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魔王軍討伐をもう1回

「ぐっ…なかなかやるじゃないか…、まさかここまで私を追い詰めるとはな…。」

「俺たちは負ける訳には行かないんだ…。お前達にやられたもんの分まで、絶対に勝つしかないんだ!」


大きな山の頂上に建つ魔王城の最上階、赤い覇気と黒い覇気がぶつかりあうのが見えるようだった。

ここに辿り着くまでの道中には、たくさんの苦難が待ち構えていた。当然どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。過去数多くの王国兵を送り込んだが効果は得られず。痺れを切らした国王陛下の命で勇者パーティが組まれるも、無惨にも魔王たちの前に散った。

しかしこの勇者は、このパーティは違った。あらゆる障壁を通過していき、今日この魔王城の最上階まで辿り着いたのである。


「さあ、これで終わりだ。決着付けようぜ。」

「ふっ、良かろう。かかって来い小童!」


勇者たちは最後の力を振り絞って、魔王へ突っ込んでいく。僧侶の詠唱で加護の力を得て、魔法使いの強化魔法で攻撃力を増幅させた。歴戦の剣士は剣の雨を頭上に降らせ、怯んだすきに勇者が、魔王に渾身の一撃を叩き込む


「これで終わりだ、魔王!!!」

「お、おのれぇぇぇ!!!」


勇者が魔王の顔面に、ありったけの想いを込めた拳をぶつけ、黒い覇気は霧散していった。そして魔王の身体が玉座に叩きつけられる。この世界を征服しようとした悪名高き魔王にしては、あまりにも呆気ない幕切れだった。魔王討伐の報せを聞き、即座に駆けつけた王国軍の兵士たちによって、魔王や城内に残っていた残党たちの身柄も捕らえられた。一部城内で抵抗する勢力もあったが、魔王討伐の事実を知ると、その場にへたれこむようにすぐ武装解除した。勇者たちはすぐに王都にある宮殿でへと向かい、魔王討伐を祝したパーティに参加していた。世界に平和が訪れた大きな喜びを噛み締めながら…。


「もう…行ってしまわれるのですな…勇者殿。」

「ああ。そろそろ"向こうの世界"へ戻らないとな!」


勇者たちは異世界からやってきていたのだ。異世界ではなんと学生だったらしい。勇者パーティの面々は、沢山の喝采に背中を押されながら、異世界へと通じる魔法陣に手を乗せた。去り際に王女が勇者に抱きついて、目を覆うほど熱い口付けをした時には、普段大らかな国王の顔がかなりの剣幕になっていたらしいが、それはまた別の話。そうして一悶着はあったものの、勇者たちは無事に異世界へと戻り、我々の住む世界に平和がもたらされたのである…。



「…って、ここまでを聞けばいい話だったなー、で終わるんだけどな。」


宮殿の書庫でゴブリンくらい大きなため息をつく、1人の男がいた。その隣にも1人資料をまじまじと見つめる青年がいた。青年は資料から目を離し、首を傾げる。


「え?」

「まあ確かに?魔王とその一派は壊滅的な被害を受けた。魔王と城内に居た四天王2人は確保されて、今はおとなしく牢屋の中だ。ただ今の国内、()()()()()()()んだよ…。」


ポカンとする青年に、男は真剣な表情で語り始めた。



この王国を救った英雄である勇者様、そしてその御一行様。あいつらも多分、何かしらの怪異みたいなもんじゃねぇかって俺は思ってる。もっと言えば、国王陛下が考えた「プロパガンダ」みたいな話なんじゃないかって思ってる。よくよく考えてみたら、あの強大な力を持った魔王を討伐するまで、あまりにも早すぎる。この王都を出て、魔王城があった街まで向かうのには、いくつかの難所があるんだ。


まずは異風の森。あそこに吹く風は、はっきり言ってまともじゃねぇ。灼熱のような風が吹いたと思ったら、今度は凍てつくような風。ある時はまともに呼吸が出来ないくらい異臭を放つ風、またある時は横向きじゃなくて上下に吹いて俺たちを翻弄する風。そしてあの風を操ってるのが、四天王の一角「風のシルフィア」。生半可な装備で戦おうもんなら、ひとたまりもねぇくらいやられちまう。そいつぶっ倒すのも含めて、普通に進めば3日くらいはかかるだろうな。


