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第5話

「うむむ、皆ひどい傷じゃのう……」

「エラトマ様、彼らは助かりますか?」

「無論。わしの魔術と薬ならば確実に助かる。後遺症も残らんじゃろう」

 魔術師を倒したラクリスは第二駐屯地へ帰投していた。ラクリスがのぞき込んでいる天幕の中には負傷したピズマ兵長たちが寝かされている。ラクリスは負傷者した兵士たちを荷車を使ってここまで連れ帰ってきたのだ。

 彼らの傷を見ていたのは老魔術師にして執政官のエラトマである。ラクリスに先行したアプロスが呼び寄せた。エラトマには外科治療の魔術の心得もあり、ひどい負傷者が出た時は度々力を借りていた。今回もまたそうだった。

「とはいえわしも付きっきりとはいかん。その分、完治には一週間ほど時間がかかってしまうが……」

「本来なら一月かけても癒えるか分からぬ傷です。十分すぎるくらいだ。本当にありがとうございます」

「このくらいは当然じゃよ。それにこの結果はある意味わしのせいでもある」

 エラトマは天幕の外の木組みの檻を見やる。中にはラクリスが逮捕した魔術師が手足口枷をされて閉じ込められていた。魔術師はまだ気絶しており静かである。

「よもや《調教》をそのように使うとは思いつきもせなんだ。ピズマ兵長に《調教》の解説をしたのはわしじゃ。本物の魔術師の魔術について、普通の人間が想像するのは難しい。だからわしが兵士たちに魔術を指導しているというのにな……まぁ過ぎたことだがね。ところでラクリス君、《告死》を受けたというが本当に何ともないのかね」

「はい、実は……」

 ラクリスはアミュレットを見せながら起こったことを説明した。

「おや、このアミュレット壊れてはおらんか」

「む……本当ですね。いつの間に」

 エラトマのいうとおりアミュレットは一部が欠けており、ひびも入っていた。

「これでは見ても術式がよくわからんのう。じゃがそこまで効力のあるアミュレットが存在するとは信じられん。おそらく原因は魔術師の方じゃろう。《告死》は難しい魔術だから失敗した。他の魔術はそもそも当たっていなかった。そっちのほうがしっくりくる」

「そうですか」

 ラクリスはエラトマの説明を信じてはいなかったが、わざわざ反論はしない。

「さて、負傷者に必要な処置は済ませた。そろそろわしは議会にでねばならん。兵長達の手当を優先したいのは山々じゃが、今回の議題は行方不明事件についてでな。わしが魔の森の危険性を皆に説明せねばならん。誰か、彼らの意識が戻るまで見ててはくれんかね」

「あ、それは俺がやるっす」

 戻ってきたアプロスが手を上げ名乗り出た。

「今回俺は役に立てなかったし、これくらいはやんなきゃちょっと、な」

「何を言う。誰の手も借りず狼を仕留めていたではないか。熊との戦いも最後まで残った。恐怖にあらがいながらだ。お前が残っていなければ間に合わなかったぞ」

「そうは思えねぇけどな。ピズマ兵長や先輩がかばってくれたおかげさ……それにお前もな。ラクリス、お前がいなければ俺たちは全滅してた。大活躍だったぜ? ありがとよ」

「それは……」

「多分今回ばかりはピズマ兵長も褒めてくれるって。こんなこと今まで一度もなかったんだ、素直に受け取っとけよ? ほら、さっさと帰った帰った。任務は終了、もうお前の仕事は残ってない。ラクリスに看病なんて繊細な作業できないっしょ?」

「分かった。感謝する、アプロス。あまり根を詰めるなよ」

 ラクリスは言葉に甘えることにした。アプロスを残すのは気が引けたが、たしかに出来ることは何もない。それに日が落ちる前にやっておきたいことがあった。

 駐屯地を出て港市の方へ。ただし港市には入らない。目指すは昨日、彼女に出会ったその場所だ。果たして、マティナはそこにいた。

「さてさて皆様アミュレットはいかがですか? 防虫、熱中症対策、安眠、はては恋愛成就まで! あらゆるお望みを強力に実現するアミュレットはいかがですかー?」

 空腹から復活したマティナは昨日と打って変わって積極的に呼び込みをしているが、商品は売れていないようだ。

「マティナ!」

「メソン魔術学校で鍛えられた本物の技術が今ここに! ……って昨日のお客様じゃないですか。どうしました? 返品は受け付けませんよ。《抵抗》はたしかにあんまり役には立ちませんけど、取引は双方合意の上で――」

