九
東京新宿歌舞伎町。その路地裏にて、死体は発見された。それも魔法使いものだ。
普通の殺人であれば、カナタ達、魔法師団が駆り出されることはないが、魔法使いが関連していれば警察と連携することが義務つけられている。
何故なら、普通の一般人ではいくら束になっても相手にはならないからだ。
建物と建物間にある狭い通路。そこは飲食店が立ち並ぶ場所だ。
黄色の禁止テープを潜ろうとすると一瞬。見張りの警官に止められたが自分の服装を見て、魔法使いだと判断したのか「すいません」と謝罪し通してくれた。
近くづくにつれ異臭が漂う。鼻を異様に刺激してくる。
それを耐え抜き数メートル歩くとそれはあった。
刑事と先に着ていたであろう中年魔法使いの二人が槍としていた。
「よくそんな、場所で雑談できるな。臭くないのか?」
その間を割って入るように会話に参加し、自分らの存在に三人に気づかせた。
三人は振り向いて、様々な反応をした。
軍服を着た丸メガネの男は怯えたように震えた。それに対して小柄で豚のような体型をしているスキンヘッドの男が眉を寄せて、相棒である彼を叱る。「だって〜」と鳥井と呼ばれた彼が口答えすると胸ぐらを掴んで、更に語気を強めた叱咤を繰り出す。
「ヒェ! ぶ、ブレイズソード」
「こんなガキに何びびってやがる、情けないぞ鳥井」
その二人を全く会せず、顎髭を生やしたグレーのスーツを身に纏った中年刑事が自分らを舐めるように頭からつま先までじっくりと眺められた。
「アンタらがもうふた方の奴か」
「なんだよ、魔人がきちゃいけねぇか?」
「いいや、お前みたいな坊主どもがくるのは珍しくてついな」
その視線に肩をすくめてそう聞くと、刑事は首を振って死体の方に誘導した。
「こいつが被害者だ」
「思ったよりもひでぇな」
視線を下げるとそこには壁にもたれかかるようにして、息たえた無惨な死体があった。それも綺麗に体が両断されて、内臓が飛び出てしまっている。その辺りには、赤黒い血が付着していて、凄惨な光景だった。
「わーお、真っ二つですね」
「んなこと言わなくても、わかるだろうが」
この光景を面白がるかのように青戸は爽やかに微笑んだ。彼の言動に眉を寄せた。
調べるため屈む。すると死体のズボンのポッケが盛り上がっているのに気づいた。
それを取り出すと、錠剤か何かが入った。プラスチックケースがあった。
「なんだそれは?」
「さぁな。鑑識に回してくれるよな?」
「もちろんだ」と刑事は怠そうに答えると、近くで証拠品を集めていた鑑識に手渡した。
「解析には何日かかる?」
「おそらく三日とか言ってたな」
「じゃあ、周辺の聞き込みをしてくる」
錠剤の解析が済むまで、周辺情報を聞き込むことにしたカナタは刑事にそう伝えると、まだ死体に微笑んでいる青戸の肩を引っ張って聞き込みを開始した。
しかし、数時間事件が起きた近くの店や住人に変わったことはないかと聞いたが成果はまるで現れなかった。連日続けて。
そうこうしているうちに、薬の解析が済んだとの連絡が入り、警視庁二階の会議室に向かう。
受付で一応形式的な身分証を提示して、入ることを許可され足早に通路を歩く。
扉に会議室と書かれたプレートが貼られてあることを確認し中に入ると、あの顎髭の刑事と中年魔法使い二人組みが先に来ていた。
「きたな。早速この錠剤についてだが、すげぇことがわかった」
「もったいぶらずに早く教えろよ」
「そう急かすなよ、順序よく説明させてくれ。そうしないと俺の気が済まん」
大雑把そうな性格をしていると思ったら、意外と細かいんだなと面倒くささを感じたがカナタは大人しく頷いた。だが、中年組の小柄でハゲの男が舌を鳴らして「クソが」と悪態を吐いた。
刑事はそれを見逃さずに、気だるげな目を尖らせて「文句あるか」威圧した。
その迫力に気圧されたのか、ハゲ男は萎縮して首を横に振った。あまりの態度の変わりっぷりに笑いそうになったが、なんとかを声を抑えて耐え切った。
「それじゃ再開するぞ。この錠剤は飲むと魔法使いじゃない一般人でも、使うことができる。一時間限定だがな」
耳を驚く事実を聞かされ、自分を含め全員が目を見開いた。
「その反応いいね。説明のしがいがあるってもんだ」
「あの、なんで一時間ってわかるんですか?」
