魔力
屋敷の外を取り囲む、おびただしい数の武装兵。ただまっすぐに前だけを見据え、敵襲が始まるその時を迎えようとしていた。その屋敷の一室で、武装兵の班長デネボラと、四天王シルフィア、さらには十二聖団の3人が、一つの卓を取り囲んで座っていた。デネボラの問いに、シルフィアは静かに答える。
「…んで、その情報の通りならば、この屋敷にも王宮兵がやってくると?」
「その通りだ、だから君たちを呼び寄せたのだよ。」
ここにも王宮兵がやってくる、それらを迎え撃つ為の戦力が、外のおびただしいほどの武装兵、という図式は自然のことだろう。だがしかし、それに異議を唱えたのは、十二聖団の総長スピカ。訝しそうに2人の顔を見つめながら、この意図を尋ねる。
「でも、彼らの部隊は本当に必要なんですか?もうすでに私たちがいるではありませんか。」
「うむ、確かにそうなんだがな。彼らにはこの屋敷を守ってもらう責務があるのだよ。その理由だって、当然ある。」
スピカは隠すことなく、なんとも不思議そうな表情を見せた。自らの、我々の力は求められていないのか?理由とはなんだ?シルフィアの行動には、いささか疑問が残ったままだった。一方同じ卓を囲んでいたアルデバランは、3人の会話も聴きつつ、不安そうな表情を浮かべていた、ハマルの方を向く。彼女はデネボラがこの屋敷にやってきて以来、ずっとこの調子だった。
「おーい、さっきからどうした?何か様子が変だぞ?」
「あっ…いえ…なんでもないです…、大丈夫です…から…。」
ハマルは静かに下を向いてしまう。彼女の中では、やはりデネボラに対する負の感情が、払拭出来ずに残っていた。
(あの人は私たちの仲間、皆様にとっての戦友…。頭では分かってるのに…この気持ちは、この感じは、一体…?)
自らが抱く感情は何者なのか、何が自分をそうさせるのか。彼女はその答えを出すのに、とにかく必死になっていた。一方シルフィアは、とある装置に映し出された男の顔を、興味深そうに見つめていた。
「それにしても…王国兵らが持ち歩いていたこの装置とやらは、相当に優秀だな。これなら彼らの動きが、手に取るようにわかるというもの。この表情だって、しっかりと見えるのだからな…。」
絶望に打ちひしがれ、何も望みがない時の表情。彼はこの男の顔を、どのように思いながら見ていたのか、装置の中に映るこの顔は、一体何を思っているのか。その答えは、どちらも本人にしか分からない。そして視点は、その場に居たもう1人の女に切り替わる。彼女も十二聖団の一員、目の前で対峙している面々と、一体どんな闘いを繰り広げるのか。彼の興味は、すでにそっちへ切り替わっていた。
「ふん…見物だな。」
〜
ロバーツは、目の前で起きた惨状に、ただ嗚咽する事しか出来なかった。昨日まで笑い合っていた仲間が、さっきまで笑っていた仲間が、無惨な姿になって目の前に積まれている。それなのに、自分の足は動かない、動けない、動かせない。ただひたすらに、自分を責め続けた。なぜ足が出ない、なぜ前に出れない、なぜ、仲間は死なないといけない?
「…なっさけな。あんたそんな覚悟でこの争いに頭突っ込んで来たわけ?」
そんな様子を見ていたカストルは、イライラした様子でロバーツへ悪態をつく。
「生半可な気持ちでこの争いに来たなら、とっとと帰りな。正直あんたみたいなやつ、殺したくなるほどムカつくけど、今日はあんたの命取らないであげる。」
カストルは吐き捨てるようにロバーツへ言葉をぶつける。そして目線をロバーツから、リーダーであるサブロウらへと向ける。相手を睨みつけ凄むような目つきは、自らの余裕のなさを物語っていた。
「まぁ、あんたみたいな小物相手にしてる暇ないし?ここからは私も気合い入れないと、ぶっ倒せそうにないからね…この人達。」
目の前に居並ぶ者の圧が、カストルの表情から笑顔を消し去った。王国内でも強者揃いとも言われる王宮兵。その中でも、大佐クラスともなれば、その風格は異次元だった。サブロウの表情からは、何も内心を読み取ることが出来ない。まさしくポーカーフェイスのまま、カストルの前に立ちはだかる。
「戯言を…。仲間をああしてやられてしまった以上、このままおめおめと退散する訳には参りませんね。ここからは、全力でやらせてもらいます。」
サブロウから放たれる覇気が、一瞬でこの場を制圧する。王宮兵の大佐となるような歴戦の猛者ともなれば、もはや物理攻撃による制圧なぞ不要なのだ。そして、自らの空間を展開したサブロウが、カストルへと詰め寄る。
「なぜ…私たちの前に現れたのです?」
「そんなこと簡単に教える訳ないじゃん。まあ、私の役割はここでほぼ終わりなんだけどさ。あんたらの能力は大体わかったし。」
「なんですって?」
カストルは追い詰められたと感じ、逃げの姿勢を取ろうとする。この場から逃げられてしまっては、王宮兵としてはたまったものではない。捕らえなければ、最悪の場合、ここで始末しなければ。後ろの方に居たミルズも、サブロウの隣へ歩みだし、カストルを思いっきり睨みつける。
「逃がすかよ。女だろうがな、俺はいつでもぶっ飛ばせるんだぞ。」
「そう怒った顔しないの〜♡今日は本気じゃなかったし、また今度ちゃんと遊ぼうね〜♡」
