新第2話:世界征服をもう1回
とある古びた大きな屋敷。建物の周りはツタで覆われ、窓の格子や外壁には、いくつかのヒビが入っていた。そして屋敷の周囲では、強い風があちらこちらに吹き荒れていた。屋敷では2人が同じ部屋で、何かのゲームに興じているようだった。
「おーいシルフィア!ちょいとこれじゃあ、風が強すぎやしねぇかぁ?」
「でも…こうしないと守れないんですよね…私たちのお屋敷って。」
野性味溢れた服装の大男と、全身ふわふわな服装に身を包んだ女の子が、そこには座っていた。屋敷の中は比較的外の空気に晒されていなかったからか、それほど古めかしさや経年劣化感は無かった。少しだけガタガタッと建物を揺らす音だけが玉に瑕であるが。そして、下品な華美さや派手さはないにせよ、様々な調度品が部屋の中を彩る。それは主が大切にしていたであろう姿から、ほとんど変わりはしていなかった。
「案ずるなお主ら。これから攻め入ってくる奴らが居るからな、こうして周りの風を強くして、最大限警戒しているのだよ。」
「シ、シルフィア様。そうですよね…。」
「けどよシルフィアさんよ、この屋敷が風に耐えられるんかい?俺はそっちの方が心配だがなぁ?」
部屋の奥から姿を現す、今のこの屋敷の主。彼こそが四天王、風のシルフィアだった。そしてシルフィアは、2人の優秀な部下を宥めにかかる。
「まあそう言うでない。これでも風は多少加減しておるわ。それに、これから敵が来たらお前らを頼りにするぞ、アルデバランにハマル。お前らの力、必ずや役に立つであろう。」
「シ、シルフィア様…なんと光栄なお言葉…。」
「まあ、シルフィアさんがそういうならよ…。」
今目の前に居る2人の部下を、シルフィアは心から信頼しきっていた。そして部下ももちろん、シルフィアという男を信頼しきっていた。アルデバランは生まれ持った猛烈な力で、戦いを一変させられる。片やハマルはひつじ飼いという能力で、相手を操ったり自らの手駒である、羊を戦わせる事が出来るのだ。シルフィアは室内を見渡す。そこで、2人の部下と一緒に屋敷にいたはずの、もう1人の部下がこの部屋に居ないことに気がついた。
「それにしても…。いつの間にあの女は消えたのだ?まったくこんな状況であるというに…。」
「…お呼びですか?」
カツカツという足音と共に、急に背後から現れる一人の女。その手には、明らかに使い古された刀を握っていた。
「うおっ…!貴様、不敬であるぞ。突然現れよってからに…。」
シルフィアが怯むのもお構い無しに、女は近くの椅子へ真っ直ぐ進み、乱暴に腰かけながら足を組む。着ていた和服をよく見ると、女の服は赤く血塗られていた。
「なんだぁ?なぜそんなに血みどろになっておるのだ?」
「まさか…。また何か斬ってきたんですか?」
困惑するふたりをよそに、女は淡々と、主へ今までの経緯を報告する。
「屋敷に近づこうとしていた、王国兵らと思しき一団を、先程森で討伐致しました。中でも位の高いものは、生け捕りにして監獄に叩き込んでおります。まあ、それなりに歯応えのある兵士でしたから、これからハマルちゃんのおもちゃにでもすればいいでしょう。それ以外の者は、私に対して抵抗してきましたので、やむを得ず、こちらで始末しておきました。」
彼女は刀身に付いた血を拭いながら、一連の報告を行う。一方シルフィアたちは、その強さに感心した様子で戦果を聞く。シルフィアは相手への敬意を込めて、膝を付いてその勝利を褒め称える。
「ほう…。さすがは十二聖団の中でも強者が揃っている、五芒星の一角ですな。先日のアルデバランに続いて、お主も勝どきを上げてきましたか。今頃魔王殿が健在だったならば、新四天王にお主の名が加わる日も、きっと来たのだろうな…。」
四天王であるにも関わらず、部下の戦果を膝を付き、そして手放しで称えるシルフィア。しかしそんな敬意に満ち溢れていた彼の一言を、女はむしろ快くは思っていなかった。
「変なこと言わないでください。”魔王様はまだ生きてる”んでしょう?だったら早いとこ、魔王様を奪還しましょう。そして…もう一度この世界を支配する為に、心血を注いでいくのです。」
シルフィアは彼女が放つ、あまりに異常なまでの存在感にたじたじになりながら、彼女の名を呼ぶ。五芒星の名を頂いたその名前は、一等星の輝きに満ち溢れていた。
「ふ…。さすがは十二聖団、五芒星、それに、三賢人の一角だな…スピカ総長。」