驚いて直立不動になっているのを見て、刑事はニヤリと口角を上げた。しかし、青戸が手を挙げて質問した瞬間。また目を尖らせて「俺が質問していいといつ言った?」と凄んできた。
押しつぶされるような威圧に中年二人は怯えていたが、青戸は変わらず微笑んで「失礼」と謝罪した。
「まぁ、確かになんでわかったかは気になるよな。特別に教えてやる」
特別じゃなくても、普通に教えろと内心で突っ込むが口にはしない。またさっきみたいに面倒臭いことになるからだ。
「なぜ一時間とわかったか。それはある死刑囚で実験したからだ」
酷い事実を口にし出し、人差し指を立てて続けた。
「こいつを飲むと、大気中にある魔素を吸収しやすくする働きがあり、一般人でも体内で魔力を生成できる状態になる。加えて髪色が部分的に魔法使いに見られる奇抜な色が混じっていた。そして絶大な威力の魔法を放つことが可能だ。しかし、効果が続くのはジャスト一時間。魔素を吸収しやすくするってことはつまり体に多大な負荷が起きる。よってその時間を過ぎたら、体は爆散して死亡。魔力膨張に耐えきれずにな。ただ、服用して数分は正常に扱えるから手強い」
喉が渇いたのか、机に置いた水のペットボトルを口に含んだ。
「柳木、お前は見に覚えがあるんじゃないか? 」
付け加えるように問われた。確かにと似た状態な奴と対峙したことを思い出す。
「それが存在するということはあの国が実在するってことですかね?」
「なんの話してんだ、お前は」
何の話か把握出来なかったので、眉を寄せて青戸に尋ねた。
「あれ? 柳木さんはご存知ないですか? アメリカ大陸にある魔法使いだけが生活している国を」
「確かに聞いたことはあるが、根拠はなんだよ?」
確かに聞いたことがある。噂程度にしか思ってないので信じたことはない。
その国は一般人の為に戦うのが嫌になった者たち、既存の国に不満を持った者が寄り添い合ってできたと言われる。その名も魔法国家ムーン。
「その薬の原料ってマンドラゴラですよね?」
「そうだ。俺も信じたくなかったがな」
二人が何の話をしているのかついていけてない自分に、青戸は補足した。
「この薬に使われているマンドラゴラは魔素が濃い場所にしか生息していないんです。主にアメリカ大陸でなどで見られていると言われています。つまり、この薬があの噂に名高い魔法国家ムーンがあると言っているようなものなんですよ」
どうにも青戸の話が胡散臭かったので、刑事に視線を合わせて「マジで言ってんのか?」と聞いた。
「あぁ、大マジだ。現に死んだ被害者には国籍がなかった。加えて持っていた身分証は魔法師団に所属する魔法使いのものだった。そこに明記された住所に家宅捜査したところ大量の錠剤と顧客リストが見つかった」
「変身して他人に入れ替わっていたってことか? 何の為にそんなことするんだよ」
「さぁな。それを今から調べに行くんだ。お前らにはリストにある名前を片っ端から調べてくれ、俺らは奴の交友関係を洗う。報告は以上になる。捜査を再開してくれ」
そう言い残して、刑事は足早に立ち去る。
残されたのが自分たちだけになると、ハゲデブが子供のように地団駄を踏んで、喚き始めた。
「なんで俺たちがこんなことしなくちゃ、ならねぇんだ! 明らかにこっちの方が人員いるだろ!」
確かにと内心同意したが、少し考えればわかることだ。服用者はおそらく魔法を使う。警察官でも、訓練で柔術や剣道をやってはいるが、所詮は一般人と何ら変わらない。
魔法を使われたらひとたまりもない。だから、自分たちに命令したのだ。
それにこんなことは今に始まったことではない。魔法使いはいつだって人材不足だ。魔物との戦闘を主とする魔法師団所属の魔法使いなら尚更だ。十件以上の捜査などまだ軽いものだ。
「俺らがこっちの半分やるから、あんた鳥井だっけ? アンタらはこっちの方を頼む」
みっともない中年を放っておいて、彼の相方である鳥井に半分に分けたリストを手渡す。
「あっはいわかりました」とオドオドしながら了承したので、早速自分らの捜査に取り掛かろうと部屋を出ようとしたら、背後から「おい!」と怒鳴りつけられた。
振り向くと顔を真っ赤にしたチビハゲが目を尖らせていた。
