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第4話 相互エクスチェンジ

 またある日、私は見知らぬ陰陽師の男性に告白された。名前は確か……粟花(なにがし)とか名乗っていたけれど忘れてしまった。『愛の証明もできる』とか言って、かなり強引にことを進めようとした姿に少し違和感を抱く。

 その事を彼に話すと、(もみじ)先輩は「この日に詳しく話を聞かせてくれ」と手紙をくれた。

 場所はいつもの喫茶店。個室も指定されている。私が入店した時、店員さんは迷わず栴先輩の待つ席へと案内してくれた。


「……彼は、もう少し賢い選択をすると思っていたのだがね」


そう呟く栴先輩は真剣な表情をしていて、思わず見惚れてしまう。……じゃなくて。


「ええと、私はどうしたら……」


「僕は、反対するよ。……そもそも、まだ婚約だけで()()()していないんだ。結婚していない者の第二夫になりたいだなんて、少し怪しくないかい。それに、君からの愛が証明できるか不確かな現状で『愛を証明できる』なんて言うのは、おかしい」


「それはそう……かも?」


「なぜ疑問系なのだね。まあ、一人で結論を出さずに、まずは僕に訊いてくれたことに感謝しよう。……皮肉にも、こうして僕と君が会う口実にもなったわけだし……ね」


「そ、そうですね……!」


「さて。久しぶりの直接の逢瀬だが……君の希望を叶えたいと思っているところだ。何がしたい? さすがに『なんでも』とは言えないが、叶えられる希望なら叶えてみせるとも」


「わ、私が……したいこと?」


「ああ、そうだ。君の希望だ」


いきなり訊かれて返答に詰まる。うーん、少し考えてみるけど……。


「ええと……その、私、先輩ともっと仲良くなりたいです。……あ、あの、変な意味じゃなくて! ただ、その、こう、もっとお話をたくさんしてみたいなって」


「……ふむ。なるほど。ではそうしようか」


「えっ?」


「僕は構わないよ。君さえよければね」


「は、はい!」


 こうして私は、栴先輩と話をする時間を作ってもらえることになった。長居するので、軽食メニューと飲み物を注文する。私はサンドイッチとミルクティーで、栴先輩はサンドイッチとコーヒーだ。


※古の転生者の影響で、パンの具材挟みはサンドイッチという名称で流通している。


「さて、と。何を話そうか」


「えっと、その。私、先輩のことが知りたいです!」


「ふむ。つまりは、自己紹介ということかい?」


「あ! そうですよね、ごめんなさい……。私ったら、焦ってしまって……」


「ははは! いや、いいとも。しかし、そうか。僕のことをか。ふむ……」


それから栴先輩はじっくりと悩んでくれた。そして、考えついたことを教えてくれたのだ。


「そうだな……。まずは、君が僕のことを何と呼ぶべきか、話そう」


「えっ?」


「いや、何。僕は君ともっと仲良くなりたいからね」


「……ええと。今私は……栴先輩って呼んでますね」


「『先輩』か。それも悪くないが、僕個人としては『栴』と呼んでほしいかな。婚約者同士でもあるし、その方が親し気だろう?」


「あ! そ、そうですよね! 栴、さん。ごめんなさい……呼び捨ては少し、ハードルが高いかもです」


「いや、構わないよ。では、僕も君を名前で呼ぶことにしようか」


「は、はい」


「では『(つづみ)くん』と呼ばせてもらおう」


私は先輩、じゃなくて栴に名前で呼んでもらった。それが何だか恥ずかしくて、顔が赤くなっているのが分かる。


「……どうかしたかい? 顔が赤いが……」


「いえ! 何でもないです!」


私の声に、栴は首を傾げて不思議そうな顔をするのだった。


「そうだな……それに僕は、君の描く絵が好きだよ」


「……絵ですか?」


 私は首を傾げる。絵、と言えば私が学園に通っていた頃に描いていた。私は美術部に所属していて、賞も何度か取ったことがあるのだ。……これは、ゲームの主人公とは少し違うところだ。ゲームの主人公はお菓子作りに精を出していた。まあ、今の私もお菓子は結構上手に作れるのだけど。


