八
病院に運びなんとか、三人は無事に命を取り留めて入院していた。
それから三日ほど過ぎた頃、テレビでは連日。魔法師団による非難の声が止まなかった。
戦闘機に突っ込むよう命令したのが魔法師団の指示だと、軍は声明を発表し更に批判は強くなっていた。
病室で嘘まみれの報道を見て、舌を鳴らした。
やかましいテレビを消し相棒である。ぐっすりとベットに寝ている彼女に目を向けた。
「呑気なもんだな」と悪態をつくと、立ち上がり廊下に出る。
喉が乾いたから、隅にある自販機に足を運ぶ。
その途中、突き刺さるような視線をすれ違う看護師や患者などに向けられた。
恨みの籠もった憎悪するような眼差しだった。
うっとうしいと眉を寄せると背後から物を投げられた。床に缶がカランと弾んだ音が鳴った。
それを拾い後ろを振り返ると、一人の車椅子に座った老人が涙を浮かべて目を尖らしていた。それを引いている看護師は呆気に取られたような表情をして、固まった。
「おい、じいさん。人に物を投げるなってママに教わらなかったか?」
「じゃかぁし! この化け物が! よくもワシの家を、息子を家族を」
最初は威勢が良かったものの、老人は最愛の息子との日々を思い出したのか俯いて、声が何とか漏れないよう控えめに悶えた。
それを見て何と愚かで浅ましい存在なのだろうと息を吐いた。
確かに家族が死ぬのは悲しいことだ。耐えきれないほどに心が痛む。
しかし、自分達が故意に殺したわけではない。あの爆撃さえなければ、被害は最小で済んだ。
だが、それを言っても納得はしないだろう。現にあの爆撃を支持したのは魔法師団側であることが大々的に報道されているからだ。こちら側が真実だといまさら伝えても誰も信じはしない。
それに、自分達も万能な存在ではない。魔物から必ず助けられる保証はしていないのに、目の前の老人は被害者面で訴えてくる。
それに憤りを感じる部分が大きいが、後からくるこのやるせなさはいったいなんなのだろう。
この怒りを老人にぶつけるのは違う気がする。
缶を握り潰して、自販機横のゴミ箱に捨てると、何事も無かったかのように老人の横を通り過ぎる。
すると、目の前を複数の看護師が立ち塞がるようにして壁を作った。
「なんの真似だ?」
「説明するべきだと思います。ちゃんと、納得させてください」
「そうですよ、あのお爺さんは貴方のせいで家も家族も失ったんです」
「あなた方を助けたんですから、聞く権利くらいありますよね?」
矢継ぎ早に言葉がかけられ、深々と息を吐いた。どれもこれも、身勝手な物言いばかりにうんざりした。
その態度に一人の看護師が立腹し声を荒げた。
「何ですかその態度は! 私たちは真剣に聞いているんです」
「本当のことを言ったとして、お前らは納得するのか?」
「テレビでもあなたはそうおっしゃっていましたが、私たちは不安なんですよ。いつ魔物に襲われるかわからない。平穏に過ごしたとしても今のように突如それが壊される。そんな恐怖が常にあるんです」
誰もが常にある考えを持ち出してきたので、本当に苛立たしい。
「それは俺ら駆除する側でもそうだ。ただ、アンタらと違うのは戦うことを強要されるところかな。アンタらはそれを当然だと捉えるだろうな。でもな、俺ら側の人間でも戦いたくない連中だっているんだ。毎日アンタらとは桁外れな恐怖と日々戦っている連中がいる。アンタらはそういう奴にでも、同じこと言えるのか?」
「それを言ったら」
「そう、いつまで経っても平行戦だ。だから、この時間は無駄以外の何ものでもねぇよ」
言葉を切って、看護師の間をすり抜けて、相棒の病室に戻る。
その最中、背後から罵声が飛んだ。
「ふざけるな!」「逃げんじゃねぇ!」
「悪魔、人殺し!」「魔物をとっと残滅しろ!」
聞くに耐えない罵詈雑言を聞いて、カナタは本当に勝手な連中だと眉を寄せた。
同じ命を預かっている現場を経験しているのに、なぜわからないのだろう。いや、それをわかったうえで言っているのだろう。魔物に立ち向かう力がない者にとって、魔法使いの非難は唯一の穿け口だ。医療現場でもそうだ。治せなかったら失敗してしまったら、医師や看護師が遺族に罵声を浴びせられる。同じことだ。奉仕される側はいつだって当たり前のことなのだ。やってもらうのが助けてもらうのも当然だと考えている。
本当に気持ち悪い奴らだ。
(兄貴、俺はやっぱりアンタみたいにはなれないみたいだ。コイツらのために戦うなんて、ごめん被るぜ)
内心で死した兄に語りかけた。
病室に取っ手に手を掛けると、背後から「あの」と控えめな声がした。
振り向くと小柄で頬にはそばかすが付いていた少女がいた。間と同じく患者服を着ていた。
コイツも何か文句があるのかと思い、目を細めて「何かようか?」と聞く。
「えっと、お礼が言いたくて。その、あの、お姉さんの病室なんですよね?」
意外な要件に目を丸くし、少女をマジマジと見つめた。珍しい奴もいたものだと。
答えないカナタに少女は、困ったように眉を八の字にさせて「あのー」と再度声をかけた。
「お前みたいな奴が珍しくてな。悪いけど、あいつはまだ寝ている。俺から伝えておこう」
あからさまに少女は俯いて落ち込んだ。
「そうですか、わかりました。では、失礼します」
お辞儀して立ち去ろうとしたので、カナタもドアの方に向き直る。その直後に「あ」と何かに気がついたように少女が、声を漏らしたので反射的に振り返った。すると、またこちらに近づいてきたので、息を吐いて聞いた。
