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四話 天宮

(どうしたもんかなー)


 先程の話を反芻しながら琴音(ことね)萬奉(まんぼう)について歩く。

 出会う者皆に立ち止まって礼をされ居心地が悪いが、どう振る舞うのが正解か戸惑いつつとりあえず当たり障りなく会釈を返している。


 今いるここは天照大御神(あまてらすおおみかみ)の宮で、通称<天宮(てんぐう)>と呼ばれるそうだ。

 三百十一代目の天照とやらをやるしかないのであれば早急に、ということでさっそく宮内を案内してもらっている。


八百万(やおよろず)の神もそれぞれに大なり小なり宮を持たれております。宮には侍従も住まうので、高天原(たかまがはら)はそれは広大なのでございますよ〜」


 萬奉はいちばんはじめにそう教えてくれた。


 宮内は厳かで上品な華やかさがある。建物や調度品などが全体的に朱色で統一されているのは天照が太陽神であるためで、象徴色らしい。


 柱は太い丸柱を基本としており、天井の垂木(たるき)と梁の組み合わせによって生み出される立体的な木流れが美しい。

 廊下は欄干の他に窓などはなく開放的な造りをしていた。


「これだと雨が入ってきちゃわない?」

「それは問題ございません。高天原では一部を除き雨は降りませんからな」

「そうなんだ……?」


 そこのところは天照大御神が統治しているのが大きいという。


 そういえば照明の類が見当たらないと思い尋ねると、実は梁や柱にテープライトが添わせてあるらしい。

 変なところで現代的だな、と琴音は思った。


「天宮は主に三つに分けられるのですよ」


 と、萬奉が指を立てる。


 (あるじ)である天照大御神が住まう<主殿(しゅでん)

 (まつりごと)や祭儀を行う<政殿(せいでん)

 侍従が住まう<侍殿(じでん)


 まず最初に案内されたのは政殿だった。


「先程のお部屋は政室(せいしつ)といいまして、天照様の主な執務やご引見を行う場でございます」


 朝餉を食べた総(ひのき)の二段造りの広間のことだ。


「天照様がお座りになる場所は神の席と書いて、神席(しんせき)と言うのですよ」


 ほかに政殿には、部署ごとに執務室があるほか書庫や倉庫、食堂などがあるという。


 廊下からチラリと一室を覗くと、大勢が鬼気迫る勢いで書類を捌いていた。何やら真剣に話し合う声もそこかしこから聞こえとても賑やかしい。


「なんかみんな忙しそうだね」

「はい〜、まま、色々ございまして……神職(しんしょく)は皆仕事が滞っておるのです」


 萬奉は相変わらず笑っているがその目は色を失っている。

 たしかに、はじめから琴音に向けられる視線は好奇のそれとはちがっていた。


「あの方が……」

「今度は続くかしら……」

「いい加減まともな方だといいなぁ」

「もうやめてくれよぉ〜」


 そんな言葉が口々に囁かれ、すすり泣きまで聞こえてくる。


(何この空気?)


 品定めするような、はたまた懇願するような視線の数々に見送られるようにして琴音は廊下を奥へと進んだ。



 高天原中から大勢の神職(しんしょく)が務めに集まるということで、政殿はかなり広い。


(これはしばらく迷子になるな)


 緊張感のない心配を抱きつつ、琴音はきょろきょろと辺りを見回した。


 渡り廊下を抜けると広い空間に出る。


「こちらは正面玄関でございます」


 まず目を奪われたのは、床から天井までを貫く幾本もの太い朱色の円柱だ。

 見上げた先の天井は高く、梁や垂木の複雑な組み合わせにより造り出された奥行きに圧倒的な重厚感を感じさせる。

 玄関広間(エントランス)の正面と背面には向かい合うようにいかにも重そうな大扉があり、開放された正面の大扉からは明るく柔らかな日が差し込む。

 その日が当たらない玄関広間の端と端、渡り廊下に繋がる左右の通路口に備えられた各帳場(カウンター)では、神職が来訪者の応対をしていた。


「背面の大扉は真っ直ぐ政室へと繋がっております。その先の通路は<神の御道(おみち)>と呼ばれ、八百万の神にのみ通行が許されるのですよ〜」


 それ以外の者は左右の通路より政殿に入るのです、と萬奉が帳場(カウンター)の奥に続く道を扇で示す。


「では天照様、どうぞ外へお出に。宮を正面からご覧ください」


 琴音は促されるまま歩を進める。外の日の明るさに目を細めると、大扉を抜ける風が頬を撫で、花の芳香が鼻腔を満たした。


「さぁご覧ください。これが貴方様の宮でございますよ」


(うわぁ……)


