人間
近所に住むお兄さんはいつも縁側で本を読んでいて、私も読みたいと言うと「私が死んだら好きなだけ読んで良い」といいました。
約束通り彼の死後、届いた本のお話です。
この作品は情報収集の際にAIを活用しています。
この作品は重複投稿です。
残酷描写は念の為、血は出ません。
お隣のお兄さんが亡くなったらしい。
「前からおかしな人だと思っていたけど間違いなかったよ!荒川のあたりで見つかったってさ。」
お母さんが野菜を持ってきたおばさんとうわさ話しをしていた。あのお兄さんはいつも本を読みながら縁側に座っているのだ、「今日は」と声を掛ければ「今日は」と返して、浅草の喫茶店から取ってきた甘い飴をくれるのだ。
お母さんはいつもあの人は家が良いだけの穀潰しだと言っていた。だからお兄は何を食べているのかと聞いたら穀潰しには違いないと笑いながら
かふぇのコーヒーとコロッケを食べていると言っていた。
お兄さんが亡くなってちょっと、またご近所のおばさんとお母さんがお話してた。
どうやらお兄さんの遺書が見つかったらしい
お母が私を呼んだので「何ですか」と言うとあの人に本をくれるようお願いしたかと聞くので「はい」と答えた。
すると少し顔を悪くしてぶつぶつ何かを言うとその本を読みたいかと聞くので私はまた「はい」と答えた。
心当たりがあった
いつも縁側で読んでた本が気になって
その本を読んでみたいと言ったら「私が死んだら好きなだけ読んでいい。」と言われたのだ。
聞くと遺書には家にある本を一冊私にあげると書いてあったそうだ。
お母に読みたいと言うと顔を顰めたがそれ以上は何も言わなかったのでありがたく本を貰った。
だけれども私は読み書きがまだまだだったのでその後はお気に入りを入れる箱の中に入りっぱなしになってしまった。
彼が死んでから十数年が経ち、私は大学に通うため下宿に住んでいた。
夏休みになったので学友と話をしたり神保町辺りを散歩したりと過ごしていた頃、ふと、箱に入れたままの本を思い出した。
お兄さんの読んでいた小説は一体何だったのだろうか。
散歩から下宿に帰り、1階の奥さんに「只今」とだけ言い部屋に向かう、机の隅の箱を取って開けるとカビ臭い匂いがした。しっかりと真ん中に置かれた小説には『人間』と書かれていた。
最初の頁に本とは違う紙が挟まって、表面に
少年へ、これは私の小説であり日記、そして遺書だ。とあった。
人間とは如何なるものだろうか。
個人の権利、自由、自我の確立、それらを皆が求める時代、私は何を求めれば民衆になれるだろうか。
これらを求めることができない私は人間になれるだろうか。
社会とは常にその時々の世間と常識によって造られていて、これらに正しく呑まれる事の出来なかった私は普通の人間になれるだろうか。
常識とは間違えると手厳しいもので、おかしな人だと囁かれたり嗤われてしまう。しかも場所や人によって変わってしまうそれは社会を理解出来なかった私にとって成し難いことだった。
この事をとある親しかった学友に話した事がある。
当時、私はまだ人を信じて話すと言うことが出来たのだ。
すると、彼は苛立ち皆を馬鹿にしたいのかと怒鳴った。
「皆が個人の権利と自由を叫び民衆として動いているというのに君はそれを上から見下ろして薄ら笑いを浮かべている。趣味の悪い、おかしな人間だ。」と。
最後には裕福な家の人間には理解できないだろうと言って去っていった。
彼の怒りは最もだった。
私が彼に問いたかったものはそれではなかったのだから。
西洋の知識や学問の発達から今のように自由を求めることに間違いはない。
皆が幸せを目指すのならそれはきっと正しいことなのだ。
だが、私のように幸せを求めていないものは普通でないのなら、自由を叫ばない事がおかしなことなら私はどうして普通になれば良いのか。
分からないなら黙って見ていればおかしな人だと言われずにいられるのか。
分からなかった私はどちらの道も試した。まずは数ヶ月何もせず過ごした。議論にも混ざらず。疑問も口に出さず、当たり障りのない事だけを言った。
すると人は皆、私のことを彼と同じように批評した。
そして今度は自由を求めるふりをした。
学生運動に参加し、議論に混じって首を縦に振り、皆と同じ事を繰り返した。
こちらはというと、彼は変わった、社会について考えるようになった。といった評価だった。
間違いなく後者が良い道だった。
けれども、思ってもいないことを言う私の頭の中は気持ちの良いものではなかった。
熱い議論をする間、私の頭は議論の内容ではなく如何にして話を理解しているようにみせるかで精一杯だった。無論、話は理解などしておらず、私の頭と口のズレが少しずつ大きくなり、果ては私が勝手に人らしい笑みを浮かべるようになった時、その気持ちの悪さに思わず嗚咽を零す程だった。
けれども、慣れとは恐ろしいもので、学生である間私は一時も表に出ずに自由を叫び続けていた。
四年が経ち大学を卒業した私は浅草に住み、家からの仕送りのお陰で家から動かずに生きていた。というのも、学生の間、人間らしくあるために演技を続けた結果、学生が終われば何を演じれば良いのか分からなくなってしまったのだ。
して、私はまたもおかしな人になった。
近所の少年は世間を知らず私に会いに来る。
何時ぞやかにこの本が欲しいと言われたのでいつかあげようと思う。
最近は浅草の喫茶店で珈琲とコロッケを食べる。
うぇいとれすの衣装も華やかで食べ物も美味しい所だ。
人間とは如何なるものだろうか
生きていれば良い訳ではなく、民衆に従い、世間に従い、社会に従い生きる事だろうか。
私はもう分からない。
ずっと浮かべている笑みの気持ち悪さも
人間で在りたかった理由も
今、演じるべき人間も
生きる理由も
生きることも
全て私にとってどうでも良い事だったのだ
1921年11月4日
原敬首相が殺された
これを機に死のうと思う。
この本をあげる少年、君は人間とは何であると思うか。
いつか教えてくれ。