「私を舐めてもらっては困ります。あれくらいの軍勢、私の相手になどなりません。あ、攻め入る敵はもう私が倒したのですから、外の風は多少弱めてくださいますよね、シルフィア様?」
〜
「あーもう!全然直らないじゃないのよ!」
所変わって、こちらはとある湖畔のログハウス。3人、いや4人が1人の機械人間の周りを取り囲むようにして、何かの操作をしているようだった。
「このボタンを押した後にそっちのボタンを押したら…あれ?さっきこんな所にボタンあったか?」
「落ち着きたまえよ…それはさっき話した通りのボタンであってな…。」
ああでもない、こうでもない、そう言いながらかれこれ2日は経過している。しかしその彼が、再び動けるようになるには、まだ何かが至らなかった。
「全く…!久しぶりに会えたと思ったら故障してるし!ズベンもアルゲティも機械に詳しくないから、全然復旧しないし!どうなっちゃうのよこれ…!」
「お言葉だがねポルックス君にカストル君、君たちも少しは手を動かしたらどうだい?」
「アルゲティの言う通りだよ。私の計りでは、今優先するべきことは愚痴をこぼすことじゃない、手を動かして彼を再稼働させることだ。」
ぐぬぬ…という言葉が聞こえてきそうな表情を浮かべながら、ポルックスとカストルの2人…いや1人?が肩を落としながら、渋々作業に加わる。この面々は今までも、色々な場面で一緒に行動してきた。ただ相変わらずなのは、とことん機械が苦手なところだった。こんな時に他の誰かが手伝ってくれればいいのに…、と全員が口には出さないまでも、やはり心の中では同じ事を考えていた。そんな願いが何か通じたのだろうか、馴染みのある声が聞こえてくる。
「はーいお待たせ〜!彼の修理パーツとみんな治療アイテム持ってきたわよ〜!」
「えっ…!?ラサルハさん!?」
その場に居た全員が、ラサルハの登場に驚きを隠せなかった。彼女との連絡は、ある日を境に全然通じなくなっていた為、全員が困っていたところだった。
「連絡が途絶えたと思ったら、連絡してないタイミングでいらっしゃるなんてねぇ…。」
「仕方ないでしょ〜?うちらも勇者にめちゃくちゃにされちゃったんだから〜!」
彼女はプンプンしながらも、どこか安堵したような表情で、傍らのカバンからメカメカしい部品を取り出す。あとはその部品と彼の首の部分とを接続して、少しキーボードを叩きながら、反応を見ていた。
「まあ実際、これで安心した方に計りは傾いた。これで彼は、復活出来るんですよね?」
「まっかせてちょうだい!こう見えても私、彼の為に機械詳しくなっちゃったんだ〜!」
彼女がキーボードを叩きながら、彼の腕に付けられたボタンをいくつか押す。するとようやく、横になっていた身体が起き上がる。彼が立ち上がって少し身体を動かすと、何かを探すように周りを見渡す。
「…あの動きは?」
「多分ご主人を探してるわね、要は魔王様を探してる。」
彼は今居ないはずの魔王を探していた。機械である人間は自立した頭脳を持っていないからか、指示命令をする人が居ないと、どれほどの高性能であっても、一切機能しない。しかし、それもラサルハにはとっては想定内だった。彼女は再びキーボードを叩き、彼の動きを一時的に止める。すると彼は、辺りを見渡すのをやめ、その場にしゃがみこんでしまった。
「あれ…、今度はしゃがみこんじゃったねぇ…。」
「もちろん私の想定内!今から彼には、ここまで起きたことをしっかりインプットしてもらうわ。そうそう、あなた達にもね。」
ラサルハはキーボードを叩くと、マイクのような装置を付ける。そして全員が、彼の周りを取り囲むようにして座る。ラサルハは呼吸を整えながら、今まで何が起きたのかを、語り始めた。
〜
私たち魔王軍は、幸いなことに大きな痛手は負わなかった。ただ、魔王城で勇者と戦っていた、魔王様と、四天王のウッズ、それにブレイズが、王宮の地下牢に収容されたわ。彼らに付いていた十二聖団も、同じように王宮に収容されている。ただ魔王や四天王と違うのは、彼らは地下ではなく、地上の牢獄に収監されたってこと。そこまで影響力がないと踏んだんでしょうね。地上に居る十二聖団なら、近場のセキュリティさえ突破出来れば、そのうち奪還出来るかもしれない。現に今私たちは、前々から忍ばせておいた内偵者を使って、厳重なセキュリティを誤魔化しながら、アンタレスとレグルスを王宮から脱出させようと試みてるところよ。彼らはただの十二聖団じゃない、実力が上位であることを示す五芒星に、設立メンバーってことで、三賢人の称号を持っている。きっとそんな彼らなら、あの王宮から脱出出来るって信じてるわ。
