休みだったので、いつものように「レンタル余計なことしかしない人」を頼むことにした。


 だからといってわたしにだって友達がいないわけではない。たしかに友達が多いほうではないと思う。けれど大人になると、友達は余計なことをしなくなる。これはおそらく人間が本来持っている学習能力の弊害ではないかと思われる。人は相手が何を求めているかをいつのまにか学び、そこから逆算し、ごく自然に必要とされる行動を取ってしまうようになる。


 それは一般に「思いやり」と解釈され、友人関係を円滑にするために必須の発想とされている節があるが、わたしにはそれがつまらない。わたしは小学校のときの友達のように、野球をしている最中に突然「鬼ごっこしようぜ!」と言い出してバットを投げ捨てると同時にあらぬ方向へ駆け出したり、給食のピラフに入っていたグリンピースをなんの意味もなく鼻から食べようとしたりする相手とともに、ただ可能性豊かな時間を過ごしたいのだ。


 今日は「レンタル余計なことしかしない人」と、カラオケに行くことにした。受付を済ませ、指示された部屋のある五階へと向かうエレベーターに乗ると、「レンタル余計なことしかしない人」は、乗ってすぐに二~五階までのボタンを一気に全部押してしまった。幸いほかに乗ってくる人はいなかったが、わたしはなぜそんなことをしたのかと尋ねた。


「目の前にボタンがあったら、とりあえず全部押さないと損じゃないですか」


 実に惚れ惚れする回答であった。これだから、「レンタル余計なことしかしない人」は辞められない。行動が不可解であるだけでなく、その「かろうじて一理しかない」身勝手な理由まで完璧である。そうしてエレベーターが各駅停車になったせいでボックスへの到着が遅れ、歌える曲が一曲少なくなったかもしれないが、まさしくこういうのを贅沢な時間というのである。


 わたしが歌いはじめると、「レンタル余計なことしかしない人」は備えつけのマラカスを振りはじめるが、これがどうにも曲調に合っておらず、何に合わせて振っているのかさっぱりわからない。もしも彼がバンドにいたら、明らかに余計なことをしているとの理由から脱退させられてしまうことだろう。こんなに余計なことをしてくれる仲間には、友達とバンドを組んでいたらまず出会えないに違いない。


 しかしそれが常にサンバのリズムになっているということに、わたしは「マツケンサンバⅡ」を歌ってみてはじめて気がついてしまった。つまりこの曲を歌う際にのみ、「レンタル余計なことしかしない人」は余計なことをしていないことになるわけだが、わたしはこれには心底がっかりさせられた。


 なぜならば「レンタル余計なことしかしない人」を謳っている以上、ここで余計なことをしない、いや、それどころかもっともふさわしいことをしてしまうというのは、明らかな契約違反であり、思わずわたしは「『マツケンサンバⅡ』や『お嫁サンバ』を歌われた際のオプションとして、ほかのリズム、たとえばワルツのリズムなども身につけておくべきなのでは?」と、こればかりは苦言を呈させてもらった。曲調に合わせてマラカスを振るなどという当たり前の行為は、ありがちな友達にやらせておけば良いのである。


 わたしが歌っている最中に、「レンタル余計なことしかしない人」は踊るだけでなく、機械の操作も頻繁におこなっていた。そのせいでわたしの歌唱は、疾走するロックであろうとゆったりしたバラードであろうと頻繁に転調を繰り返し、急加速と急減速を行ったり来たりするジェットコースターの如きスリリングな体験となった。おかげでわたしは、どんなにトリッキーな楽曲でも歌いこなせる自信がついたのだった。


 もちろんわたしだけでなく「レンタル余計なことしかしない人」も歌ったが、盛り上がるサビの部分を下ネタの替え歌にしてみたり、歌詞の全単語を逆さ言葉にして歌ってみたり、自分が歌う順番が来たときに限ってトイレに立ってみたりと、本当に余計なことばかりしてくれるので、わたしはすっかりサンバの件など忘れて満足した。


 帰りのエレベーターのボタンも、「レンタル余計なことしかしない人」は速攻で全部押していた。駅で別れ際に今日のギャラである三千円が入った封筒を渡すと、「レンタル余計なことしかしない人」は中身を確認したうえで、「これでは受け取れない」と言って封筒を押し返してきた。


 しかし料金は一時間千五百円であったはずで、二時間のカラオケにつきあってもらった報酬の計算は合っているだろう。わたしがそう言うと「レンタル余計なことしかしない人」は、悪びれもせずに「五千円札でなければ受け取れない」とすぐさま言い返してくるのであった。


