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しじまに

 20時に解禁になった新曲の動画を視聴して、透明感のある俳優が大泣きするMVのしっとりとした雰囲気に心を掴まれる。どことなくシティーポップの匂いのする曲調。聴きながら何かしら夢のあることを考えていたような気がする。主人公が、誰かと会って何かをするみたいな。



 シティーポップの、不穏な響きの中にある独特の心地よさに酔い痴れていたのはいつだったろうか。父は昔っから変なところにこだわりがある人種で、カーステレオで聴いていたのはいつもそういう曲。流行が巡り、思い出したかのように繰り返されてゆく中で自分なりに立ち位置を考えて、必要とされるものを必要とされるタイミングで出力している。



 なんとなく夜景を見にドライブでも行こうかという気持ちになる。淡い気分の膜に包まれたままでは少し危うい気もする。そういえばいつか見た国営放送のドキュメントで、夜の高速道路のサービスエリアのフードコートで談笑していた夫婦の姿が印象的だったなぁと思う。


『わたしたち、ライブの帰りです』



『大遠征だったね』



『この人が「どうしても」って言うので、でも本当に楽しかったです!』



『こういう夜は最高ですね!ライブの後の余韻とか』



再結成したばかりのバンドのライブに遠征したという二人。語られていなくても熱い『想い』は感じ取ることができる。



 揺さぶられる、という事は感情の波が現れるということなのだろう。しじまに、一つ一つが意味をなして自らを捕らえる。そこにある空気は何も変わってはいないだろうに、物思う別の姿は健在だったのだと知ったような気がした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 数日経って、仕事終わりに立ち寄った公園で「おや」と思うものを見た。夏服の姿から察するに男子高校生と思われる二人がスマホから流れてくる音楽に合わせながらダンスの練習をしていたのだ。幾らか涼しくなってくる時間だったのもあってかなり激しく身体を動かしている印象。その時のBGMがまさにあの夜解禁になったMVの曲だったことが驚きで、思わず二人の練習を静かに見守っている。



「ここ、こういう感じにしたらいいんじゃない?」


「ん?」



一人がもう一人に向かって振り付けを提案している。新譜なので当然ながらダンスはオリジナル…『創作』のはずで、もしかしたら授業か何かの課題だったのかも知れないなとその時は感じた。



「あー、なるほどね」



 振り付けを指南された方は感心したような声を出す。時折スマホを操作しながら、白い歯を見せて笑い合う姿がいかにも『青春』という感じで、若干の憧れを抱いた。一度近くのベンチに座り、容易に言葉にはできない何かに浸るように「ふっ」と微笑んでいる自分。そういえばいつだったか、みんなで狭い部屋に集まったとき缶チューハイで酔った友人が自分に熱く語っていたっけ、なんて思い出す。



『俺たちは今を生きている』



 要約すればそんなところではあるけれど、彼が伝えたかったのは言葉ではなかったのかも知れないなと思う。言うなればその「実感」を自分に分け与えたいという、そんな必死さみたいな。




そうして再び言葉の中に沈み込んでゆく。次第に夕焼けになる前の黄金色の輝きが二人を照らし、そのひと時が特別なものへと変貌してゆくのを感じた。気付いたら彼らの前に歩き出している。



「その曲、○○の新曲だよね。もし良かったら二人のダンス、動画に撮ってみていいかな?」



突然の申し出に一瞬困惑が見えたような気がしたが、すぐ一人が「いいですよ!」と快諾してくれた。スマホでは余り使う事が多くない動画撮影モードへの切り替えに少し手間取ったりはあったが、曲の始まりとタイミングを上手く合わせて無事最初のサビの終わりまで通しで撮影する事ができた。撮影したものを三人で確認してみると思いの外綺麗に撮れていて、



「この動画、このスマホに送ってもらえませんか?練習に使えそうなので」



と頼まれた。アプリを利用して送信している際に、



「お兄さんもダンスとかするんですか?」



と訊ねられた。全然予期していなかった質問だったので、



「あ、いや。興味はあるんだけどね」



と無意識で答えていた。あまり考えたことはなかったけれど、彼らのように笑顔を浮かべて踊れるくらいになったら見える景色も違うのかも知れない。次第に黄昏へと移り変わってゆく街。心にも何かが灯り始めるような気がしていた。

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― 新着の感想 ―
言葉では簡単には言い表せない心に生まれた熱。何か夢中にさせることだったり、感動だったり、懐かしい青春の何かだったり。 伝えたかったのは言葉ではなかったのかも、というところが気に入りました! しじまに、…
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