第39話:謁見の間の冷徹な沈黙
【舞台:王城謁見の間】
王都正門での障壁消失事件は、瞬く間に城内を駆け巡った。 アスカが謁見の間へと足を踏み入れると、きらびやかな衣装を纏った貴族や高位魔導師たちの間から、絹を裂くような緊張感が伝わってきた。
玉座に座る国王の左右には、中央魔導院の重鎮たちが顔を揃えている。彼らにとって、アスカは「かつて世界を救った伝説の賢者」であり、同時に「制御不能な人知を超えた怪物」でもあった。
「……久しいな、賢者アスカ。数年前の『大災厄』の折、貴殿が因果律を書き換え世界を救い上げて以来か」
国王が静かに口を開いた。その声には敬意と、隠しきれない警戒心が混ざり合っている。
「……計算上、三十二ヶ月と十四日ぶりね。国王陛下、貴方の老化係数は私の予測の範囲内だけれど、この部屋の空気の淀み(ノイズ)は予測を超えているわ。……私の演算回路を、こんな不毛な儀礼に浪費させるつもりかしら?」
アスカは玉座を仰ぎ見ることなく、無造作に髪をかき上げた。周囲の貴族たちは一斉に息を呑む。かつての救世主とはいえ、王の前でこれほど不遜な態度を取る者は歴史上存在しなかった。
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【畏怖と不満の混濁】
「無礼な! 救世の功績があるとはいえ、ここは王都だ! 貴殿の傲慢は度を超しているぞ!」
一人の貴族が、震える声で叫んだ。中央魔導院の重鎮、グラナス伯爵だ。彼は数年前の戦いでアスカの圧倒的な力に救われた恩を認めつつも、彼女が王宮の権威を軽視することに耐えられなかった。
「……傲慢? グラナス伯爵、貴方の定義は常に主観的。私はただ、無駄なプロセスを省いているだけ。……貴方の魔力回路も、あの頃から全く最適化されていないようね。……見ていて、不快だわ」
アスカが冷徹な瞳で伯爵を射抜くと、伯爵の足がガタガタと震え始めた。
「貴様……っ! た、確かに貴殿の知性は常軌を逸しているが、魔導師たるもの、礼節という秩序を――」
「秩序とは、より高度な論理によって定義されるべきもの。……貴方の言う『礼節』が、私の計算速度を1ミリ秒でも上げる役に立つのかしら?」
アスカが指先をすっと伯爵に向けた。その瞬間、伯爵の全身を覆っていた防護魔術が、ガラスが砕けるような音を立てて霧散した。
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【凍り付く空間】
謁見の間に、絶対零度の静寂が訪れる。 高位魔導師たちは愕然とした。アスカは魔法を「放った」のではない。彼女が「存在を書き換える」だけで、周囲の低次な魔導構築が論理矛盾を起こし、自壊したのだ。
「……騒がしいわね。陛下、この部屋のノイズを排除して。私の忍耐のリソースは、ドレスの裾の重さですでに80%を消費しているわ」
アスカは国王を見据えた。玉座の左右に控えていた近衛騎士たちが剣の柄に手をかけるが、国王が手制止した。
「……控えよ。相手は『世界を救いし者』だ。……賢者アスカ。貴殿のその毒舌と圧倒的な力、相変わらずのようだな。余も、貴殿が再び王都に現れた意味を理解している」
国王の表情が、一国の主としての厳格なものへと変わった。
「貴殿を招いたのは、単なる再会のためではない。貴殿の知性でなければ解けぬ『停滞』が、この王都には存在する」
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【ラストシーン】
アスカは、白のドレスを翻して、その場で優雅に、しかし挑発的に片手を腰に当てた。
「……用件をまとめなさい。三秒以内に。……私の知性は、古いシステムの維持に付き合うほど安くはないわ」
謁見の間を支配するのは、国王の権威ではなく、白銀のドレスに身を包んだ一人の女性が放つ、冷徹なまでの知性の輝きだった。
「……よかろう。説明しよう。数百年の間、我が国の魔導師たちが誰一人として『起動』させられなかった、古代の理を」
国王の言葉が終わるか終わらないかのうちに、アスカの口角がわずかに上がった。 かつて世界を救った彼女が、今度は王都の「常識」という名のバグを、その冷徹な刃で切り刻もうとしていた。