 わたしは突然の値上げに納得がいかなかったが、とはいえ実際のところ本日の満足度はその提示額にふさわしいものがあり、こういったハプニングも「余計なこと」として楽しむべきかと発想を転換することにした。しかし五千円札は持っていなかったため、いったんコンビニに寄って欲しくもないジュースを一本買い、おつりで返ってきた五千円札に封筒の中身を差し替えて「レンタル余計なことしかしない人」に渡した。


 すると笑顔でそれを受け取った「レンタル余計なことしかしない人」は、にわかに背負っていたリュックから大きな瓶を取り出して、わたしの胸に押しつけてきた。


「おつりです!」


 瓶の中は一円玉でぎちぎちに満たされており、「レンタル余計なことしかしない人」曰く、ここにちょうど二千円分入っているとのことであった。するとこいつを渡したいがために、わざわざ五千円札を用意させたというわけか。まったく本当に、余計なことしかしない人である。


 帰りに寄った定食屋で、わたしは瓶の中身を少しでも軽くするために、その一円玉のみで代金を支払った。結果、わたしも店主にとっての「余計なことしかしない人」に、ちょっとだけなれているような気がした。

【Gemini氏によるちょうちん解説】

◆「ノイズ」を愛するための処方箋――現代社会における最適化への痛快なアンチテーゼ


 私たちは今、ひどく息苦しい時代を生きている。「コスパ(コストパフォーマンス)」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」といった言葉が日常を支配し、あらゆる行動から「無駄」が削ぎ落とされていく。人間関係においても「空気を読む」ことや「忖度」が至上の価値とされ、相手の不快感を先回りして排除する「予定調和」のコミュニケーションが良しとされている。


 本作「レンタル余計なことしかしない人」は、そんな息苦しい「最適化社会」に対する、きわめてユーモラスで、しかし鋭利な反逆の書である。


 言うまでもなく、本作の題材は実在するサービス「レンタルなんもしない人」のパロディである。しかし、著者が描くのは「何もしない(=無害である)」ことによる癒やしではない。あえて「余計なこと(=ノイズ)」を意図的に発生させる存在を金で買うという、一段ひねった痛快な逆説である。


 本作の白眉は、主人公が大人同士の「思いやり」を「人間が本来持っている学習能力の弊害」と看破している点にある。相手のニーズを逆算し、最適解を提供する。それは確かに摩擦のない円滑な関係を生むが、同時に「可能性豊かな時間」を殺してしまう。主人公が渇望しているのは、少年時代に野球のバットを突然放り出して鬼ごっこを始めるような、予測不可能な「バグ」なのだ。


 そのバグの権化たる「レンタル余計なことしかしない人」の造形が見事である。エレベーターのボタンをすべて押す理由を「目の前にボタンがあったら、とりあえず全部押さないと損じゃないですか」と言い放つその姿には、かろうじて一理あるがゆえの凄みがある。


 カラオケボックスでの攻防は、本作における最高にシニカルな喜劇だ。マラカスをデタラメに振り、曲のテンポやキーを乱高下させる彼の振る舞いは、一見ただの嫌がらせである。しかし、彼が偶然にも『マツケンサンバⅡ』のサンバのリズムとシンクロしてしまった瞬間の、主人公の「心底がっかりさせられた」という絶望と苦言に、この物語の核心がある。


「余計なことしかしない」という契約において、空気を読み、TPOに合致してしまうことは明確な契約違反(=裏切り)なのだ。「ありがちな友達」の枠組みに回収されることを、主人公は断固として拒絶するのである。


 そして物語は、二千枚の一円玉が詰まった重い瓶という、物理的かつ圧倒的な「余計なもの」の贈与によって幕を閉じる。五千円札で支払わせた上で、一円玉で二千円分のおつりを渡す。この迂遠で無意味な儀式を経た後、主人公自身もまた、定食屋の店主に対して「余計なことしかしない人」へと変貌を遂げる。


 この結末が示唆しているのは、「余計なこと」の伝染性である。効率と利便性ばかりを追求し、ツルツルに研磨されてしまった現代人の日常に、この一円玉の重みは確かな「手触り」を取り戻させてくれるのだ。


 本作はナンセンス・コメディの顔をしながら、読者に一つの重要な問いを投げかけている。「あなたの人生は、効率よく生きるためだけにデザインされているのか?」と。


 もしあなたが今、日々の生活に息苦しさや退屈を感じているなら、本作は最高の処方箋になるだろう。読み終えた後、あなたはきっと、無駄な寄り道をしたり、意味もなくエレベーターのボタンを全部押してみたくなる衝動に駆られるはずだ。もちろん、後続の利用者に迷惑をかけない程度の「余計なこと」にとどめておくのが、哀しいかな大人のマナーではあるのだが。

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