そして、あの時魔王城に居なかった事が幸いして、生き延びる事が出来た四天王は2人。風のシルフィアと、山のフジ。フジは私たちで言うところの、KF-882号ね。シルフィアはおそらく、廃墟になったような屋敷に潜伏しているはず。あそこはすぐ近くが国境だから、多分今王国兵がわんさかあそこに向かってると思うわ。傍目から見たら相当ピンチかもしれないけど、あそこなら多分平気だと思ってるわ。やられてさえ無ければ、あそこには十二聖団、羊飼いのハマル、五芒星のアルデバランがいる。そしてもう1人が、十二聖団総長、乙女のスピカ。十二聖団の生みの親、全ての祖。彼女はもはや、四天王の5人目って言っても過言じゃない。それくらいの実力は確実にあるわ。それに、今の十二聖団を作りあげた組織力がある。彼女の一声次第で、魔王様たちへ反旗を翻す事だってできる。それくらいの面子だもの、あそこは何も心配要らないくらい。
「だから今喫緊の課題は…彼が動けない事だった。」
ラサルハが静かに呟く。
「あなた達十二聖団の面々が生き残っていたとしても、それを指揮出来る人間は、現状彼以外には他にいない。だから私は、彼の修理にここまでやってきたのよ。」
「その為にここまで…、長旅ご苦労だねぇ。」
アルゲティの呟きに、ラサルハは笑顔で応える。
「そんな事ないわよ!私、みんなの為ならなんでもしてあげるんだから!て事であとは、仕上げをしたら彼の復活よ〜!」
荒み切った戦場に身を置く彼らにとって、ラサルハの笑顔ほど明るさに満ちたものはなかった。彼女がいるだけで、その場の空気は一変する。この空間も、決して例外ではなかった。
「なんだか…元気出てきたし!ラサルハさんに差し入れのお菓子でも焼こうかなー!」
「私も手伝おう。菓子作りには寸分違わぬ分量が必要だからな。」
「待ちたまえよ。私も菓子作りには少々覚えがあってだね…。」
ラサルハは笑顔で3人の後ろ姿を見送る。そして最後にチップを回路へ埋め込むと、KF -882が再起動するすべての準備が整った。あの3人にとっても、───ラサルハにとっても。
〜
王宮の地下深く。微かな蝋燭の光が、かろうじて壁面を照らす。水滴の落ちる音と、なんとも言えない謎の声が混ざり合い、来る者の恐怖心を否応なしに煽る。カツ…カツカツ…。軍用のブーツの足音が聞こえてくる。中にいる者達は、普段聞こえてこない音に対して、異常なまでに敏感になっていた。足音が聞こえてくるその瞬間だけは、謎の声も口を抑えていた。
「…ラサルハ様より、KF -882号の修理に向かうとの報告がありました。これが完遂されれば、四天王のうち2人が、前線で動けるようになります。」
「…そうか。あとは五芒星の救出が待ち受けているというわけだな?」
「おっしゃる通りであります。地上の牢に投獄することになったのは、まさにラッキーでした。ただ、ウッズ様とブレイズ様無しで、あの2人は大丈夫でしょうか…?」
「案ずるな。そもあいつらは、五芒星ぞ。単独で行動することくらい、彼奴らなら造作もないはずだ。」
「そうですか…。それと、他の十二聖団の面々は…?」
「時期を見て救出することになるだろう。別に五芒星を救うどさくさに救っても良いが、全員拘束されている状況というのも、反対に交渉材料としては扱いやすい。その辺もよく吟味しておくのだな…。」
「…かしこまりました、肝に銘じておきます。」
「よろしく頼む。…それにしても、お前がその服を着ているのがな、どうにも慣れん。」
「仕方ありません、これも任務ですから。」
「まあ、そうだったな…。そういえばその者は?」
「あぁ、私の身代わりです。いざとなったら罪は全部こっちが被る事になっています。」
「ふん…お前にしては考えたな。ただそんな事、軽々しく口にして良いのかね?」
「心配ありません。どうせ今この場に立っている理由さえ、わかっちゃいませんから。」
「…」
「…まあよい。お前も随分いい趣味をしているようだな。」
「いやいや、滅相もございません。」
「これからもよろしく頼むよ。立派な王宮兵殿?」
