始まりの日 Side A
講堂での会議から一夜が明けた。これから王宮兵各班は、魔王軍の残党たちの討伐にあたる。5つの班が名を連ねたが、それぞれがどこに向かうのか、それは共有されていなかった。
「それぞれどこへ行くのか、しっかりと報告してもらうぞ。同じ場所になるのならば、共同戦線を組んでもらう方が効率的だからな。」
タリスカー中将と、副司令官のアラン大佐の元に、各班のリーダーが向かう。
「我々は怪物館に向かいます。四天王は居ないですが、ここも相当難所ですし、なにより一般市民が一番被害を受けやすい地域の近くです。」
「じゃ、じゃあ俺らのところと同じじゃないか…。一緒に戦うことにしましょう…。」
ゴーレムやゾンビがひしめく怪物館には、ハーパー大佐が率いるB班と、ほぼ一心同体とも言っていいクラウディア中佐が率いるD班が向かうことになった。あまりにも白々しく一緒になった、と言っているクラウディア中佐の事は、もはや誰も気に止めていなかった。もう今日から戦争なのだ、馴れ合いだの談合だの、もはや気にしている暇がないと形容するのが正解だったか。
「じゃあ俺らは、鏡の泉にでも行きますか。」
C班のロックス中佐は、鏡の泉を目指して進軍することにした。
「四天王のKF -882号が居る場所だな。本当にそれでいいんだな?」
「構いません。偵察班のカラマ中佐の報告では?彼はまだ再起不能状態との事でしたし、今でしたら十二聖団の3人も、そこまで苦にならないでしょう。」
ロックスがカラマ中佐の名前を出した時、何か嫌な目線が、タリスカーとアランに刺さったような気がした。
「…しっかりと考えているようだな、良かろう。他に行くものはいないか?」
残されたA班とE班は、首を横に振って意思表示する。
「ならば、C班は鏡の泉とな。合い承った。じゃあA班とE班は、それぞれ行き先を述べよ。」
サブロウとサエは、息を合わせながら行き先を告げる。
「「異風の森でお願いします。」」
「…ほう。」
タリスカー中将の表情が、薄らと笑みに変わっていく。それもそのはず、異風の森には、四天王と、十二聖団の幹部クラスが居るのだ。そんな所に自ら飛び込むとは…タリスカーの眼差しには、若干の尊敬の念が込められているようにも感じた。
「そなたらの覚悟、しかと受けとった。我々も全力で、君たちの班を支えることを約束しよう。」
タリスカーの力強い言葉が、サブロウとサエの背中を押したように思えた。幹部のひとりだから、という枠には収まらないような鼓舞を受けて、2人の背筋も自然と伸びる。そうだ、我々は戦地に行くのだと。もう、訓練はおしまいだ。
〜
その後2人は、王宮と同じ敷地にある、武器庫にある会議室へ戻った。そこには、各班のメンバーが座して待っていた。
「おかえりなさいませ、大佐。」
「待ってましたよ、サエさん」
丁寧にサブロウを出迎えるA班の一員と、気さくにサエを出迎えるE班の一員、ロバーツ。同じ王宮兵でも、仲間同士の距離感には差があった。2人は面々を前にして、今回の作戦を話し始めた。
「お待たせしました…。では、今回の作戦をお伝えします。我々は今回、異風の森にて奇襲作戦を仕掛けます。」
「作戦はこう。彼らが行動していない時間帯を見計らって、異風の森にある屋敷を強襲するの。そして、これがその屋敷の内部よ。」
黒板に屋敷の図面が貼り出される。広間に応接室、食堂に書斎など、設計用の図面のように、事細かに情報が書き込まれている。しかも恐ろしいのが、どの部屋に人が寝ているのかまで、詳細に書き込まれているということ。
「いや…なんでそこまで詳しく分かるんだよ。」
「恐ろしいっすね、王宮兵の偵察部隊…。」
ミルズとハインツがボソッと呟く。
「…コホン、話を続けましょう。屋敷には現在、最小人数しか居ないとされています。しかしその最小人数でも油断はいけません。なぜならそこに居るのは、四天王“風のシルフィア”、それを警護する十二聖団の3人。それが我々が相対する者たちです。」
「こんな魔王軍の上級幹部たちに、真正面から戦いを挑んでも、正直勝てるかどうかわからない。ならば私たちは、隙をついて強襲するしかないの。」
