斬首まで残り十秒!? こんな致命的な場面に何度戻されてもどうしようもないんだけど!?【コミカライズ】
私は中世ヨーロッパ風の異世界に転生したみたい。
生まれた瞬間には前世の記憶を覚えているタイプじゃなくて、ある程度成長してから前世の記憶を思い出すタイプだったけど。
とはいってもさあ!!
首と両手を断頭台に固定された状態で前世の記憶を思い出したところでどうしようもなくない? ここまで致命的だと異世界で第二の人生を謳歌するも知識チートで無双も何もあったものじゃないんだけど!?
「今ここにシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢の処刑を執行する!!」
人が殺されるのを心待ちにしている見物人たちの中心、わざわざ見物のために高見台まで用意して悠々と椅子に腰掛けている第一王子が高らかに宣言していた。
「悪女よ、最後になにか言い残すことはあるか?」
「シャルリリアは無実よ……」
転生して二度目の人生を謳歌できる。その肝心のスタートから完全に詰んでいるとか何の嫌がらせなわけ!?
「つまらない最後の言葉だな。殺せ」
「だあっ!! テメェ何回私のこと殺せば気が済むのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
頭がおかしくなったとでも思われたのか、『今の私』の叫びなんて完全に無視された。
シャルリリアの婚約者だった第一王子の言葉に従い、処刑人が私の首めがけて刃が振り下ろした……のだろう。首は固定されていたから処刑人の顔も見えなかったし、よっぽど首を斬る腕がよかったのか痛みを感じることもなかったから憶測でしかなかったけど、何度も繰り返していればそのくらいはわかる。
ーーー☆ーーー
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢。
平凡な女子高生だった『前の私』と違って『今の私』は公爵令嬢とかいうとんでもなく煌びやかな存在として転生したみたい。
『今の私』には一応この世界で生まれ育ったシャルリリアの十五年分の記憶もあるけど、別人なのだという感覚が強かった。
多分『今の私』になった時には本来のシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は死んでしまっていて、本当に別人だからだろう。
目が覚めたら首も両手も拘束されていた。
何が何だかわからないうちに『今ここにシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢の処刑を執行する!!』という言葉が聞こえて少しして意識を失った。
そしてまた目が覚めたら同じように首も両手も拘束されていて──そんなことを何回か繰り返してようやく気づいたのよ。
『今の私』が処刑されると断頭台に固定された場面に戻る。そして処刑されてまた戻るのを繰り返しているんだって。
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢としての記憶の中にこんなものがある。
ギフト。
魔法なんてものがあるこの世界でも特別で強大な力のことよ。
歴史上でも数えるほどしか存在しない者たちが保有していた超常的な力。その力はある日当然開花するものだと言われている。
ギフトに開花した誰もが直前に普通なら死んでいるような大怪我を負っているのよ。
死の淵に立ったことで潜在能力が開花したのだとか神の祝福がもたらされたのだとかギフトに目覚める条件に関して憶測はされていても断言はできていない。
ただし、もう一つ。
ギフトに目覚めた前と後では人が変わったように振る舞うことがあるという点を加味すればギフトに関して見えてくるものもある。
強大すぎる力に惑わされてしまったのだろう、という見方もできるけど、もしもそうでないとすれば。
人が変わった『ような』じゃなくて、実際に人が変わっていた──つまりギフトを得た時点で魂が別の誰かに変わっていたとしたら。
つまり『今の私』のように。
ギフトとは死んだことで元の人間の魂がかき消えた後の肉体に別の誰かの魂が入り込むことで生じる力なんじゃないの?
それなら私のこの状況も説明できる。
そう、そうよ、シャルリリアは殺された。そうして魂が死んだ肉体に私の魂が入り込んだ。それによって死んでも過去に戻れるギフトに目覚めた。だから『今の私』が処刑されるのを何度も何度も繰り返す羽目になっているのよ。
で?
