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第8話


私は廃屋へ飛び込みながら叫んでいた。

そこには、床に倒れ込むように横たわった中年女性がいた。痩せこけた体に、ぼろぼろのシャツ。すぐそばにゴーグル型のヘッドマウントディスプレイが転がっている。

「……ごほ……っ。誰……」

咳き込む彼女を、先輩があわてて支える。私はバッグをまさぐり、『汎用的』だと確認しておいた痛み止めと抗生物質を取り出して、水と一緒に飲ませた。

「大丈夫、飲んでください。少しはマシになるはず」

彼女は弱々しく身を起こそうとするが、震えてすぐバランスを崩す。

「……誰……ありがとう……配信……途中で……ああ……」

目がとろんとしている。先輩が廃屋の周囲を警戒しつつ、ぎしぎし言うドアを閉めた。彼女は朦朧としているが、薬が回り始めたのか、すぐに眠りに落ちていった。


それからしばらく、私たちは廃屋の中を片づけて、できる限り清潔な環境を整えた。彼女が倒れ込んでいたまわりに、発電装置やトラッカーや名前の知らない機材が雑然と散らばっていた。ガタガタの机の上には、配信中に使っていたらしいPC。先輩は、それを大切そうに触れながら復旧しておいた。

「……いったん眠ってくれてよかったですね」

私は手持ちの毛布を彼女にかけながら言う。

「くじいた」と語られた足は、異常に腫れ上がり化膿していた。

先輩は、唇を噛んで小さくうなずいた。

「かなり限界だったんだろうな。この人が『中の人』か……」

「……あの状態で、ここまで続けるなんて」

私と先輩は廃屋の窓から外をうかがい、ドローンの巡回を交互に警戒した。


数時間後、彼女は微かな声とともにまぶたを開いた。

まだ視線が定まらないようだが、吐息はさっきより落ち着いている。

上身体を起こそうとするのを、私と先輩があわてて両側から支えた。

「……あなたたちは……?」

「私たちは、あなたの配信を観てたんです。ずっと元気もらってて。でも、あなたが危なそうに見えたから――」

私がそう言うと、彼女は目を大きく見開いた。

「ミア……の視聴者?……まさか来る人がいるなんて……」

「はい……痛みはどうですか?」

「うん……だいぶ楽になった。薬、飲ませてくれたんだね。ありがとう……でも、うつるかもしれない。近くに来ない方が――」

そう言いながら、彼女は自分の汚れた服を気にするように胸元を押さえた。

先輩は、彼女の言葉を遮るように首を振った。

「大丈夫です、空気や飛沫や接触からは、うつりません。調べました」

先輩は、彼女が寝ているうち病気の分析を終えていた。予想通り、『あれ』が起こったときに某国研究所から広がった、傷口から感染するけど破傷風でも壊疽でもない新病だった。

感染させる危険がないことを知った彼女の表情には、少しだけ安堵が浮かんでいた。

先輩がちらりと私を見る。何か言いたげだ。私は言葉にならないまま彼女を見た。彼女が意を決したように弱々しく笑った。

「……もうバレてるよね。『VTuber空名ミア』は、本当はこんなオバサンでしたーって……悪い冗談だよね」

「そんなことないっ」

「驚いたでしょ……うん、いいの……あたし、本当は『空名ミア』なんてキャラじゃない。名前はモリタサトコ……ただの痛い中年女」

彼女は私の渡した栄養補給のゼリーを、申し訳なさそうにひと口ずつゆっくりと口にする。少し体力が戻ってきたのか、声にわずかながら強さが宿った。

私と先輩は、ゆっくりと自己紹介を行い、自分たちが遠く離れた地下シェルターから来たことを説明した。

「ありがとうございます。あなたに、会って言いたかった。あなたがいなかったら、あのシェルターは酷い場所になってた」

「……ありがとう。あたしは……何から話せばいいかな……あたしには弟がいたんだ……弟はVTuberが好きでね。特に好きだったのが、駆け出しの空名ミアってVTuber」

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