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過去と現実

上に立つ者、隠し事ゆえの苦悩。

 八十九年前の国家間大戦。今では蒸気大戦と呼ばれている戦争は、この出日ノ国から始まった。

 輸入した蒸気機関を解析し、改良を加えて誕生した数々の兵器は既に本家である英公国どころか世界の水準を大きく超え、小国だった筈の出日ノ国は世界最強の矛を持つ国家へと変貌した。その力をもって世界進出を果たさんとする当時の政権が、海峡を越えて大陸に攻め込んだのであった。

 沿岸部の都市は瞬く間に攻め落とされ、海峡には橋が架けられた。迅速な侵攻は山脈をものともせず、出日ノ国の領域はあっという間に広がっていった。列強を形成する国家が極東の危険に気付いた時、出日ノ国は既に大陸半ばまで勢力を拡大していた。

 極東の島国が恐ろしい実力を秘めていたことに気付いた世界は、取るべき行動を二つに絞られた。即ち、潰すか擦り寄るかの択である。当初は擦り寄る事を選択した国も多くあった。しかし蹂躙された国土が次々と更地になっている事実を突きつけられた時、全ての国家は出日ノ国の敵となった。あらゆる大地のあらゆる人間のあらゆる国家が出日ノ国に牙を剥いた。数時間で跡形も残らない様な小国でさえも国民全てが武器を持ち、手向かった。

 それでも止まらなかった極東の進撃を食い止めたのは、皮肉にも本国の内部で起こった分裂であった。進軍の帝國重工、後処理の円環技研として成立していた役割分担が崩れ、円環技研が突出しようとした事が原因で出日ノ国の足並みは崩れ去った。中ノ湾の勢力が産声を上げたのは恐らくこの時。

 ただでさえ小国の島国であるこの国は資源に乏しかった。自活するには充分だった鉱産資源は兵器利用の為に食い潰され、落とした都市や鉱山からの補給を頼りに戦争を継続していたのだ。その資源の供給路を担っていたのが円環技研であり、ゆえに両企業の足並みが崩れた後に待っているのは全世界からの反撃だけだった。

 伸び切った戦線は各所で食い破られ、孤立した部隊は押し包まれて轢き潰された。大東海を越えて来た欧州の艦隊が出日ノ国の本土を焼いた時、双方から提示された終戦案によって蒸気大戦は終わりを告げた。あのまま続けていれば、出日ノ国は滅んでいたかもしれない。しかし、世界は戦争を継続するには初手から消耗し過ぎており、出日ノ国は未だ未知数の一手を隠している可能性があった。

 かくして行われた講和条約の内容は出日ノ国の戦争責任を不問に伏し、あらゆる賠償を求めず、更地となった国への謝罪も無かった。結果として出日ノ国は世界を相手に喧嘩をふっかけ、実質的な勝ち逃げを決めたのである。

 それが、今の出日ノ国に伝わる歴史とされている話である。東潮の印が焼き込まれた分厚い装丁の本にはそう書かれていた。

「……下らん与太話だ。」

 吉光は本を閉じ、それでも丁寧に本棚へ仕舞い込んだ。あの時点で円環技研が帝國重工と仲違いをする意味は無い。それに全ての国家が出日ノ国の敵になったという記述は、現状の複雑な情勢を鑑みればあまりにも不自然である。

 薄暗いままの五櫻鉄鋼の執務室で、吉光は一人考えを巡らせていた。企業にも、国土にも、この国は謎が多過ぎる。全てを知りたければ出日ノ国を出るしか無いが、それは叶わない。帝國重工に属する高官でもない限り、今は国外に出る手段が無いからだ。

 戦争が終わってから、この国は変わってしまった。国土に火を放たれるを許した当時の政権はその責任を取って総辞職したが、その次に議会の頂点に立ったのは帝國重工の息のかかった人間だった。戦後の混乱期に乗じて次々と重工に有利な法案を通した出日ノ国議会は、一年も経たないうちに帝國重工による一党独裁の様相を呈する事となった。それに対して異を唱える政治家も多少は存在したが、蒸気大戦における功労のほとんどが帝國重工に帰属する事実を盾に失脚していった。