「違う、逆だ! 《抵抗》は大いに役立った!」

「……ほへ?」

 青い目をまん丸にするマティナにラクリスは今日あったことをすべてしゃべった。

「魔術師を捕まえられたのも、同僚を助けられたのも、《告死》で俺が死ななかったのも、すべてこの《抵抗》のアミュレットのおかげだ! 本当に感謝している!」

「ふ、ふええ……」

 マティナはぽろぽろと涙をこぼした。突然のことにラクリスはたじろぐ。

「な、泣いているのか?」

「あ、違います。ちょうど目にゴミが入っただけです。紛らわしくてすみません」

「……なんだ、怖がらせてしまったかと」

「嬉し涙を考慮しないなんて苦労されているんですね……」

「そんなもの、生まれてから一度も見たことがない」

「すみませんすみません! お客様の悲しい過去を掘り返すつもりはなかったんです!」

「俺が言うのも何だが、いい性格をしているな」

「あはは、それほどでもー」

「アプロス以外から同情されるとは思わなかった。マティナは人がいいな」

「……お客様って天然ですか?」

「?」

「ああ、もういいです。よく分かりましたから。それで、私に感謝したお客様はまたアミュレットを買ってくださる、ということでいいんですよね?」

「ああ、《抵抗》の在庫はあるか? 知らぬうちに壊してしまってな」

 ラクリスは壊れたアミュレットを見せる。マティナはそれを一目見ると、

「あー、きっと魔術を受けすぎたんですね。あの《抵抗》はコストを抑えるため性能を幾分か犠牲にしていますから。負荷がかかりすぎると壊れることもあるでしょう……でも本当にいいんですか? 新しく買っても、いつかは壊れちゃいますよ?」

「かまわない。たとえ壊れやすくとも《抵抗》の素晴らしさは何ら変わらない。俺は今日初めて魔術師相手に任務を成功させた。このまま兵士として居場所を作れるという手応えを得た。それを100ラクミーちょっとで買えるなら安いものだ」

「…………そんなこと言われたの初めて」

「何か言ったか?」

「いいえ何も。ですが残念ながら《抵抗》の在庫は今ないんです。材料が入手困難で」

「何だと……!」

 ラクリスは頭を抱えた。暗雲に閉ざされた十七年の人生、《抵抗》はそこに指した一筋の光明だ。一度希望を見た分、それが失われる絶望は深い。

 落胆するラクリスを前にして、マティナは何やら考え込んでいる。うんうん、とうなずくと微笑みながらいった。

「そうですね。お客様はアミュレットがないと任務が出来なくて困る。私はお金がなければ大好きなアミュレットの研究が、というかまず生活が出来なくて困る。ですがご安心ください。この状況を解決する方法があります」

「教えてくれ、それは何だ」

「取引をしましょう、お客様。私の支援者になってください。お客様がアミュレット制作のために便宜を図って下されば、私は最優先でお客様用のアミュレットを作りましょう」

「飲もう」

ラクリスに迷いはなかった。マティナは満面の笑顔で、

「では取引成立です。これからよろしくお願いしますね、お客様……ああ、そうだ。名前を教えていただけませんか? まだ聞いてませんでしたよね」

「ああ、そうか。そうだったな」

 名前とは、数多くの人間からただ一人を識別するもの。だからラクリスは人に名前を名乗ることが少なかった。巨体故に名前が必要なかったのだ。

「ラクリスだ。よろしく頼む。……マティナ、その手は何だ」

 マティナはラクリスに向かって小さな手を掲げていた。

「知らないんですか? こういうときは握手をするものなんですよ」

「そ、そういうものか。では……」

 ラクリスは大きな手でマティナの手をおっかなびっくり握った。

 ラクリスの運命が動き出した瞬間だった。

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