そして次に怪物館。四天王こそあそこにはいなかったが、館の中には次の関所で必要な通行手形みたいなのがある。ただしその館の中にも、外にも、おびただしい数の化け物が生息してる。スライム、ゴーレム、ゾンビ、人喰い玉手箱、しまいには実体の無いゴーストだ。フル装備を決め込んだあの王国兵をもってして、1週間近くあの辺を抜けられなかった。


クライマックスは鏡の泉。あそこには四天王のDF-882号がいた。いわゆる機械人間、かなんかだろうな。あそこに住んでた女神すらも、あの魔王たちの手に堕ちてたんだ。泉の近くには、女神の力の恩恵に預かってた小さな村があった。最初は体力を回復してくれて、刃こぼれした剣を直してくれたり、これから戦いに挑む為の装備を整えられる最終地点みたいなもんだったんだ。ただそこにみんなで居続けてると、いつの間にか1人、また1人って姿が消えていくんだ。そして最後に女神がこういうんだ。


「さあ、貴方にも”死”という名の救済を…。」


…今思い出しただけでもゾッとするぜ。てなわけで、あの泉を無視して行こうとすると、装備がなくなったり弱まってて、最期は魔王城の主とその臣下達にやられてちゃんちゃん、って訳さ。迂回する事も出来ない訳じゃないんだが、結局魔王の取り巻きである四天王共をあの道中、全部通ったっていう形跡がねぇんだ。


いや、形跡がねぇというか、そこを通ってるはずなのに、四天王も化け物たちもなぜか生き残ってるって事だ。現に怪物館にはまだモンスターはうじゃうじゃいるし、鏡の泉に住んでる女神は、未だに洗脳されてて人を襲い続けてる。村の住人も洗脳して利用してるって噂だからな、すげぇタチが悪い。


そもそもな、あの勇者が住んでる”異世界”っつーのはなんだ?普通に考えたらそんなの信じられる訳ねぇだろ。去り際魔法陣に手をかざして姿を消したって話だが、あれもよく意味が分からねぇ。あんな魔法が使えるんなら、うちにいる魔法使いは頻繁に向こうの世界とやらとこっちを行き来してなきゃ不自然だろうに、あいつに訊いたらそんなことはねぇって話じゃねぇか。じゃあ何か、一方通行ってか?それもよく分からん。


そして1番不可解な点、それは”魔王を生け捕りにして地下牢獄に閉じ込めてる”って事だ。なぜあんなに強大な力を持ってた魔王を、あいつらは未だに生かしてるんだ?普通に考えたらおかしいじゃねぇか。それに手下の四天王だって、半分は魔王城で捕らえられても、もう半分はまだこの国のどこかに逃げ回ってるって話らしい。


あまりに早すぎる勇者の進み方、不可解に倒されなかった魔物達、異世界から来た勇者と、未だに生かされてる魔王ども…。これらの事実を並べていろいろ考えてみたが、何がなんだか、反対にさっぱりだよ。一体どうなってやがるんだ…?



「…とまあこんな具合に、おかしな点がたくさんあるんだ。これでもまだ、この国は平和って言えるのか?」


男はさっきと同じくらい深いため息をつく。その表情から滲み出ているのは、いくばくの焦りだった。青年はまっすぐ男の目を見ながらこう尋ねる。


「もしかして、午後の会議ってそれに関してのお話ですか?」


男は一瞬目を見開く。安堵に似た表情を浮かべたかと思えば、少し目を瞑り考え込んだのち、こう切りかえす。


「まあ…多分そう考えていいだろう。きっと俺らに仕事が回ってきそうだぜ?俺たちは勇者様が残したあの魔物どもに、果ては四天王たちまで、お片付けしなきゃいけないらしい。」