 現在は議会は形骸化し、帝國重工のやりたい放題を礼賛する機関と化している。一体そこで何が決まったのか、何が話し合われているのかも、一般市民にはほとんど知らされることは無い。時たま新聞に記事が出る程度である。

「どうにか、今を保たせられねば未来は無い。とはいえ、若者の為の未来の為に若者を犠牲にするのは本末転倒よな……。」

 送り出した若い精鋭二人の顔を思い出し、吉光は嘆息した。出来ることならば自分が交渉に行きたかったし、出向くまでも無く協力を取り付けさえ出来れば彼等を送り出す必要など無かった。

 ここまで急いで状況を進めねばならなくなったのは、その出日ノ国議会に仕掛けた情報源から送られてきた最後の情報が原因だった。

 重工による戦時法案の全面可決。それが示すのは勿論新たな戦争の発生である。そして、中ノ湾が成長を果たした今、次の戦争には円環技研だけで無く中ノ湾も参戦させられる。前回以上の血が流れ、前回よりも広い土地が更地になるだろう。そんな事を許すわけにはいかない。そもそも現状においてこの国は他国の侵略を前提とせずとも十分に充足しているのだ。これ以上の闘争に意味は無い。

 野火を西浦に送り出したのは、新しい円環技研の取締役が帝國重工との同調路線に染まり切る前にこちらに引き込む為でもあった。単純に協力を取り付けただけであれば、帝國重工の要請に応じて簡単に掌を返されかねない。彼の人を惹きつける才能にそこまでを頼るのは酷だったが、それ以外に西浦を落とす手は考えられなかった。

「推測に推測を重ねて戦略を練るのは好かんが……背に腹は代えられぬ。」

 街の各所に通信を繋げ、改造の進捗を確認しながら吉光は筋書きを今一度なぞっていた。

 今、東潮からの参戦命令を蹴れば帝國重工は間違い無く実力行使で中ノ湾を動かそうとしてくる。それを西浦と協力して撃退し、そもそも戦争を始める為に必要な兵隊の招集を頓挫させる。

 その段階までで重工の戦力を削り取り、内側からの操作が効くまで内部分裂を煽る。しかして後に埋もれた歴史を掘り起こし、その中に紛れている筈の罪を露わにする。東潮から北に向かっている謎の輸送路の行き先を探るのもその計画の内だった。

 帝國重工を失脚させれば、議会の復権が見えて来る。現在既に形骸化した出日ノ国の王家、陽皇の血脈を復活させられる。吉光は出日ノ国の最高機関を陽皇に取り戻す事が国家の形を正常に戻す唯一の手段であると信じていた。

「……ああ、儂だ。住民の移住は完了したか、ご苦労。他の業務は他の班に任せてあるゆえ、君達は東門に向かえ。村山夫妻の指揮下に加わり、仕事をこなしてくれ給え。……分かっている。残業はさせない様に言い含めておくよ。」

 上役に対しても遠慮無く仕事の注文を付けられるのが五櫻鉄鋼の良いところである。村山夫妻の仕事の速さと厳しさは既に社内に知れ渡っており、ゆえに二人が満足する仕事が出来るまでどれ程残業させられるか分かったものではないという恐怖に対し、吉光は直々に話を通す必要があると考えた。

 今の所他の部署も支障無く作業が進んでいる様で、しばらく彼が席を外しても問題は無い。執務室を後に、社内を一回りしてから街に出る事にする。

「お疲れ様です頭取。危惧されていた準備段階での動力鎧の消耗ですが、今の所想定の三分の一ぐらいで済んでいますよ。」

「そうか、それは有難い。儂はこれから東門の方に様子を見に向かうから、後をよろしく頼むぞ。」

 社内には、各所から戻って来る動力鎧の整備部門と備品、資材管理の人間以外は全て出払っていた。その代表から損耗に関する報告を聞き、くれぐれも無理をしない様に言い含めて吉光は街の様子を確認しに行く。

 いつもの喧騒は遠く、住民の移住が終わった大通りは寒風が静かに吹き抜けていた。自身が発展させた街並みから人気が無くなった光景に背筋が寒くなったが、敗北したらそれすらも考えられなくなると割り切り、中ノ湾を背負って立つ小さな老人は奥歯を噛み締めた。

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