それがわかったとして、この致命的な状況が変えられるとでも?
首と両手はガチガチに拘束されているから『今の私』の細腕で暴れたって逃げられなくて。
シャルリリアの魔法を使えれば拘束を破壊できるけど、額に巻きつけてある魔封じのサークレット:FLとかいうヤツのせいで魔法は使えない。
どう足掻いたって十秒もすれば処刑は執行される。
こんな詰みに詰んでいる状況で何をどうしろってのよ! 転生者って普通無双できるもんじゃないの!? 死んでも記憶を保持したまま過去に戻れる、こんなチート能力があっても肝心の戻れる時間軸ですでに致命的に詰んでいたらどうしようもないわよお!!
ーーー☆ーーー
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は個人としての能力はずば抜けていても世渡りは下手だった。
貴族令嬢には必須の礼儀作法から始まって学問から領地経営能力、果ては魔法の腕前さえも一流といっていいほどだった。それは確かに素晴らしいものだったんだろうけど、婚約者である第一王子の性質を考えれば少しは抑えるべきだったのよ。
能力は低いのにプライドだけは誰よりも高い。
そんな男が婚約者のほうがあらゆる面で優れているのを間近で見せつけられてどう思うかを本当にしっかりと考えるべきだった。
シャルリリアが処刑されるに至った理由は機密情報を他国に流出して国家転覆を目論んでいたとかなんとか色々と並べ立てていたけど、なんてことはない。プライドをズタボロにされた男が冤罪をでっち上げたからよ。
そこでシャルリリアは魔法を使ってでも逃げるべきだった。冤罪を突きつけられてもなお何かの間違いでこんなことになっているはずだからきちんと調べれば無実は証明できるなどと考えるべきではなかった。
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は根っこからの善人で、だからこそ正しくない人間のことがわからなくて、それでも公爵令嬢という立場からこれまではうまくいってしまっていたのが冤罪を押し通されて婚約破棄された上での処刑に繋がってしまった。
身柄を拘束された際に魔封じのサークレット:FLを額に巻きつけられていたせいで力づくで逃げ出すこともできなかったしね。……多分魔法が使えてもシャルリリアは力に訴えかけるような方法を選ばなかっただろうけど。
どこまでも優しくて、愚かで、だけど絶対に何も悪くない一人の令嬢がくだらない嫉妬から殺された。誰を蔑むことなく、誰にでも優しかった彼女は最後の最後まで話し合おうと、時間をかけて調べてくれれば誤解は解けるはずと訴えていた。
そんな善性は呆気なく殺された。
だから『今の私』はシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢としてこの世界に存在している。
だけど現実問題としてここから何ができるのか。
無実だと見物人たちに叫んだ。嘲笑と罵詈雑言が返された。基本的に処刑を娯楽として楽しんでいるような悪趣味な連中が私の味方になるわけがなかった。
第一王子に助けてくれるよう懇願だってした。もちろんそんなものが受け入れられるわけもなく、私の無様な命乞いでクソ野郎を喜ばせるだけだった。
拘束から抜け出そうにも令嬢のか弱い力じゃどうしようもなく、どうにか魔法を使おうとしても魔法道具とかいうのの中でも最高ランクである魔封じのサークレット:FLの効果は絶大で魔力の光の一つも出てくれなかった。
そうして私は何度も殺された。
同じ場面を何度も何度も繰り返しておかしくなりそうだった。
多分この繰り返しをやめてそのまま死ぬことができるとしたら、迷いなく死ぬことを選んでいたと思う。
いつしか死んで終わりにしてほしいと泣き叫ぶほどに限界だったその時、ふと私は気づいた。
何度も何度も何度も殺されてきたけど、一度だって痛みを感じたことはなかった、と。
それはそれだけ首を斬り落としている処刑人の技量が高いからだろう。
そう、処刑人。
私には眼下の見物人や第一王子しか見えていないけど、この場にはまだ私を何度だって殺した処刑人がいる。
プライドなんてとっくに捨てている。
とにかくこの致命的な状況を抜け出すために必要なら私を殺してきた奴にだって尻尾を振ってやる。
「悪女よ、最後になにか言い残すことはあるか?」
「処刑人さんっ。お名前を教えてください!!」
第一王子の優越感に満ちた言葉に半ば被せるように私はそう叫んだ。そこで、微かに、私の近くで息を呑むような気配があった。