「その前に…君たちにはやらなければいけない事があるんじゃないか?」


二人の会話に割って入ってきたのは、2人が所属する部隊を指揮しているサエ少佐だった。隊内では有名な”熱烈な勇者シンパ”らしい。


「げ、少佐。いつの間に俺らの会話聞いてたんすか…。」


突然の登場に焦る男。サエ少佐はその男を鋭い眼光で睨みつける、まるでカエルを睨むヘビだ。


「君たちはいつまで書庫の整理に時間をかけているのかと思えば、呑気に座って読書か。全く、指導する私の立場も少しは考えなさいな。」


呆れたような、明らかに怒気を帯びた口調で、サエ少佐は2人をたしなめる。切っ先のような鋭い眼差しは、男から青年に移る。


「ロバーツ、君はあんな奴になるんじゃないぞ。いつまで勇者様に疑いの目を向けているのだあいつは…。それとミルズ。お前はもう少し、今の自分の立場というものを弁えてだな…。」


いつの間にか追求の相手は、ミルズという男に移っていた。ロバーツはさっきの話を頭の中で輪唱させる。あの勇者について、そしてこの世界の実情について。自分の頭でしっかりと、今聞いた話を噛み砕きながら整理していく。そうこうしているうちに、全員で書庫の整理という本題に戻る。自分の背丈の何倍もあるような本棚一つ整理するだけでも、尋常ではない労力である。今日は一つだけだったが、これが何十個、いや何百個という単位であると思うと、あまりにも気が遠くなってくる。



しばらく整理を続けていると、休憩を知らせる鐘が鳴る。ぞろぞろと昼飯を食べに向かう群れの中に、さっき話していたミルズは居なかった。


「…行かないんですか?」


ついロバーツは足を止めてまで、ミルズに声をかけてしまった。とある書物をじっくり読んでいたミルズは、驚いたような表情を浮かべながら笑いかける。


「ははっ、そういうあんたこそ。」


分厚く、比較的新しそうな書物へすぐ目線を戻す彼だったが、ロバーツは構わず話を続ける。


「私はその…最近入りたてなもので…。なかなか輪に入れないというか。」

「いや、だったらそれこそみんなのところ行けし…。」


ミルズがぐうの音も出ないような正論を叩きつけながら、ロバーツをなじる。ただ、ロバーツは言いにくそうに口を開く。


「ですが…、かなり派閥意識が強いといいますか…。なんか、あの空気になじめる気がしなくて…。」

「あぁ…そういうこと…。確かに入りたてのお前さんにとっては、あの空間はきつかったか。」


うつむくロバーツを尻目に、ミルズはしれっと言いのける。


「どうも俺たち王宮兵は、どうしても出身だとか、どういう過程で王国兵から王宮兵になったのか。そういうのをどうしても気にしたがる。」


ミルズが吐き捨てるように、王宮兵たちの現状を嘆く。


「特に幅効かせてるのが、今だとスコール街出身の連中だったな。あそこには最大の士官学校があるし、本来ある意味では当然なんだが。そこ出身の奴らも層が厚い。前線張り続けてきたアラン大佐に、偵察班のカラマ、警護兵のアードとベックの3中佐。そしてそれらのトップに君臨しているのが…、今の王宮兵指揮官、タリスカー中将だ。」


タリスカー中将。彼は最前線で、勇者パーティと共に魔王一派と戦ったとされている、軍内部でも五本の指に入る実力者だ。勇者去りし今、彼はその実力と実績を笠に、過去最速に匹敵する速度で、今の中将まで上り詰めた。


「そしてその次が…一応俺もそこ出身なんだが、北アッシュ地方の奴らだ。こっちにも士官学校があるし、軍事施設もそれなりの規模感で置かれている。育成の土壌は幸運にも整ってるよな。今うちらの頭張ってる存在は…多分ロックスさんかなぁ。あ、あの人もカラマとかと一緒の中佐だぜ。」


話を聴きながら、ミルズの情報量の多さに舌を巻いていたロバーツだったが、とうとう腹の虫が限界を訴えだした。つられたのか、ミルズの腹の虫も、とうとうお怒りのようだった。