「てめぇ…!」
本気じゃない?あの2人を殺しておいて?ミルズの怒りは、すでに限界へ達しようとしていた。それはきっと、隣にいるサブロウも、この空間にいる王宮兵たちも、同じだった。振り絞るように、ミルズは怒りを口に出す。
「死んだあいつらにはな…“今度”なんかねぇんだよ!だからお前にも、“今度”なんてお膳立てする気はねぇんだよ!あいつらの仇、きっちり取らせてもらうぞ!」
「はぁ…。これだから男って嫌い。暑苦しいんですけど、そういうの。」
辟易したようにカストルが返事をするも、言葉とは裏腹にジリジリと間合いを詰めていく。彼女に流れる血は、きっと好戦家の側面が色濃く出ているようだった。ミルズもそんな彼女を見て覚悟を決めたのか、片手にサーベルを手にしていた。もうサブロウにも、他の連中にも、今の彼は止められなかった。ケリを付ける、彼らの仇を討つ、そして、目的を果たす。
「頼む…やられたのはE班の奴らなんだ。ここは俺に行かせてくれ。」
「そういうことなら…分かりました、ではあなたに任せましたよ。」
「何をコソコソしてるのよ、そういう男はモテないわよっ!」
カストルが構わずに詰める、ミルズが咄嗟の判断でそれを受け止める。完全に隙をついたキックのはずが、彼は腕で容易く受け止める。反対にミルズの腕で脚を払い除けた瞬間、もう片手のサーベルで切りかかる。間一髪で避けられたカストルだったが、ヒールを履いて戦闘している分、回避性能や瞬発力では完全に不利な状況となっていた。再び彼女が間合いを詰める。しかし今度はヒールの高さが邪魔をして、体勢を崩しかける。その隙を見逃さないのが王宮兵というもの、ミルズは一気にサーベルを振り下ろす。カストルは咄嗟に脚を振り上げ、そのまま後ろに一回転してかわす。しかしサーベルの切れ味は、そんじょそこらの物とは訳が違った。ヒールの部分を、あっさり半分くらい切ってしまう。
「ちっ…もー!この靴気に入ってたんだけど!」
吐き捨てるように文句を言いながら、壊れたヒールをその場に脱ぎ捨てる。列車の屋根が吹き飛んだ時の瓦礫などがあることは、もはや度外視していた。裸足になったほうが動きやすいという、行動の利を選んだのだ。
「私にここまでさせるんだから、少しは楽しませてよね…!」
「はいはい、じゃあせいぜい死んでくれるなよ…!」
カストルが再びミルズとの距離を詰める。今度は脚ではなく、拳が飛んできた。しかしミルズは、なんなく攻撃をかわす。右、左、また右。大振りの拳は一撃が重たくても、そのモーションでどこから拳が飛んでくるのか分かってしまう。今まで相手にしてきた王国兵なら露知らず、目の前に居るのは、その王国兵の中でも、上澄みも上澄みの王宮兵。本来生半可な攻撃では、太刀打ち出来ないのだ。カストルの表情には、焦りの色が濃く出ていた。
「あんたら…王宮兵ってのはこのレベルがゴロゴロいるって言うのかい?」
「あぁそうさ。お前が殺したあの二人だって、本来ならば俺くらい強いのさ。だから束になれば、あんたなんてすぐに倒せるって訳よ。」
「…へぇ。」
自分自身を、そして自らの組織を誇るミルズ。王宮兵の権威を示したいが故に言い出した一言が、カストルの中にある何かしらのスイッチを付けてしまった。こいつが?こいつらが?私たちよりも強い?どの口でそんな事を宣っているだと?怒りで血が沸くような感覚が、カストルの全身を駆け巡る。徐々に身体は熱を帯び、目は赤く光り始め、彼女は明らかに強いプレッシャーを放つ。───彼女の周りに陽炎が見えていたのが、本気を出し始めた合図だった。
「あんたら、この私より強いんだ。へー…じゃあ、遠慮なく”本気”、出させてもらうね。」
〜
「…!」
「どうしたんだい?怯えるような仕草だけれども。」
ズベンとアルゲディ、そしてラサルハがクッキーとコーヒーを囲みながら、今後の作戦について話していたその時だった。ズベンが突然身を震わせたのだ。
「今の感じ…まさか。」
時を同じく、ラサルハも何かを悟った。何か、嫌な事が起こる。何か肌がピリつくような、そんな感触がした。
「ズベン君、一体何を感じたんだい?」
「あぁ…何か、今の均衡が崩れる予感がした。」
「私も…、一体この感覚は…?」
この場の3人中2人が、これから始まりそうな嫌な予感を、その身に感じていた。ただ、その予感によって何が起こるのか、何が原因なのか、そのような確証はなかった。
「ふぅん、君たちはよくそういうのを感じられるねぇ…。」
アルゲディは2人に感心しながら、淹れたばかりのコーヒーに手をつける。───普段よりも味が濃く、少し渋いような感じがした。
「確かに、私も何か空間の歪みを感じました。向こうの方角…、そうですね、向こうの方からですね。」
KF-882、山のフジも2人の意見に賛同する。しかしその賛同への切れ味が悪い。まだ再起動してから、そう時間が経っていないからだろうか。
「向こう…そうね…。」
ラサルハも戸惑いながら、フジの意見に同調する。しかし、そんな彼女だけは知っている。何が起こっているのか、何が原因なのか。厳密に言えば、誰に何が起こっているのか。
(貴女…もしかして…”約束破ったわね?”)