「ああ。とても美しい絵だ。君の感性が色濃く出ているからね」


「ありがとうございます……照れますね」


「……うん、いい笑顔だ。僕はそれも好きだよ」


「……えっ?」


「ふふ、さあ次は僕からの質問といこうか。……君は何か夢中になれるものはないかい?」


「夢中になれること……」


「ああ。なんでもいいよ」


「えっと、ええと……あ! あるんです!」


「ほう! 聞かせてもらえるかい?」


「私、絵を描くのが好きです。だから、いつか自分の絵で個展を開いてみたいんです!」


「いいじゃないか。きっと楽しいよ」


「はい! そのためにも、たくさん勉強しなきゃなって思います!」


「そうか……なら僕は君の力になれるよう手を尽くそうじゃないか」


その言葉に、私は思わず目を輝かせる。そういえば、私は絵に対する情熱を語るとき、いつもより生き生きとしているらしいと風信に言われたことがあったと思い出した。


「その……本当に、栴さんが手伝ってくれるんですか?」


「もちろん。君の絵の才能を最大限に引き出す方法を一緒に探そう。実は僕も、美術に少しだけ詳しいんだ」


栴は微笑み、一枚の古いスケッチブックを取り出した。それは彼が若い頃に描いていたもので、見事な光と影の表現が施されていた。


「こ、これは……栴さんが描いたんですか?」


「ああ、昔の趣味だよ。もっとも、最近はほとんど描いていないがね。君がこれを見て少しでも参考になれば嬉しい」


鼓はそのスケッチブックを手に取り、ページをめくりながら感嘆の声を上げる。栴の絵は、私の心を揺さぶる何かを持っていた。


「すごい……こんなに上手に描けるなんて」


さすが天才を自称するだけのことはあるな、と感心した。陰陽術以外にも、色々できるんだ……!


「君もできるよ。時間と練習があれば、何でも上達するものだ。……それに、君の絵はもう十分に素晴らしい」


「ありがとうございます、栴さん。……でも、私はまだまだですから」


「そうかい? まあ、向上心があるのはいいことだ。僕は心の底から、応援しているよ。……もし、君が絵に集中したくて仕事を辞めるとしても、君一人くらいは余裕で養える。安心すると良い」


「養う……って、」


「婚約しているんだ。それなら当然、結婚はするし、よほどの理由がない限りは同棲するだろう? 何を戸惑うことがあるんだい」


「そ、そうですよね!」


栴はちゃんと私と結婚する気があるんだ、となぜか感心してしまった。……ところで、私達はいつ結婚をするのだろう? 私と彼は、まだ婚約している状態だ。そうなると「二人目の夫/妻にしてほしい」なんてことを言われても、婚約中を理由に除けることができる。多分、彼はそれを狙っているのだろうけれど……


 彼には彼なりの考えがあるだろうし、私自身も「今すぐ結婚したい! 子供欲しい!」って感じじゃないから、いいけど。


「……あの、栴さんって今……忙しいですか?」


「ん? いや、そうでもないよ。僕の方はね」


「その……ええと、栴さんさえよければ、またこうやってお話してもらえませんか……?」


「もちろんだよ。喜んでそうしよう」


「ほ、本当ですか……!」


「ああ。僕は嘘はつかないよ」


 栴は不思議な人だ。とても優しくて、なんだか安心感がある。でも、時々、なんだか怖いような……そんな気がするのだ。でもそれはきっと私の勘違いだ。だって、栴はこんなにも優しいのだから。


「……栴さんって、本当にすごい人なんですね……」


「うん? どうしたんだい?」


「いえ、その……私なんかが栴さんを独り占めしていいのかなって思って……」


「ふふ、君は面白いね。……でも、僕は君だけの僕だよ。婚約者同士であるのだから当然に。……それに、他の誰にもこの席を譲る気はないさ」


「……え?」


「ああ、いや。気にしないでくれたまえ……正直、僕も驚いているんだ。自身の気持ちに」


「栴さんの……気持ち?」


「ああ。まあ、正直に言うと……君を独り占めしたくてたまらない」


「そ、そうなんですか?!」


「ははは、そんなに意外かい? 僕だって戸惑っているんだ。なら、君が驚くのも当然か」


栴は朗らかに笑う。そんな様子には全く見えなかったけれど、栴がそう思ってくれたのは正直に言うと嬉しかった。

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