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第147話:黄金のハッキングコード

【舞台:オリジンの中枢 ―― 凍てついた殺意】


「――警告。対象個体の接近を検知。物理的排除プロセス、最終段階へ移行」


 アスカの口から発せられるのは、もはや人間の言葉ではなかった。 かつて知性と皮肉、そして隠しきれない優しさを湛えていたその瞳は、今はただ無機質な情報を走査する「水晶のレンズ」と化している。彼女の周囲には、神ステラの権限をそのまま代行するような、冷徹な銀色の術式が幾重にも展開されていた。


「アスカ……やめて……」


 レイはボロボロになったロイヤルブルーのドレスを翻し、氷の床を這った。 アスカの右手が冷酷に持ち上がる。その指先には、一撃で事象を消滅させるほどの高密度魔力が収束していた。


「無駄よ、聖女。その個体の中に『アスカ』はもう一ビットも残っていないわ。それはただ、世界をデバッグするための完璧な演算機デバイスになったの」


 上空でステラが冷笑を浮かべる。 アスカの放った消去の光が、レイの頬を掠めた。衝撃波だけでレイの肩が裂け、鮮血が氷を汚す。それでも、レイは視線を逸らさなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:地上の呼応 ―― 黄金の道標】


 その時だった。


 オリジンの厚い氷の天井を突き破り、一筋の黄金の光が、北の果ての空からこの絶望の地へと降り注いだ。


「え……? この温かさ……」


 レイが目を見開く。それは、遥か遠いエルムの街――古本屋『VOID』で、リサとゼノス、そしてシュシュが命を懸けて繋ぎ止めた「帰る場所」の輝きだった。 光はアスカの機械的な防壁を易々と透過し、レイが抱きしめていた『リサの魔導書』を直撃した。


「……リサさん? ゼノスさん……シュシュちゃんも……!」


 魔導書が震え、ひとりでに頁が捲れ上がる。 それは、今までアスカがどれほど解析しても読み解けなかった、巻末の「空白の頁」だった。地上からの光を浴びたその紙面に、突如として眩い黄金の数式が浮かび上がった。


『――アスカ、これが私の最後のプレゼントよ。あんたを「神様」の型紙に当てはめた連中に、とびっきりの皮肉を見せてやりなさい!』


 脳内に響くリサの不敵な声。 それは魔導書に仕込まれていた、時限式の「概念上書き(ハッキング)」コードだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:再定義のハック ―― 部品から人間へ】


『レイ! その頁をアスカに!!』


 リサの叫びに応えるように、レイは全力を振り絞って立ち上がった。


「アスカ!! あなたは部品なんかじゃない! たとえ神様があなたを消去しても、私たちは、あなたの名前を何度でも書き込みます!!」


 アスカの無機質な視線がレイを捉える。「排除対象」としての再攻撃が始まろうとした瞬間、レイは黄金に輝く魔導書を、アスカの胸元へ突き出した。


「ハッキングコード、起動――!!」


 光の洪水がオリジンを埋め尽くした。 それはステラの「消去」に対抗する、リサ・ルナール究極の魔術――『個体定義:人間ヒューマン・インスタンス』。


「な、何をしているの!? その術式は……世界をデバッグするための『部品』としての定義を破壊しているというの!?」


 ステラが初めてうろたえ、絶叫した。


 リサが仕込んだコードは、アスカを「神のシステムの一部」としてではなく、**「欠点だらけで、非効率で、けれど唯一無二の意思を持つ人間」**として、世界のソースコードに無理やり再登録するものだった。


「アスカ……思い出して。嫌いなピーマンのこと。私の名前を付けてくれた時のこと。……私と、あのお店で生きていくって決めた時の、あの顔を!!」


 レイの「不服従」の魔力と、リサの黄金の術式が混ざり合い、アスカの頭脳を侵食していた銀色の回路を次々と焼き切っていく。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン:瞳の再燃】


 バチリ、と静寂の中で何かが弾ける音がした。


 アスカの瞳を覆っていた無機質な膜が、ガラスのように砕け散る。 銀色の回路が消え、純白のドレスに温かな黄金の刺繍が走った。


「…………っ、はあぁっ!!」


 アスカが大きく息を吐き出し、膝をついた。 その瞳に、急速に色が戻っていく。情報の嵐ではなく、ただ一人の人間としての、戸惑いと、痛みと、そして激しい怒りを宿した瞳。


「アスカ……?」


 レイが恐る恐る手を伸ばす。

 アスカは、震える手で自らの顔を覆い、それからゆっくりと顔を上げた。 彼女の視線の先には、上空で愕然としている神ステラがいた。


「……あぁ、最悪の気分だわ。頭の中に、変なゴミデータが流れ込んできて……」


 アスカの声が、震えながらも確かに「アスカ」のトーンを取り戻していた。彼女はレイの手を借りて立ち上がり、黄金の光を放つ魔導書をぎゅっと握りしめた。


「ステラ。……私の師匠は、あんたよりずっと性格が悪かったみたい。……私の『人間』としてのバグは、あんたのどんなフォーマットでも消せないように、魂の奥底にガッチリとバックアップされていたわ」


 アスカはレイの隣に立ち、空を指差した。


「お待たせ、レイ。……さあ、リサとみんなの恩返しをしましょう。……黄金の論理で、このクソッタレな神殿をハックしてあげる!」


 人格を消去された賢者の復活。 北の果てに、かつてない反逆の火が灯った。



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