男らしさって
今週の月曜真っ黒シリーズは3話構成です。
一夜明けても、軽く触れた奈々ちゃんのくちびるの感触が鮮明に思い出されて、オレの鼓動は激しくなる。
どうしよう??!!
次の駅でこのドアが開いて、奈々ちゃんが乗って来る!
「三田くん!おはよう!」
って
そしたらオレは会社の同僚って顔で言うんだ。
「此木さん!おはよう!」って……
此木さんが入社したのは4年前。
オレと同じ高卒だけど、彼女は商業高校でしっかり勉強し、資格もいくつも取得しての新卒採用で経理部に配属された。
高校卒業後、何となくブラブラしていたオレは……カノジョより半年前に契約社員として入社した。
OA機器商社のメンテナンススタッフの職を選んだのは、たまたま募集要項が『学歴不問、未経験者歓迎』だったから。
でも、仕事がオレの性に合っていたのと、いい先輩上司に恵まれて、2年前に正社員採用となり、今年からは新卒社員の指導も任されている。
「お前には期待してるから!しっかりやれよ!」と尊敬している課長から言われて、仕事については凄く充実している。
私生活については、この会社へ入社してからは昔のぐうたら仲間とは切れて……今の会社の先輩方が、仕事帰りの“飲み”は勿論の事、ドライブに行ったりサッカーやったりコンサートを観に行ったりと……事あるごとにオレを誘ってくれて、他部署の人達とも交流ができるよう面倒を見てくれた。
だから今のオレの周りは“恩人”ばかりで……一番仲良くしてもらっている先輩が結婚する時は、オレ、まるで兄貴が結婚するみたいに嬉しくて嬉しくて……はしゃぎながら、時には泣きながら……オレ達にできる事を率先してやった。
先輩は社内結婚で……披露宴は会社の人間が多数来ていた。その中で新婦側の後輩として呼ばれていたのが奈々ちゃんだった。
新婦の花束贈呈に感極まって泣いてしまった奈々ちゃんに“式への出席の為に”買って置いた”真新しいハンカチを貸してあげたのが始まりだった。
その休み明けの月曜の朝、駅のホームで奈々ちゃんからアイロンまで掛けてくれたハンカチを返してもらって……会社までの道のりを新郎新婦の事を話しながら歩いた。
それがきっかけで、いつしか会社までの道のりを奈々ちゃんと一緒に歩くようになった。
奈々ちゃんはサラサラの黒髪を腰の辺りで切り揃えたお姫様カットのコで……それが良く似合う美しい容姿の持ち主だ。
「こんな子の隣を歩きたい!」
男だったら誰もがそう思うだろう!!
だから会社までの約10分間は……オレにとって1日の中で最高の時間だ!
その10分間に色んな話をした。
奈々ちゃんがネコを飼いたいと言う話を聞いてオレはその付き添いを申し出たのが初デート……そして6回目の昨日、映画デートの後、彼女をマンションまで送り届けて……「二人で見つけた猫のミーシャにも会ってあげて!!」と袖を引かれて入ったカノジョの部屋で初めてキスを交わした。
もちろん!!それ以上は何も無く、ヤセ我慢も限界に達していたオレは……フーゾクで憶えたオンナの匂いを脳内再生し、シングルベッドを揺らした。
そんな悶々とした夜が明け、電車に揺られているオレ……
ちゃんとしなければ!
奈々ちゃんの前ではみっともないところは見せられない!!
せっかく好意を持ってくれているのだから!!
奈々ちゃんにもっと良く思われたい!
奈々ちゃんの恋人になりたい!
そして願わくば!!
奈々ちゃんを幸せにしたい!!
オレの手で!!
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電車に乗り込んで来た奈々ちゃんは少し頬を染めて「三田くん!おはよう!」って言った。
「此木さん!おはよう!」って返したオレの頬も染まっていたと思う。
そこから駅を出るまで二人無言だったけど、歩き出すと言葉が生まれた。
「昨日、楽しかったね」
「うん、純也くん、ウチに寄ってくれてありがとう。ミーシャもとても喜んでたよ!
でね!私達が……
その……
キスしてから……
ミーシャ、とっても機嫌が悪いの!
でもミーシャも……そんな事で怒らなくてもいいよね!
私だって初めての事で……
いっぱいいっぱいだったんだから!」
奈々ちゃんが顔を赤らめながら話すその内容にオレはもう!
はち切れんばかりだった!!
でもそう言った素振りを見せる訳にはいかないからグッ!と堪えて笑顔を見せた。
「へええ~ミーシャってホント可愛いなあ~ オレもミーシャみたいな可愛いネコを飼いたいよ!」
途端に奈々ちゃんの顔が輝いた。
「ホント?!」
「ああホント! そうだな~ミーシャのお婿さんになれる様にオス……」
「ホント?! お婿さんになってくれるの??!!」
と、オレの言葉の途中を捉まえて入って来る奈々ちゃん。
「えっ?!えっ?!」と戸惑うオレ。
「嬉しい!! 純也くんがミーシャのお婿さんになってくれるんなら、私、本当に安心だもん!!」
「いや、あの、それってどういう事?!」
「だって!『猫を飼うと結婚できない』って言うでしょ!私、そうはなりたくないの!」
「えっ?!ええっ?!!」
「ね!女が結婚相手に望む『男らしい男性』ってどんなタイプだと思う?」
「えっ?! どうだろう……」
「この前読んだ記事にこう書いてたよ!
『自分らしさを持っている』
『仕事ができる!』
『男達からも好かれている』
『決断力がある!』
『自己犠牲の精神が強い!』
『過去の事に捉われない!!』
これ、みんな純也くんに当てはまる!!
だから私、純也くんの事、本当に尊敬してる!」
「あ、ありがとう……」
「昨日、純也くんがキスしてくれて……とてもいい経験ができた!だから純也くんには感謝している!ありがとう」
奈々ちゃんが立ち止まって深く頭を下げたので、オレは慌てて踵を返した。
そして顔を上げた奈々ちゃんは飛んでもない事を言った。
「私、管理本部の内田専務のご紹介で北野不動産のご子息と来週、お見合いするの」
「ええええええ!!!!!」
「ダメよ!そんな大声で!!この事はまだ内々で……社内でも秘密の事なんだから!! でも、ありがとう! そして嬉しい!!純也くんがとても喜んでくれたから……
こんなにも男らしい純也くんがくれた優しさは、私の大切な宝物!!
私はそれを胸に抱いてお嫁に行きます!
だから純也くんも私の宝物を大切してね!
猫のミーシャを……」
奈々ちゃんがこの最後の言葉をくれた時、会社の前に着いた。
「じゃあね!」と手を振り先に入って行く奈々ちゃんを……
オレは茫然と見送った。
オレは男らしくなんて無い!!
今、ダラダラ流れて来る涙さえ止める事ができない!!
こんな体たらくを誰にも見られたくは無いから……
オレは2時間ほど会社をフケた。