「…食堂行くか?」

「…いいですか?」


恥ずかしそうに笑いあうと、二人は書庫室を出た。そして、話の続きを始める。


「そうそう、さっきの続きだがね。今までなら王国兵からこの王宮兵になる人間といえば、スコール街か北アッシュ地方の面々ばっかりだったんだよ。そこに風穴を開けたのが、アメリケーヌ街の連中と、カナリア半島の連中さ。特にアメリケーヌ街は、国内屈指の金融街だっただろ?軍事施設は確かに少なくとも、軍の家計簿的なのを掌握している、といっても過言じゃない。現に今頭張ってるようなハーパー大佐は、戦場よりも裏側で相当な辣腕を振るったから、今の立場があるようなもんだ。その結果今は部下のジャック少佐と、かなーりよろしくやってるようけどな。そのおこぼれを頂戴しているのが、隣合わせの地域にあたる、カナリア半島の連中ってわけさ。クラウディア中佐は肩書きこそ中佐だが、正直実力を見た時、あいつは少佐ですら怪しい…。ぶっちゃけアメリケーヌ街の連中に、いくら払ったんだか…。」


オーバーに呆れながら、ミルズが各出身地の話をしていると、向こうから一人の男が歩いてくるのが見えた。かなりしっかり、支給されている軍服を着こなしているようだった。キラキラ輝いて見えたのは、数多くの勲章だろう。


「お、ミルズじゃないか。今から飯ってことは、さてはまたサエにでも絞られたか?」

「あれ、ヤマさんじゃないっすか!いや、今日はまだ絞られてません!」


相当仲良く話しているこの二人、きっと同じ地域なんだろうか。そんなことをロバーツが思っていると、”ヤマさん”と呼ばれていた男がこちらに気が付き、唐突に話しかけてくる。


「ん…あぁ!君が例のロバーツ君ですか!あぁ、一度お話ししたかったんですよ。お会いできてよかったです。」


社交辞令のようなセリフ、ただそれでいて、何か内に秘めた興奮を隠せていないような。そんな言葉を受け取りながら、ロバーツはしどろもどろになっていると、ミルズが助け船を出す。


「あっ…ヤマさんすんません、今から俺ら食堂の残り物全部かっさらってかなきゃなんすよ。ここらへんで行かせてくださいな。」

「むぅ…仕方あるまい、また今度じっくりとお話しましょう。いいウイスキーが、最近入りましたからね。」


名残惜しそうに、しかしにこやかに、ロバーツから離れる”ヤマさん”。足早にその場を立ち去り、食堂へ急ぎ移動する二人だったが、ミルズの表情はさっきより少し柔らかかった。


「…あの、さっきの方って?」

「あぁ、”ヤマさん”の事?あの人は王宮兵大佐、サブロウ・ヤマザキ。昔直属の上官だった時代があってな、今もああして話したりするのさ。ただまあ、名前が長いから基本的にはヤマさんって呼んでる。」


言われてみれば、やたら長い名前だな…と思っていたロバーツに、ミルズは話を続ける。


「ヤマさんがまさしくそうなんだけど、最近の王宮兵で、アメリケーヌ街出身者とカナリア半島出身者くらい台頭してきた勢力がある。それが、東ジャポネ島の連中だ。」

「東ジャポネ島…。」

「あぁ。あそこは地理的に、他の国との対立も激しい。だからこそ最新鋭の軍艦が来てみたり、大きな軍事要塞とかを造ってきた。そうして最先端の技術と、昔からの戦闘スタイルとが混じりあって鍛え上げられた連中こそが、今の東ジャポネ島の出身者だ。」


スコール街、北アッシュ地方、アメリケーヌ街にカナリア半島、そして、東ジャポネ島。この国に住んでいる人間ならば、人生で二度三度、いや何回も聞くであろう場所ばかり。軍事的にも、経済的にも潤った場所から、ここに人は集まってくる。ふと、ロバーツはある疑問を抱く。


