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十八話 神議 前編

 翌朝、琴音(ことね)のもとに一通の封書が届いた。



 ”三貴子(さんきし)及び各政務部(おさ)を招集し神議の開催を申請す”



 差出人は月読(つくよみ)。ご丁寧に神印(しんいん)まで押されており、これが二百三十六代目月読命(つくよみのみこと)から三百十一代目天照大御神(あまてらすおおみかみ)への正式な申請書だということが示されている。


「天照様、すぐに各部長に伝令しましょうか?」


 封書を持ってきた海老根(えびね)が神妙な面持ちで尋ねた。


 三貴子とは天照三姉弟のことだ。記録によれば、三貴子を招集しての神議は概ね緊急時案件とされている。


「うん、お願い」


 十中八九議題になるであろう昨夜の話を思い返し、琴音は溜息を吐きながら月読からの申請書に印を押した。



 ◓◑◒◐



 二日後の夕刻。

 天宮(てんぐう)政室(せいしつ)には各政務部の長たちがずらりと揃った。最前列右手には萬奉(まんぼう)の姿もある。


 上段袖からそれを覗き見る琴音はかつてないほどの緊張に脂汗を滲ませていた。


「こんな大会議の経験ないんだけど……!」


 新卒入社のIT企業は小規模ベンチャーで社長との距離が近く、次は料亭の仲居、そして歯科助手とことごとく物々しい会議という場から遠い職場にいたのだ。

 長たちははじめましての顔ぶれがほとんどで、資料を繰る動作のこなれ感にすらもプレッシャーを感じずにはいられない。

 うるさい動悸に思わず衣の裾を握りしめる琴音の手を、柔らかな温もりが包んだ。


「しわになっちゃいますよ〜」

牡丹(ぼたん)……」

「深呼吸してください、天照様! だ〜いじょうぶです! 月読様もご一緒ですし、萬奉様も海老姉ちゃんも、私もいます!」


 拳で胸を打つ牡丹の後ろで海老根もこくりと頷く。


「袖から念を送りますからね!」


 手の平から妖しい何かを発するように動いてみせる牡丹に琴音は噴き出し、奥の方で嫌に響き続ける動悸と心に灯った温かさを感じながらもう一度資料に手を伸ばした。




 ざっと資料を読み返すこと一周半。


「月読命がご到着されました」


 司会を務める神職の声に長たちが一斉に立ち上がった。


 天宮正面の大門から政室へと真っ直ぐに繋がる<神の御道(おみち)>を付き巫女と(かんなぎ)を従えて堂々と月読が歩み来る。政室の正面扉へと続く階段下の大鈴を鳴らした月読一同は、揃って深く礼をした。


 一段一段踏みしめるように階段を上がり現れた月読の風格と色香に幾人かの長が息を飲む。そのあまりにも凛とした立ち振る舞いは、袖から覗き見る琴音をも釘付けにした。


 月読は最前列、最も天照に近い場所に用意された臨時の神席へと上がり、置かれた月文様の銀座布団に腰を下ろす。付き巫女になにやら囁くと、司会の神職へと言伝(ことづて)させた。


「えー、須佐之男命(すさのおのみこと)はご欠席されるとのことで……」


 その公表(アナウンス)に長たちがざわめく。動揺というより呆れたぼやきに近い。


「まったく須佐之男様はなんとご勝手な……」

「また行方知れずと伺ったがどこへ行っておられるのだ」


 琴音は月読の左隣にぽっかりと空いたもうひとつの小上がりを見た。


 須佐之男命───天照三姉弟の末弟。


 時化(しけ)のように荒だった波文様が刺繍された藍の座布団に座るべき人物へ向けられるのは、とても好意的とは言い難い空気だ。


(そのうち会えるって言ってたよね)


 昨夜の月読との会話をぼんやり回顧していた時。


「天照大御神がご着席されます」


(!)