これまでの繰り返しの中で気配も感じさせずに私を殺してきた処刑人。顔も名前も性別だってわからない『誰か』の存在をこの時初めて感じ取れたのよ。
「な、んで……俺の名前なんか」
「私を殺す人のことを知りたいというのはそんなに不思議なことでもないと思うけど!?」
「いや、普通はそんなことよりも何か言い残すことが──」
「いいから教えてよ! もうすぐ死ぬ人間の最後の願いくらい叶えたってバチは当たらないと思うわよ!!」
「っ。……ローガンだ」
その後、第一王子の命令で処刑は実行された。
そして私はこれまでと同じように死ぬ寸前に戻ることになる。
こうして私は死を繰り返しながらローガンと言葉を交わしていくことになった。
ーーー☆ーーー
何度も繰り返してきたことで私のギフトについても少しわかってきた。
『今の私』が使えるのは死をトリガーとする時間逆行のギフト。それも死ぬ十秒前に戻るというチートといえばチートなんだけど、こう、痒いところに手が届かない力だった。
だからこそ私は処刑人であるローガンとの会話はできるだけ短くするように意識した。質問と答え、そこから処刑されるまで十秒もかけないようにね。何せ十秒以上会話しようものなら『最後に言い残すこと』に対して私が質問を投げかけた後に戻ってしまってせっかくのチャンスを使い切ってしまうからよ。
処刑人と死刑囚という関係だからいきなり重要な情報が引き出せるなんてことはなかったけど、質問の機会だけは無数にあった。だったら一つ一つは大したことない答えでもそれらを組み合わせることでローガンという人間を知ることはできる。
唯一会話ができるローガンがどんな人間かわかれば、そこからどうにか私を助けてくれるよう交渉する材料だって見つかるかもしれない。
これだけでも気が遠くなるような時間をかけた作業だったけど、痛みがなかったのが救いよね。もしもローガンの処刑の腕がへなちょこだったら絶対に頭がおかしくなっていたもの。
とにもかくにも私は悪趣味な見物人たちや性根が終わっている第一王子と違ってまともな会話が成立するローガンについて色々と知ることができた。その中には好きなものとか趣味とか本来の目的とは関係ないものもあったけど、仕方ないじゃない。無限に続く、それも短い時間をぶつ切りにする拷問のような状況でまともな人間との会話は救いだった。いつしか心の支えになっていた男について利用するための情報以外にも色々と知りたいと望むのは自然な流れのはずよ。
何はともあれ、無限に続く牢獄の中で私は無数の答えを組み合わせて一つの重要な情報を掴んだ。
ローガンは『ある家』の人間だったけど、その家はすでに没落している、とかね。
ローガンは『ある家』としか言わなかったけど、シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢の知識を甘く見るな。ローガンが十六歳であることとか性別は男であることとか父親は今でもローガンにとっては誇るべき騎士だと思っている(という含みのある言い回しから今は騎士ではない)こととか昔は騎士になるのが当然だと思っていたこととか諸々を組み合わせれば特定も容易よ。
ヴァルザレーゲン伯爵家。
騎士の家系として多くの有能な騎士を輩出してきた家だったけど、確か十年ほど前に騎士の鑑とまで呼ばれていた厳格なはずの当主が脱税や違法薬物の売買など多くの犯罪行為に手を染めていて、それらが原因で没落することになったとかいうのがシャルリリアの記憶に残っている。
だけど、シャルリリアは没落の原因になった犯罪行為が本当のことなのか疑問視していた。犯罪行為として挙げられたものがどう見ても証拠不十分だったから。もしもこれらがシャルリリアが処刑されるに至ったのと同じく冤罪だとするならば、そんなことができるのは伯爵家よりも遥かに上の身分と力を持つ存在に限られてくる。
そのことを調べていることを第一王子に知られてからすぐにシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は冤罪で処刑された。……これって偶然? いいやそんなわけない。
人を疑うことを知らない良くも悪くも善人だったシャルリリアは気づいていなかったけど、ヴァルザレーゲン伯爵家について調べていることを知った時の第一王子の顔は明らかに歪んでいた。
そういえば、ヴァルザレーゲン伯爵家は今の極端な貴族と平民の格差をなくそうとしていた『勢力』の一つだったはず。その『勢力』は身分制度を完全に撤廃するとまでは言わないけど、流石に今の極端な格差は余計な悲劇を生む原因だと考えていたとか。
それが、原因?
