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第71話:聖なる土のハプニング ―― 洞窟の試練と、皇帝の騎士道

「迷い子の深林」を抜けた一行が次に辿り着いたのは、古の魔力が結晶化して滴り落ちるという「地母神の涙洞るいどう」だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:地母神の涙洞るいどう・中層】


 幻想的な青い光を放つ苔に覆われた洞窟内。天井からは「聖なる土」の素となる清浄な砂が、星屑のように舞い落ちている。


「お姉ちゃん、足元がキラキラしてるよ! これが聖なる土なの?」


「いいえ、ミーナ。私たちが探しているのはさらに深部、不純物が一切排除された層にある土よ」


 アスカが指先で空間の魔力密度をなぞり、地図を頭の中で更新する。


「リサ。この先の第4階層、マナの指向性が歪んでいるわ。私の演算では、左翼の壁面から回り込むのが最も低リスクよ」


「……わかってるわよ。アスカ、あんたの言う通りにするのが一番早いのは事実だけど、たまには師匠の勘も信じなさいな」


 リサは不敵に笑うが、アスカは淡々と黒髪を揺らした。

「勘は不確定要素が多すぎるわ。でも、リサのその『意地』という変数は嫌いじゃない」


 そのやり取りを見ていたゼノスが、執事らしくお茶の準備を整えながら口を挟む。


「おや、リサ。かつての弟子に守られている自覚はあるのかな? 君の足元の岩場、かなり脆くなっているよ。アスカの計算を乱さないよう気をつけることだね」


「あんたは黙ってなさい! 私はこれでもアスカの師匠なのよ!」


 リサがゼノスを睨みつけた、その時だった。


「――っ! 全員、後退! 空間の平衡が崩れるわ!」


 アスカの鋭い警告。同時に、洞窟全体を激しい振動が襲った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【分断と、迫り来る危機】


 天井の巨大な鍾乳石が轟音と共に崩落する。アスカは瞬時に無詠唱で防壁を展開し、ミーナとシュシュ、カイル、レオンをその内側に引き込んだ。だが、最後尾にいたリサと、彼女をからかっていたゼノスがいた場所へ、数トンの巨石が降り注ぐ。


「リサ!!」


 アスカが腕を伸ばしたが、岩の壁が瞬く間に通路を分断した。


「嘘でしょ……。師匠の私が、アスカの計算の外に弾き出されるなんて」


 岩の向こう側。幸い怪我はなかったが、リサは杖を構えて愕然としていた。ゼノスがその肩を軽く叩く。


「嘆いている暇はないよ。この洞窟のマナは今、臨界点にある。強大な魔力をぶつければ洞窟全体が自壊し、君もろとも生き埋めだ。……まずは、別の出口を探すのが論理的だね」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【皇帝の騎士道】


 二人が細い通路を進んで数分。再び、より大きな震動が走った。地盤沈下だ。


「きゃっ!」


 リサの足元の岩場が崩れる。瞬時に飛行術式を編もうとしたリサだったが、周囲のマナが荒れ狂い、術式の構成を拒絶した。

 その隙間を縫って、ゼノスが動いた。 彼は魔法ではなく、生身の腕を伸ばした。執事服が岩角で裂けるのも厭わず、リサの手首を強く掴み、己の胸元へと引き寄せた。

 直後、天井から巨大な岩塊がリサのいた場所を直撃する。


「……っ……」


 ゼノスの呻き声。飛散した岩の破片が彼の背中を打ち、鋭い傷を作っていた。


「ゼノス! あんた、背中が……! なんで、魔法で防がなかったのよ!?」


「……言ったはずだ。下手に魔力を練れば、地盤が崩れると。……君のような『師匠』を死なせては、アスカに合わせる顔がないからね。彼女の論理に、悲しみというノイズを入れたくない」


 ゼノスは苦痛を微塵も感じさせない優雅な微笑を浮かべ、リサを安全な岩棚へと下ろした。


「あんた、バカなの? 魔法も使わず私を守って傷つくなんて、論理的じゃないわよ!」


「ふ……。皇帝というのは、領土を守るために死ぬものだ。今の私の領土は、この旅そのもの。君という住人を守るのは、執事として、あるいは一人の男として当然の義務だよ」


 暗闇の中、ゼノスの金色の瞳が気高くリサを見つめた。

 リサは唇を噛んだ。過去に一度振った男に生身で守られた。自分自身の不甲斐なさと同時に、それ以上の「熱」が胸を焦がす。


「……ったく。調子狂うわね。魔法で治せないから、手当てしてあげるわよ。貸しなさい」


 リサは乱暴に袖をまくり、手慣れた手付きでゼノスの傷を処置し始めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン】


 数時間後。アスカが空間を直接定義し直し、岩壁を霧散させて二人を見つけ出した。


「リサ。ゼノス。無事?」


 駆け寄るアスカ。しかし、そこには気まずそうに目を逸らすリサと、相変わらず優雅に紅茶の準備を始めているゼノスの姿があった。


「ええ、無事よ。この変態皇帝が、ちょっとだけ余計なことをしたけどね」


「余計とは心外だね。私は最高級の騎士道を見せたというのに」


「うるさい! この借りはいつか必ず返すわよ!」


 赤くなった顔を隠すように歩き出すリサの背中。アスカはその魔力波長の変化を即座に読み取った。


「……リサの精神波形が、0.5ヘルツほど高く揺れている。ゼノス、あなた、何かした?」


「さあ、何のことかな? 私はただ、忠実な執事として振る舞っただけだよ、アスカ」


「……そう。ならいいわ。材料の回収を急ぎましょう」


 アスカは黒髪を揺らして歩き出す。その後ろで、シュシュが不思議そうに鼻を鳴らした。


「リサ様の魔力が、なんだか春の陽だまりみたいにポカポカしているニャ。不思議なこともあるものだニャ」

 洞窟の出口から差し込む月の光が、少しだけ距離の縮まった一行を、静かに照らし出していた。


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