第1話 開幕プロポーズ
「小花嬢、僕と婚約してくれ!」
その言葉と共に、彼は美しい花束を差し出した。
彼は秋津栴。天才と名高い宮廷陰陽師だ。
——そして、私が学生時代に憧れていた先輩でもあった。
驚く私をよそに、彼は自信満々な様子で言葉を続ける。
「小花鼓くん。君は今、未婚だろう。そして付き合っている相手はいない。それに男爵令嬢だ。陰陽伯である僕の婚約者としては、何もおかしいところはないだろう?」
ん? 言葉の違和感に、私は眉を寄せる。
春日和の今日、私は彼から呼び出されてこの場所に来ていた。
告白スポットとして名高い、宮廷の中庭に。
周囲には薔薇を始めとした色鮮やかな花々(赤や桃色、黄色や橙色などの暖色系)が咲いていて、とても美しい光景だった。そこで、彼は青や紫の薔薇に勿忘草、白詰草を始めとした、寒色系の花束を差し出したのだ。
私は戸惑いつつも、花束を受け取った。すると彼は安堵したように少し表情を緩める。
「いや、何。僕は天才陰陽師として名高いのは仕方ない話なのだが、婚約話が面倒でね。虫除けとして僕と婚約してくれないか「ちょっと待ってください?」……ん、何だね?」
思わず、口を挟んでしまった。本当は、身分の関係でこんなことができる立場じゃないのに。
「おや。何か不都合でもあるのかい? 君は僕のことを好いていると思っていたのだが」
「そ、それはっ! ……そうですけど、なんか違いません?」
「君、僕の顔が好きなのではないのか!?」
好きです。その綺麗な顔。『美人は三日で飽きる』とかいうけれど、私は学生時代はずっと飽きずに(盗み)見ていた。学生時代にできた好きな人――それは彼だった訳だけれど。あなたは、攻略対象じゃなかったはず。
「前に『顔が良い』と言っていただろう?」
「(どこで聞いたかは知らないけど)それはそうなんですけど、ちょっと違うというか」
「……違う? 一体何が違うというのだね?」
「それは、推しとして見ていて、語彙が足りないからそう言っているだけで……!」
なんだろう、ネタの解説をしているみたいですっごい恥ずかしい。
「……つまりは嫌いではないのだろう?」
それはそう。ぐ、と私が言葉に詰まると、彼は満足げに笑った。
「——君が『転生者』だ、と周囲に話しても良いのだよ」
彼は声を低くして、囁いた。うわ、すっごい色っぽい! ……って、『転生者』? なぜ、それを?
パッと顔を上げると、「やはり、そうだったか」と彼はニヤリと笑う。鎌をかけられてた……!
「簡単なことさ。君は『この世界の』常識にやや疎い。そのくせ、妙に『通常でない事象』の知識がある。……文献で目にしたのだよ。君のような、少し特殊な魂を持つ者について」
「た、魂……?」
「僕の目は特殊でね。魂について、少し見えるのだよ。まあ、詳細は言わないのだけれど」
そうなんだ! 先輩、すごいですね! ……あ、だから眼鏡を掛けていらっしゃるんですかね?
「君が『転生者』を隠している事も……無論、知っている」
「む、」
じ、と彼が見つめてきて、私は思わず後ずさる。
「さぁ。これで君がどう返事すべきか分か——「す、すみません! 一旦保留にしてくださいっ!」……何だと? ……なるほど、なるほど。突然の話に驚いてしまい、考える時間が欲しい……という訳だね?」
「そうです!」
「いいとも。考える時間はあげよう。天才陰陽師たる者、焦るべからず……だ。良い返事を待っているよ。……それではさらばだ」
その言葉と共に、彼は立ち去って行った。……颯爽とした佇まいがなんでか様になってる。
「あ、花束受け取っちゃった。どうしよう」
ひとまずもらった花束をどうにかしなくちゃ、と私は慌てて花屋に駆け込むのだった。
そして、「保存系の術がかかっているみたいだから当分長持ちしますよ」と笑顔で言われたのだった。
私の部屋は、しばらくその花に彩られそうである。
×
「小花嬢、俺と婚約してくれないか?」
別日。
とある伯爵令息に呼ばれたから何だと思えば、私は再び宮廷の中庭に立っていたのである。
「君は今、未婚だろう。そして——え? もう聞いた? 『相手が居ない男爵令嬢だから丁度いい』……まあ、そうだけども」
なんだろう。先輩の時はかなり胸が高鳴ったけど、今回はなんというか。「はぁ、そうですか」という感じ。
「ああ、安心してほしい。俺は君を愛することはない」
伯爵令息はそう言い放った。
「だって私の好みには——君は少し、歳を重ね過ぎている」
と、歳? 訝しむ私をよそに、伯爵令息は話続ける。
「俺の好みはもう少し若く可憐で……そう、言うなれば12歳の薔薇嬢くらいが丁度い」うわ、ロリコンだ?!
