交わる
「リーダー同士でポーカー対決。しかも一発勝負って、何があったんだ…。」
「さあ…?」
A班、サブロウ大佐。E班、サエ少佐。互いに目線を合わせながら、相手の動向をじっと見つめる。それはまるで、剣術のそれだった。互いの間合いを見極めながら、ここぞという所で勝負を仕掛ける。小さな机で繰り広げられる、静かなる一騎打ち。列車の走る鉄路の音だけが、この空間を支配していた。サブロウが2枚捨てる。なりゆきでディーラーになった、A班のキョウスケ・ミヤギが2枚渡す。ポーカーで大切なのは、冷静であること、そして、顔に出さないこと。人によって、表情は関係ないという論者もいるようだが、人間というものは、無意識で何かをしてしまうことがあるらしい。その無意識を映す鏡こそ、人間の顔なのである。手札を見たサブロウの口角が、ほんのわずかに上がったようにサエには映った。
「…サエさんが勝ったら、コウスケさんの情報を得られるんですよね?じゃあ…負けたら?」
「指揮権を実質サブロウが掌握する。メンバーチェンジが出来ないから、体裁上はサエがリーダーのままなんだけどな。」
「な、なんて条件受け入れてるんですかサエさん…!」
とんでもない条件を聞かされ、ロバーツの顔色に明らかな焦りが見える。しかしミルズは落ち着いて、冷静な目線を2人に向けた。
「まあ、あいつは昔からそうだ。己の為には無茶しかしないし、戦う時に作戦伝えたって、無意味もいいとこ。」
やれやれというような口調で、ミルズはかつての相棒のことを回想する。
「それでも、あいつは強い、誰よりも。」
しかしそんなミルズの表情は、いつの間にか小さな笑みに変わった。まるで、目の前の人物に魅了されている時の表情のように見えた。
「…私も2枚。」
サエが場に2枚捨て、キョウスケが同じだけ彼女に渡す。じっくり手札を一瞥したサエは、小さく息をひとつ吐く。その息は、安堵か、落胆か、確信か。
「改めてですが、今回スート別の強さは考慮しません。単純に、役と手札の数値で強さを見るものとします。」
「では、参りましょうか。」
「えぇ。」
サブロウが自らの手札を開ける。7が3枚と、キングが2枚。
「うわっ…フルハウスじゃないですか…!」
上から数えて4番目に強い役。これを返すのは、決して容易なことではない。ロバーツはそれを知ってかだいぶ慌てているが、ミルズは静かに成り行きを見守る。
「まあまあ…そう慌てなさんな。」
サエの手札が、ゆっくり開かれる。───自信に満ちた、笑顔を浮かべながら。
「は…?」
「うっそでしょ…?」
「エースが…4枚!?」
「な、言ったろ?───あいつは強いって!」
列車の揺れをかき消すかのように、興奮の叫びやらなんならで、3人が座っていた座席の周りは揺れた。
「フォーカード…!?これはっ…お見事…としか、言えませんね…。」
「…ふぅー、あっぶな〜!揃った時声が出るかと思ったわよ!」
普通では考えられない光景だった。通常フルハウスもフォーカードも、揃う確率は0コンマいくつの世界。それが同時に、しかもたった一戦交えただけ、さらにサエの揃えた4枚は、ポーカーで最強とされているA。こうなる確率は、もはや天文学的な数値だといっていいだろう。
「…私の完敗です。おみそれ致しました。」
「いやいや…、まさか本当に私が勝てるとはね。実は博才あったのかも…?」
互いの健闘を称えながら、2人は固く握手を交わす。ミルズの目には、それが互いの地域の垣根を超えた瞬間のようでならなかった。
「良かったんだ、これで…。」
互いに席に座ると、とうとう本題が始まろうとしていた。この列車内の騒ぎでも、1ミリたりとも動こうとしなかった男、”コウスケ・シラス”とは何者か。
「ではお約束通り、私が知り得る限りの彼について、貴方にお話致しましょう。コウスケくんはですね…」
ドゴォン!!!