 振り向き見上げた琴音は言葉が出ない。


 それほどに厳かなで巨大な門が目の前にそびえていた。門扉は十メートルはあるだろう。入母屋造(いりもやづくり)の屋根に覆われた朱漆の二重門が堂々と琴音を見下ろしている。


「いかがでございましょう〜? そしてこちらが、貴方様が統べられる高天原でございます〜!」


 朗らかに笑って萬奉が振るう。

 その動きに合わせるように琴音は後ろを振り返った。


 視線の先には(あけ)に染まった長い反橋と大鳥居。その向こう側に広がるのは雲の地面から大小数々の宮が建ち並び、岩肌や森、咲き乱れる花木が色を添える広大な高天原であった。


(うわぁ……)


 こんなにも広く澄み渡る幻想的で美しい景色を琴音は見たことがない。最も高い位置に建つ天宮には景色を遮るものは何もなく、一面よく見渡せた。


 吹き渡る爽風が琴音の長く艶やかな黒髪を後ろへと流す。

 表す語彙が見つからない、そう思い眺める視線の先に数え切れないほどの朱が次々と上がり風になびくのに気づいた。


「八百万の神が新神(にいがみ)を歓迎しているのですございますよ」


 それは天照大御神の象徴色である朱色の長旗だった。



 ◓◑◒◐



 琴音は再び廊下を進む。


(広いし疲れる……)


 目からも耳からも情報量が多く、おまけに仰々しく扱われるため気疲れがすごい。


(あんな大層なことされたら後に引けないじゃん)


 瞼の裏に風に揺れる朱が映る。

 琴音は一息入れたくなった。


「ね、御手洗どこ?」

「はい〜、あちらでございます」


 指された方に赴き、中に入った琴音は目を疑う。駆け足で戻り、驚く蛙顔の小男に畳み掛けた。


「ちょっと萬奉!」

「やや! なんでございましょう〜」

「なにあれ! ここ高天原でしょ? 天上界でしょ? なんで地上のトイレがあるの!?」


 自動水栓の洗面台にタンクレスのフロート(浮いてる)トイレ。そこには、間接照明に照らされた落ち着く空間が広がっていた。


「いやはや〜、三代前の天照様が地上にて『いんてりあぷらんなあ』という職に付いておられましてですな〜。素敵な御手洗にございましょう〜?」

「はぁ!?」


 話によると、インテリアプランナーだった三代前の天照大御神が「やぁね古臭い」と天宮内を大規模改造したらしい。


「じゃあ、梁のテープライトなんかもその人が?」

「はい~、そうでございます〜」


 それだけでなく、代々の魂の縁族たちによって趣はそのままに改築や設備導入などが施されてきたそうだ。


(所々現代チックなのはそういうことね)


 琴音は呆気に取られた。


「地上界と同じく、年月(としつき)を経て高天原も進化しておりますからな〜。それに、高天原は地上界に存在する八百万のものの神が住まう世です」


 地上界にあって高天原にないものはございません、そう言って萬奉は自慢げに扇を振った。


「これでひと通り天宮のご案内は終わりましたな」

「あっちの建物は?」


 琴音は先程から幾人かの人影が見える奥の建物を指さした。出入りする巫女や男性の姿も多く気にかかる。


「あちらは食堂と侍殿でございますよ〜。天照様は通常お部屋でのお食事になりますが、見ていかれますか?」

「うん」


 案内された広い室内には椅子と(テーブル)が整列し、厨房では数人が忙しそうに昼食の支度をしている。よく見ると竈ではなくガス炊飯のようだ。他にもオーブンらしきものなど、現代の利器が堂々と活躍している。


「なんかほんと……思ってた高天原とちがう」


 期待を裏切られた気分で呟いた琴音に萬奉はハッハッと笑った。


「それもこれもすべては神々のお力の賜物! 天上界の食事は美味しゅうございますよ〜」


 ぽんと太鼓腹を叩く満足気な萬奉について食堂を離れたその時──。


「萬奉様ー!」


 猛烈な勢いで突進してきた少女がどんっと萬奉に体当りをかまし、突き飛ばした。

 さらにその後方からパタパタと走ってくる者がふたり。


「こら牡丹(ぼたん)!」

「あらあら。やめなさいって言ってるでしょう?」


 それは、今朝琴音を仕立てた三巫女だった。



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