「まだ、何かあるのか?」
「貴方もあの場にいたんですよね?」
少女の問いに「あぁ」と素っ気なく頷いた。
「ありがとうございます。あなた方がいなければ、私は死んでたかもしれない。世間がなんて言おうとあなた方は私の命の恩人です」
そう言い終わると、少女は踵を返してここから立ち去った。
頬からなぜだか一滴の雫が伝う。
それを拭い、涙を流していることに気がついた。
なぜ自分が泣いているのか、わからない。
ただ、悪い気分では無かった。
相田の様子を見ようと、病室に入る。すると、消したはずのテレビの音が聞こえた。
起きている彼女を目撃し、あの少女を呼び戻すか検討したが、相田の今の様子を見てそれは却下した。
淡々と流れる報道番組に目が釘つけになっていて、シーツに皺ができるほどに拳を握っていた。
とてもじゃないがこの姿は、あの子には見せられないとそう判断した。
それを消して、「平気か?」と尋ねた。
すると彼女は他我が外れたように、発狂し始め自分に殴りかかってきた。
手首を掴んで体重を掛けてベットに抑え込んだ。
「落ち着け! 相田」
諫めるよう言っても取り乱していたので、仕方なく腹に拳を入れて気絶させた。
騒ぎを聞きつけた。看護師が病室に入ってきて「何事ですか!?」と詰めてきた。
「テレビを見て発狂したから、大人しくさせた。テレビは電源を入らないようにしておけ」
そう言い残して、病室を出ると一階付近に取り付けられた。コンビニに向かった。
受付カウンター付近の席にどかりと座って、先ほど買った握り飯の包装を解いていると、横からかわりの監視役青戸がここでの食事を控えるように注意してきた。
それに構わず、握り飯を頬張る自分を見て呆れたのか、息を吐く。オレンジのオールバックを整えるため、懐から手鏡と櫛を取り出してどこか乱れていないか確認し始めた。
「テメェも人のこと言えねぇじゃねぇかクソボケ」
「僕にとっては貴方の食事と同じくらい、身だしなみが大事なんですよ。もしかしたら、素敵な出会いがあるかもしれないでしょ?」
「けっ! くだらねぇな。女を抱きたいんだったら、そういう店に行くんだな。それとその髪型にあってねぇから」
「なっ! そんな不純な動機で女性に近づくことはしません! 断じて、神に誓って言います」
顔を真っ赤にして青戸が詰め寄ってきたが、最後の方に放った言葉に眉を寄せてカナタは口を尖らせた。
「神に誓うか、覗き見してる奴が吐く言葉とは到底思えないね」
「ありゃ、ばれちゃいましたか? あっははは」
「さぞ、気分はいいだろうな。醜い争いが見れて」
「いやいや、醜いだなんて思っていませんよ。彼らの非難は不満の現れ。その不安を取り除くのが我ら魔法使いの役目だと自負しております」
丁寧語で紳士ぶっている口調とは裏腹に、不気味な笑みを青戸は浮かべた。
何を考えているかわからない。おそらく本心などではないことは、その顔を見てわかった。
本当にそう思っているのなら、こんな公の場では言わない。心の中に留めておくものだ。
おそらくだが、彼は魔法師団の非難を積極的に煽るような、言葉を好んで受け入れている。
魔法使い達もとい同胞達が窮地陥っている。この状況を青戸は楽しんでいるのだろう。
だとしたら、とんだド変態だ。
「そうか」
「そうですよ。僕にもありますよ情くらい。あどけない少女に感謝を述べられて、感激して泣くほどには」
彼の言葉の端を聞いた瞬間。自分の感情に土足に踏み入れられた不快感に襲われ、体が反射的に動いた。首を鷲掴みしようと爪を立てて襲った。
しかし、何か見えない壁に遮られた。見ると青戸の目の前が、ガラスのようにひび割れた。
結界の魔法だ。器量の良さに見事だと思いつつ、目を尖らせて更に力を入れて忠告する。
「あんまり調子に乗るなよ。クソジジイ。つぎ言ったら問答無用で殺すぞ」
「酷いなぁ、僕はまだ三十四ですよ。そんなん言われる歳じゃないですって」
眉間に皺を寄せカナタは睨みつけた。それにたいし彼は変わらず笑顔を向けていた。
「あのっ! 他の患者さんのご迷惑になります。騒ぐなら外でやってください」
一人の若い看護師が争いの間に割って入り、注意をし外に行くよう促した。
「悪い。邪魔したな」
それを受けて、謝罪してエントラスに向かう。
「あれ? どこに行くんですかぁー?」
「仕事に決まってんだろ。とっと来い」
怒りを煽るようにわざとらしく嫌味ったらしく聞いた。カナタは振り返って目を細めながら答えて、そそくさと病院を先に出た。
すると、懐にしまってあったスマホが振動した。取り出すと、警察からだった。
通話ボタンを押して、耳に当てると要件を素早く簡単に伝えられた。
「わかったすぐに向かう」
そう言って、電話を切った。ちょうどそこに、青戸がついてきていた。
「あれ、誰かとお喋りですか?」
「仕事だ、至急新宿に行くことになった。車をさっさと出せ」
あまり取り出さないスマホを見て、青戸は挑発するような調子でまた聞いた。
少し苛ついたが、すぐに怒りを抑えて車を出すよう命令した。
「はーい。今すぐ取ってきますね」
わざとらしい大袈裟な敬礼をして、気色悪いウィンクを披露した。そのあと颯爽と車を取りに駐車場まで向かった。
「早く死なねぇかな、アイツ」
その背中を見送って、毒を吐いた。