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第145話:強制フォーマット(人格消去)

【舞台:オリジンの中枢 ―― 神の憤怒】


 アスカとレイが放った紺碧の閃光は、確かに世界の理を穿ち、神ステラの絶対領域を揺るがした。しかし、その「揺らぎ」こそが、静謐せいひつを保っていた神の逆鱗に触れることとなる。


「……信じ難い。低次な情緒が、高次な演算を上書きするなど。これはもはや『不具合』の域を超えている」


 ステラの声から、温度が完全に消失した。 彼女の背後に展開されていた幾何学模様の翼が、幾千万もの銀色のとげへと姿を変える。空間そのものが凍りつき、床からは霧のような銀の数式が這い上がり、二人の足を絡め取った。


「第108号。そして、聖女の残滓。貴女たちは、対話による修復が不可能な『致命的バグ』であると、たった今再定義されたわ。――慈悲は終了。これより、全システムの安定のため、強制的初期化(強制フォーマット)を執行する」


 ステラが両手を広げると、オリジンの天井から巨大な光の円環が降りてきた。それは、この世界の全歴史、全データを統括する、神の消しゴム――『忘却の断頭台』だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:絶対零度の断罪 ―― 消えゆく心】


「アスカ、逃げて……っ!」


 レイが叫び、不服従の魔力を全開にしてアスカの前に立ちはだかる。 だが、ステラの指先が微かに動いた瞬間、レイの青い輝きは、まるで吹き消された蝋燭のように唐突に失われた。


「レイ!?」


 アスカが駆け寄ろうとするが、上空の円環から放たれた無色透明の波動が、彼女の身体を硬直させた。


「あ……が、は……っ!」


 アスカの喉から、悲鳴にならない悲鳴が漏れる。 それは肉体を焼く痛みではない。魂という名の記憶媒体から、大切なデータが無理やり引き剥がされる、精神的な「剥離」の苦しみだった。


「消去プロセス、フェーズ1。個体名『アスカ』に付随する全情緒的記憶の削除」


 ステラの淡々とした声と共に、アスカの脳裏を駆け巡っていた景色が、次々と白く塗り潰されていく。 リサと喧嘩した日の熱量。 ゼノスの不器用な優しさ。 シュシュのふかふかの毛並みの感触。 そして――。


「嫌……。これだけは、これだけは消さないで……! レイ、レイ……!」


 アスカは虚空を掻きむしり、目の前にいるレイの名前を叫ぶ。だが、その「名前」さえも、概念の奥底から砂のように崩れていく。


「フェーズ2。個体人格の完全消去、および基本OSへの書き換え。――さよなら、不完全な賢者様」


 ステラの非情な宣告と共に、円環から極大の光が降り注いだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【舞台:光の牢獄 ―― 絶望の瞳】


「アスカ……! アスカ!!」


 地面に這いつくばりながら、レイは必死に手を伸ばした。 光の柱の中で、アスカの身体は宙に浮き、純白のドレスが銀色の回路に塗り替えられていく。

 やがて、光が収まった時。 そこには、かつての「賢者アスカ」の面影を残した、別の何かが立っていた。


「……アスカ?」


 レイが震える声で呼びかける。 だが、返ってきたのは、かつてアスカが守り抜こうとした、あの温かい声音ではなかった。


「――ターゲット、未登録個体を確認。周辺環境における不純物含有率、0.03パーセント。……排除プロトコル、起動」


 アスカの瞳から、完全に光が消えていた。 そこにあるのは、感情の揺らぎも、愛着も、戸惑いもない、ただ冷徹に事象を観測するだけの「水晶の球体」。


「嘘……。嘘でしょ……?」


 レイの頬を、涙が伝う。目の前にいるのは、確かにアスカだ。その白いドレスも、黒髪も。だが、その瞳に「レイ」という存在は映っていない。ただの「処理すべき障害物」として認識されている。


「アスカ、私です! レイです! あなたのパートナーで、あなたの半分なんです! 思い出して、お願いだから……!」


「――『パートナー』。該当する単語を辞書データより照会。……検索結果、ゼロ。……不要なノイズと判断。対象を物理的に消去する」


 アスカが右手を掲げると、そこには以前のような「知恵」の魔術ではなく、純粋な「消去の光」が収束していった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ラストシーン:絶望の宣告】


 アスカの放った光が、レイのすぐ傍を通り抜け、背後の氷の壁を粉々に砕いた。 容赦のない、殺意さえ持たない、ただの「作業」としての攻撃。


「アスカ……」


 レイは膝をつき、絶望の淵に沈んだ。 リサが託した魔導書も、二人が積み上げた時間も、ステラの圧倒的な神権フォーマットの前では、ただの儚い泡沫うたかたに過ぎなかったのか。


「……処理、再開。……次の演算まで、0.8秒」


 アスカの冷たい瞳が、レイを見据える。 かつて愛を囁き、共に明日を語ったその唇が、今はただ、世界の終わりを告げる機械のカウントダウンを刻んでいた。


 北の最果て、神の心臓部。 一人の女性の「心」が死に、世界のシステムとしての「部品」が完成した。 これ以上ない絶望の静寂が、オリジンを支配した。


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