ヴァルザレーゲン伯爵家は見せしめのために王家によって潰された?
ヴァルザレーゲン伯爵家が没落した当時五歳だった第一王子がどこまで関与しているかはわからないけど、少なくとも絶大な権力が保持できているからこそ好き勝手できる王家にとって都合の悪い『何か』はあった。だからシャルリリアを処刑したように冤罪を押しつけて没落に追い込んだ……とするなら、記憶にある第一王子の反応も理解できる。
だから、そのせいで、元ヴァルザレーゲン伯爵家当主は今も犯罪者として投獄されていて、その妻は慣れない環境や心労で弱って床に伏せていて、ローガンはその剣の腕で病床の母やまだ幼い妹の生活を支えるために処刑人をしてでもお金を稼がないといけないほどに追い詰められている。
──これらはあくまで短い質問の答えを寄せ集めた推測でしかない。ローガンは私に弱音も弱味も漏らさなかったけど、それでも何度も質問を繰り返せばこれくらいはわかる。
わかるからこそ、許せない。
シャルリリアが第一王子によって冤罪で殺されたように、過去にローガンたちも王家によって冤罪で没落し、今もなお不幸な目にあっているというならそんなものは許せるわけがない。
『今の私』は最後まで愚直なまでに正しかったシャルリリアじゃない。最後の最後まで話し合おうと、調べればわかると、そんな正しさは貫けない。
「悪女よ、最後になにか言い残すことはあるか?」
「……シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢に冤罪を押しつけて殺しただけじゃなかった」
物的証拠はない。
だからどうした。先に不確かな証拠を捏造してシャルリリアに冤罪を押しつけて処刑したのはそっちだ。だったら私が似たようなことをしても何の文句もないわよね!?
「ヴァルザレーゲン伯爵家当主が多数の犯罪行為に手を染めていた。そんな冤罪を押しつけて没落にまで追い込むようなことを過去にもやっていた!!そうやってテメェら王家は気に入らない存在を潰してきたのよッッッ!!!!」
「なっ、なぜ、そのことを……っ!?」
そう、確実な証拠なんていらない。
これは厳格な裁判でもないし、私は警察や探偵でもない。
過程なんて知ったことか。誰もが納得できる明らかな証拠がなくても、たった一つの結果だけ得られればいい。
ローガンを納得させることができれば、それでいいんだから!!
