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第4話



「くそ、思ったより見つかんねーな」

先輩がコンクリ片を放り投げる。足元には割れたタイルやガラスが散乱していて、踏むたび不穏な音がした。

私たちは、夜の闇に紛れて地上に出て、ビルの廃墟に『遠征』していた。狙いは、サーバの修理に使うケーブル。場所を変えながら、手あたり次第、SMFだかMMFだかと先輩が呼ぶケーブルを探してる。シャルターに残った、この地域で数少ないサーバは先輩がメンテナンスしてた。


「さっきの配信もよかったっすね」

手を動かしながら、私は話を振る。

「やっぱ空名ミア、人間かもな」

ふっと先輩は言った。煤けた顔が緩んでいた。

「だから言ってるじゃないすか!」

私は胸を張った。「でもマジで一人だったとしたら、大丈夫かな。気のせいかもだけど、最近たまにキツそうに見えるんすよね」

「この世界でキツそうに見えない奴はウソだろ」

「そういう意味じゃなくて! まあ先輩みたいな機微を察知できないキャラは分かんないか」

「いつもどっかの拗らせ女子の機嫌、察知してやってんだけどなあ……」


私はコンクリ片をのけて、それらしいケーブルを見つけた。

「おっ、これ使えそうじゃないっすか?」

放り投げたケーブルを先輩は受け取り、目を細めた。

「まあこれでいっか」

私は瓦礫の奥からケーブルを引っ張りあげる。

「痛っ!」

ガラスの破片が飛び出していた。腕についた傷から、思ったより多くの血が滴った。

先輩が、あわてて念入りに消毒液をかけ、包帯を巻いてくれる。力任せだが、手際がよかった。

「鈍臭いなお前、座ってろ」

私は瓦礫の小山に座って、他にめぼしい収穫がないか周囲を見渡した。自衛隊の補給トラックでも横転してないかな。

「なんかここ、ミアの廃墟MV第9弾に出てきたとこっぽいすね」

「そうか?」

「ほら、こう手を上下に振ってシュールに踊るやつあったじゃないですか。背景にこういうタイルの瓦礫映ってた気が」

「あの慣れると妙に癖になるやつか。んー、そうだったか?」

「先輩言ったじゃないすか、ミアが心配ならいる場所のヒント探せって」

「微妙に俺が言ったのと違うし、俺はそんなウェットには言わねえよ。探してんなら、お前がヒント覚えとけば」


先輩は空を見やった。曇り空越しの朝焼けの中に、数台のドローンが周回しているのが見えた。

「そろそろ明るくなってくる。カメラに映るとやっかいだ、が、……こっちにまるで気付いてないな」

先輩はノートPCを開き、「ファイヤーウォールが」「チャンス」「これだと痕跡残るか」「デプローイ」とか何とかぶつぶつと言ったかと思うと、高速タイピングを始めた。ぱっと見ヤバい人だった。こういうときの先輩の目は、ただでさえ細い目が、もっと鋭くなる。おしゃべりで紛れていた腕の痛みが不意にぶり返してきた。先輩はちらっと私の顔を見てPCを閉じた。

帰り道、先輩はドローンの軌道らしきものが映る画面をチェックしながら、ときどき足を止めたり、わざと変な路地を選んだりした。標識が全部破壊されているうえ、そうやってドローンにも気をつけたりするから、シェルターに帰るのは一苦労だった。



「じゃあ次の質問! そら民ネーム『先輩の後輩』さんから。

『ずばり、ミアちゃんはどこにいるんですか? キタカントウ内ですよね?』


んー……たぶんキタカントウではあるけど。実はしょっちゅう移動してるんだよね。前にさ、ドローンに顔とか身体とか学習されちゃったみたいで、追われるから場所変えてんの。

というわけで、今いるここ、どこ? あははは。

まあ、ドローン追いかけられたときちょっと足くじいちゃったんで、しばらくはここで休むつもり。『大丈夫?』ってチャットいっぱい来てるね、ありがと。

ぶっちゃけ痛いけど大丈夫! 

配信は休まないよ、視聴者増えてるしね。こんな世界なのにすごくね?

じゃあ次の質問に行ってみあ〜!」



「ほんとミアって突き抜けてるよな」

先輩がぽつりと言った。

「いい意味で、ですよね」

私と先輩はいつものようにPCを開いていた。PCの蓋にあるリンゴのマークには焦げた跡があって、それがまるで焼きリンゴみたいに見える。

「ミアちゃんに薬、あげられないかな。あの痛み止め効いたっすよ」

 私は、ほとんど治った右腕の傷跡をさすりながら言う。

「ここ数日、なんか顔色わるいような気がするんすよ」

「なんで3Dアバターで顔色がわかるんだよ」

「私には分かるっす、先輩。毎日観てる私には分かるっす」

「相手が見せてないものまで見ようとするな。先輩からのアドバイスだ」



「こんにみあ〜!!!

今日も楽しく絶望してる?

ゴホッ……実は、ちょっと風邪? ひいちゃったかも? 

え、『ミアは風邪ひかないはず』? 

おい、ナチュラルにディスるのやめろ。あはは。

ちょっと熱あるっぽいけど、まあ平気。 

『何度?』、体温計ないんだよね……ゴホッゴホッ。

あ、いまのマジ、振りとかじゃない、あははは、ごめ、

ゴホッ…あっ!」



画面が大きく揺れ、画像合成のアルゴリズムが外れた、

一瞬、カメラを止めようとする細い指が映った。私は、そういう指をシェルターで亡くなる前の人たちの寝床で見てきた。

「先輩、ミア、やばくないっすか」

私は、PCを見ながら落ち着かない声を出した。

「……本人が風邪っていってんだから、風邪だろ」

「怪我もしてるんすよ。いる場所がわかれば、薬渡せるのに。こないだの『遠征』で見たのとか、過去映像とか、ヒントになる気がするんすよ」

「行ってどうすんだ。相手は身バレしたくないんだろ?

「薬置いてすぐ帰ってくればいいじゃん」

「……はっきり言うぞ、危ないんだよ。『遠征』にいくとき、どれだけ慎重にやってると思ってんだ。ドローンに学習されたらシャレになんねえぞ」

「…………」

「お前、家族探したいって言って遠くへ出てって、帰ってきた奴いねーの知ってんだろ。勝手に行くのだけはやめろ」


「……でも私は、V豚だから」

そう私が言うと、先輩が基盤をいじる手を止めた。

「――配信聞けなくなるの嫌なんですよ。私は探しますよ、ミアのいる場所」

「おせっかいだと、こういう世界は生きにくいぞ」

先輩は背中を向けて、電源室の方に向かった。

私は顔をしかめて、その背中に向けて、ぶーと鳴いた。

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