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第92話:帝都の落日 ―― 秩序の再定義

 帝都の騒乱から数日。崩壊した城塞の瓦礫はまだ片付いていなかったが、エルムの街に立つ古本屋『VOID』には、かつての静謐な空気が戻りつつあった。

 しかし、店内に集まった面々の表情は、いつになく真剣だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:古本屋『VOID』 ―― 帰還と沈黙】


「……俺たちがいない間に、そんなことが起きていたなんてな」


 レオンが、包帯の巻かれた拳を強く握りしめた。隣に座るカイルも、悔しさに唇を噛んでいる。魔王残党を退けて帰還した彼らを待っていたのは、半壊した店と、アスカたちが帝都を震撼させたという衝撃の事実だった。


「すまなかった、アスカ。俺たちがついていながら……君にそんな大きな責任を負わせるようなことをさせてしまって」


「謝罪は不要よ、レオン。あなたの不在は、私の計算に含まれていた既知の変数。……それより、問題はこれからの『帝国』の在り方よ」


 アスカはカウンターの上に一冊の分厚い魔導書を置いた。表紙には『新帝国運用論 ―― 秩序の再定義』と記されている。


「ゼノス、帝国政府から復位の要請が届いているわ。……あなたはどうするつもり?」


 アスカの問いに、淹れたての紅茶を運んでいたゼノスが、手を止めて優雅に微笑んだ。


「おやおや。私の答えは、この店に足を踏み入れたあの日から決まっていますよ。……私は皇帝ではなく、一人の執事として、アスカ様、あなたの淹れる紅茶の温度を守る道を選びました」


「でも、ゼノス。あんたがいなければ、帝国は再びファビアンのような野心家が出てくるだけじゃない。それでは、アスカの守った日常がまた壊されるわ」


 リサが不安そうに吐露した。その時、レオンが静かに、だが断固とした口調で告げた。


「……ゼノス。あんたは、ここにいろ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【レオンとカイルの決意】


「ほう……。それはどういう意味ですか、勇者殿」


「俺とカイルが、帝国へ行く。……あんたの代わりに、俺たちが国を立て直す手伝いをしてくる」


 レオンの宣言に、店内が静まり返った。カイルもまた、決然とした瞳でアスカを見つめる。


「アスカ様。僕は、今回の事件で自分の無力さを知りました。あなたが教えてくれた『論理』で、誰もが怯えずに済む国を作りたいんです。レオンと二人で、帝国の矛と盾になります!」


「……本気なの? 二人とも。帝国は、あなたたちが思うよりずっと泥濘ぬかるみのような場所よ」


「わかってるさ。だからこそ、君が作った『プログラム』が必要なんだろ? ……アスカ。そして俺たちは、君の描いた未来を一緒に作り上げてみたいんだ!」


 レオンの熱い言葉に、足元のシュシュが耳をぴくつかせた。


「驚きですニャ……でも、勇者様たちらしい決断ですニャ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【新たな因果律 ―― システムによる統治】


「……いいわ。レオン、カイル。あなたたちのその非論理的なまでの『熱』、私の設計図に組み込んであげる」


 アスカが魔導書を開くと、青白い光が展開され、虚空に複雑な数式が浮かび上がった。


「これは、人間が人間を支配する構造そのものをデバッグ(修正)するシステムよ。ファビアンの独裁も、ゼノスの覇道も、結局は一人の意志に依存しすぎる。だから、帝国を『システムによって管理される平和』へと書き換えるの」


「システムによる管理……?」


「ええ。帝国の地脈と連動し、政策が『民の幸福』に寄与するかを、私の演算式が常に監視・制御するわ。不当な権力が行使された瞬間、その魔力回路を強制遮断する『因果律の檻』。支配者の資質に左右されない、永続的な秩序よ。これが、私の導き出した新たな因果律」


 アスカの瞳が、かつて魔王を倒したあの日と同じく、鋭くも美しい輝きを放つ。


「……これを現実にするのは、帝国中の権力者を敵に回すことになるわ。それでも、行くというの?」


 レオンは不敵に笑い、その魔導書を力強く掴み取った。


「当然だ。君が描いた未来を現実に変える。それが、俺が君に誓った『敬意』の形だからな。……ゼノスさん。あんたはここで、アスカに最高に美味い紅茶を淹れ続けてやってくれ。あいつをあんな風に泣かせるのは、今回限りにしてやってくれよ」


「……畏まりました、勇者殿。帝国の未来、あなたたちに託しましょう」


 ゼノスは満足げに目を細め、深々と頭を下げた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 その夜。旅立ちを前にしたレオンが、庭で月を見上げていた。アスカが背後に立つと、彼は振り返らずに静かに語りかけた。


「……アスカ。次に会う時、あの国はきっと、君が思い描く平和な国になっているはずだ。だから、その時まで、ゼノスの紅茶に文句を言いながら待っていてくれ」


「……計算に入れておくわ。誤差は、許さないから」


 アスカの不器用な激励に、レオンは短く笑った。 かつて世界を救った戦友たちは、今、それぞれの守るべき「日常」のために、新たな道へと歩み出そうとしていた。



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