 名を呼ばれ、大きく鼓動が鳴る。顔を引きしめた琴音は、袖から見える自席へと背筋を伸ばしまっすぐ一歩を踏み出した。





「それでは、只今より神議を開始いたします」


 司会の合図で月読が立ち上がる。一度琴音に向かって軽く礼をすると、手に資料を持ち、掲げた。


「忙しいところ集まってもらってすまない。皆資料には目を通してくれているだろうから、早速本題に入りたい」


 続いた言葉に長たちの目が大きく見開かれた。


「神罰の予兆がある」


 長たちは飛びつくようにして資料を捲る。

 萬奉だけがどんと構えていた。


 資料には近年の地上界の雨量や土壌水量の統計、気候変動の推移、国津神(くにつかみ)たちの意見などがまとめられている。だが、それらはあくまでも地上界のいち調査報告が記されているにすぎない。

 資料を一見しただけでは予期もせぬ台詞に長たちが驚愕するのも無理なかった。


「予兆があるのは竜神(りゅうじん)だ。来る神罰に備え、今後の各部の動きを詰めなければならない。この神議はそのためのものだよ」


 月読が言葉を切る間に長たちの口からは次々と動揺がこぼれる。


「三貴子様ご出席での神議など何事かと思ったが、まさか神罰とは……」

「竜神ほどの神罰など前例はいつになる?」

「天照様のご即位後ほどなくしてこれとは……」


 月読は萬奉に視線を流し、再び座する。

 交代とでもいうように萬奉が立ち上がった。


「ここからは(わたくし)が説明いたす。や、皆資料を繰るように」


 そう言って萬奉は今日に至るまでの月読の調査の詳細を説明した。とりわけこの三月(みつき)ほどは例年以上に地上界の悪天候が続いていること。そこにきて竜神の様子がどこかおかしく、気がかりだったこと。そこで、神使である兎神(うさぎかみ)に内偵を命じていたこと。そして───。


「月読様より仰せつかり、私は各部の資料を集め詳細な気候変動や祈願の推移などを調査しておった。や、その結果神罰の予兆は色濃くなるばかり。よって此度の神議開催となったのだ」


(え?)


 琴音は先日また書類の山が積上がっていた萬奉の執務室を思い出す。


(なるほど、こういうわけね)


「調査結果や資料を踏まえて、葦原中国関係各部には把握している現状を報告して欲しい」


 月読の言葉に長たちは顔を見合わせる。指先を揃えた一本の腕が静かに上がった。


祈願(きがん)管理部長」


 司会の名指しを受けて立ち上がった長は長い白髭を人撫でする。紫色に白紋様の袴ということは萬奉のひとつ下、一級の神職だ。

 太陽紋であるということは天照の侍従なのだが……。


(こんなおじいちゃんいたっけ)


 神職や侍従とは未だ最低限の交流しかないのでわからない。


「えー、確かに天候、特に降雨に対する祈願の増加は目立ちます。内容や数からして、えー、祈願管理部としても異常気象であることを認めておる状況です」


 詳細は追って書面にまとめて挙げるとのことだが、祈願管理部長によると年々天候に関する祈願は増加傾向にあり、異常気象を嘆くものが多いという。


中津国(なかつくに)調査部長」


 続いて、中津国──葦原中国(あしはらのなかつくに)調査部長が立ち上がった。


「調査部としても特にここ十年あまりで加速する異常気象は把握しております。それについてはこちらの資料にもございますように国津神方から様々なお声が挙がっていることを弊部も認識しておりますが、大国主神(おおくにぬしのかみ)の見解は如何(いかが)なものでしょうか」


 眼鏡の(ブリッジ)をくいと上げ、中津国調査部長が月読へと問いかける。紫色に紫の月紋様の袴を着用するこの長の階級は二級上。月読の侍従だ。


「大国主とは神使(しんし)を介して接触を試みているよ。まだ返事はないけれどね」


(大国主神……)


 月読の後方で琴音は文机(ふづくえ)に置かれた帳面(ノート)を静かに開く。



 ・地上界である葦原中国の国造りを行った国津神の代表神

 ・国譲りを経て常世(とこよ)の主催者となる

 ・大地を司る神

 ・──

 ・──



 神議に先立ち書庫で調べあげたメモ書きに目を落とし、昨日桔梗(ききょう)と鈴蘭姉妹から聞いたある話を思い返した。



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