「……『ロリコン』? 失礼な」
※古の転生者のおかげで『ロリコン』なる言葉はそれなりに知られている。
「俺は嫡男だ。そして、結婚をせねばならない。ならば、君がいいだろうと考えた訳だ」
なぜ私? 男爵令嬢はこの宮廷に山ほど居るのに。
「理由? 君は俺よりも弱いだろう。それに見た目が周囲の女共の中で一番マシだ。素朴なところとか」
っはー! 弱そう! だって! この人プライド高くて自分より弱い人を従えて悦に浸るタイプだ! 控えめに言ってクズです!
「なっ?! 『お断りします』……だと?」
だって、弱そうとか理由に入れる人とかありえない!
「何を言う! お前だって、俺のようなハイスペックないい男に言い寄られて嬉しいだろう!?」
自分で言うんだ……
「認めない、認めないぞ! 俺が振るから、求婚を受け入れろ!」
怖っ! なんだこの人ーっ!
伯爵令息から逃げるのに半日使いました。
×
「……何? 『変人と変態なら変人の方がマシ』?」
次の休日。
私は先輩を「告白の返事を考えた」と言う用事で呼び出した。
呼び出した場所は男爵令嬢でも入れるような、普通の喫茶店。木製を基調とした落ち着いた店だ。
家に居たらこき使われるので、正直に言うと外出の用事ができると嬉しい。それも、好きな人となんて。両親は何も言わないので、帰ってからの萩の文句を聞き流せば大丈夫だろう。
「そんな理由で、僕の求婚を受け入れると言ったのかね」
その個室で、私と先輩は会話をする。理由を話したところ、ものすごい呆れ顔をされた。そりゃあそうでしょうけれど。本当は、「彼の事が好き」とか「家を出たかった」なんて理由もあるけれど――わざわざ言うこともないだろう。
「……まあ、良いだろう。婚約してくれるのなら」
「いいんですか? ……あと、条件、があるんですけど……」
「『条件』? ……まあ、話は聞こうじゃあないか」
「愛のある結婚にして欲しい、んです。……ちょっと、図々しいかもしれませんが。私、恋とか無縁で。でも、そういうの、少し、憧れていたんです」
「……なるほど。それは、かなり難しい希望じゃないか」
「え……」
「いや、『無理だ』とは言わない。難しい、とだけ」
「そう、ですか……」
「無論、この天才陰陽師にできないことはないとも。君の望む通りに、愛のある結婚を目指そう。……その、愛の種類は問わなくていいのかい? ほら、一口に『愛』と言ったって種類があるだろう」
「どう言う『愛』でも、構わないです。敬愛でも、情愛でも」
「……そうか、わかった。君の寛大な心に感謝しよう」
「ほ、本当ですか!」
「婚約に関しては『虫除け』だと言っただろう。無論、君に寄り付く虫も排除してあげるとも」
「私に寄り付く……虫?」
「……さて。半殺しと皆殺し、どちらが良いかい?」
「え?」
「ああ。無論、比喩だよ。本当にする訳がないだろう。……折角の婚約の話が流れてしまうじゃないか」
「なにか、言いました? 後ろの方、聞き取れなかったんですが……」
「ん? いや、『君も大変だね』と言ったんだよ。変な奴に好かれてしまって」
「えっと、鏡。見たほうがいいかもです」
「え? 『鏡』? いつもそうだが、身だしなみは完璧なコーディネートにしたつもりだったのだが……何か、不足があったのかい?」