〜
「なんだ…この感じたことないプレッシャーは…!?」
「知らないでしょうね。この力を知っているのは、王宮兵にもほとんど居ないはず。」
カストルは仁王立ちになったまま動かない。全身から放たれる、本気という名の陽炎のような揺らめき。
「冥土の土産に教えてあげる。これが、私たちが持つ、魔力よ!」
そう言うが早いか、カストルは突然ミルズの目の前から姿を消す。
「…っ!?消えた!?」
「ミルズくん!後ろです!」
「…おっそ♡」
カストルは既に、ミルズの背後を取っていた。その後彼女はミルズの脇腹へ、強烈な蹴りを入れる。
「…ぐあああああ!!」
「ミルズくん!」
ミルズは手に持っていたサーベルを落とす。それどころか、彼の身体は、膝から崩れ落ちてしまう。しかしカストルは、一切手を緩めない。ミルズの身体には、短い間にもはや数え切れないほどの打撃が加えられていた。痺れを切らしたサブロウが加勢しようとするが、大佐ともあろう彼がもはや一歩も動けないほど、彼女の身体からは、魔力が放たれていた。
「ミ、ミルズさん…!」
「ふふっ、もう終わり?」
ミルズがどんどん追い込まれていくのを、ただその場で傍観することしか出来ないロバーツ。そして、カストルは最後と言わんばかりに、シュートを打つ選手のような構えを見せる。
「もうそろそろ、終わりにしましょう?♡」
彼女は脚に、自身の魔力を目いっぱい込める。その構えは完全に、彼を葬る為の構えだった。
「ちきしょう…!やられてたまるかっ…!」
ミルズは最後の力を振り絞って立ち上がる。ここで引いてはいけない、ここで負けてはいけない、王宮兵としてのプライドが、彼の身体を立たせた。
「ミルズくん、よしなさい!今の君では危険です!」
「いいんだ…、ヤマさんはここでやられちゃいけないんだ。ロバーツだって、他の連中だってそうさ。俺が、みんなの代わりになってやる!」
「何を馬鹿なことをっ…!あなただってやられちゃいけないんです、これは大佐司令です!今すぐ引き返しなさい!」
サブロウが動けないなりに、懸命に言葉で止めにかかる。しかし、彼の身体はもう、カストルの元へと向かっていた。もう、何も惜しくないと言わんばかりに。
「すんませんヤマさん。その命令だけは、さいごの命令だけは…聞けそうにないです。」
カストルが蹴りの動きをしたその瞬間、ミルズは彼女に飛びつくようにして、攻撃を紙一重でかわしてみせた。魔力を集中させていたカストルにとって、この攻撃が当たらないのは、もはや致命的だった。ミルズが彼女に覆い被さるように倒れると、鬼のような形相で彼を睨みつける。そして、彼の身体を引き離そうとしたその時だった。ミルズとカストルの身体は、まるで蒸発したかのごとく、忽然と姿を消してしまった。
「ミ…ミルズくん…?」
「そんな…ミルズさんまで…!」
どれだけ目の前を見つめても、2人が消えたことに変わりはなかった。ロバーツは、自らの無力さを嘆く。目の前で消えゆく3つの命、その全てを自らのせいだと思おうとしていた。
「…サブロウさん。私…これからどうしたらいいんですか?」
「…」
「…みんな、居なくなっちゃいました。バロンさんも、ハインツさんも、ミルズさんだって。それに…。」
ここで全員は、ある違和感に気がつく。爆発、戦闘、そして、仲間の死。それら複数のショックのせいで、誰も気が付かなかった。しかし言われてみれば、誰しもが納得する違和感。決して、起きていてはならない違和感。
「サエさんも…ユウダイさんも…コウスケさんだって…、いつの間にか居なくなってるじゃないですか…。」