「なぜ、そのことを? 馬鹿丸出しの自白をありがとさん。シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢ならまだしも、記憶の中にある無能なクソ野郎なら口を滑らせるって信じていたわよ!!」
「なんだ、その生意気な口の聞き方はっ。俺様は第一王子だぞ!!」
本当無能なんだから。
今は何がなんでもテメェが垂れ流した自白にもとれる発言をもみ消すために尽力すべきだったってのに。
「ねえローガン=ヴァルザレーゲン」
「ッ!? お前、どうして」
「説明なら後でいくらでもしてあげる。今はとにかく私の話を聞いて! アンタだっておかしいと思っていたはずよ。騎士の鏡とまで言われていた元ヴァルザレーゲン伯爵家当主、アンタの父親が犯罪行為に手を染めるはずがないって!! その通りだった。真実は身分による格差が広がりに広がったことでまかり通った冤罪だった!! そんな不幸が起きないように尽力していたアンタの父親がよりにもよって危惧してきた横暴に晒されたのよ!! そうよ、さっきのあのクソ野郎の反応が全てよ。第一王子、いいや十年ほど前だからおそらくは王家の誰かなんだろうけど、とにかくアンタの父親は冤罪を押しつけられて今も犯罪者として投獄されている!! 本当は、アンタたち家族は今も貴族として騎士として胸を張って生きていてよかったのに全部全部王家のせいで狂わされた!! そこまで好き放題されたってのに、何もせずにいていいの!?」
「……ッッッ!!」
十秒が過ぎた。
『最後に言い残すこと』はもう更新できない。
もしもこれでこの致命的な状況が変えられなければ完全に終わってしまう。
一生を死ぬまでの十秒を繰り返すだけの牢獄に閉じ込められる。
だけど、それでも。
私は信じている。無限に続く拷問のような時間の中で知っていったローガンはやられたままで素直に引き下がるような聞き分けのいい男じゃないと。
本当は、今この瞬間だって父親に明らかな冤罪を押しつけた犯人を特定し、復讐する機会を伺っているはずよ。
処刑人。
そんな血に塗れた道に進もうとも生き抜いて、全ての元凶を探し出して、その剣を突き立てようという復讐心は隠そうとしても漏れていた。
……その気持ちは理解できる。
第一王子のくだらない嫉妬によってシャルリリアは死んだ。第一王子にそのつもりがなくても結果的にそのせいで『今の私』は無限に続く牢獄に閉じ込められているんだから。
復讐は何も生まないとかそんな綺麗事なんて知ったことか。本来のシャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢ならそう言ったかもしれないけど、『今の私』は生憎とそこまで善人じゃない。
何がなんでもこんな地獄に『今の私』を追い込んだクソ野郎に一発ぶち込む。そのためならローガンの復讐心だって利用してやるわよ!!
「一人じゃ王家には敵わないというなら、私が力を貸してあげる」
私は正義の味方じゃない。
ましてやシャルリリアのような善人じゃない。
だからこれはローガンのための言葉なんかじゃない。
あくまで私が救われたいだけなのよ。
「だから今すぐ私を縛りつけるもんをぶっ壊して!! そうしてくれたらアンタの父親を救うのも、アンタたち家族を好き勝手に踏み躙った王家をぶっ潰すのも! なんだってシャルリリアの力で叶えてあげるから!!」
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢が処刑されたのは機密情報を他国に流出して国家転覆を目論んでいたという冤罪のせいだ。
シャルリリアのは冤罪だったけど、第一王子がそこまで望むなら『今の私』は国家転覆を目論んであげてもいい。
それでこの無限に殺される地獄から解放されるなら、シャルリリアや『今の私』が処刑されるのを楽しんでいた見物人たちや第一王子が住むような国なんて跡形もなくぶっ壊してやるわよ!!