「でもどうして、この5つの地域の面々ばかりが重用されるんでしょうか?」

「あぁ、その事か。軍の上の方が変われば、その時代ごとに重用される者たちは変わる。現に今じゃ多数派のスコール街出身者だって、元々は冷飯を食わされるような状況だったんだ。」


食堂に着いても、ミルズは話を続ける。


「俺たち王宮兵は、いわばエリートだ。真に優秀な兵士、優秀な頭脳を持つ者こそが、この国の最重要部分を守らなきゃいけない。だから出自ってのは、いつもの任務には関係ないんじゃないか?」


ロバーツが次に質問しようとした事を制するように、ミルズは持論をぶつけた。あの人はどこの地域だから、とは決して言ってはならない。これは、王宮兵になる時に交わす誓約の一つ。ただし、それらの形のない規則のようなものは、いつしかどんな組織でも形骸化されてしまう。自らの発言を少し悔いながら、食堂の受付まで来た2人。


「そうですね、そう考えることにします。ところで、ミルズさんは残り物全部、本当に行っちゃうんですか?」

「…お前もしかして、冗談通じないタイプって言われないか?」



「諸君、今日も職務の遂行、ご苦労である。」


午後、講堂に集められた兵士たちを前に、1人の男が壇上から呼びかける。階級を表すバッチや星、さまざまな勲章は、覗き込めば鏡になりそうくらい、ピカピカに磨き上げられていた。


「さっそくだが、今日君たちへ伝えるのは、以前から話していた魔王軍の残党討伐のことだ。」


討伐。その単語を聴いた瞬間、全員の背筋が一気に伸びたように感じた。


「この国に住む人々が、平和に過ごしていく為に、我々は粉骨砕身戦わなければならない!その覚悟がない貧弱者は、この中に居らん!そうだろう?」


壇上からの問いかけに対して、兵士たちはそれぞれ腕を上げたり声を張り上げるなどして、自らの意思を示していた。ある程度分かりきっていた共通認識を合わせた所で、壇上の男は満足そうな表情を浮かべながら、再び語り始める。その間にロバーツとミルズがヒソヒソ話し始める。


「あの壇上に居るのが、さっき話してたタリスカー中将、スコール街のドンとまで言われてる男だ。」

「中将…だからあんなに貫禄が…。」


確かに存在感のある風体をしていた。銀髪で筋骨隆々の身体に、ナイフのように切れる目。中将という威厳を感じさせる、特別な装飾が施された軍服。誰がどう見たって、この人は只者ではないと感じるだろう。


「これより、各員を5つの部隊に編成する。今後はその部隊で行動し、それぞれで決めた残党たちと戦ってもらう。当然共同戦線を作るのもありだ。ただし、よほどのことがない限りは、5つの部隊そのものの編成を変えることはないからそのつもりで。」


タリスカーの眼光が、一段と強く光る。彼の口から名前を呼ばれる者たちは、これから魔王軍の残党たちと戦争をするのだ。もう二度と、その顔を見ることはないかもしれない。そんな気持ちからか、彼は全員の顔を、その目に焼き付けようとした。志を共にする仲間の顔を、忘れまいとする為に。


「まずはA班。リーダーは、サブロウ・ヤマザキ大佐。メンバーは、コウスケ・シラス、トシキ…」

「…やっぱりか。」


難しい表情をしながら、ミルズは読み上げられる名前を聴いていた。


「やっぱり?」

「そう。さっき話した5つの地域、おそらくそこの実力者が、今回各チームのリーダーだ。」

「続いてB班、リーダーはハーパー大佐だ。メンバーは…」


ミルズは見たか?と言わんばかりに、さっきと打って変わってニヤリと笑って見せた。そうして次々に、各班のリーダーとメンバーが淡々と読み上げられる。C班は、ミルズと同じ北アッシュ地方出身のロックス中佐がリーダーとなり、D班は、カナリア半島出身のクラウディア中佐がリーダーとなった。クラウディアはやはり裏で何かしら繋がっているのであろうか、B班のハーパー大佐へ、軽く会釈をするような仕草が見られた。


