第74話:皇帝の告白と、夜の語らい
「賢者のオーブン」を確保した一行は、その夜、遺跡の入り口に近い中庭で露営することにした。石造りの壁が風を遮り、天窓からは満天の星が降り注いでいる。
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【舞台:忘却の食卓遺跡・中庭】
キャンプファイアの火がパチパチとはぜる音が、静寂な遺跡に響く。 夕食を終えたミーナとカイルは、旅の疲れからか、シュシュを抱きかかえたまま毛布にくるまって寝息を立てていた。レオンも少し離れた場所で、剣を抱えながら浅い眠りについている。
火を囲んで起きているのは、アスカとリサ、そして静かにお茶を淹れ直しているゼノスの三人だけだった。
「……計算通り。これだけの高純度なマナを宿したオーブンがあれば、黄金のリンゴの糖化を理論上の極限まで引き出せる」
アスカは黒髪を指先でいじりながら、手元の魔導書に計算式を書き込んでいた。その横で、リサがふう、と息を吐いてゼノスを見上げる。
「ねえ、ゼノス。あんた、いつまでその『執事ごっこ』を続けるつもりなの? 帝国の皇帝ともあろう男が、こんな場所で茶碗を洗ってるなんて、やっぱりどう考えても変よ」
ゼノスはポットを置き、揺らめく炎を見つめた。
「執事ごっこ、か。……そう見えるのも無理はない。だがリサ、私にとっては今この瞬間の方が、玉座に座っているときよりもずっと『現実』に感じられるのだよ」
「……どういう意味よ」
ゼノスは自嘲気味に口角を上げた。その表情には、いつもの不遜な余裕ではなく、どこか遠い場所を眺めるような寂寥感が漂っている。
「皇帝というものは、人ではない。国家という巨大な術式を維持するための『部品』に過ぎない。私の言葉一つで数万の命が動き、私の呼吸一つで経済が揺れる。……そこには、私自身の意志など介在する余地はなかった」
「……全能ゆえの虚無、というわけね」
アスカがペンを止め、ゼノスを見つめる。
「その通りだ、アスカ。私の周りには常に人がいたが、誰一人として『私』を見てはいなかった。彼らが跪いていたのは『皇帝』という椅子に対してだ。孤独とは、一人でいることではない。大勢の中にいながら、誰とも繋がっていないことを指すのだと、あの冷たい宮殿で学んだよ」
ゼノスは、火に透ける自分の手を見つめた。
「だが、この旅はどうだ。カイルは私に敵意を剥き出しにし、レオンは私を監視し、シュシュは私の茶菓子を盗み食いする。……そしてリサ、君は私を『変態皇帝』と呼んで憚らない」
「あ、あれは、あんたの態度が鼻につくからで……!」
リサが少し顔を赤くして言いよどむ。
「それでいいのだ。ここでは、私はただの『ゼノス』として存在している。アスカの隣で、君たちという騒がしいノイズに囲まれている今だけが、私が唯一『生きている』と実感できる時間なのだよ」
沈黙が流れた。焚き火の温かい光が、三人の影を遺跡の壁に長く映し出している。
「……あんたも、苦労してたのね。少しだけ、同情してあげるわ」
リサはぶっきらぼうに言いながら、ゼノスが淹れたお茶を飲み干した。
「でも、あんたが有能なのは認めざるを得ないわ。このお茶、やっぱり美味しいもの」
「光栄だね。君のその素直でない言葉も、今では心地よい響きだ」
「なっ……! 誰が素直じゃないってのよ!」
アスカは、二人のやり取りを静かに見守っていた。
「……ゼノス。あなたの過去は、私の論理では記述できない領域にあるわ。でも、今のあなたの魔力波長は、帝都で出会った時よりもずっと安定している。それはきっと、正しい変化なんだと思う」
「ああ。……ありがとう、アスカ」
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【ラストシーン】
夜も更け、リサも眠りについた。 アスカが最後に火の始末をしようと立ち上がると、ゼノスが静かに声をかけた。
「アスカ。明日のアップルパイ……楽しみにしているよ。君が導き出す『正解』を、私も共に味わいたい」
「……ええ。最高のパイを焼いてあげる。それが、この旅を締めくくる論理的な帰結よ」
アスカは夜空を見上げた。遺跡の天窓から見える星々は、まるでこれからの旅路を祝福するように輝いている。
隣で静かに控えるゼノス。かつては世界を隔てていたはずの二人が、今は同じ火を囲み、同じ明日を見据えている。 その光景は、どんな複雑な魔法術式よりも美しく、アスカの胸に静かな温もりを灯していた。
「おやすみなさい、ゼノス」
「おやすみ、私を救った賢者様」
焚き火の最後の一片が消え、遺跡は優しい闇に包まれた。だが、そこにはもう、凍りつくような孤独などどこにもなかった。
ゼノスの心の中に秘めた思いが、少しだけ見えた印象的な回でしたね。
さて、夜明けとともに、全員で力を合わせたアップルパイ作りが始まりますよ!
次回もお楽しみに!!
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