強気な言葉とは裏腹に、サエはなにやら不安そうにサブロウの方を見た。しかし、そこは王宮兵の大佐。サエに優しく微笑みかけてから、再び前を見据えて語り始める。
「我々A班は、この強襲の先鋒隊として、先陣を切ります。」
「…私たちE班は、そのA班のバックアップ部隊として立ち回ります!」
サエは胸を張って、作戦を班員に伝えた。サブロウの表情が、先ほどよりも柔らかくなったように感じたのは、気のせいでは無いはずだ。
「我々どちらかの班が欠けても、この作戦は成功しません。お互いの立場という垣根を越えて、魔王軍の残党を討つ。この目的に向かって、一丸となって邁進して行きましょう。」
「ヤマさんはあんたらに言ってるんだからね!バロンにハインツ、それとミルズも!目を離すとすぐどっか行っちゃうんだから…。」
サエが急に名指ししてくるので、呼ばれた3人は恥ずかしそうに、慌てて顔を逸らす。それを見たA班の面々も、E班の残り2人も、3人を見て可笑しいなと笑い合う。ただ1人、緑のオールバックの彼だけは、表情ひとつ変えることなく前を見続けていた。
「…ま、まあそれはさておき、A班と私たちE班、全員で力を合わせてこの作戦を成功させましょ!」
サエの一言に、全員が腕を上げて応える。表情を変えなかった彼も、その時だけは腕を上げてくれていたが、どうもサエの中では、さっきの表情が引っかかっていた。それはサブロウも一緒だったらしく、じっと彼と目線を交わしているようだった。
〜
「あいつが何者かって?」
「そうです、ミルズさんなら何かご存知かなって。」
ロバーツは移動する列車の中でも、隣のミルズに話しかけていた。話題は、真後ろの席でずっと静かにしている、緑のオールバックの彼の事。一切誰とも口を聞こうとしない、誰とも一緒になりたがらない。仕方なく列車内で隣になったA班の人も、同じ区画に座ることになった面々も、居心地の悪さからか別な席に移動してしまう始末。同じ王宮兵の中でも、彼は特に異質な空気を放っていた。
「でも、またなんでそんな事を?」
「それ、実は私も気になったのよ。彼、今日一日誰とも言葉を交わしてないの。これっておかしくないかしら?」
「…あんたはあんたでなんでこの席に来たんだよ。」
ミルズは正面の席に来たサエを一瞥しながら、半ば呆れたような声で尋ねる。するとサエは捲し立てるように、スラスラと文句を言い始める。
「しょうがないじゃない!そこは私の席だって言ってるのに、あいつらと来たら他のみんな集めて呑気にポーカーよ!?しかもサブロウさんも、『私も少々腕に覚えがありまして…』なんて言いながら混ざっちゃうし…!」
「…そのヤマさんの席ぶん取って戻れなくしてるのあんたなんだけどな。」
サエがキッとミルズの目を睨みつける。しかし効かないと言わんばかりに、ミルズは頭を掻きながら口を開く。しかし、いつもよりもその口は重いように感じた。
「…あいつの名前はコウスケ・シラス、階級はサエと同じ少佐。出身はヤマさんたちと同じ、東ジャポネ島。これでいいか?」
ミルズの口から出てくるのは、情報をただ羅列していっただけのようだった。サエはたまらず口を開く。
「あのねぇ…それは私も知ってるの!ロバーツくんだって知ってるくらいの情報じゃない。私たちが知りたいのは、なんであんなつんけんな態度なのかって事なの!」
「いやそう言われてもなぁ…、あいつだけ本当に情報がないんだよ。それこそヤマさんなら、もっと詳しいこと知ってるんじゃないのか?あいつの上官は常にヤマさんだったからな。」
ほとほと呆れながら、それならばとサエが席を立ったその時、もう1人が席に合流してきた。どうやら彼も、緑のオールバックの彼に耐えられなかった口だろう。
「あ、あの…この席、ご一緒してもいいですかっ…?」
オドオドしながら口を開く彼を、ロバーツとミルズはにこやかに出迎える。ただサエは、自らの動きを何か遮られたようで、決して気分は良くなかった。しかし彼も同じチームの一員、当然邪険にはできない。サエも取り繕ったような笑顔で出迎える。
「いいわよ。ほら、窓側どうぞ?」
「あっ、ありがとうございます…。」