「テメェ何を勝手に、仕切ってやがる! 俺はまだやるなんて言ってねぇぞ」
早口でそう捲し立てた。会った当初から、話が通じないだろうなと思ってはいたがここまでとは思わなかったと呆れ果てた。
「そうか。じゃ鳥井。一緒に行くぞ」
ここでの口論は時間の無駄だと判断して、鳥井を同行に加えた。彼はオドオドして躊躇っていたが、来るよう急かすとすんなり同意して、チビハゲから離れる。
そのまま何事もなかったかのように、部屋を出ようとするとまた怒鳴りつけてきた。
「おい! まだ話は終わってねぇぞ! それに鳥井、こっちにこいたっぷりとしごいてやるからヨォ!」
「豚と話す時間はねぇな、つべこべいう前にきっちりとふられた仕事はこなせよ。やりたくないんだったら、公園で大人しくハゲ散らかってろ」
「このガキぃ! 調子こいてんじゃねぇぞ」
煽り散らすと茹でダコのように真っ赤になり、殴りかかってきた。
だが、その拳を簡単に片手で受け止めた。ぎょっとした面持ちになった。
離せと喚いたが黙らせるため、更に力を入れた。握りつぶさない程度に力を抑えたのは、骨が折れる。顔を歪ませて、痛がっていたが更に力を加えようとすると、わかったと連呼した。しかし、力を弱めない自分に多少混乱したが捜査をすることを承諾する。おそらくは渋々だとは思う。
だが、捜査の人員が減らないだけマシかと思い、鳥井と当初の手筈通り捜査をすることを伝えて部屋を後にする。
「それで、どこからかやります?」
「そうだな、取りあえずここから」
廊下を歩きながらどこから手を付けるか、話しあったその瞬間。背後から炸裂音が耳に届く。反射的に振り返って、目を見開いた。
なんとそこには、二人が無惨な姿になって横たわっていたからだ。
「なんだぁ〜こいつら、まるで手応えが無かったな」
何が起きたか理解する前に、炸裂音を放っただろう中肉中背の水色の頭髪をした青年が項垂れながら、煙舞うなか壁に空いた穴から出てきた。
「おい、青戸」
「わかってますよ、避難誘導ですね」
「おぉ! あの人が言った通りだ。アンタがブレイズソードー?」
自分らの会話に気づいた青年は爛々と目を輝かせて、こちらに視線を向けて尋ねてきた。
どうやら、狙いはこちららしい。
「だったら、どうした? いかれ野郎。あの人って誰かに頼まれてここまできたのか?」
困ったように青年は上を見上げて考える素振りをした。
「うーん」と唸り数秒の間を置いて、答えた。
「いや、ゼンぜーん」
一瞬気が抜けた。誰かの命令ではないとしたら、なぜこいつはここまできたのだろう。考えるのは後にして、いつでも動けるように構えた。
「アンタにさぁ〜会ってみたくて。同じ魔人としてね」
「それだけか?」
「うん」
無邪気にそう答えたので、頭を抱える。
「じゃ、そういうことだから、俺もう帰るね」
「逃すか!」
そう言って呑気にも立ち去ろうとしたので、追いかけて銃口を向けて引き金を引く。
渇いた音が響く。だが、それだけだった。奴には命中などしていない。
真ん前の穴から逃げられたのだ。
舌を鳴らして、「くそッ!」と悪態を吐くとスマホが振動した。
こんな時に何だと不機嫌になりながら、スマホを見ると病院からの電話だった。
何のようだと思い出ると、その途端に慌てていて「あのっ!」「さらわれた」「襲われた」など要領を得ない言葉が放たれた。雰囲気から緊急事態だということは察することができた。
とりあえず落ち着くよう説得し、何が合ったかを聞く。
落ち着きを取り戻したのか、電話の看護師は言った。
「相田さんがさらわれました」
それを聞いた瞬間。呆然とし頭が真っ白になった。
「あの、柳木さん?」
「あぁ、悪い。わざわざの連絡感謝する」
呼びかけられたことで、我に返る。連絡をくれたことに礼を述べて通話を切ろうとした。
「待ってください! 犯人から伝言があるんです」
聞いた途端に目を見開いて「それを先に言え!」と思わず声を荒らげた。
そのあとに、興奮を沈め謝罪して伝言の内容を教えるようお願いした。
「えっと、確か。新宿二丁目にある。飲み屋フェアリープリンセスに来いって、言っていました。必ず一人で来るようにと」
「そうか、わかった。わざわざありがとう」
そう言って電話を切ると、すぐにタクシーを拾うため外に出た。