「…はい、魔王様。」
〜
「今日もあいつと、お話できたか?」
「…うん。」
屋敷の外、小さな土塊の前で、アルデバランとスピカは会話を交わす。普段の勇ましい口調、礼儀正しいかっちりとした口調ではなく、ありのままの素をさらけ出した話し方だった。アルデバランは隣にしゃがみこみ、土塊に手を合わせる。
「あいつ、今日はなんて?」
「…さすがスピカだねって、褒めてくれたよ。」
スピカはシルフィアの前と打って変わって、アルデバランに小さく微笑みかけた。十二聖団の総長という肩書きが邪魔をするが、スピカの根っこの部分は、いつまでも乙女そのものだった。スピカは小さな土塊を、まるで愛する者のように優しく撫でた。
「私、彼が居なくても、上手くやっていけてるかな…?」
「あぁ、あんたは十分立派にやってるよ。あいつだってそういうはずさ。『俺が居なくても大丈夫じゃないかー!安心したぞー!』ってな。」
アルデバランが”彼”のモノマネをする。スピカは込み上げてきた笑いを、我慢することが出来ずに吹き出してしまった。それはまさしく、恋する乙女そのものだった。
「アッハハハ!何そのモノマネ!似てなーい!」
「なっ…!?これでも昔デネボラからよく似てるって言われたんだぞ?」
慌てるアルデバランに、ケラケラ笑うスピカ。普段の戦禍では、決してありえない光景だった。それもこれも、勇者が世界を仮にも救ったからか。スピカは笑いが収まると、急にしんみりとした表情で、アルデバランに再び問いかける。
「私、あの日のこと、まだ何も信じられてないんだ。受け入れる事も、まだ出来てない。」
「…そうだよな、俺も同じさ。」
〜
勇者が魔王を倒そうとしていた頃の事。
『アーくん…?なんでっ…!?』
『おいおいなんのさわ…ぎ?…おい!しっかりしろ!』
『いやっ…!いやだ…!アーくん!ねえ!!目を覚ましてよ!!!』
『ごめんねスピカちゃん…、もうこれ以上は…私には手を尽くせない…。』
『っ!クソ!なぜアークトゥルスがこうも容易く!』
『ごめんね…、ごめんねスピカちゃん…!私が…もっと早く…ここに辿り着いてたらっ…!』
『…いや。いやぁぁぁぁぁ!!!アーくん!起きてよ!ねぇ!起きてよぉぉぉ!!!』
『…勇者との戦いが終わったら、隠居して2人で暮らす予定だったんだと。』
『それなのに、あんな簡単にやられちまうなんてな…。しかも攻撃してきたの、まだなんだか分かってないんだろ?勇者の一撃か、流れ弾か。』
『医療班も間に合わなかったらしいし、これじゃあの人が死んじまっても仕方ないか…。』
『おいバカっ、今の言葉スピカ様に聞かれたら…。』
『…今なんと申した?』
『ひっ!ス、スピカ様…!』
『死んでも仕方ない…?もう一度、私の目を見て、同じことが言えるか…?』
『ス、スピカ様…、どうかお許しを…!』
『…言えるのかと聞いているのだ!!!』
『ぐわあぁぁぁ!』
『ひっ…』
『はっ。もう一度言う根性もないのか、たわけが。』
『…』
〜
「私はまだ…半人前なのかな…。いや、半人にもなれてないんじゃないかな…。」
「そんなことない!」
スピカはいつも、気を張って人前に現れている。それゆえ、反動も激しいものがあった。ひとたび弱気になったスピカに、アルデバランは力強く声をかける。その眼差しは、“あの日見た眼差し”と同じ雰囲気を出していた。
「君は今、立派に十二聖団を率いてる!五芒星を束ねている!三賢人の奪還に、心血を注いでる!君の力がなければ、俺だってついて行くことはなかった。それだけ俺たちは、あんたの力に魅せられてるんだよ!そんなあんたが半人前?笑わせんな!あんたこそ、俺たちのリーダーだ!心の底から信じられる、最高のリーダーだ!あんたが輝いてなきゃ、俺たちだって光れないんだよ!」
アルデバランの口から、ここまで血の通った言葉が出てくるとは思いもしなかった。スピカは目尻の光を拭いながら、敵に向かって行く時と、同じような目つきに戻る。
「…ありがとう、目が覚めた。」
「おはようさん、スピカ様?」
「ふふっ…おはよう、アルデバラン。」
スピカは胸元に隠していたペンダントを取り出して、じっと見つめる。金色の輝きが眩しいくらいの、星の形をしたペンダントを、ギュッと握りしめて呟く。
「私は…十二聖団の為に、四天王の為に、魔王様の為に、この世界を一つにする。彼との、約束を守る為に。」