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ある冬の放課後

 それは、2月に入ってすぐの放課後。学級委員の佐藤千紗と菊池亮介は、委員会を終えて、オレンジ色の西日が差し込む廊下を歩いていた。

 菊池が前を歩いていて、千紗は少し後ろを歩く。別に二人は仲が悪い訳ではない。これが中二の距離感ってものなのだ。


「ねえ、菊池。明日の報告は、菊池の番だからね。忘れないでよ」

千紗が、菊池の背中に向かって声をかけた。

「え、そうだったっけ?」

菊池が立ち止まって振り返る。

「そうだよ。前回はあたしがやったじゃない」

「あれ? そうだったっけ? 俺じゃなかったっけ?」

「あたしだってば。忘れんなよ、もう」

「うっそ。俺、今回は違うと思って、話、あんま、聞いてなかった。何を報告すればいいんだっけ」

「球技大会だよ、球技大会」

「あ、そうだ、そうだった。で、具体的には、何を報告すればいいんだっけ」

「もう、あんたさぁ」

 菊池がわざらしくと首をかしげて見せるので、千紗は思わず笑ってしまう。

「まあ、いいや。このノートに書いてあることを・・・」

 千紗が作った議事録のノートを挟んで二人が相談していると、

「亮介!」

と、声がかかった。


 顔を上げなくても、千紗にはその声の主がわかる。

 鮎川さやかだ。黒目勝ちの大きな瞳、華奢な手足、女の子らしい身のこなし、それでいて俊足とくる。すべて、千紗にはないものだ。その上、さやかは菊池と一緒に学校から帰ったことがあるのだ。そんな事、きっと千紗には、永遠に訪れないだろうけれど。


 千紗はノートを閉じると、すっと菊池から離れた。さやかとは秋頃に色々あって、と言うか、千紗が席替えの件で、理不尽にさやかを怒ってしまい、その怒りの勢いがすごすぎて、彼女を泣かせてしまった、と言う過去があって、二人の間は、未だに少しぎくしゃくしている。というより、あれ以来、千紗の方が、ぎくしゃくしている。

 そして、正直に言ってしまえば、千紗は、あれ以来、さやかと彼女の仲良し達が怖い。だから、彼女たちが現れると、基本、気配をできる限り消す。特に、菊池が絡む時は、透明度を上げる。


 そんな千紗のごちゃごちゃした思いなど知るよしもなく、さやかは子鹿のような軽やかな足取りで千紗の脇を通り過ぎると、仲良しの景山唯と安達美里と三人で、菊池を取り囲んだ。

「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」


 それだけ言うと、さやかはなぜか急に、視線を落として言いよどんだ。肩の辺りでぷつんと切られた黒髪がさらさらと揺れ、頬がほんのり赤く染まる。それは、華奢で可愛らしい彼女を儚げに見せて、これを目の当たりにして、心が揺れない男子っているだろうか、と、千紗は考えた。

 沈黙に緊張感が増してきても、さやかは、なかなか次の言葉を言い出せない。

遂に、しびれを切らせた安達美里が、ほら、と言うように、さやかを少し前に促した。ぴょんっと一足前に出たさやかは、やっと続きを話し出した。

「ええっと、ええっと、亮介って、ミルクチョコとブラックチョコなら、どっちが好き?」

「え? は? チョコ?」

菊池が、目を白黒させている。

「うん。チョコ」

「そうだな、その~、ミルクチョコかな」

「あ、そうなんだ。ふうん。わかった」

さやかは、ふっくらと笑うと、

「さっちゃん、邪魔しちゃってごめんね」

と、廊下の隅に退き、壁と同化していた千紗に一声掛けると、クスクス笑いながら、仲良し二人と共に、長い廊下を走り去っていった。後には、ほんのり花のような甘い香りが残った。



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