「いつまでふざけた戯言を垂れ流している!? おい処刑人、さっさとその悪女を殺せ!!」
だから。
だから。
だから。
派手な音も何もなく、全ては切断された。
痛みもなく私の首を斬り落としてきたように、私の首や両手を縛っていた拘束具を、そして何よりシャルリリアの魔法を封じてきたダイヤのように輝く魔石が埋め込まれた魔封じのサークレット:FLが真っ二つになったのよ。
「な、処刑人、貴様ァッ!! 何をやっているう!?」
「そちらの要求は叶えた」
地団駄を踏んで喚く第一王子を無視してローガンはこう告げた。
「今度は貴女が俺のために働く番だ。もしも本当に親父を貶めて家族を傷つけた元凶が王家なら俺一人でも必ずやぶっ潰す。だが、使えるものは何でも使うべきだからな。貴女が復讐の役に立つかどうか、その力を見せてみろ」
「上等よ」
ぶっきらぼうなその言葉に私はローガンの顔を見ることなく即答した。
立ち上がり、遠くで喚くだけの第一王子を見据えて、高らかにこう叫ぶ。
「とりあえずあそこでギャーギャーうるさいクソ野郎からぶっ潰してやるから目ぇかっぽじってよく見ることね!! これがシャルリリアの力よッッッ!!!!」
直後、眩い限りの閃光が放たれた。
魔法という形にすら整えていない、魔力の放射。魔法使いの初歩も初歩、そんな単純な攻撃に第一王子は嘲笑を浮かべる余裕すらあった。
確かに、よ。
記憶にある限りだと王族は全員がフローレス級、つまり最高ランクの魔法道具によって常時強固な結界を纏っている。不意の暗殺だろうが真っ向からの襲撃だろうが大抵の攻撃は弾くことだろう。
だけど忘れたか。
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢は第一王子、テメェが嫉妬するほどに有能だったことを。
その中でも魔法の才能は下手に本気を出したら周囲に多大な被害をもたらすから人前では本気を出したこともないほどなのよ。
つまり。
だから。
ゴッバァァァンッッッ!!!! と街中に響き渡る轟音と震動が炸裂した。
王家が保有する最高ランクの魔法道具による結界なんて紙でも破くように呆気なく引き裂かれた。そのまま悲鳴をあげる暇もなく第一王子は光に呑まれて吹っ飛んだのよ。
その余波だけでも見物人たちが薙ぎ払われ、処刑台の周りは悲鳴やら何やらが溢れていった。そんな阿鼻叫喚な光景を鼻を鳴らしていい気味だと思える私は本当にシャルリリアのような善人とは程遠いわよね。
「とまあ、こんなところかな。お眼鏡にはかなった?」
「お、おう、凄いな」
「まあね。それだけのものをシャルリリアは築き上げてきたってことよ」
「……なあ、一ついいか? どうしてこれだけの力があって大人しく処刑台まであがってきたんだ?」
「そんなのシャルリリアが底無しに善人だったからに決まっているじゃない。まあそんなシャルリリアの想いを踏み躙った連中には個人的な憎悪も含めて百倍にして返してやるけどね!!」
「変な言い回しだが、まあいい。確かに大言壮語するだけの力は見せてもらったからな。その力、遠慮なく利用させてもらうぞ」
「助けてもらった恩もあるからね。じゃんじゃん利用されてやるわよっ」
そう言いながら、私はようやく隣に立つ処刑人──これまで私を何度だって殺してきた男の顔を見た。
無骨な印象を受けながらも、隠しようがないほどに顔がいい黒髪黒目の男だった。
騎士になるべく鍛え上げただろうその力を処刑を執行するために使わざるを得ないほどに追い詰められていた男の瞳には隠しようもない憎悪があった。
その気持ちは私にはわかる。
だからそんな彼のためならシャルリリアから受け継いだ力を貸してもいい。
「これからよろしくね、ローガンっ!!」
「ああ」
ローガンは私が差し出した手を掴んでくれた。
これが始まり。