「さあ、最後のE班だ。俺の上に立つのはアランか、カラマか、それ以外か…」

「誰でもいいけど…怖い人じゃなきゃ…誰でも…!」


まだこの2人は、班の割り振りで名前を呼ばれていなかった。他にも呼ばれていない面々が居る、当然その者達が同じ班として共に戦う事になる訳だが。


「最後はE班、リーダーは…」


視線を集めていたのは、アラン大佐に、カラマとアード、そしてベック、いわゆる3中佐。そして、今講堂の壇上にいるのは、スコール街出身のタリスカー中将。ならば、未だに呼ばれていないスコール街の実力者が、この班のリーダーになる、そうに決まってる。誰もがその可能性を、信じて疑わなかった。


「リーダーは…サエ少佐!君に任せる!」


しかしその想像を打ち砕くかのように、実際に名前を呼ばれたのは、さっき書庫の整理で2人が話をしていた、あのサエ少佐。驚いたロバーツが恐る恐るミルズの顔を見ようとしたが、ミルズはもはや呆然としていた。


「E班のメンバーを読み上げる。ロバーツ、ミルズ、ユウダイ・マツダ、ハインツ、そしてバロン。君たち6人ならば、なんの問題もなく戦うことが出来よう。」

「ち、ちょっと待ってくれ!」


タリスカーの鼓舞を遮るように、ミルズは思わず立ち上がって捲し立てるように問いただす。


「サエはまだリーダーはおろか、副リーダーとしての経験すら浅い!俺たちの相手は魔王軍の残党なんだろ!?そんな未熟な奴に、俺らは背中を預けろって言うのかよ!?」

「ミルズ…あんたねぇ…!」


ミルズが珍しく感情を表に出しながら、タリスカーへ詰め寄ると同時に、サエもその言葉が琴線に触れたのか、思わず立ち上がってミルズの方へ駆け出す。


「ええい、静まらんか!」


タリスカーが壇上から、今日1番の大きさで声を張る。一瞬にして講堂が静かになる。


「後進を育てるのも上司の努め。お前達だって初めての経験は、今まで生きてきて必ずしてきたではないか。初めてリーダーをやるサエの至らぬ点を、自らで補ってやろうという気概が、お前達には無いのか!」


タリスカーの一言が、堂内の全員に重くのしかかる。確かに彼の言う通りだろう。ただ、これから全員で戦おうとしているのは、かの魔王軍の残党。そう容易く倒せるようなものではない。そこでリーダーの素質とやらを問うミルズも、それはそれで彼の言う通りだった。


「…まあ良い。E班は今述べた通りのメンバーで戦ってもらう。よほど相性が悪いなどの都合が無ければ、面々は変えないのでそのつもりで。」


タリスカーは再び壇上から、残りの面々に司令を下した。各班に入らなかった、アランは副司令官、カラマは偵察班のトップに、アードとベックの2人は王宮内にて国王の警護を行うとしてこの会は結ばれた。



「あいつ結局タリスカーさんに呼ばれてるじゃない…。全く…。」


班ごとの会議を終え、各自宿舎に戻っていた道中、サエは呆れながらミルズの心配をする。ぶつぶつ何かを呟きながら、宿舎へ歩く様子を見ていたロバーツが、恐る恐る話しかけた。


「あの…サ、サエさん…、その、ロバーツさんの事、心配なんですね…?」

「なっ!?そ、そういうわけじゃないわよ!」


典型的なツンデレのツンの部分、と言われても仕方ない言い方でサエはロバーツに返事をする。そのままサエは、彼との今までの足跡を話してくれた。


「確かにあいつ、本当に頭だけは切れるのよ。バディとして組んでた頃なんて、作戦は全部考えるから、それに沿ってサエは自由に動きなさいって。よくそんなこと言えるわよね、しかもそれで全部勝っちゃうんだもの。あいつがブレーンとして相当優秀なのは、悔しいけど認める。だけど!だけど…、どうして勇者様の事はかたくなに認めようとしないのかしら…。」


