第二十一話 恋人関係、崩壊
「最上さん、キスって……?」
「ノートに書いてあったでしょ。それに借りは返さないと……」
「ちょ、先に三月九日について教えてくださいよ」
「どうでもいい日なの!」
どうでもいい、そんなはずがないだろ!
「どうでも良くないことですよね?」
俺は声のボリュームを下げ、最上さんを慰めるように言う。
「いいの」
強くも弱くもない返事。
ほんの少しだけ彼女は目線をそらし、わがままを言う子どもみたい。
「キスは……また今度にしませんか? じつはまだ恋人関係に追いついてなくて……」
俺は彼女に呼び出されてここに来た。本来なら三月九日について問い詰めたかったが、キスは言っていない話だろ。
あれ? 最上さんの目の奥の光が、ふっと消される。
「やっぱ千里くんは、私のこと、嫌いだもんね。むりやり付き合わされて、わがまま言わされて」
「いや、そういうつもりはないですよ」
「ごめんね。別れよかっか!」
「最上さん……! な、泣かないでください!」
彼女は涙ぐんで、俺に手を大きく振る。そして「さよなら」と言い、俺と逆方向にむいて走り去る。
「も、最上さん!」
最上さんは振り向いてもしてくれない。ただ彼女の姿が俺の目から消える。
なんてこった……俺はなにをしたっていうの。俺は三月九日の真実に近づけようとすると、最上さんとの距離がどんどん離れちまってるじゃん!
「泉!」
聞き覚えのある声が伝わる。俺の背後から、あるノートを持った男が走ってくる。
「白井……!」
「見つけたぞ……この前の教室のとき、おまえが言ってた最上さんのノート」
彼はあの『彼氏くん(千里くん)とやりたいこと』と書かれたノートを持ってきた。
「ナイス! 白井、おまえ俺を信じてくれたんだ」
「そりゃそう。俺も最近になってから、最上さんの様子がおかしいと感じたんだ。一喜一憂が激しいっていうか」
「ありがとう、ノートを見てみよう」
この前見たノートはたったの一、二ページ目だったため、後のページに三月九日について書いてあるかも。
「俺は怒られる覚悟を持って、おまえみたいに勝手に最上さんの部屋に潜り込んで盗んだぞ……ジュース一本分はあるよな?」
「まじサンキュ、早く見せてくれ」
◇
三ページ目
略
二月二十七日
白井と私の家のことが千里くんにバレちゃった。今から家訓をひたすら読まなきゃいけないのかー。最近はよく千里くんにアタッチしすぎて嫌われてないかな。少し欲を抑えるべきか? これからは気をつけよ。
二月二十八日
昨日は千里くんを家に連れて帰って、母さんに怒られたな。眠いよー。
でもね、今日はなん、なん、なんと! 私の彼氏くん、泉千里が私を『傷つかないようにがんばる』って言ったの! ウケる。ロマンはあるけど『がんばる』って小学生かよ。
三月一日
なんで、川口くんが学校に来たの? まだ約束を覚えているの? 私、約束をやぶって……だめ、私は千里くんがいる。幼少期の馬鹿げた約束なんて。
◇
俺と出会った日からの日記が書かれている。
やはり最上さんは川口のことを知っている。簡単な関係ではなさそう。
俺は次の四ページを見ようとしたが、白井は俺よりも先に気づく。
「泉、これ四ページだけ破れてるよ」
「そうだよな……それ以降のページにはなにも書かれていない。だれにもバレたくない秘密があったんだろう」
川口と最上さんの関係は近しかったのはわかったけど、三月九日については、まだちんぷんかんぷんだよ。
――ある女の子の視点――
私は駆け足で家に向かって走る。
「もう、できないの……千里くんとやりたかったけど、もう時間がない……」




