第4話
◇
「くそ、思ったより見つかんねーな」
先輩がコンクリ片を放り投げる。足元には割れたタイルやガラスが散乱していて、踏むたび不穏な音がした。
私たちは、夜の闇に紛れて地上に出て、ビルの廃墟に『遠征』していた。狙いは、サーバの修理に使うケーブル。場所を変えながら、手あたり次第、SMFだかMMFだかと先輩が呼ぶケーブルを探してる。シャルターに残った、この地域で数少ないサーバは先輩がメンテナンスしてた。
「さっきの配信もよかったっすね」
手を動かしながら、私は話を振る。
「やっぱ空名ミア、人間かもな」
ふっと先輩は言った。煤けた顔が緩んでいた。
「だから言ってるじゃないすか!」
私は胸を張った。「でもマジで一人だったとしたら、大丈夫かな。気のせいかもだけど、最近たまにキツそうに見えるんすよね」
「この世界でキツそうに見えない奴はウソだろ」
「そういう意味じゃなくて! まあ先輩みたいな機微を察知できないキャラは分かんないか」
「いつもどっかの拗らせ女子の機嫌、察知してやってんだけどなあ……」
私はコンクリ片をのけて、それらしいケーブルを見つけた。
「おっ、これ使えそうじゃないっすか?」
放り投げたケーブルを先輩は受け取り、目を細めた。
「まあこれでいっか」
私は瓦礫の奥からケーブルを引っ張りあげる。
「痛っ!」
ガラスの破片が飛び出していた。腕についた傷から、思ったより多くの血が滴った。
先輩が、あわてて念入りに消毒液をかけ、包帯を巻いてくれる。力任せだが、手際がよかった。
「鈍臭いなお前、座ってろ」
私は瓦礫の小山に座って、他にめぼしい収穫がないか周囲を見渡した。自衛隊の補給トラックでも横転してないかな。
「なんかここ、ミアの廃墟MV第9弾に出てきたとこっぽいすね」
「そうか?」
「ほら、こう手を上下に振ってシュールに踊るやつあったじゃないですか。背景にこういうタイルの瓦礫映ってた気が」
「あの慣れると妙に癖になるやつか。んー、そうだったか?」
「先輩言ったじゃないすか、ミアが心配ならいる場所のヒント探せって」
「微妙に俺が言ったのと違うし、俺はそんなウェットには言わねえよ。探してんなら、お前がヒント覚えとけば」
先輩は空を見やった。曇り空越しの朝焼けの中に、数台のドローンが周回しているのが見えた。
「そろそろ明るくなってくる。カメラに映るとやっかいだ、が、……こっちにまるで気付いてないな」
先輩はノートPCを開き、「ファイヤーウォールが」「チャンス」「これだと痕跡残るか」「デプローイ」とか何とかぶつぶつと言ったかと思うと、高速タイピングを始めた。ぱっと見ヤバい人だった。こういうときの先輩の目は、ただでさえ細い目が、もっと鋭くなる。おしゃべりで紛れていた腕の痛みが不意にぶり返してきた。先輩はちらっと私の顔を見てPCを閉じた。
帰り道、先輩はドローンの軌道らしきものが映る画面をチェックしながら、ときどき足を止めたり、わざと変な路地を選んだりした。標識が全部破壊されているうえ、そうやってドローンにも気をつけたりするから、シェルターに帰るのは一苦労だった。
◇
「じゃあ次の質問! そら民ネーム『先輩の後輩』さんから。
『ずばり、ミアちゃんはどこにいるんですか? キタカントウ内ですよね?』
んー……たぶんキタカントウではあるけど。実はしょっちゅう移動してるんだよね。前にさ、ドローンに顔とか身体とか学習されちゃったみたいで、追われるから場所変えてんの。
というわけで、今いるここ、どこ? あははは。
まあ、ドローン追いかけられたときちょっと足くじいちゃったんで、しばらくはここで休むつもり。『大丈夫?』ってチャットいっぱい来てるね、ありがと。
ぶっちゃけ痛いけど大丈夫!
配信は休まないよ、視聴者増えてるしね。こんな世界なのにすごくね?
じゃあ次の質問に行ってみあ〜!」
◇
「ほんとミアって突き抜けてるよな」
先輩がぽつりと言った。
「いい意味で、ですよね」
私と先輩はいつものようにPCを開いていた。PCの蓋にあるリンゴのマークには焦げた跡があって、それがまるで焼きリンゴみたいに見える。
「ミアちゃんに薬、あげられないかな。あの痛み止め効いたっすよ」
私は、ほとんど治った右腕の傷跡をさすりながら言う。
「ここ数日、なんか顔色わるいような気がするんすよ」
「なんで3Dアバターで顔色がわかるんだよ」
「私には分かるっす、先輩。毎日観てる私には分かるっす」
「相手が見せてないものまで見ようとするな。先輩からのアドバイスだ」
◇
「こんにみあ〜!!!
今日も楽しく絶望してる?
ゴホッ……実は、ちょっと風邪? ひいちゃったかも?
え、『ミアは風邪ひかないはず』?
おい、ナチュラルにディスるのやめろ。あはは。
ちょっと熱あるっぽいけど、まあ平気。
『何度?』、体温計ないんだよね……ゴホッゴホッ。
あ、いまのマジ、振りとかじゃない、あははは、ごめ、
ゴホッ…あっ!」
◇
画面が大きく揺れ、画像合成のアルゴリズムが外れた、
一瞬、カメラを止めようとする細い指が映った。私は、そういう指をシェルターで亡くなる前の人たちの寝床で見てきた。
「先輩、ミア、やばくないっすか」
私は、PCを見ながら落ち着かない声を出した。
「……本人が風邪っていってんだから、風邪だろ」
「怪我もしてるんすよ。いる場所がわかれば、薬渡せるのに。こないだの『遠征』で見たのとか、過去映像とか、ヒントになる気がするんすよ」
「行ってどうすんだ。相手は身バレしたくないんだろ?
「薬置いてすぐ帰ってくればいいじゃん」
「……はっきり言うぞ、危ないんだよ。『遠征』にいくとき、どれだけ慎重にやってると思ってんだ。ドローンに学習されたらシャレになんねえぞ」
「…………」
「お前、家族探したいって言って遠くへ出てって、帰ってきた奴いねーの知ってんだろ。勝手に行くのだけはやめろ」
「……でも私は、V豚だから」
そう私が言うと、先輩が基盤をいじる手を止めた。
「――配信聞けなくなるの嫌なんですよ。私は探しますよ、ミアのいる場所」
「おせっかいだと、こういう世界は生きにくいぞ」
先輩は背中を向けて、電源室の方に向かった。
私は顔をしかめて、その背中に向けて、ぶーと鳴いた。