サエは熱狂的とも言える、勇者のシンパだった。そのため勇者の文句が少しでも聞こえてくると、誰彼構わず飛んでいってしまう。サエは文句をぶつぶつ言いながら、一緒に宿舎の方へ歩いて行く。そして弱々しい声で、彼女はまた話を始めた。


「正直言って、ミルズの言うことも一理ある。これから私たちは、魔王軍の残党なんてとてつもない勢力と戦うことになるんだから。私はまだまだ未熟者だから、リーダーって言われても自信がない。あなた達だって、あの場で口に出さないだけで、私がリーダーって不安よね。でも私、なんとかして、精一杯頑張るわ。だから…私に力を貸してほしいの。」


サエは右手を差し出しながら、ロバーツに微笑みかける。それはまるで、慈愛に満ちた聖母のような、優しい温和な表情だった。


「もちろんですよ、サエ少佐。私に出来ることだったらなんでもします!」

「あら、なんて頼もしいの?よろしくね、ロバーツくん♪」


あれ…?サエさんって結構優しい人なのでは?なんてことを考えながら、ロバーツはサエと一緒に歩き始めるが、ロバーツはとある違和感に気がつく。その正体は、すぐ真正面の2人組の風体でわかった。前の2人は、どちらも”男”だった。


「あの…サエさん?女性の宿舎は向こうですよ?」

「…う、うるさいわねっ!たまたま間違えただけなのっ!」


顔を真っ赤にしながら、サエは踵を返して女性棟の方へ戻っていく。なんだったんだろう…、とロバーツが呆気にとられていると、代わりと言わんばかりに、後ろから陽気な2人組が現れる。


「おー?サエさんひっかけようとでもしたかー?」

「やめときなー、お前さんじゃサエさん口説き落とすなんて、結構厳しいぜ!」

「そんなわけないだろうがバロン…!それにハインツ先輩も茶化さないでください!というか、もうちょっと小さい声で話せません!?聞こえちゃいますって!」


彼らは王宮兵として同期のバロンと、かつて同じ隊で強化訓練を共にしたハインツだった。バロンは同期でも1歩先を行っていたので、階級は1つ上の中尉。そしてハインツは2つ上の大尉。階級に差はあれど、普段話している距離感は、他のメンバーに比べれば格段に近い。それにはちゃんと、理由があるのだ。


「おいおい!何水臭いこと言ってんだよ!俺たち、同盟結んだだろ?」

「そうだぜ。5つの地域から来たあいつらと、一線を画すようになるって決めたろ?その為には、俺たちが仲良くなきゃ始まらないんだぜ?」


ロバーツや彼らは、いわゆる有名な5つの地域と呼ばれるところの出身ではない。何か後ろ盾になるような人望も、同じ地域出身という仲間も、決して多いわけではない。だからこそ、寄り合いでもいい。何か一つになれる存在があったらいい。そういう気持ちが折り重なった結果、彼らはよく一緒に行動することが多かった。


「だからってさぁ…!サエさんが聞いてたらどうすんのさ!」

「平気だろ?あの人抜けてるところがあったりするし、今のも聞こえてねぇって思おうぜ?なあバロン?」

「そうだよロバーツ、心配しすぎ!」


そこには、住んでいる地域も、年齢も、上下関係も関係なかった。ただ“仲良くありたい”という気持ちだけが、彼らを一つにまとめていた。


「全く…、とりあえず部屋戻りましょう?」

「あいよーロバーツさん、あいかわらず固いですねぇ?」

「全くよねぇ?ロバーツさんったら…。」


やれやれと呆れるロバーツも、茶化していた2人も、なんだかんだ表情が柔らかかった。それはやはり、同じ仲間であるという心情が、3人の顔を明るく照らしていたのだ。その後部屋に戻ったそれぞれが、何かをしている時にふと、揃って呟く。明日から始まる、魔王軍の残党たちとの戦い。その戦火の中で、彼らは生きていくのだから、些細な願いを口にしたって、誰も咎めたりはしないだろう。

─あぁ、明日もまた一緒に、笑っていられるといいなぁ。

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