王国に喧嘩を売って最終的に国家転覆を成し遂げるまでの一ヶ月の始まりだったのよ。
ーーー☆ーーー
怒涛の一ヶ月だった。
我ながら『前の私』では考えられないくらい派手に暴れた自覚はある。
知っていること全部吐かせるために一応死なないよう手加減してぶっ飛ばした第一王子から元ヴァルザレーゲン伯爵家当主に冤罪を押しつけた犯人が国王であることを聞き出した。それによってローガンが復讐を果たすには国王をぶっ飛ばす必要が出てきたわけで、まあすっごく大変だった。
ぶっちゃけ誰もが納得する証拠とかなくてあるのは第一王子に無理やり吐かせた証言だけだったから正当な手段で元ヴァルザレーゲン伯爵家当主を助けるのは困難だからと刑務所を襲って救出したり、派遣されてきた汚れ仕事専門の数百人規模の騎士団を私とローガンの二人で叩き潰したり。
なんだかんだで元ヴァルザレーゲン伯爵家が所属していた『勢力』まで巻き込んでの内乱に発展したからね。想像以上にシャルリリアの魔法が他の人たちよりも強力で、私一人で国軍を薙ぎ払った時はなんかもうとんでもなさ過ぎて自分でやっておきながら引いちゃったけど、何はともあれ結果的に勝てたんだからいいよねっ。
で、ええと、今は確か王家は消滅して『勢力』のトップだったグリファンズ公爵家がこの国を統治しているんだっけ。これからは権力者による横暴がまかり通るような格差が少しは緩和されていくはず。
──身分の格差が広がりに広がった影響で好き勝手できていた王家はローガンの手で一人残らず始末された。復讐。あんなにも苛烈に徹底的にやり遂げたくらいには大切なものを傷つけられた恨みは大きかったのよね。
だけど、まあ、今や王家の圧政から民を救った『勢力』の中でも屈指の活躍をした英雄様だもんね。これからはこれまで奪われてきた分も含めてこの国で幸せになれると思う。
それを私が見届けることはできないけど。
ギフト。
これをどうにかしないと異世界で第二の人生を謳歌するも何もあったものじゃないからね。
何せ死ぬ十秒前に強制的に戻されるせいで一ヶ月前は危うく無限に続く繰り返しの牢獄に閉じ込められるところだった。今回は何とかなったけど、それこそ病死や老衰の場合だと本当にどうしようもない。
死ぬべき時に死ねるように、ギフトを無効化あるいは制御できる方法を探す必要がある。少なくともこの一ヶ月で公爵令嬢としての立場を使ってギフトについて探ってみたけどロクな成果はなかったし、こうなったら大陸中を探し回るしかないわよね。
……いやまあ公爵令嬢扱いってのが肌に合わなかったってのもあるけど。ボロを出しまくる自信しかないわよ!!
「はぁ。異世界転生ってもっと、こう、人生がハッピーに好転するもんじゃないの? やだやだ。お先真っ暗だってえーの」
「やっぱりいくら考えても夜逃げでもするようにこの国から出ていこうとしている理由はわからないな」
「げっ」
振り返ると、そこには無骨な黒髪黒目の男が立っていた。
ムカつくくらい、もう反則を極めたほどに顔がいいローガンは呆れたように私を見やっている。その瞳にはもう憎悪のカケラもなかった。復讐を成し遂げられたから。そういうのを悪く言う人もいるのかもしれないけど、私を救ってくれたこの人が前に進めたならばそれは絶対に良かったと言っていいのよ。
「べ、別に出ていくとかそんな──」
「従者も連れず、そんな馬鹿でかい荷物を背負っておいて何を言っているのやら」
「うっ」
何かうまい言い訳はないものかと思ったけど、ローガンの顔を見て私は観念したように両手をあげていた。こちとら王家だろうがなんだろうが構わず復讐をやり遂げた苛烈な男を間近で見てきたのよ。私の雑な言い訳が通用するわけないっての。
「はいはいローガンの言う通りだよ。私はこの国を出ていく。呪いにも似たギフトをどうにかする方法を探さないとだからね」
「そうか」
「そうそう」
「なら、俺も協力するから連れて行け」