男性にしては長髪、目も隠れて何を考えているのか…。その割に制服はある程度整えられていた。そこはやはり、王宮兵としての最低限の面子か。席に座ってからも、彼はおどおどしながら口を開く。
「僕…王宮兵になってから、あまり人と関わりを持てなくて…。」
「ふーん…そうか?ユウダイ・マツダ、あんたも出生は東ジャポネ島じゃないか。ヤマさんとかコウスケとか、同じ島出身の奴はいくらでも居るだろ?」
ユウダイはその2人の名前を聞いた途端に、ビクッと体を跳ねさせる。どうやら彼にとって、その2人はNGワードだったらしい。せっかく一度は開いてくれた彼の口も、再び固く閉ざしてしまう。結局全員が口を噤んでしまい、しばしの沈黙がその席を支配していた。その矢先、何やら向こうから楽しそうな声が飛んできた。
「うっわ!大佐容赦ないっすよ!」
「ここに来てストレートフラッシュって…!さっきまであんなに負けてたのをチャラにしちゃったよ!」
賑やかさではっきりとは聞き取れなかったが、おそらくバロンとハインツの声だろう。みんなまだやってたのか、という感情が去来していたサエだったが、ふとさっきのミルズの言葉を思い出す。
—ヤマさんなら、もっと詳しいこと知ってるんじゃないのか?あいつの上官は常にヤマさんだったからな。
そうか。郷に入ってはなんとやら、これも融和の一つよ。
「ふふふ。だから腕に覚えがあると言ったでしょう?さ、次のゲームといきましょうか?」
「待った。」
サブロウの前に、意気揚々とサエが現れる。彼女の表情には、何か腹を括ったような覚悟が滲み出ていた。
「そのポーカー、今度は私とサシでやりませんか?大佐。」
「…いいですね、人を喰うようなその眼差し。そんな眼で見られてしまっては、勝負を受けずは男が廃るという物…、いいでしょう。おかけください、お嬢さん?」
〜
「…それで、彼らは無事に出立したか。」
「はい。AからE班、3方向に分かれて残党の討伐へ向かいました。」
荘厳な作りのステンドグラス、高級仕上げの玉座。そして、その横を固める2人の護衛兵。その玉座の主人こそ、この国を統べる国王陛下だった。静かに、そして淡々と、陛下は報告に来た相手を労う。
「班分けは貴殿が担当したとな。あれだけの部隊を整えるには相当骨が折れただろう、ご苦労だったなタリスカー中将。引き続き、その辣腕を振るってくれたまえよ?君のような若い力は大切だからな…。」
「もったいないほどありがたきお言葉、感謝します。」
深く首を垂れるタリスカー。彼の国王への忠誠心は、人一倍強い。自らの実力を、王宮兵で一番だと信じて疑わない彼は、一足飛びで今の地位を築き上げた。その事は国王にも高く評価してもらった。
「それではこれにて、失礼致します。」
「あぁ、いい報告を期待しているよ。」
タリスカーは静かに玉座のある部屋から去ろうとする。しかし、王の一言が彼の足を止めた。王にとってみれば、それはただの発破だった。
「彼ら王宮兵は前途に溢れた者ばかりだ、そして何より、傑物揃いだ。もしも今の残党相手に勝てないならば、その時は…分かっておるな?」
タリスカーの両肩に、国の威信が全体重をかけてきた。しかしそれをものともせず、彼は静かに後ろ手で、玉座の間から出ていった。タリスカーの心臓は、確実に鼓動を早めていた。足取りさえも、外の鼓笛隊の曲調さえも。
「…タリスカー殿、特に焦った様子はありませんでしたね。」
警護兵となったアードがボソリと呟く。さすがにそこは中将か…。彼が感心していると、目の前には玉座に座っているはずの王が立っていた。本能が彼に問いかける、マズい、ヤバい、危ない。しかしそれらの本能の声が聞こえていたかのように、王は口を開く。
「ハッハッハッ…そう身構えるでないよ、今から昼食にすると伝えようとしただけだ。お主らもどうだ?君たちは今日、新たな任務に就いたのだ。ならば宴席でもって、もてなす事こそ、礼儀だとは思わないか、アードくん?」
その一言を聴くと、彼は安心した様子で、もう1人の警護兵であるベックにも声をかける。そう、今日は様々な始まりの日だ。魔王軍の残党を討伐し、世界を平和にする任務の始まりの日。国王陛下の隣で、身辺警護に当たる始まりの日。
───そして、この国に、数多くの混沌が訪れる、始まりの日。