第15話
決闘の傷が治ったラクリスは兵士に復帰し、早速任務に当たっていた。
「ここだな」
ラクリスは今廃屋の前に立っている。元は木材の倉庫だったらしいその廃屋はラクリスでも入れるくらいの大きさだったが、ツタや木々に覆われて林と同化している。ここにあると知らなければ見つけるのは困難だろう。
常備兵達の調べによるとここにとある盗賊団の根城があるらしい。ラクリスたちの任務はその根城の制圧である。
「盗賊か、ややもするとあの時の奴らがこの中にいるやもしれん」
一ヶ月前に《子守歌》で無力化されてしまった苦い記憶が思い出される。だが今や恐るるにたらない。頬を叩いて気持ちを切り替えた。
ラクリスはあの時同様一人だった。だがこの廃屋の周辺は同僚の兵士たちが包囲している。ラクリスが単身廃屋内部に乗り込み陽動をかけ、その隙に他の兵士が盗賊一人一人を捕らえる手筈だ。自分もずいぶんな大役を任されるようになったものだ、と感慨深くなってしまう。
だが感傷よりも任務が重要だ。ラクリスは意を決して扉に手をかける。開かない。かんぬきでもかかっているのだろうか。
「ふむ」
このまま腕力で押し開けてもいいが、陽動なら派手な方がいいだろう。ラクリスは丸太の棍棒を手に取ると、
「フン!」
と扉に向けて全力で振り抜いた。廃屋の扉は轟音とともに、壁もろとも吹き飛んだ。バラバラと崩れるがれきを蹴り飛ばしてラクリスは倉庫に突入する。
「動くな盗賊ども!」
外見より広々とした倉庫内部には果たして十名近くの盗賊がいた。全員、武器を取り戦闘態勢を取っていたが、ラクリスをみるとうろたえだす。
「きょ、巨人だと!?」
「都の魔術師をサシでぶちのめしたっつう……」
「バ、バケモノ!」
「お、落ち着け野郎ども! そんなのでたらめに決まってる、この前はコイツで倒せたんだ。――嬰児よ、眠りに落ちよ《子守歌》!」
見覚えのある魔術師崩れがラクリスに向けた《子守歌》を放つ。だが、
「無駄だ」
「な、何ィイイイイイイ!」
秀才マティナが身を削り作り上げた《抵抗》(アキロシ)はちっぽけな低位魔術を完全に無効化した。虎の子の魔術が防がれ盗賊たちの混乱はますます極まる。
「そうか、この前俺が取り逃がした盗賊だったか」
ラクリスは獰猛に笑いながら棍棒を構える。
「雪辱の好機だ。暴れさせてもらうとしよう。……殺さぬよう気をつけねばな」
結論から言うと、他の兵士が槍を取ることはなかった。浮き足だった盗賊たちをラクリスはちぎっては投げちぎっては投げ、逃亡すら許さず一人で全滅させたのだ。
事が終わってから入ってきたピズマ兵長が伸びている盗賊たちを睥睨し、「うむ、気持ちいいくらいの圧勝だな!」と素直な賛辞を述べたくらいである。
盗賊を拘束した後、兵士たちは倉庫内を見て回る。盗賊の生活痕が残る倉庫内に保管されていた盗品はけして多くなかったが、一つ重要なものがあった。
「こ、これは!」
倉庫の隅に作られた木組みの簡素な檻、その中に二人の人間が捕らえられていたのだ。
「まさか行方不明者の……」
檻を見たアプロスの呟きに彼らは首肯した。
「……ということは行方不明事件は盗賊の仕業だったんですか?」
「ああ、盗賊の方も自供した」
マティナが作った豪勢な夕食を囲みながら、ラクリスはマティナに事の顛末を話す。
「もう人さらいを始めてずいぶん経つそうだ。行方不明者が増加し始めた時期とも符合する。決まりだろう」
「目的は何だったんですか? やはり奴隷商を? あ、水差し取って下さい」
マティナとの間にわだかまりは残っていない。決闘の後は散々怒られたし、傷が治るまで何度もしつこく嫌みを言われたが、ラクリスは気にしていない。マティナの方もラクリスが心配だっただけなのだから、ラクリスが無事なら元鞘だ。
むしろ多少なりとも本音をぶつけ合ったことでお互い遠慮がなくなり、以前より親しくなったと言えなくもない。
「全く俺にこういう小さなものを掴ませるな……盗賊団についてはそのようだ。アルヒ島には奴隷は少ないが、百島同盟の島々の多くは奴隷の労働で社会が成り立っている。買い手には事欠かないだろう。勝手に攫った人間を奴隷にするという違法行為をしてでも旨みがあったのだろう。……だが、疑問も残っていてな」
「? ああ、もしかして取引先が分からないんですか?」