「は? 私はこれからこの国を出ていくんだよ!? せっかく家族水入らず幸せに暮らせるようになったってのにそれをどうして自分から手放すの!?」
「仕方がないだろう。貴女がそうすると決めたのならばどこまでも付き合うさ」
「……もしかして恩義を感じていたりする? 私なんかのためにそこまでする必要はないんだよ?」
「俺がそうしたいと思えるくらいのことはしてくれたんだと、胸を張ってもいいくらいだと思うが?」
「私は別にそこまでのことはしていない。王家がローガンの父親を貶めていたのを暴いたことを言っているならそれはギフトという反則があったからできたことだしね」
「それでもあの時、あの場で、俺に復讐の指標を示してくれたのは貴女だ。それにそれからも王家との闘争に力を貸してくれたしな」
「それは……だって、そういう約束だったし」
「だとしても、途中で反故にして逃げても良かったはずだ。だが貴女はそうしなかった。俺や王家の圧政に苦しめられている人たちのために戦い抜いてくれた。そんな貴女に感謝するのも、恩義に報いたいと思うのも普通のことだろう?」
「……、私はそんな上等な人間じゃないんだけどね」
呟き、そして。
私は今もなお真っ直ぐに見つめてくるローガンと向かい合う。
ああもう。
私のことなんて放って取り戻した幸せを味わっていればよかっただろうに、本当馬鹿な人なんだから。
そっと、私の手を取って、そしてローガンは本当に本気でこう告げたのよ。
「それに何より、俺が貴女と一緒にいたいんだ。だから、俺の我儘に付き合ってくれないだろうか?」
「ふ、ふんっ。好きにすれば!?」
ああもう、ああもうっ!
何でこんなに胸が高鳴って、だあ!!
これだから顔がいい男は卑怯なのよ!! 何を言っても絵になるんだから!!
ーーー☆ーーー
振り返ってみると、だ。
多分、私は、とっくの昔にローガンに惹かれていたんだと思う。
ギフトを無効化あるいは制御できる方法を探す過程で帝国を内側から腐らせて食い物にしていた犯罪組織の勧誘を断ったら首を斬られたり、聖なる光の力を異界から引き出して他宗派の人間を皆殺しにすることで世界中の人間を単一の信仰で染め上げて支配しようとしていた宗教国家主導の儀式を私がシャルリリアの力はどれだけのことができるのかと興味本位でぶっ放した魔法の流れ弾が知らないうちに台無しにしていたらしくその恨みで磔にされて首を斬り落とされたり、なんかサラッと復活した魔王に首根っこ掴まれてそのまま捩じ切られたり、まあ、あれよ、いくら死んでも十秒前の時間軸に戻れるにしても乗り越えるのが困難な波瀾万丈な日々だったけど、そんなものよりも何よりも振り返って思い出せるのはローガンとの何気ない日常ばかりなんだから。
それだけ私の心の大半をローガンは占めていた。
シャルリリア=ゼラトニウム公爵令嬢としてではなく、『今の私』はどうしようもなくローガンに惚れてしまったのよ。
「ろ、ローガンっ」
「なんだ?」
「あの、その、私、ええと、何でもないっ」
まあだからといって好きなんて言えるわけもないんだけど!!
理由?
こっぱずかしいからに決まっているじゃん!!
「貴女は本当に器用に嘘がつけないな」
「な、何のことかな!?」
「まあ、長年のアプローチが無駄にならずに済んでよかったが」
「え、え?」
「いつか、きちんと、貴女の気持ちを聞かせてくれよな」
あれ?
これってもしかして私の気持ちはとっくに筒抜けな感じ?
しかも私から伝えるのを待っている感じ!?
いや、その、それができれば苦労しないんだけど!?
復讐心から解放されたありのままのローガンはちょっと意地悪だよお!!
後日談である『斬首まで残り十秒!? こんな致命的な場面に何度戻されてもどうしようもないんだけど!? その後のお話』を掲載しましたので、よろしければ下のリンクから読んでもらえれば!