親心
「……根猫蛇が連絡を絶った。」
太陽が本日の役目を終え、晩酌でも楽しんでいそうな頃。五櫻鉄鋼では茶を飲む余裕も無い老人達が顔を顰めていた。
朝昼晩の定期連絡を欠かさなかった根猫蛇からの通信が今日の昼を境に途絶えていたからだった。彼女は私生活はともかく、仕事においてあらゆる手落ちを許す女ではない。それに、彼女に異常が起きたという事は野火にも何かがあった事と同義である。
「機材の不調ではないのかい?ただでさえ街の壁の外だ。何が起きてもおかしくはない。」
「それは無い。交信自体は繋がっていることを確認済みだ。」
「何者かに捕まったと考えるのが自然かね。だとするにしても、何の痕跡も残さないのは妙だねえ。」
現状、表向きの関係において西浦と東潮に異常は無い。だが東潮は裏で西浦の制圧を目論んでいる。仮に今の関係を合法的に破壊できるとなれば、その契機を見逃すほど悠長な構えはしないだろう。根猫蛇の人間が西浦にうろついていたという事実は、その真意が余所にあったとしても理由付けには十二分に足り過ぎている。彼女もそれは十分に承知している筈だった。
「何か起きたのは確かとして、それが何かが分からない状態か。追加の人員を送る予定は?場合によっては僕らが行く。」
「却下だ。あなた方二人は中ノ湾防衛の要、転ばぬ先の杖とて、足を砕かれれば意味を為さん。」
重蔵の心配を一言の下に突き返し、吉光は夫妻を宿に戻らせた。窓から覗く月明かりはその主人がじきに天頂へ登り詰めることを示してしたが、部屋の主人にとってはさしたる問題にもならない。
自らの手で送り出してしまった二人の表情を脳裏に浮かべ、吉光は黙って座っていた。根猫蛇からの通信を受ける端末は懐に入っている。何処にいたとて対応は可能だが、自分一人居宅に戻って寝る気分にはなれなかった。引き出しの奥に隠した酒瓶を手に取ることも無く、老人は一人、青い影が静かに動く様をじっと睨んでいた。
送り出す手が断頭台へ。