「流石に聡いな……そうだ。奴隷を隠れて島外に売るとなればそこそこ上等な船が必要だ。船を使うとなれば少なからぬ証拠は残るはず。しかし今日調べただけでは全くそれが見つからない。それに、盗賊の自供内容も妙でな。人をさらった、奴隷として売った、までは認めたんだが取引先と輸送の方法については全く口を割らない。「知らない」の一点張りだ。ここまではいいんだが――」
問題はその時の反応だ。ピズマ兵長曰く「本当に知らないように見える」。人をさらったがその後どうしたか覚えていないというのだ。売ったとは思うが詳しいことを思い出せないとも。無論そんなことがあるはずがない。演技が上手いだけだろうということで、今も盗賊たちは厳しい尋問を受けている。
ただどうもラクリスの腑には落ちていない。話を聞いたマティナも首をかしげる。
「うーんたしかに変な話です。取引先だけ黙秘するなんてよほどのことですよ。普通だったら、いくら取引先を庇ったところでしっかりじっくり調べれば足がつきます。だからムダです。彼らの黙秘には何もいいことがありません。捕まった盗賊たちからすれば、洗いざらい喋って自らの減刑を願うのが最善のはずなのに」
「それ故か、ヤニス視察官がこの件に興味を持っている。彼が直々に尋問をすると言っていたくらいだ」
それには兵士たち皆が驚いた。面倒を嫌うヤニスが尋問という地味なことをしたがるとは思わなかったのだ。
ただラクリスはあまり驚いていない。ヤニスは面倒と退屈を同時に嫌う。退屈を紛らわせるトラブルにはむしろ自分から首を突っ込むタイプだ、と勝手に理解していた。
ヤニスの名を聞いてマティナがこめかみをひくつかせた。
「ヤニスと言えば、ラクリスさん。あの後彼は本当に何も言ってこないんですか?」
「何もないが? ……ああ、そうか」
第三者から見ればラクリスに負かされ恥をかかされたヤニスが何の報復も行わないのは理解しがたいのだろう。
だがラクリスはヤニスが陰湿な報復を行うことはないと断言できる。
ヤニスに対して主張を行う際に最も有効な言語は「暴力」だ。それはおそらくヤニスが「戦いの強さ」にもっとも価値をおいているからであろう。
人の価値は強いか弱いか。故に強い自分には価値がある。一方、弱者の言葉には耳を貸す価値はない。強者である自分に何かを語らんとするならば、まず力を示せ。
そしてラクリスは決闘において「暴力」で語り、「強さ」を示した。そしてヤニスはそれを認めた。だからヤニスは己の発言を取り下げたのだ。
強者に対しては彼なりの礼を尽くす。それがヤニスの信念なのだろう。もうラクリスに対して無礼はしないはずだ。やるとすれば雪辱戦を真っ向から挑んでくるに違いない。
以上のようなことをラクリスは決闘を通して感じ取った。しかしそれはやはり余人には立ち入れぬ領域で……。
「ちょっとー? 一人で納得しないでくれませんか。そういうことあからさまにされると寂しいんですけど?」
余人であるマティナは口をとがらせてぶうたれている。我に返ったラクリスはとりあえず簡潔に返答する。
「ん? ああ悪い。ともかくヤニス視察官関連の問題はない」
偉ぶっていたヤニスが醜態をさらしたことで、兵士たちのヤニスに対する不満が爆発することも予想されたがそれもなかった。
「だってよ、下手に文句言ったら決闘だぜ? お前との決闘はみんな見てたし、やれば確実に死ぬって分かってる。命がけで文句を言う勇気があるヤツなんてラクリスだけだって」
とはアプロスの弁である。
「実に平和なものだ」
平和、そう、平和だ。それはラクリスから長年遠ざかっていたものだ。
この八年あまり、ラクリスに平穏はなかった。誰に頼ることも出来ず、周囲の偏見に耐えながら必死に一人で生き延びる。それが九歳から今までの人生だった。その過酷さは平和平穏とはいささか呼びがたい。
だが今は違う。己の居場所がある。理解者がいる。そしてヤニスに勝った今、ラクリスの居場所や理解者を脅かすものは何もないのである。それはなんとありがたく、素晴らしいことであろうか。
「命を賭け、幸運に恵まれやっと手に入れた平和だ……一日でも長く、続けばいい」
「誘拐犯の盗賊も一応は捕まって、ヤニスも大人しくしているなら、しばらくは穏やかに暮らせると思いますよ」
「ああ、そうだな」
そんなたわいのない会話を交わしながら、二人は食事を続ける。それは凪の海のような時間だった。静かで穏やかで、それ故に嵐の予感を禁じ得ないような。