サブロウが口を開こうとしたその瞬間、出かかった言葉が轟音でかき消される。彼らの乗る号車の前の車両が、爆発して大破してしまった。彼らの乗っている車両も決して無事ではなく、屋根が吹き飛んでしまう。無情にも牽引していた機関車は、何事も無かったかのように、走り去っていくオマケ付きだった。
「な、なんだ今の!?」
「あっははは!作戦、大成功〜♡」
狼狽える彼らの前に、1人の女が宙に浮きながら姿を現した。───さっきまで、湖畔に居たはずの人物が。
「私は十二聖団、誇り高き五芒星の1人、カストル!あなた方のその弱〜い命、私に差し出してちょうだい?」
「この爆発…貴方の攻撃ですか!?」
サブロウたちが戦闘態勢に入りながら、彼女を問い詰める。しかしカストルは、キョトンとした表情で返す。
「え、違うわよ?貴方達の中にいる、裏切り者が起爆させたのよ?」
「な、なんて…!?」
裏切り者が居る?この王宮兵に?困惑する兵たちを尻目に、ポルックスが列車に降り立つ。フリフリのフリルスカートに身を包んだ、明らかに戦闘をしに来たとは考えにくいような格好が、その場全員の目を引いた。嘲笑うかのような表情で、カストルが口を開く。
「やっぱ誰も見破れてなかったんだ〜。あなた達それでも王宮兵?え〜?やっぱ弱くな〜い?」
「てめぇ…調子に乗りやがって!」
カストルが列車内の王宮兵を煽り倒す。その煽りで怒りが限界に達したバロンが、無策のまま槍で突撃してしまう。
「やめなさいバロンくん!相手は十二聖団です!」
「それがどうした!おらあああああ!」
サブロウの静止を無視して、槍を振り回す。一撃、また一撃。何度も彼女へ攻撃を試みる。しかしポルックスは、素早い身のこなしでその全てを平然と交し切る。
「あはっ♡弱いくせにそんなの振り回して、危ないでしょ?」
渾身の一撃だと思いながらバロンが突いた槍の柄を、彼女はあっさりと手で掴む。
「私、今は戦う気は無かったんだけどな〜。ま、邪魔くさいしどっか行っててよね、あの世とか!」
カストルの顔からは、憎たらしい笑みが完全に消え失せていた。槍の柄ごと、バロンの身体を宙に投げ飛ばす。そのまま彼女が遥か高く跳躍した瞬間、バロンの身体には、彼が手にしていたはずの槍が突き刺さっていた。それも、急所を的確に貫いて。
「バロン!」
「な、なんだよあいつ…!」
彼の飛び散った血の雨が、屋根の無くなった列車に降り注ぐ。そして再び、カストルが列車に降り立つと、その表情には再び、笑顔が浮かんできていた。あまりにも憎たらしく、あまりにも美しかった。
「これで分かったでしょ?私達に歯向かうと、どうなるか。」
「カストル…お前…!」
ミルズがカストルを睨みつける。拳は握り込みすぎて血が出そうになるほどだった。仲間をやられた激しい憎悪が、それほど彼を支配していたのだ。
「ミルズくん、向かっていきたい気持ちは私も同じです。ですがこのままでは、ここに居る全員やられてしまいます!」
「分かってますよ。でもよ…あんなに容易く1人やられちまったら、こっちだって引き下がる訳には…」
「そうですよ!あんたが止まってるなら、俺が代わりに行く!」
かつての上司の静止で、なんとか踏みとどまったミルズとは対照的に、今度はハインツがカストルへ突撃してしまう。
「…っ!止まりなさいハインツくん!」
「うるせぇ!あいつがやられてんのに黙っていられるかよ!」
「何っ!?まだ来るの!?あんたらうっとおしいんですけど!」
ハインツは距離を詰めながら、ガントレットでカストルのボディに一撃を食らわす。そのままガードが緩くなった隙に、上半身に攻撃を叩き込んでくる。思わぬ連続攻撃に、カストルは少し怯んでしまう。
「ちっ…!あんたやるじゃない。でも、そう来るなら…!」
ハインツの攻撃にも、だんだん熱が帯びていく。それを逆手に取りながら、カストルは殴りかかってくるハインツの腕を掴んだ。
「っ!しまっ…」
「あーあ♡もう離さないからね?」
カストルが腕を引く。このまま行けば彼女がトドメを刺せたのだが、とっさの判断でハインツも腕を引いた為、袖がちぎれるだけでなんとか済んだ。
「…あら、結構やるじゃない。」
「そりゃどうもレディ?一応王宮兵の端くれですから。」
互いを睨みつけながら、2人が対峙する。その後ろで、ロバーツは恐怖に震えていた。こんな簡単に、人は死んでしまうのか。こんな容易く、敵にやられてしまうのか。訓練とは全く違う、戦場独特の空気が、彼に重くのしかかってくる。決して戦火を見ていなかったではない。しかし彼の人生において、ここまでの惨状は、全て通り過ぎた後に見てきたもの。今いるこの場所この瞬間に、人が死に、人が戦い、互いの命を奪い合う。そんな場面には、1度たりとも遭遇したことはなかったのだ。
「…これで終わりよ。」
「ふん、言ってろ。」
カストルとハインツが、再び間合いを詰める。今度はハインツの攻撃を、彼女はしっかり腕で受け止める。そして、ハインツの空いた身体を目掛けて、綺麗な脚から、手本のようなキックをお見舞いする。
「…そこっ!」
「はぐぁ…!?」
強烈な一撃をお見舞いされたハインツは、その場に倒れ込む。ニヤついた表情のカストルが、1歩、また1歩、ヒールを鳴らして近づいてくる。───死のカウントダウンの音が、彼に迫っていた。
「さあ、もうおしまい。」
カストルが上に視線を送る。すると宙から、何かが襲いかかってくるのが見えた。カストルは状況を全てを理解し、後ろに下がりながら小さく手を振った。ハインツも、その意味にようやく気がつく。しかしその気づきは、あまりにも遅すぎた。
「っ!マズい、避けきれな───」
ハインツの頭に、槍が突き刺さる。その槍は、些細な願いを共有した、かつて仲間だったもの。そしてその骸が、彼の身体に覆い被さる。
「そんなっ…。」
「なんたる…。」
サブロウも、ミルズも、王宮兵たちも、目の前の惨状にただ絶句するのみだった。唯一戦場と化した車両に響いたのは、仲間を失い絶望する、ロバーツの叫び、ただ一つ。